翌朝、昨日の晴天が嘘だったかのような激しい雨の音で優斗は目を覚ます。
「えー……最悪なんだけど……」
目覚ましよりも先に起きてしまったことと、土砂降りの中を歩いて学校まで行かなければならないという事実に小さく唸り、優斗はタオルケットを抱えて布団の上で海老のように丸まる。
──1時間後、気が付くと2度寝していた優斗は慌てて朝の準備を済ませて家を飛び出す。何とか待ち合わせの時間には遅刻せずに済み、結生と2人で学校へ向かった。
「はーやっと着いた……」
「すごい雨だったな。帰りまでに少しは弱まると良いけど」
ドアの前で傘の水を落としていると、同じように雨の中を歩いてくる椎名の姿を見つける。
「おはよー椎名、すんごい雨だな」
「あぁ、おはよう──」
優斗と椎名が挨拶を交わした瞬間、空がピカッと激しく光ったかと思うとドォンと地響きのような激しい音が空気を震わせる。
「…………っくりした、雷でも落ちたのか?」
突然の爆音に、優斗は驚いて目を見開く。
「早く中に入ろう、多分すぐ近くに落ちた」
結生が促し、3人は急いで校舎の中に入る。上靴に履き替えていると、椎名がこの後すぐ話せるかと小声で尋ねてくる。
「大丈夫……だよな?」
優斗が結生の方に視線を向けると、結生は静かに頷き同意を示す。椎名は小さく息を吐き、とりあえずこれを持っててくれと小さなビー玉のようなキーホルダーを2人に渡す。
「最悪、何かあってもそれが守ってくれるから」
「お守りみたいなものか」
「え、待って。何かってなに?」
当たり前のように受け入れる結生の横で、優斗が怯えながら2人の顔を交互に見る。
「とりあえず教室に荷物を置いてこよう。まだ朝のホームルームまでは間もあるし」
「そうだな、濡れたままの鞄を持ってるのも嫌だし……」
椎名の提案に賛同する結生の横で、優斗は納得のいかない顔でビー玉を見つめていた。そのまま3人は階段を上り、椎名が教室の扉をガラリと開ける。
「え…………」
「どうした?」
中に入ろうとしない椎名の顔を見上げ、優斗はそのまま教室の中へと視線を動かす。
「え、何で誰もいない──」
ホームルームまで時間があるとはいえ、クラスメイトが半分は登校してきている時間だ。天気が悪いことを考慮しても、誰もいないのは明らかにおかしかった。
「……なぁ」
結生が暗い顔で口を開く。
「ここに来るまで、校内に誰かいたか……」
「え……」
結生に言われ思い返してみると、学校に着いてから誰の姿も見ていないことに気づく。椎名の姿を見つけた時にも、周りには他に誰もいなかったかもしれない……。
「あ、もしかして雨がすごすぎて休みになったとか?!」
「俺ら3人にだけ連絡がきてないなら嫌がらせだよ……」
「だよな……何なら、そっちの方が嫌だわ」
自分で言っておいて落ち込む優斗の姿に、結生の口元が緩く弧を描く。
「…………わりと緊急事態だと思うんだけど」
じとっとした目で椎名に咎められ、結生はバツが悪そうにごめんと呟く。
「あれー椎名くんもいるんだ」
気配もなく現れた声の主の方に、3人が勢いよく視線を移す。
「向井……」
椎名が2人を庇うように前に出て睨みつける。
「喧嘩したいわけじゃないって言ったはずなんだけどなぁ」
向井はわざとらしく、やれやれといったポーズを取り眉を下げる。
「お前の仕業か」
「聞く耳なし……か、まぁしょうがないか。別に俺が何かしたってわけじゃないよ。強いていうなら、この学校の特性?」
「この学校の特性……?」
結生が眉をひそめて、向井の言葉を繰り返す。
「そ、何なら俺も巻き込まれた側。君たちの知る茂木くんもね」
「どういうことだ……?」
茂木という言葉にピクリと反応した椎名が問いかける。
「まぁ正直、俺も詳しくは分かってないんだけどね」
向井曰く、茂木も向井もこの世界の住人ではないらしい。
「気づいたら知らない世界に飛ばされてたんだから、こっちだって被害者なんだよ。君たち、いつから茂木くんと友達だったか覚えてる?初めて会ったのはいつ?」
「そんなの──」
当たり前だろうと口を開いた優斗だったが、いつから茂木と同じクラスなのか全く思い出せなかった。1年の時?それとも2年になってから?何がきっかけで話すようになった……?他の2人も同じように黙り込んでしまう。
「ね、知らないうちに入り込んでるんだよ。俺のことだって君たち以外はクラスメイトとして認識してたでしょ」
「つまり、パラレルワールドってことか……?いやでも、その場合は存在そのものが異分子なわけだから……」
