夏の夜にキミと2人で

 「なぁなぁ!今年のお祭りは特別に花火もあるらしいぜ!」

 相変わらず強い日差しがアスファルトを照らす朝、いつものように待ち合わせをした結生の顔を見るなり、優斗は興奮した様子で母親から聞いた花火の話をする。

 「そうなの?じゃあ折角だし花火も一緒に見ようか。時間は大丈夫か?」

 「おう!帰りは気にしなくて良いから、今年も結生くんの浴衣姿よろしくってさ!」

 「あはは、優斗と一緒にいられるなら何枚でも」

 早くも放課後に思いを馳せながら、2人は学校へと向かった。

 「あ、おはよー椎名」

 「おはよう」

 学校に着き、下駄箱の前で靴を履き替えている椎名を見つけた優斗が挨拶をする。

 「椎名……何か良いことでもあった?」

 「え?」

 優斗が首を傾げて尋ねると、椎名は一瞬きょとんとした後ふっと口元を緩める。

 「はは、顔に出るほど嬉しかったのか俺」

 「何にせよ、元気そうで良かったよ。茂木のことで落ち込んでるんじゃないかと思ってたから」

 結生の言葉に目を丸くした椎名は、心配かけてごめんと眉を下げる。そのまま3人は一緒に教室へ向かい、ガラリと扉を開ける。

 「あっ向井!おはよう!」

 ガヤガヤと賑やかな教室の中で向井の姿に気づき、優斗が右手をあげて挨拶をする。

 「おはよ、朝から元気だねー」

 向井は眠そうな目でゆるりと笑う。

 「今日はお祭りの日だからな!昨日の夜からずっとワクワクしてる!」

 まるで尻尾でも見えそうな優斗の姿に、向井は思わず吹き出してしまう。

 「手でも繋いでおかないと、はぐれちゃうんじゃない?」

 「……うるさいな」

 ニヤニヤと楽しそうな向井の言葉に、結生はほんのり頬を染めつつぶすっとした顔で返す。その様子を横で見ていた椎名が、そういうことか……と納得したような顔で小さく呟いた。


 放課後、やっと授業が終わったと優斗がそそくさと帰り支度を始める。

 「早く帰って着替えようぜ、結生!」

 「ふふ、そんな急がなくてもお祭りは逃げないよ」

 早く早くと急かす優斗と結生が教室を後にする。同じようにお祭りに行くクラスメイトも多く、放課後の教室は普段よりも人がまばらだ。

 「椎名くんはお祭り行かないの?」

 ゆっくりと帰る準備をしている椎名に、向井が声を掛ける。

 「あぁ……今までは強引に茂木に連れ出されてたけど、他に一緒に行く相手もいないしな。そもそも人混み好きじゃないし」

 「ふーん、じゃあ今年は俺が椎名くんのことを連れ出そうかな」

 「え、何で」

 「俺も行く相手いないし。この世界での思い出作りに付き合ってよ」

 「お前……その言い方はズルいだろ……」

 「はは、俺は全力で人生を謳歌するって決めてるからな」

 向井は笑顔でウインクを飛ばす。

 「なるほどな、じゃあ俺も向井を見習おうかな。1回帰ってから行くか?今日は荷物も多くないし、俺はこのままでも良いけど」

 「わっありがと〜!椎名くんなら付き合ってくれると思ってたよ。このまま行こう♪」

 椎名はスクールバッグを肩に掛け、ルンルンと音が聞こえてそうな楽しげな向井の姿に目を細めた。


 ***

 「あれ、もしかして新しい浴衣?」

 家の前で待っていた結生は、迎えに来た優斗の姿を見て目を瞬かせる。

 「うん、何かセールで安くなってたらしくて。柄なんて何でも良いのになー」

 「そんなことないよ。その浴衣も良いね、すごく似合ってる」

 とろけそうな笑顔で褒められ、優斗は何と返したら良いのか分からず目を泳がせる。

 「それじゃ行こうか」

 「お、おう」

 2人はカランコロンと下駄を鳴らしながら、お祭り会場である神社へと向かう。優斗は同じように浴衣姿の結生を、チラリと盗み見る。風に吹かれた柔らかな髪が、ふわりと揺れている。浴衣姿なんて今まで何度も見ているのに、優斗の心臓はドキドキと落ち着かない。

