
数日ぶりに顔を合わせたのは、偶然だった。仕事帰りの街角。繁華街の居酒屋の前で、梅谷は南の姿を見つけた。明るい声で笑いながら、誰か……女の子と一緒に出てくるところだった。梅谷は反射的に目を逸らし、背を向けて歩き出す。けれど、胸の奥で何かがチクリと痛んだ。
(……何やねん、別に。関係ないやろ……)
そう自分に言い聞かせても、心はごまかせない。まだはっきり名前をつけられない想いが、喉の奥に引っかかる。
***
翌日。梅谷の家のインターホンが鳴った。扉の向こうに立っていたのは、他でもない南だった。
「……なんや、急に」
「梅谷に話したいことあって」
「はぁ……」
梅谷はため息をつきながらも、黙って扉を開けた。部屋に入っても、しばらくふたりの間に言葉はなかったが、やがて南がぽつりと切り出した。
「昨日、見られてたんやな」
「……あぁ、せやな。まぁ、行動範囲一緒やからあり得ることやろ」
「……なんか誤解させたんなら、悪いな」
「別に……何も思ってへんよ」
強がった言葉は、どこか乾いていた。
「そっか……でも俺は、ちゃんとお前に言いたいことあるから来たんや」
南が一歩、距離を詰めてくる。梅谷はとっさに目をそらした。
「な……なんなん。お前、俺のことどうしたいん」
その問いは、梅谷自身にも向けられているような気がした。しばらく無言が続く。
「はぁ…もうええわ。お前にとっては、どうせあの夜のことも……全部、忘れてるんやろ?」
耐え切れなくなった梅谷が立ち上がり、背を向ける。数秒の沈黙。
「……覚えてへんわけ、ないやろ」
ぽつりと零れたその声は、静かで、でも芯があった。聞き間違いかと思い梅谷は、振り返る。すると、南はまっすぐこちらを見ていた。
「ほんまはな、あの時ちょっとだけ覚えててん……でも、お前の顔が必死すぎて、怖かってん」
「……はよ言えボケ」
梅谷は呆れたように言いながらも、少しだけ目が潤んでいた。梅谷の様子を伺いながら南は一歩近づく。
「じゃあ……もう一回、ちゃんとするわ。今度は、覚えとく」
「うん」
震える手で梅谷の頬に触れる。少し赤くそまった頬を見て南の顔がほころぶ。指先は頬を撫で、そのまま耳、後頭部にずれていく。
「……お前のこと、大事にしたいって思ったん、あの夜からやねん」
鼻先がぶつかりそうなくらいに梅谷を引き寄せ、そして……今度は南から、そっと唇を重ねた。
今度は逃げなかった。今度は、ちゃんと受け止めた。あの夜、壊れそうだったふたりの距離が、ようやく静かに重なった。
To be continued

