
その夜の帰り道、ふたりの間に流れていたのは、言葉よりも重たい沈黙だった。あの「キスして、ええ?」の言葉が、梅谷の中で何度もリフレインする。
(なんで、あんなこと言うんねん。冗談ちゃうって……じゃあ、どういう意味やねん……)
頭で考えても、答えは出ない。梅谷は自分でもわからない感情を必死に押し込めていた。
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数日後。梅谷の職場近くまで、南がふらっとやってきた。
「ちょお、仕事終わんの待っとったんやけど。飯でも行かへん?」
「……なんで来たん」
「なんでって、お前に会いたかったからやろ」
軽く言う南の声に、梅谷の胸がざわつく。
「……お前な、そういうとこ、ほんまズルいで」
「なにがズルいねん」
「なんもなかったみたいな顔して、そうやって来るん……しんどいわ」
南の笑顔がわずかに揺らぐ。
「なんもなかったみたいにしたん、お前やんか」
「……ちゃう。俺は、ただ……」
「ただ?」
梅谷は言葉に詰まる。南のまっすぐな視線が、怖かった。
「お前の気持ちなんか、全然わからへん」
「それ、どういう意味?」
「……あんなん、一時の気の迷いやろ。ほっといたら、すぐ冷める」
そう言って、梅谷は顔を背けた。南が、そっと口を開く。
「俺、そんな軽い気持ちで言ったんちゃうで」
「じゃあ、何なん? なんで今さら、近づいてくるん?」
「近づきたいからやろ。ちゃんと、お前と向き合いたいから」
梅谷の肩が小さく震えた。
「……そんな簡単に言うなや。こっちは、ずっと……どうしたらええかわからんままやったのに」
南は、しばらく黙ってからぽつりとつぶやく。
「なあ、梅谷。俺ら、ちゃんとせな、壊れる気ぃすんねん……」
梅谷は返事をしなかった。けど、南のその言葉は、確かに胸に残っていた。
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その夜、ひとり部屋に戻った梅谷は、スマホを見つめながらつぶやいた。
「……壊れるんやなくて、壊すんは俺の方かもしれへんな」
想いは募るのに、素直になれない。だけどもう、そろそろ限界が近いことも、どこかで分かっていた。
To be continued

