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ショーマからの差し入れは羊羹だった。
貰い物のちょっと高級な羊羹なのだが、ショーマをを除く西井家の人々は皆揃って羊羹が苦手で、ほかに食べてくれる人がいないんだという。幸い犬塚も僕も羊羹は好きなほうだ。甘くて高カロリーな食べ物は育ちざかりの僕らにとってはとてもありがたい。この村ではコンビニでレジ横のホットスナックを買い食いすることもできないし、学校帰りにフードコートでポテトやハンバーガーを齧ることもできないのだから。
ショーマの来訪を犬塚に告げたあと、僕らは手分けしてお客さんをもてなす準備に取りかかった。
犬塚とともに羊羹を切り分けて、以前ショーマからもらった紙皿に置く。
ガスが止まっているのでお湯を沸かすことはできないし、お茶も淹れられない。出せるのは水くらいだけど、ないよりはましだろう。ショーマの家で淹れてもらったお茶はおいしかったな、と思いながら慣れないもてなしにせっせと励む。
ふたりで羊羹と水を運んでいくとショーマは「あざーっす!」と元気な野球部みたいに頭を下げた。
「いやーすんません、ご丁寧におもてなししてもらっちゃって」
「もてなしって言っても、ショーマにもらった羊羹と紙皿なんだけどさ。差し入れ持ってきてくれてありがとな」
「全然気にしないでくださいっす。春彼岸の間はどっこも出かけられんし、ほんまに暇で暇で。村の外からお客さんが来ることもめったにないけん、楽しいっすわー」
紙コップを受け取るショーマの前に羊羹を出そうとして、僕ははたと手を止めた。
「……あ」
羊羹を食べるためのフォークが一本足りないことに気がつき、取りにいこうとして腰を上げる。
しかし、僕よりも犬塚が立ち上がるほうがわずかに速かった。中腰の体勢でいる僕に向かって犬塚は、その場に留まっているように身振りで促した。
「フォークだろ? 俺が取ってくるから保科は座ってろよ」
「ん、ありがとう犬塚」
礼を言って再び座る。
ふと視線を感じて顔を上げると、僕らのやり取りを見ていたショーマと目が合った。
「なーんか、熟年夫婦みたいな雰囲気っすねー。うちのじいちゃんとばあちゃんがそんな感じっす」
てかうち二世帯住宅なんすよねー、じいちゃんとばあちゃんが一階に住んどって俺たちは二階におって、あーでももうすぐ姉貴の子どもが生まれるけん三世帯住宅すね。──と、ショーマは僕が口を挟む隙もなくまくし立てた。
聞いていると脱力するようなユルい語り口調にすっかり呑まれてしまったが、なんとか「そ、そっか」とだけ言うことができた。ショーマに特に他意はなく、ただ思ったことを口にしただけなんだろう。
犬塚と一緒に暮らすうちに、いつのまにか阿吽の呼吸を身につけはじめているんだろうか? 夫婦や家族は似てくるというし、寝食をともにしているわけなので。
「宗将さんと春一さんは、やっぱり学校でも仲いいんすか?」
フォークを手に犬塚が戻ってきたところで、ショーマはそう質問した。
予想外の質問に僕たちは思わず顔を見合わせた。学校でも仲がいいかと言われたら、答えは考えるまでもない。
「いや全然。だよな」
「話もろくにしないな」
「え、えぇー……」
ふたりそろって首を振る。そうなのだ、熟年夫婦だなんてとんでもない。まともに犬塚と話をするようになってまだ一週間も経っていないのに。付き合いの長さで言えば、猿千村で生まれ一緒に育ってきたショーマのほうが長いだろう。僕にしたって、犬塚よりも三河のほうがよほど付き合いがある。
この猿千村の件がなければ、犬塚とはほとんど会話もしないまま進級し、そのまま卒業することになっていたかもしれない。
そういう意味では、このイレギュラーな事態はお互いの親睦を深めるいい機会になったと言える。
ショーマは呆気にとられたようにぽかんと丸く口を開いていたが、すぐに我に返って「え?」と前のめりになった。
「え、同じ部活ってわけでもなく? 保科さんも背ぇ高いけん、バレー部やろなーって勝手に思とったんすけど……」
「保科は写真部だ。バレー部には勧誘したけど振られた」
