
休日の午後。小さなライブハウスの片隅で、梅谷は開演を待っていた。南に「暇やろ?」と軽く誘われただけのはずなのに、心は妙にそわそわしている。やがて舞台に、スポットライトが落ちる。
そこには南が立っていた。いつもの調子でテンポよく……と、思ったのは最初だけだった。ほんの小さなズレが、笑いのリズムを崩す。ツッコミが浮き、ボケが滑る。観客の反応は鈍く、会場には微妙な空気が流れ始める。梅谷は、拳をぎゅっと握った。
終演後、人気のない裏道。南は缶コーヒー片手にしゃがみ込み、俯いていた。
「……お疲れさん」
「……あぁ」
梅谷が声をかけても、南は顔を上げようとしない。
「お前、俺がスベってんの見て笑ったん?」
かすれた声に、梅谷はそっと目を細める。しばらく黙ったあと、小さく答える。
「笑わん」
「……」
「お前、めっちゃカッコ悪かったけど……俺は、好きやった」
南の視線が、ようやく梅谷をとらえる。そのまま、ためらいがちに、けれど真剣な声音で言った。
「……なぁ、梅谷。キスして、ええ?」
一瞬、梅谷の全身から血の気が引いた。
「……は?」
笑うような声が出た。けど、それは照れ隠しでもあり、戸惑いでもある。
「なんやねん、それ。……冗談にしても、タチ悪いわ」
南はうつむいたまま、ぽつりとつぶやく。
「冗談ちゃうけどな」
梅谷は言葉を失った。逃げ場を探すように、缶コーヒーをぐっと握る。
「……なんで、そんなこと言うん」
「……たぶん、自分でも、まだよう分かってへんねん。でも、今日のお前見てたら……俺、めっちゃ安心したんや」
南の声は、いつもの調子じゃなかった。梅谷の胸の奥が、じんわり熱くなる。でも、まだこの感情に名前をつけるには、心が追いついていなかった。ふたりの距離が、静かに、でも確かに近づいていく気配がした。
To be continued