 「どうかした?」

 「え、あ、いや……何から食べようかなって!」

 視線に気づいた結生に問いかけられ、優斗は咄嗟に誤魔化す。

 「そういえば、今年は有名なホットドッグのお店が来るらしいよ。ちょっと気になってるんだよな」

 「えっマジで?!売り切れる前に買わないと!」

 結生の話に興奮した優斗は、無意識に駆け出そうとする。

 「あ、下駄で走ったら危ない──」

 結生が注意しようとした矢先に、バランスを崩した優斗が転びそうになる。

 「…………っとに、もう。怪我はない?」

 「ごめ、ありがとう……」

 結生はすかさず優斗の身体を抱きとめる。そして、その場に優しく立たせて乱れてしまった浴衣を直す。

 「本当に手を繋いでおいた方が良いのかな……」

 「え?」

 「いや、こっちの話。早く行こうか」

 2人は再びカランコロンと歩き出す。神社に近づくにつれて、行き交う人も増えてくる。キャラクターの絵柄が描かれた綿あめを持った小さな女の子が、母親と手を繋いで嬉しそうに歩いているのが目に入る。

 「はは、可愛いなー」

 その光景を微笑ましく見ている優斗の姿を、隣で結生が愛おしそうに見つめる。

 「そういや小さい頃、大事にとっておいた綿あめが縮んで大泣きしたことあったなー」

 「ぐっ……」

 「え、どうした?」

 「何でもないよ、ちょっと喉の調子が悪かっただけ」

 「えっ大丈夫か?!風邪か?!」

 具合が悪いなら無理しないで帰ろうと言う優斗を、結生が慌てて止める。

 「本当に風邪じゃないから!大丈夫だから!」

 「そうか……?なら良いけど……」

 何とか納得してくれた優斗に、結生は胸を撫で下ろす。折角の夏祭りデートを、こんなところで終わらせるわけにはいかない。そもそも、デートという認識はあるのだろうか……結生はチラリと優斗の方に視線を送る。

 (ただ一緒に遊びに行く感覚なんだろうなー……)