「だーかーら何度も言うように向いてないんだって。体育会系のノリがまずもう無理だし」
「そうか? 保科は根性もあるし、向いてると思うけどな」
「身長と根性があったってな、運動神経がなかったら無意味なの。わかる? 去年の体育祭で僕がどれだけ空気で役立たずだったか話してやろうか?」
僕らのやり取りを黙って聞いていたショーマだったが、ふいに口を開いた。
「……ほな、なんでそんな話もろくにせんようなふたりが、一緒にこの村に来ることになったんすか?」
心底不思議そうな顔をしてショーマが尋ねる。ものすごくもっともな疑問だ。僕自身不思議でならない。なんで犬塚と一緒に出かけて、犬塚が住んでいた家で寝泊まりし、縁側でまったり茶菓子を食べたりしているんだろう。
犬塚は紙コップを手にしたまま、おかしそうに笑って「いろいろあってな」と答えた。
「ほなけどまぁ、ふたり気が合いそうっつーか、ウマが合いそうっつーか、相性いいと思うっす。これから仲よくなれそうやないすか?」
「そうかもな」
「そうかぁ?」
そんなことを話しながら、僕らは差し入れの羊羹をむしゃむしゃと皆で食べた。
羊羹を食べ終わると、話題はショーマの進学先である村の高校の話になった。
春彼岸が終わって四月になれば晴れて高校生。高校いうても中学の面子そのままなんすけどねーと笑いながらもショーマは嬉しそうだった。
「さっさと春彼岸が終わってほしいっすわ。どこにも出かけられんでつまらんし。【なにか】もせっかくやったらクソ暑い真夏とか、クソ寒い真冬とかに確かめにきたらええのにな。それやったら外出るんも嫌やしちょうどええんやけど……」
ショーマがそう言って拗ねるように唇を尖らせたとき、ふと疑問が湧いた。
「──……なんで春なんだろうな?」
誰に向けたわけでもない質問だった。
ショーマと犬塚がそろって不思議そうな顔をしているので、僕は続けて言った。
「ほら、だいたいこういうのって夏が定番じゃん? 怪談も夏の話が多いし。セオリー通りにいけばお盆じゃね?」
「怪談ってわけじゃないが……まぁ、言われてみればそうかもな」
「たしかにそうっすね。今日まで気にしたことなかったっすけど」
犬塚とショーマもうーんと首を捻り出し、どうしてだろうと考えている様子だった。
僕も一緒に考えてみる。
春彼岸の間は村から出てはいけない。村の外からも入れない。【なにか】が見ているから──。
その変わったルールが猿千村に敷かれる期間は、どうして春なんだろう。どうしてお盆でも秋のお彼岸でもないんだろう。
お化けが出るなら夏だろう。まぁ、その【なにか】がそもそもお化けなのかどうかもよくわからないんだけど……。
三人寄れば文殊の知恵、とはいかなかった。犬塚の祖父がこの場にいれば由来らしいものが聞けたかもしれないけど、残念ながらここにいるのは僕らだけ。
考えながらなにげなく庭を見たとき、あっ、と閃きが走った。
「春の猿千村が綺麗だからかな」
村に棲んでいるという【なにか】は、村の人たちと一緒にこの美しい村を堪能したいだけなのかもしれない。だから村の人たちが出られないようにして、そして村の外からよそ者が入ってきて邪魔をさせないようにしているのかもしれない。
そう思うくらいにこの村は今日綺麗だ。
滝の氷瀑が溶けて流れ始めるこの時期。写真にたくさん収めたように、猿千村には春の気配が漂っている。夏や秋、冬の時期もそれぞれもちろん魅力があるのだろうけど、こののどかな雰囲気はとてもいいものだ。
「それか、【なにか】はいつも村にいるわけじゃないのかもしれない。たとえば普段はどこか別のところに棲んでてさ、春彼岸の間だけやってくるのかも。この綺麗な村にさ」
ここがただ綺麗でのどかなだけの場所じゃないってことはわかったけど、それでも僕はここに来てよかったと思う。
自分なりの考えを披露すると、犬塚とショーマはしばらく呆けたような顔をしていた。
ショーマはやがてはにかむような表情に変わり、頬を掻きながら言った。
「生まれ育ったところ褒められんのって、照れ臭いっすね。でも嬉しいっす!」
犬塚はまた顔を逸らす仕草をして、表情が僕らから見えないように隠してしまった。

