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お寺と、お墓だった。
あれからふたりで黙々と歩き続け、やがて犬塚は立ち止まった。僕もすぐ後ろで止まり、目の前に広がる背の高い林と静かな境内を眺める。
本堂の裏手には、規模は小さくこじんまりとしているものの、隅々まで掃除の行き届いた墓地がある。犬塚曰く、ここが猿千村に存在する唯一のお寺とお墓だという。
──そういえば、大井さんと初めて会ったときに、お墓参りの話が出たっけ。
「──ちょっと墓参りしていってもいいか? 線香も花も持ってこなかったから、手を合わせるだけになるけど」
犬塚は言いにくそうに言った。
そうか。ここには犬塚家のお墓もあるのだ。そこにはきっと犬塚のご先祖様が、祖父が、両親が眠っているはずだ。
「前に大井のじいさんが言ってたこと覚えてるか? じいちゃんが死んだあと、俺が葬儀にも顔出さなかったって話」
「あぁ……うん」
「まだ墓参りにも行ってないんだ。村に帰らないのは自分なりのけじめのつもりだったけど、ずっと後ろめたかった」
告解室で罪を打ち明けるみたいに犬塚が言う。
僕は考えるよりも先に「行ってきていいに決まってるだろ」と答えていた。
「僕は一足先に帰ってるからさ、犬塚はゆっくりおじいさんと話してこいよ。積もる話もあるだろ? 高校のバレー部のこととかさ」
墓参りにまでのこのこついていくつもりはない。さすがの僕もそこまで無神経ではない。犬塚だってひとりになりたいだろうし。墓前で手を合わせて、東京での暮らしを、高校での生活を祖父に報告するのを誰にも邪魔されたくないはずだ。
僕がそそくさとと退散しようとすると、犬塚はどうすべきか迷ってるみたいに「いや、でも……」と歯切れの悪い返事をした。
「でも、保科ひとりで帰れるのか?」
「今日で猿千村に来て五日目だぞ。道は頭に入ってるって」
犬塚と一緒にほとんど毎日村のなかを歩いている。ここが猿千村のだいたいどのあたりかはわかっているし、犬塚の生家からそこまで離れているわけでもない。ここからなら歩いて十五分かそこらで帰れるはずだ。
「けど……」
それでも犬塚は僕をひとりで帰すことに抵抗があるようだった。
いつものはきはきとした物言いが嘘のように言い淀み、顎に手を当てながら考え込む。やがて決心がついたのか、散々悩んだ末に踏ん切りをつけるように「わかった」と言った。
「絶対に寄り道するなよ。間違って村の外に出ないようにとにかく気をつけろよ。俺がいない隙に最後に滝を撮りに行こうとか考えてるんじゃ──」
「そんなこと考えてないっての! 信用なさ過ぎないか? 言われなくてもまっすぐ家に帰るよ、カメラも持ってきてないし」
「……そうか」
本当に気をつけろよ、と最後に念を押す犬塚に返事をしてから僕は歩き出した。
そのあとであんなことになるとは夢にも思わずに。