 優斗と一緒にいられるなら何でも良いかと自分を納得させていると、突然「あ!」と優斗が大きな声を出す。

 「わ、忘れ物でもしたのか?」

 驚いて結生が尋ねると、優斗はそわそわと視線を泳がせた後にこそっと小声で答える。

 「もしかして、これって……夏祭りデートってやつ……?」

 「…………」

 突然ほんのり赤く染まった頬で可愛らしく尋ねられ、結生の思考回路がショートする。

 「あ、あれ……違った……?」

 「キスして良い?」

 「えっ何?!何で?!ここ外!!」

 ジリジリと詰め寄ってくる結生の身体を、優斗が必死に両手で押さえる。

 「何だよ急に!!」

 優斗が真っ赤な顔で抗議する。

 「ごめん、優斗があまりに可愛くて」

 意味が分からない!とズンズンと進んで行く優斗を、結生が慌てて追いかける。気づくと目の前に神社があり、2人は鳥居に一礼して境内へと足を踏み入れる。


 「焼きそば!アメリカンドッグ!りんご飴!」

 色とりどりな出店を見た瞬間、優斗は目をキラキラと輝かせる。とりあえず機嫌は良くなったかな……と安心した結生は、どれから食べるか優斗に尋ねる。

 「まずは、さっき話してたホットドッグを手に入れたいよな。どこにあるんだろ?」

 「とりあえず、ぐるっと周ってみようか」

 「そうだな!」

 賑やかな境内を進むと、ちらほらと同じ学校の制服を見かける。浴衣を着て髪をアップにしているクラスメイトたちともすれ違い、非日常感に自然と胸が高揚する。

 「あれ、椎名と向井じゃないか?」

 優斗が出店を見ている2人を指差す。

 「本当だ……いつの間に仲良くなったんだ?」

 不思議な取り合わせに結生が首を傾げていると、ふと向井と目が合う。

 「あれー2人とも浴衣着てきたんだ。良いね〜俺も着れば良かったかな」

 「浴衣あるのか?」

 「うん、滅多に着ないけどね」

 昨日までとは全く違う2人の雰囲気に、優斗と結生は思わず顔を見合わせる。

 「君たちは何か買うの?」

 「え、あ、ホットドッグ食べたいなって」

 ふいに向井に問いかけられ、優斗がぎこちなく答える。

 「あぁ、もしかして話題になってるお店か?俺たちは買ってないけど、結構並んでたから早めに行った方が良いと思うぞ」

 椎名のアドバイスに、優斗がバッと結生の方を見る。

 「ちなみに、どの辺にあったか覚えてるか?」

 「そんなに離れてないよ。真っ直ぐ行って右側、クレープ屋の隣だったと思う」

 「ありがとう、それじゃ行こうか優斗」

 お礼を言ってその場を離れようとする2人に、はぐれるなよーと後ろから向井が声を掛ける。

 「はぐれないだろ、高校生にもなって……」

 「本当にそう思うか?」

 チラリと2人の方に目をやると、すでに優斗の姿がなかった。

 「あー……はぐれるかもな、葉山なら」

 苦笑する椎名を見て、向井は可笑しそうに笑う。

 「あ、俺アメリカンドッグ食べたかったんだよな。買ってきて良いか?」

 「良いねぇ、折角だし俺も買おうかな」

 すみませんと声を掛け、椎名と向井はそれぞれアメリカンドッグを買う。

 「それじゃ、椎名くんと初めて来たお祭りにカンパーイ!」

 向井は手に持っているホットドッグをグラスに見立てて乾杯をする。

 「ホットドッグで乾杯する奴、初めて見たよ」

 椎名はそう言いつつ、笑いながら乾杯に付き合った。


 「あ、結生!あの店じゃないか?!あれ……?」

 優斗が笑顔で振り返ると、そこにいるはずの結生の姿がなかった。立ち止まり辺りを見回していると、ふと先ほど遠くから聞こえた向井の言葉を思い出す。

 「はぐれ……た?」

 ひとまず邪魔にならないよう端に寄り、結生に連絡をしようとスマホを取り出す。ロック画面を解除しようと操作していると、圏外の文字が目に入る。

 「え……」

 ふいに先日の肝試しのことを思い出し、優斗の心臓がバクバクと音を立てる。こんなに人が沢山いるんだから、大丈夫に決まってる……そう思うのに、じわじわと不安が募り指先がわずかに震えて止まらない。

