「村の一員として認められる──か」
なにか思い当たることがあったのか、顔を上げて僕のほうを見る。確証はないけど、と前置きをしてから躊躇いがちに犬塚は言った。
「村の子どもたちがやる度胸試しがあるんだ」
「度胸試しっていうと……川に飛び込むとか、肝試しとかそういうやつか?」
「あぁ、だいたいそういうイメージで合ってる」
犬塚は頷いて、その度胸試しなるものについて説明を始めた。
「十歳くらいになると、仲間内で集まってやるんだ。上に兄姉がいるやつだったら、だいたい兄貴か姉貴から度胸試しの話を聞かされて、それを友達に共有するって感じでどんどん口コミで広がっていく。その度胸試しをクリアできたら一人前って言われて、年下の子たちからは尊敬される」
「犬塚もやったのか?」
「やった。もう何年も前のことだから今の今まで忘れてたけどな」
それは犬塚のなかできっと楽しい思い出だったんだろう、これまでずっと険しい顔をしていた犬塚がそこで表情をゆるめた。
「村に伝わるある種の通過儀礼だな。それも結構古くからある儀式だ。じいちゃんもやったことがあるって話してたくらいだから。度胸試しっていう儀式を経て大人になっていく、村の一員になっていく……って考えると、やる意味はあるかもしれない」
けど、と犬塚は声を低くした。
「持病があるやつとか、慎重なタイプはやりたがらなかったし、かならず全員が全員やるわけじゃない。だから村の一員として認められることっていうと、理由としては弱いかもしれないが……可能性はあると思う」
犬塚曰く、その度胸試しが可能性を秘めていると思ったのには、ひとつの根拠があるのだという。
頭の中に埋もれていた古い記憶を引っ張り出そうとしているのか、額のあたりを手で揉むようにしながら犬塚は話した。
「小五か小六のときだったか、同級生の親戚の子と一緒に遊んだことがあったんだ。その親戚の子ってのは俺たちと同い年で、普段は隣の県に住んでるけど同級生の家に泊まりにきてたんだ」
それまでにも何度か家族で遊びに来ていたことがあったようで、村への行き方はよく知っていたらしい。そのときは電車を乗り継いでひとりだけで来ていたという。
「──それもちょうど春彼岸のときだった。その年に限って運悪く護家の人間が全員揃わなくて、そのせいで村中落ち着かない感じだったから、印象に残ってる」
「揃わなかったって……その親戚の子、隣の県に住んでるんならよそ者だろ? 大丈夫だったのか?」
「結論から言うと、大丈夫だった。元気に帰っていったし、たしか次の年にも村に遊びに来てた」
なるほど、段々と話が見えてきた。
「その子が無事だったのが、度胸試しのおかげだったんじゃないかって犬塚は考えてるのか」
「そうだ。滞在中に俺がその子に村の度胸試しのことを話したんだ。そしたら自分もやってみたいって言い出して、やることになった」
そして、その子は度胸試しを立派にクリアしたのだ。
「だから無事に帰れた──のか、ほかに理由があるのかはわからないけど、今と状況はよく似てる。当時は俺も子どもだったし、その子が村の人間じゃないのにいてもいいのかとか、なんで何事もなく帰れたのかとか、そういうことはなにも考えてなかったけどな」
村の大人たちはどう思っていたんだろう? 護家がそろっていないのにいったいどうして無事なんだろうと首を捻っていたかもしれない。たとえ度胸試しをした話を聞いていたとしてもなかなか結びつかないだろう。
そこまで考えたところで、ふと疑問が湧く。ざわざわとしたひどく嫌な予感とともに。
「……その子、今はどうしてるんだ?」
それでもし本当に村人として認められたのなら、春彼岸に遊びに来ているうちは問題ないが、もし来なかった年があったとしたらどうなる?
