
「……なぁ、南」
「ん?」
「近い」
そう言われて、南は梅谷の顔を覗き込んだまま、ふっと笑った。
「そう?」
「そうや」
「でも、悠音。逃げへんやん」
「……逃げたら、お前が追ってくるやろ」
「そら追うけど」
即答だった。
梅谷は呆れたように息を吐く。
けれど、その表情はどこか嬉しそうだった。
休日の昼下がり。
二人で適当に買ってきた昼飯を食べて、ソファに並んで座っていたはずだった。
それがいつの間にか、梅谷は南の腕の中に半分収まっている。
「眼鏡、邪魔やな」
「は?」
南が梅谷の眼鏡に指を伸ばす。
「外したら、もっと顔見えるやん」
「……なんやそれ」
「そのままの意味」
眼鏡のフレームを指先で軽く持ち上げる。
けれど外すことはせず、そのまま梅谷の頬へ指を滑らせた。
梅谷の肩が、ほんの少しだけ揺れる。
「……南」
「ん?」
「こういうこと、平気でするようになったな」
「何が?」
「……昔は、もっと遠慮してたやろ」
南は一瞬だけ黙った。
それから、梅谷の顎をそっと指先で持ち上げる。

「そらな」
南が笑う。
「今は、悠音が俺のこと好きやって知ってるから」
「……っ」
梅谷の耳が赤くなる。
それを見た南は、嬉しそうに目を細めた。
「なぁ、悠音」
「……なんや」
「もう一回言って」
「何を」
「俺のこと好きって」
「嫌や」
「なんで」
「恥ずかしいから」
「昨日は言うてくれたやん」
「昨日のことは忘れろ」
「無理」
南は笑いながら、さらに顔を近づける。
梅谷が少しだけ目を逸らした。
けれど、南の手を振り払うことはしない。
むしろ……その手の甲に、自分の指をそっと重ねた。
「……ほんま、ずるいな」
「何が?」
「そうやって笑うところ」
「俺の顔が?」
「……ちゃう」
梅谷は小さく息を吐いてから、南を見る。
「俺が好きになった顔や」
今度は南が黙った。
「…………」
「なんや。言わせといて照れてんの?」
「……いや」
南は誤魔化すように笑って、
「反則やろ、それ」
そう言いながら、梅谷の額に自分の額をこつんと合わせた。
「悠音」
「……ん」
「好きやで」
「……知ってる」
「俺も、もう一回聞きたい」
「欲張りやな」
「恋人やからええやろ」
梅谷は少しだけ困った顔をして……。
それでも、今度は目を逸らさなかった。
「……好きやで、春馬」
その一言を聞いた瞬間。
南は、どうしようもなく嬉しそうに笑った。
そして……。
「もう一回」
「調子乗んな」
「なんでやねん」
「……一回で十分や」
「俺には足りん」
「知らん」
そう言いながらも、梅谷の指は南の指に絡んだまま。
二人の距離は、最後まで離れなかった。
窓の向こうで揺れる夕陽だけがそんな二人を、静かに見守っていた。
Fin