 「────っ優斗!!」

 「え、あ……結生…………」

 後ろから名前を呼ばれ振り返ると、ほっとした表情の結生と目が合う。髪は風で乱れ、額にはうっすら汗をかいているようだった。

 「もーっ下駄で走ったら危ないって言っただろ。……優斗?どうした?」

 結生の姿を見て放心していると、転んだのかと心配される。

 「ちが、転んでない……スマホ、圏外だったから……」

 優斗の言葉の意図を探るように考えていた結生だが、すぐに肝試しの日の事と重なったのだと理解する。

 「大丈夫だよ、ここ電波悪いからよく圏外になるんだ」

 結生は自身のスマホを取り出し優斗に見せる。表示が5Gから4Gに変わったかと思うと、すぐに圏外になった。

 「そう、なんだ……」

 「ごめん、不安にさせたよな」

 結生が優しく優斗の頭をなでる。

 「や、元はと言えばオレが勝手に移動したのが悪いから……」

 安堵と申し訳なさとで優斗は俯いてしまう。その姿を見て少し考えた結生は、そっと優斗の右手をとる。

 「え……?」

 結生の行動の意図が分からず首を傾げていると、そのまま手を繋がれる。優斗は思わず目を見開き結生の顔を見るが、ニコニコと笑顔を返されてしまう。

 「また急に優斗が走り出してはぐれたら困るから」

 「え、もっもう走らない!絶対に走らないから!」

 だから手を離してくれと目で訴えたが、結生はそのまま歩き出してしまう。

 「ゆっ結生!クラスの奴らに見られたら……!」

 「大丈夫。優斗がはぐれないようにって言ったら、みんな納得してくれるよ」

 「え、もしかしてオレ馬鹿にされてる?」

 顔を赤くして抗議していた優斗が、途端に真顔になる。

 「ふふ、してないよ。優斗が可愛いって言っただけ」

 「な……っ」

 再び耳まで真っ赤に染まった優斗に微笑み、結生は目当てのホットドッグ屋さんを指差す。

 「ほら、ここじゃない?色々あるんだな……優斗はどれにする?」

 「え、どうしよ……」

 優斗はメニューを見るなり、真剣に悩み始める。そんな優斗の様子と繋いだままの手を見て、結生は思わずくすりと笑う。

 「選べないなら、オレのと半分にするか?どれとどれで迷ってるんだ?」

 「良いのか?チーズも美味しそうだし、このスペシャルも気になるなって……」

 優斗の言葉を聞き、結生はお店の人に声を掛ける。ほどなくしてホットドッグが出来上がり、結生は両手で受け取る。

 「はい、どっちから食べる?」

 結生は両手のホットドッグを差し出し、優斗に尋ねる。

 「んー……じゃあ、こっち!」

 優斗はチーズの方を受け取り、人通りの少ない場所へ移動する。

 「いっただきまーす!」

 優斗は包みを剥がしホットドッグにかぶりつく。

 「んっうま!!」

 「本当?じゃあオレも──」

 美味しそうに食べる優斗の姿を眺めていた結生も、ホットドッグに口をつける。

 「本当だ、これは人気が出るのも納得だな……優斗?」

 「うん?」

 結生が優斗の方に視線を移すと、半分以上のホットドッグが消えていた。

 「あっ!!食べすぎた!!」

 「ふふ、よっぽど美味しかったんだね。そのまま全部食べるか?」

 優斗は自分が持っているものと結生の手元のものを交互に見比べる。これも美味しいけど、結生が持っている方も気になる……そう思ってじっと見つめていると、結生が小さく吹き出す。

 「ほら、こっちも食べたいんだろ」

 「え、でもメッチャ食べちゃったし……」

 「気にしなくて良いよ、オレそんなにお腹空いてないから」

 眉を下げて差し出され、それなら……と受け取り手元のものを結生に渡す。スペシャルというだけあり、具沢山でこちらも美味しそうだ。優斗は大きく口を開ける。

 「んま!こっちも美味いな!!」

 優斗はパァッと顔を輝かせ、その様子を結生は愛おしそうに見つめる。

 「チーズの方も美味しいね、ところで優斗……」

 結生はホットドッグを頬張る優斗の耳元に唇を寄せる。

 「──間接キスだな」

 「ごふっ」

 優斗は顔を真っ赤にして、勢いよくホットドッグから口を離す。

 「あはは、ごめんごめん。冗談だよ」

 「じ、冗談って……」

 優斗は恨めしげに結生に視線を送った後、そのまま手元に視線を移す。

 「ごめん、本当に気にしないで食べて。それとも……食べるの嫌になったか?」

 結生の瞳がわずかに揺れる。

 「いっ嫌なわけないだろ!」

 優斗は勢いよくホットドッグにかぶりつく。その様子を見てほっと息をつき、結生も同じように食べ進める。

 「は〜ご馳走さまでした!」

 2人は綺麗に食べ終わり、包み紙を近くのゴミ箱へ入れる。

 「次はどうする?」

 「んーとりあえず射的で腹ごなししようぜ!」

 「良いね、じゃあ探しに行こうか」

 2人は再び散策を始める。するりと手を繋がれ優斗の肩がピクリと揺れるが、先ほどのように抗議をすることはなかった。

 「…………デート、だからな」

 頬を染めてぼそっと呟く優斗の姿に、今度は結生が顔を赤くする。

 「え、照れてる?」

 結生の表情を盗み見た優斗が目を丸くする。

 「……かわいい」

 見たことのない表情に思わず優斗が漏らすと、結生の足が一瞬止まる。どうしたのかと優斗が口を開こうとすると、繋いでいた結生の手がスルスルと動き、先ほどよりもガッチリ繋がれる。

 「?!こ、これ恋人繋ぎとかいう……」

 「恋人同士だからな」

 結生がふっと笑い、親指で優斗の手の甲を軽く撫でる。優斗の肩が大きく跳ね、思わず手を離して逃げ出そうとする。が、結生の手はびくともしない。

 「力!つよ!」

 「また優斗とはぐれたら困るからな」

 「だから!もう走らないって!!」

 顔を真っ赤にして訴える優斗の姿を、結生はニコニコと満足げに眺めていた。



 「ほら、射的あったぞ優斗」

 「あぁうん、そうだな……」

 恋人繋ぎからの脱出を試みた優斗はことごとく失敗し、無駄に体力だけを消耗した。すらりと伸びた美しい腕の一体どこにそんな筋肉があるのか……優斗は大人しく手を繋がれることにした。

 「どれを狙う?」

 結生に尋ねられ、優斗は景品が並んでいる棚をゆっくりと確認する。

 「確実に数を稼ぐか、大物を狙うか……」

 真剣に物色する優斗の姿に、結生の口元が自然と弧を描く。

 「じゃあ、オレが先にやろうかな」

 結生はそう言って500円玉を渡し、コルク銃を受け取る。そして狙いを定め、静かに引き金を引く。

 “パンッ“

 結生が放ったコルクが景品のお菓子に命中し、見事に落下させる。

 「おー上手いな兄ちゃん!」

 美しい立ち姿で景品を手に入れた結生に、射的屋のおじさんが拍手を送る。

 「はい優斗。この新作のお菓子、気になってただろ?」

 結生は受け取った景品を優斗に手渡す。

 「え、結生いらないのか?」

 「向井に負けたままは癪だからな、後で1つだけ貰うよ」

 向井……?首を傾げて考えていた優斗だが、数日前に向井から貰ったお菓子を指しているのだと気付く。

 (えぇ、そこ張り合うの……?)

