
その日、梅谷は南に呼び出されて、なんばのカフェで合流した。特に理由もなければ、特別な用事もない。ただ、「ちょっと顔見たかってん」と笑う南に、なにも言えなくなる。
それにしても、あの同窓会以来、こうして南と会うことが増えた。コーヒーを飲みながら、取り留めのない話をしたり。学生時代の同級生の話や、当時のバカ騒ぎの思い出とか。
今日もそんな感じで昔話に花が咲く。
「あーそういや梅谷さ、覚えてる?」
「なにを?」
「お前、昔さ、誰かに襲われたって噂あったやん」
「……っ!」
「あれ、結局なんやったん?」
不意打ちだった。梅谷は無意識に指をグッとカップに握り締めた。
「な……なんや、急に。そんな噂なんか知らんけど」
「いや、ふと思い出してん。知らん? あんとき、結構ざわついてたし」
「誰が言うたか知らんけど、ただのデマや」
「ほんまに? それやったらええねんけど。 俺、ちょっと気にしててん」
南の声が、少しだけ低くなっていた。梅谷は目をそらしながら、なんでもないように言う。
「もう気にせんでええやん。なんもなかったんやから」
南はカップを置いて、じっと梅谷の横顔を見つめる。その視線に気づいた梅谷が、わずかに肩をすくめたその時……。
「……ってかさ、俺のこと、好きやったってほんま?」
「ブッ!!」
梅谷がコーヒーを噴きかけそうになった。
「はあ!? なに言うてんねん!!」
「いや……それも昔ちょっと噂になってたで。『梅谷って南のこと好きらしい』って」
梅谷の顔が一気に赤くなる。南と視線を合わせられない。言葉が詰まって、なんとかごまかそうとするけど……
「あ……あほか」
「ほーん……あほなんや?」
「……知らんわ、もう」
南の笑い方は、いつもより少しだけ優しかった。でも、それが逆にしんどい。梅谷は黙ったまま、視線をカップの縁に落とした。
胸の奥がずっとざわざわしている。『知らんわ』なんて吐き捨てたのは、恥ずかしさと、何かが壊れるのが怖かったから。
向かいの南が、ふっと笑みを消す。けど、声はかけてこない。その無言すら優しくて、だからこそ逃げ出したくなった。席を立つ頃には、互いにいつも通りを装っていたけれど、
それぞれの足取りには、どこか気まずさと戸惑いが滲んでいた。ほんの数センチの距離が、いつになく遠い。
そんな雰囲気で帰り道、ふたり並んで歩く。沈黙が多い夜。いつもみたいな軽口が今日はなぜか出てこない。
「……なあ梅谷、俺ってさ、からかいすぎなんかな」
「…………」
「お前、今日はほんまに怒ってそうやから」
「……怒ってへん。……でも」
「ん? でも?」
「お前って、ほんま……たまにズルい」
それ以上は言わなかった。でも、顔を伏せたままの梅谷の耳が真っ赤なのを、南はちゃんと見ていた。
To be continued

