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放課後、僕は写真部の部室にいた。
今日は修了式だから、写真部の活動はなかったけど、部室の鍵を職員室で借りてお邪魔することにした。一週間ぶりの学校だし、春休みに入るとしばらく来れなくなってしまうから。
活動日以外でも部室で雑談している部員は多いけど、今日は誰もいなかった。なので、猿千村で撮った写真をテーブルに遠慮なく広げて眺めることができた。家で印刷してきたものだ。
スローシャッターで撮った滝や、猿千村の山並み、おだやかな小川の流れなど、景色の写真がほとんどだ。人物を撮った写真も少しある。縁側で笑っているショーマと犬塚の写真。大井商店の店先で、にこりともせずに立っている大井さんの写真。セルフタイマーを設定して、玄関の前で犬塚とふたりで撮った写真。
そこには異形の化け物なんてどこにも写っていなくて、ただただ楽しい旅の記録だけが残っていた。本当に死ぬかもしれない奇怪な体験をしたんだけど。三河がこの写真を見たら、やっぱりサボってたんじゃねーかよと言って怒り出すだろうから、見せないでおこう。
「──ぉ、わっ……」
テーブルの端を小さなクモが歩いているのを見つけて、僕は思わずびくっとして椅子の上でジャンプした。
ハエトリグモだ。犬塚の家で見たデカいやつとは比べものにならないけど、でもいきなり見るとびっくりはする。
──七日間を過ぎても、虫は結局克服することができなかったなと苦笑する。クモはもちろん、バッタすら持つことができなかった。
猿千村での思い出を一頻り振り返り、僕は写真を片付けた。
鞄を持って部室を出ようとしたとき、ふと外から声が聞こえた。ドアノブを握ったまま、半開きにしたドアから顔を出す。廊下の柱のそばに見知った人物が立っているのに気がつき、「あっ」と声がもれた。
──犬塚だ。でも、ひとりじゃない。別のクラスのふたりの女子生徒もそばにいる。
開きかけた扉の影から様子をうかがうと、見知らぬ女子生徒たちから熱心に何事か話しかけられているようだった。友達同士というには微妙に距離が遠く、犬塚側と女子側のテンションに差がある。ははぁ。さては犬塚のファンだな、と予想を立てる。連絡先でも聞かれているのかもしれない。
球技大会や体育の授業で僕がサーブを思いきり空振ったり盛大にずっこけたりしている間に、バレー部の星であり運動神経抜群の犬塚はがんがん点を取って活躍し、学年を問わずファンをたくさん作っているのだった。
邪魔をしないようにこそこそと帰ろうとしたものの、
「保科」
すぐに犬塚に見つかってしまい、後ろから呼ぶ声が飛んできた。犬塚は女子たちに一言断ってからその場を離れ、隣に並んで歩き始めた。
「保科のこと探してたんだよ。三河に聞いたら、写真部の部室じゃないかって──」
探してた、という言葉にはっとして振り返る。
「村でなにかあったのか?」
猿千村でまたなにかあったんじゃないか。戻ってきたハシバ家のおじさんの身になにかあったのでは? そのことで犬塚に連絡があったんじゃないか。嫌な予感が胸に込み上げ、犬塚の言葉を遮るようにして思わず詰め寄る。だけど、犬塚はきょとんとした顔で「いや」と首を振った。
「別になにもないけど。連絡もなにもきてないし」
村から戻ってまだ三日も経っていない。どうして自分やハシバさんが助かったのか、その理由がはっきりしないぶん落ち着かず、いまだに完全に終わったという確信が持てずにいるのだ。
でも、本当に全部終わったみたいだ。春彼岸の七日間が終わると同時に。
「じゃあ、なんの用があって僕のこと探してたんだよ」
「用はないけど、保科とただ喋りたかったから」
猿千村から帰ってきて以来、たしかに犬塚とはまだ一言も話していなかった。朝から修了式があってばたばたしていたし、休み時間には三河に質問攻めにされていたし。犬塚は犬塚でバレー部の仲間から話しかけられていたようだったし。
喋りたかったから、と照れもせずに言う犬塚に、男女問わずファンが多い理由が少しわかった気がした。少しだけど。