 結生の気持ちを察し、優斗の顔がじわじわと熱を帯びる。

 「どれにするか決めた?」

 「お、おう!」

 自分でも真っ赤になっていると分かる顔を結生に見られたら、また何を言われるか分からない。ぶんぶんと頭を振った後、優斗は表情を引き締めて受け取ったコルク銃を構える。

 “パンッ“

 優斗が放ったコルクは景品に命中したものの、他のお菓子と比べて重さがあるためか数センチ動いただけで落下はしなかった。

 「ぐぁーっ思った以上に重い!!」

 優斗が天を仰ぎ悔しがる。

 「あっはは、その景品はちょっと難しいぞ〜」

 横で見守っていた射的屋のおじさんが楽しそうに笑う。

 「くそー……」

 「じゃあ次はオレだな」

 優斗からコルク銃を受け取り、結生がスッと集中して構える。結生の髪を揺らしていた風が止み、一瞬の静寂が訪れる。

 “パンッ“

 コルクは見事に命中し、景品を後ろに落下させる。結生はふっと肩の力を抜き、見守っていた2人は揃って目を丸くする。

 「えっ何で落ちたの?!」

 「いや〜本当にすごいな兄ちゃん!スナイパーだな!」

 「スナイパー結生!かっこいい!」

 「やめて、それは恥ずかしい……」

 きゃっきゃと盛り上がる2人に、結生は眉を下げて赤面する。景品を袋に入れてもらい、結生は再び優斗の指に自身の指を絡ませる。

 「お、何だ仲良しだな!」

 「こうしておかないと、すぐはぐれるんですよ」

 結生は繋いだ手を見せながら、笑顔で答える。

 「あっはっは!子守ってわけか!じゃあ、しっかり繋いでおかないとな!」

 「そうですね」

 しっかり繋いでおかないとね、という顔で結生は優斗に笑みを向ける。優斗はカッと顔を赤くして子守じゃない!と叫ぶが、はいはい行きますよ〜と結生に引っ張られてしまう。

 「気をつけるんだぞ〜」

 射的屋のおじさんは、にこにこ楽しそうに2人に手を振り見送った。



 「っもー!何だよ子守って!!」

 「まぁまぁ、でも手を繋いでいても何も言われなかっただろ?」

 「言われなかったけど、オレの何か大事な尊厳的なものが失われた気がする」

 口を尖らせボソボソ文句を言う優斗に、結生は思わずふはっと笑ってしまう。

 「なに笑ってんだよー!子守する側は子守される側の気持ちなんて分からないんだ!」

 「ごめ、ちょ……あんまり笑わせないで……」

 結生はついに肩を震わせ始め、歩けなくなってしまう。

 「……笑いすぎじゃね?」

 「だって優斗が面白いこと言うから……はーっ」

 何とか落ち着いた結生が、呼吸を整える。

 「……子守だなんて思ってないよ、デートだからな」

 結生は優斗の耳元でそっと囁く。プンプン怒っていた優斗は、突然の不意打ちに目を白黒させる。

 「さ、デートの続きをしようか。花火まではまだ時間もあるし……りんご飴でも食べる?」

 「う、ぉ……食べる……」

 何とか言葉を絞り出した優斗の姿に結生は目を細め、繋いだ手を軽く揺らしながらゆっくりと歩き始める。徐々に日が傾き始め、爽やかな風がさわさわと木々の葉を揺らす。

 「あ、あったよ。あれ……?」

 参道を挟んで斜め向かいにりんご飴の出店が2つあり、結生は交互に見比べる。

 「1つはよく見る大きさだけど、もう1つはサイズが大きいな……カットしてカップに入れてくれるのか」

 どっちにするか尋ねようと視線を移動すると、優斗が見事なドヤ顔をしていた。

 「結生、あれは考えるまでもないぜ」

 「えっと……?」

 「美味しい方を選ぶなら、断然あの大きい方だ!あのタイプのお店は味にこだわってるからレベルが高い」

 「へぇーそうなんだ」

 結生は目を瞬かせ、よく知ってるなと感心する。

 「前にテレビで見て、食べてみたいと思ってたんだよな」

 そう言って、優斗はニッと笑う。

 「そうなんだ、オレもちょっと気になってきたな」

 2人はカップのりんご飴を1つ買い、同時に口に含む。パリッとした心地よい飴の食感と、瑞々しいりんごの甘さが口いっぱいに広がる。