村の人間であるという自覚がないままに過ごしていたら、村のきまりのことも知らないとしたら、春彼岸には必ず帰らなければならないという危機感もないはずだ。そう、猿千村の住民として認められたことで九死に一生を得ると同時に、一生村から逃れられなくなってしまったのだ。
その子が村の人間として【なにか】に扱われていることを誰も知らなかったなら、春彼岸に戻ってこさせようともしなかっただろう。──ということは、今もその子がこの世にいる可能性はかなり低いと言わざるを得ない。
僕の質問に対する犬塚の返事は「わからない」だった。件の同級生からその子の消息についてはなにも聞かされていないという。
お互いに言葉を発しない時間がしばらく流れたあと、やがて犬塚が恐怖を断ち切るようにして言った。
「今、このことを考えるのはやめておこう。本題に集中しよう。とにかく、度胸試しをやってみる価値はあると思う」
「……あぁ、僕もそう思う。さっそくやってみよう」
希望が見えてきた。ほんの少しだけど、ほんの少しでも希望は希望だ。
気持ちを奮い立たせてさっそく玄関に向かおうとしたところで、肝心なことをまだ聞いていなかったことにはたと気づく。
「──……そういや、度胸試しって具体的になにすればいいんだ?」
なにか思い当たることがあったのか、顔を上げて僕のほうを見る。確証はないけど、と前置きをしてから躊躇いがちに犬塚は言った。
「村の子どもたちがやる度胸試しがあるんだ」
「度胸試しっていうと……川に飛び込むとか、肝試しとかそういうやつか?」
「あぁ、だいたいそういうイメージで合ってる」
犬塚は頷いて、その度胸試しなるものについて説明を始めた。
「十歳くらいになると、仲間内で集まってやるんだ。上に兄姉がいるやつだったら、だいたい兄貴か姉貴から度胸試しの話を聞かされて、それを友達に共有するって感じでどんどん口コミで広がっていく。その度胸試しをクリアできたら一人前って言われて、年下の子たちからは尊敬される」
「犬塚もやったのか?」
「やった。もう何年も前のことだから今の今まで忘れてたけどな」
それは犬塚のなかできっと楽しい思い出だったんだろう、これまでずっと険しい顔をしていた犬塚がそこで表情をゆるめた。
「村に伝わるある種の通過儀礼だな。それも結構古くからある儀式だ。じいちゃんもやったことがあるって話してたくらいだから。度胸試しっていう儀式を経て大人になっていく、村の一員になっていく……って考えると、やる意味はあるかもしれない」
けど、と犬塚は声を低くした。
「持病があるやつとか、慎重なタイプはやりたがらなかったし、かならず全員が全員やるわけじゃない。だから村の一員として認められることっていうと、理由としては弱いかもしれないが……可能性はあると思う」
犬塚曰く、その度胸試しが可能性を秘めていると思ったのには、ひとつの根拠があるのだという。
頭の中に埋もれていた古い記憶を引っ張り出そうとしているのか、額のあたりを手で揉むようにしながら犬塚は話した。
「小五か小六のときだったか、同級生の親戚の子と一緒に遊んだことがあったんだ。その親戚の子ってのは俺たちと同い年で、普段は隣の県に住んでるけど同級生の家に泊まりにきてたんだ」
それまでにも何度か家族で遊びに来ていたことがあったようで、村への行き方はよく知っていたらしい。そのときは電車を乗り継いでひとりだけで来ていたという。
「──それもちょうど春彼岸のときだった。その年に限って運悪く護家の人間が全員揃わなくて、そのせいで村中落ち着かない感じだったから、印象に残ってる」
「揃わなかったって……その親戚の子、隣の県に住んでるんならよそ者だろ? 大丈夫だったのか?」
「結論から言うと、大丈夫だった。元気に帰っていったし、たしか次の年にも村に遊びに来てた」
なるほど、段々と話が見えてきた。
「その子が無事だったのが、度胸試しのおかげだったんじゃないかって犬塚は考えてるのか」
「そうだ。滞在中に俺がその子に村の度胸試しのことを話したんだ。そしたら自分もやってみたいって言い出して、やることになった」
そして、その子は度胸試しを立派にクリアしたのだ。
「だから無事に帰れた──のか、ほかに理由があるのかはわからないけど、今と状況はよく似てる。当時は俺も子どもだったし、その子が村の人間じゃないのにいてもいいのかとか、なんで何事もなく帰れたのかとか、そういうことはなにも考えてなかったけどな」
村の大人たちはどう思っていたんだろう? 護家がそろっていないのにいったいどうして無事なんだろうと首を捻っていたかもしれない。たとえ度胸試しをした話を聞いていたとしてもなかなか結びつかないだろう。
そこまで考えたところで、ふと疑問が湧く。ざわざわとしたひどく嫌な予感とともに。
「……その子、今はどうしてるんだ?」
それでもし本当に村人として認められたのなら、春彼岸に遊びに来ているうちは問題ないが、もし来なかった年があったとしたらどうなる?
村の人間であるという自覚がないままに過ごしていたら、村のきまりのことも知らないとしたら、春彼岸には必ず帰らなければならないという危機感もないはずだ。そう、猿千村の住民として認められたことで九死に一生を得ると同時に、一生村から逃れられなくなってしまったのだ。
その子が村の人間として【なにか】に扱われていることを誰も知らなかったなら、春彼岸に戻ってこさせようともしなかっただろう。──ということは、今もその子がこの世にいる可能性はかなり低いと言わざるを得ない。
僕の質問に対する犬塚の返事は「わからない」だった。件の同級生からその子の消息についてはなにも聞かされていないという。
お互いに言葉を発しない時間がしばらく流れたあと、やがて犬塚が恐怖を断ち切るようにして言った。
「今、このことを考えるのはやめておこう。本題に集中しよう。とにかく、度胸試しをやってみる価値はあると思う」
「……あぁ、僕もそう思う。さっそくやってみよう」
希望が見えてきた。ほんの少しだけど、ほんの少しでも希望は希望だ。
気持ちを奮い立たせてさっそく玄関に向かおうとしたところで、肝心なことをまだ聞いていなかったことにはたと気づく。
「──……そういや、度胸試しって具体的になにすればいいんだ?」