 「うんっっっま!何これ!」

 今まで何度もりんご飴は食べたことがあったが、それらとは全く別の食べ物だった。

 「これは……」

 結生はキラキラと目を輝かせ、あまりの美味しさに言葉を失ってしまう。2人で夢中になって食べていると、あっという間にカップが空になってしまった。

 「なくなっちゃった……」

 優斗がしょんぼりとカップの底を眺める。

 「……もう1つ買おう。次にいつ食べられるか分からないし」

 「そうだな!そうだよな!」

 2人はお財布からお金を出し、追加でもう1カップりんご飴を買う。

 「あっという間に食べてしまって……」

 「すんごく美味しかったです!」

 こんなに美味しいりんご飴は初めて食べたと興奮気味に伝えると、お姉さんは嬉しそうに笑ってカップを2つ手渡してくれる。

 「今回のりんごは少し大きくて。カップに入りきらなくて、2つになっちゃった」

 こそっとウインクしながら告げられ、優斗と結生は顔を見合わせる。

 「っありがとうございます!」

 「こちらこそ、美味しく食べてくれてありがとうね」

 おまけしてもらった分もぺろりと完食し、2人は満足げにお腹をさする。

 「流石にちょっと食べすぎたな」

 「このお腹には幸せが詰まってるんだよ」

 「はは、確かにな」

 2人は少し休憩してから散策を再開することにした。

 「みんな花火見るのかなー」

 「花火大会はいつも人がすごいからな……もう帰る人たちもいるみたいだけど」

 通りを眺めていると、子ども連れが何組か出口の方へ向かって歩いていた。それと比例して、何となくカップルが増えてきたように見える。

 「場所取りとかしておいた方が良いのかな」

 花火を楽しみにしている優斗が、そわそわと辺りを見回し始める。

 「あぁ、それなら大丈夫だよ」

 結生の言葉に、どういう意味だ?と優斗が首を傾げる。

 「さて、そろそろ移動しようか。そういえば優斗、くじ引きやりたいって言ってたよな」

 「そうだった!まだ当たり残ってるかな!」

 2人は自然と手を繋ぎ、くじ引きの出店に向かう。同じように手を繋いだカップルが、それぞれ楽しそうにお祭りを楽しんでいる。

 「あった!くじ引き!」

 色とりどりな出店を眺めていると、優斗が目当ての出店を見つける。

 「いらっしゃい!今日はまだ大当たりが残ってるよ!」

 「だって!」

 優斗はパァッと嬉しそうな顔で振り返る。

 「オレのこの右手でゲーム機を引き当ててみせる!」

 お金を渡した優斗は、右腕をぐるぐる回して気合いを入れる。

 「ふふ、頑張って」

 「……これだ!」

 結生の声援を受け、優斗が狙いを定めて紐を引く。紐の先に重みを感じた優斗は、本当にゲーム機が当たったのでは……?!とドキドキしながら更に紐を引く。

 「兄ちゃんツイてるね!これは大物だよ!」

 そう言って笑顔で手渡されたのは、ゲーム機──ではなく大きなぬいぐるみだった。

 「すごいな優斗」

 「オレが欲しかったの、これじゃないんだけど……」

 優斗は何とも言えない表情で手元のぬいぐるみを見つめる。

 「犬……きつね……これ何……?」

 優斗は首を傾げながら、ぬいぐるみの顔を結生の方へ向ける。

 「え、何だろう……オオカミ……フェネック?」

 結生がまじまじと見つめながら考える。その様子を見て、ふと優斗は気づく。

 「このぬいぐるみ、結生に似てる……」

 「え?」

 ぼそっと呟いた後、優斗はぬいぐるみと結生に交互に視線を送り納得したように頷く。

 「似てる……か?」

 結生は微妙な顔でぬいぐるみを眺める。

 「確かに似てるかもなぁ」

 「ほら!」

 お店の人も言ってる!と、優斗は確信を持つ。そして、ぬいぐるみの顔をじっと見つめる。

 「結生に似たぬいぐるみかぁ。確かに大当たりだな」

 優斗は嬉しそうに笑顔を浮かべ、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 「ゲーム機も狙うかい?」

 「ううん、この子だけ連れて帰ります」

 「そっかそっか、大事にしてやってくれよ!」

 盛り上がっている2人の横で、結生は色々と爆発しそうな気持ちをギュッッと手を握り締め堪えていた……。


 「そろそろ花火が始まる時間だな。結局どこで見るんだ?」

 ぬいぐるみを両手で大事そうに抱えながら、優斗が結生に尋ねる。

 「結生?」

 聞こえなかったのかなと結生の顔を覗き込むと、そのまま結生の顔が近づいてきて気づいた時には唇が重ねられていた。

 「──っ?!?!」

 驚いた優斗はウサギのように後ろに飛び退く。

 「ふふ、すごい跳躍力だね」

 「なっなに……なっ……」

 「言っておくけど、これでも我慢してあげたんだからな」

 結生はジトっとした目で優斗を見る。こんな所で勝手にキスしておいて何だその目は!と優斗が抗議しようとすると、結生はスッとぬいぐるみを指差す。

 「え、なに……」

 「オレに似てるぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめるって何?オレを抱きしめたいってこと?そんなのオレが優斗を抱き締めたいんだけど」

 「えっえっ」

 淡々と澱みなく言葉を並べる結生に、優斗は困惑し思わずたじろぐ。オロオロし始める優斗の姿に、結生は長い息を吐く。

 「……優斗はもっとオレに好かれてる自覚を持ってって話」

 「え、ぁ……」

 結局よく分からなかったが、真っ直ぐに結生の気持ちをぶつけられ優斗の心拍数が跳ね上がる。

 「さてと、それじゃ花火が見える場所に移動しようか」

 そっと差し出された左手を、優斗がおずおずと握る。結生は満足そうに微笑み、ゆっくりと指を絡める。

 「腕が疲れたら言ってね。オレがぬいぐるみ持つから」

 「だっ大丈夫!オレが責任を持って一緒に帰る」

 そんなに離したくないのか……と口元が緩み、結生はそっと右手で隠す。

 「何か人が少なくなってきたけど……」

 優斗が辺りをキョロキョロと見回す。

 「うん、人が少なくて花火が見やすい穴場だからね」

 「へぇー結生は何でも知っててすごいな!」

 屈託のない笑顔を向けられ、結生も自然と笑みがこぼれる。気づくと花火の時間が近づき、号砲が始まりを告げる。

 “ヒュ〜〜〜……ドンッ“

 身体に響く大きな音と共に、大輪の花が夜空に咲く。

 「わぁ……」

 優斗は目を輝かせながら感嘆の声を漏らす。

 「すごいな!」

 キラキラとした優斗の顔を花火が照らし、結生の鼓動が高鳴る。

 「うん、すごく綺麗だな」

 「…………」

 「どうかした?」

 「いや……」

 優斗は目を泳がせて俯く。

 「もしかして疲れた?少し休もうか?」

 「ちがっ大丈夫!」

 優斗が顔を上げると同時にドンッと大きな花火が上がり、色とりどりの光が結生の姿を照らす。

 「花火に……」

 「うん?」

 「花火に照らされた結生が……すごく綺麗だなって……」

 恥ずかしげに告げられ、結生は思わず息をのむ。

 「それは……優斗こそ、だよ」

 「え?」

 眉を下げて笑う結生の表情に首を傾げた後、優斗はハッとして笑い出す。

 「あはは!オレたち同じこと考えてたんだな」

 「ふふ、そうだね」

 顔を見合わせて笑う2人の姿を、大きな花火の光が包む。結生が案内してくれた場所は本当に穴場で、周りにほとんど人がいない。

 「……ねぇ、優斗」

 「ん?」

 名前を呼ばれ見上げると、熱を含んだ瞳と視線がぶつかる。結生が何を求めているのか、表情だけで優斗には分かってしまった。

 「ぅ……」

 頬を染め視線を泳がせ始める優斗に小さく笑いながら、結生は続ける。

 「キス、しても良い?」

 「…………」

 優斗は俯き、ぬいぐるみを抱えている腕にぎゅっと力が入る。繋いでいる手のひらから結生に伝わってしまうのではないかと思うほど、全身がドクドクと脈打つ。

 “ヒュ〜〜〜……ドンッ“

 辺りには花火の弾ける音だけが大きく響く。キラキラと照らされた優斗が、意を決したように顔を上げる。

 「……っ」

 恥ずかしそうに目を瞑る優斗の姿に、結生の心臓が跳ねる。

 「優斗……」

 結生は繋いでいない方の手で優斗の頬を優しく撫で、ゆっくりと顔を近づける。

 「大好きだよ」

 甘さを含んだ声で結生が囁き、花火に照らし出された2つの影が重なる。

 「ん……」

 じわじわと2つの熱が混ざり合い、高鳴る鼓動と比例して幸福感に満たされる。ゆっくりと唇が離れ、2人の視線が絡み合う。

 「オレも……好き、だよ」

 優斗は頬を染めながら、小さく呟く。

 「優斗……」

 恥ずかしさからふいっと視線を逸らした優斗の顎を持ち上げ、それは反則だよと結生は再び唇を重ねる。いつの間にか花火は終わり、月明かりが2つの影を包んでいた。


 「はーっ楽しかった!」

 「ふふ、お土産も手に入れたしね」

 2人は手を繋ぎ、声をひそめながらカランコロンと夜道を歩く。

 「コイツどこに置こうかなーベッドに置いて一緒に寝ようかな」

 優斗の言葉に、結生の肩がピクリと揺れる。

 「恋人であるオレより先に、そいつに添い寝をさせるのか?」

 眉をひそめる結生に、何を言っているんだと思わず大きな声が出てしまう。

 「しっ……周りの迷惑になるよ」

 「だっ誰のせいだよ……!」

 結生に人差し指で嗜められ、優斗は小声で抗議する。

 「まったく……ぬいぐるみ相手に嫉妬なんてするなよ」

 「それは難しいなぁ」

 口を尖らせる優斗に、結生は眉を下げて小さく笑う。キラキラと小さな星々が夜空に輝き、心地よい風が2人の間を吹き抜ける。

 「あっ!!」

 優斗が突然大きな声を出し、結生の肩がビクッと跳ねる。

 「優斗……」

 「ごめっ──」

 優斗は慌てて口元を押さえる。

 「で、どうしたんだ?」

 「いや……結生の写真すっかり忘れてたなって……あー楽しすぎて完全に頭から抜けてた」

 母さんに何て言おう……と困った顔で考え込んでいる優斗の姿に、結生は思わず笑みを浮かべる。

 「今から撮るか?」

 「えぇ、この真っ暗な中で?いや、夜景モードにすればいけるか……?」

 優斗は真剣に考え始める。

 「よし、とりあえず撮ってみよう!」

 2人は適当な場所で立ち止まり、スマホを操作する。

 「フラッシュ焚くからなー」

 結生に一声かけてから、優斗はスマホを向ける。

 「……はい、チーズ」

 シャッターを切り、2人でスマホを覗き込んで撮れた写真を確認する。

 「良いんじゃないか?」

 「ヤバイ、オレ天才かもしれない」

 自画自賛する優斗に笑いながら、帰ろうかと結生は左手を差し出す。しかし、優斗はじっとぬいぐるみを見つめたまま動き出そうとしない。

 「……優斗?」

 「コイツと一緒に撮ろう」

 「え?」

 抱えていたぬいぐるみを差し出され、結生は困惑したまま受け取る。

 「結生と、結生そっくりなコイツの2ショット」

 優斗はウキウキした様子でニッと笑顔を見せる。楽しそうな優斗の姿に、結生は仕方ないなと小さく笑いながらぬいぐるみを抱える。

 「はい、チーズ」

 スマホの中の写真に、優斗は満足そうに頷く。

 「優斗と結生そっくりなコイツの写真も撮らせてよ」

 そう言って、結生がぬいぐるみを手渡す。

 「えぇ?別にオレの写真はいらないだろ」

 「いやオレがいる。はい撮るぞー」

 「えっちょ……」

 優斗がわたわたと構え、シャッターが切られる。撮れた写真を愛おしそうに見つめ、結生がスマホをしまう。

 「あの、さ……」

 「どうした?」

 もじもじとした様子の優斗に、結生が首を傾げて尋ねる。

 「オレと結生の写真も、欲しい……」

 ダメか?と見上げられ、結生の心臓がドッと音を立てる。今すぐ抱き締めたい衝動に駆られたが、人通りが少ないとはいえ住宅街の道端でそんなことをするわけにはいかず、結生はグッと堪える。

 「良いよ、撮ろうか」

 2人はカメラのフレームに収まるよう、顔を寄せ合う。シャッターが切られ、優斗がスマホの画面を確認する。

 「へへっ初デートの思い出」

 嬉しそうにはにかむ優斗の姿に、結生は心の中でいい加減にしてくれないかなと悪態をつく。ムクムクと湧く欲望にフタをして、今度こそ帰ろうと結生は左手を差し出す。

 「来年もまた行こうな」

 「あぁ、約束な」

 2人は握った手をゆらゆらと楽しげに揺らしながら、カランコロンと静かに下駄を鳴らした。