椎名が顎に手を当てて考える。
「仕組みはよく分からないけどね、とりあえず今この学校の空間は不安定ってことだけ伝えておくよ」
「空間が不安定……?」
優斗が首を傾げると、向井は優斗が手に持っているビー玉のキーホルダーを指差す。
「それ、椎名くんが用意したんでしょ?流石だね。それがなかったら、今頃3人とも別々の世界に飛ばされてた可能性が高いよ」
「えっ」
「さっきの落雷、あれが空間の歪みがピークに達した合図だと思う。さっきも言ったけど、この学校自体が何かおかしいんだよ。具体的には説明できないけど……君たちには心当たりがあるんじゃない?」
向井がチラリと優斗と結生に視線を送る。肝試しをしたあの日、確かに校舎の中に閉じ込められてしまった。そして、ようやく出られたと思ったら時計の針は1分も進んでいなかった。
「つまり……オレたちはまた、この学校に閉じ込められたってことか……?」
「……待て、またって何だ?」
結生の言葉に椎名が反応する。
「肝試しの日、オレたち学校に閉じ込められて出られなくなったんだよ。あれ、そういや椎名から先に入ってるって連絡が……」
「ちょっと詳しく教えてもらえるか」
優斗と結生は、一昨日の夜の出来事を椎名に説明する。4人で待ち合わせたが椎名が来なかったこと、茂木のスマホに先に入っていると椎名からメッセージが届いたこと、連絡先を交換していないはずの椎名から結生のスマホに文字化けしたメッセージが送られてきたこと、夜の校舎に閉じ込められて出られなくなったこと────
「マジ……か、俺のところには肝試しは中止になったって茂木から連絡があったんだよ……」
「えっ?!」
優斗が驚いて目を丸くする。
「え、でも待ち合わせには茂木も来てたぞ?どういうことだよ……」
「よく分からないけど……どう転んでもDXチーズメンチカツサンドは食べられなかったってことかよ……」
「え、そこ?」
「デラックス……なに?」
椎名が頭を抱えて絶望している横で、結生が真顔で突っ込み向井が怪訝そうな顔をする。
「……で、結局2人はどうやって学校から出たんだよ」
深い溜息をついた後、椎名は優斗と結生に質問を投げかける。
「え、結生が普通に窓を開けて飛び降りたよな……?」
「あぁ、何でか分からないけど今なら出られるって思って」
「なるほどなーたまたま出られたパターンか……」
「えっそうなの?!」
椎名の言葉に優斗が目を白黒させる。
「んー……今の話を聞いてる限り、この学校っていうより君たち2人が特異点なのかもね」
横で3人の会話を聞いていた向井が、優斗と結生を指差す。
「トクイテン?」
「この現象の……言わば、原因?」
「ええ?!」
「肝試しをしたからこそ、何か変わったこと──あったんじゃない?」
驚く優斗をよそに、向井は意味深な顔で結生に尋ねる。
「…………」
すると結生は、何とも言えない表情で黙り込んでしまう。
「まぁ仮にそうだとしたら、そろそろ戻れるんじゃない?その時に、俺が一緒にいるかどうかは分からないけど」
「えっ」
優斗が向井の方に視線をやると同時に、廊下の窓がカタカタと小刻みに揺れ始める。
「ほら、来たよ」
向井が笑みを浮かべると、窓の外が真っ白な光に包まれる。あまりの眩しさに3人は目を瞑り、何が起きたのかとゆっくり瞼を開くと廊下にはいつものように生徒たちが歩いていた。教室の方に視線を移すと、先ほどまでいなかったはずのクラスメイトたちが楽しそうにお喋りをしている。
「戻った……のか……?」
呆気に取られながら、椎名がポツリと呟く。
「おい、外!メッチャ晴れてるんだけど!」
優斗が目をまん丸にしながら、廊下の窓を指差す。
「オレたち無駄に濡れたってこと?傘立てに傘あるのかな」
「じ、順応性高すぎないか佐倉……」
苦笑いしている椎名の横で先ほどの向井の言葉を思い出した優斗は、急いで教室の中に入り辺りを見回す。
「いるじゃん!!何だよ!!」
向井の姿を見つけた優斗は、心配して損したと口を尖らせる。
「えーなに、俺の心配してくれたの?嬉しいんだけど」
にっこりと笑いかける向井から優斗を隠すように、険しい顔をした結生が間に入り込む。
「なんだよもー何もしないって」
「…………」
「お前が見たのは存在しないバグ、そんな牽制する前にもっと自信を持ちなさいよ」
痛い所を衝かれ、結生が顔を歪める。自分が見たものは現実ではない、優斗もはっきりと否定してくれた。それでも、もしかしたらという感情が結生の心を曇らせてしまう。
「あーもう……ほら、コレやるから一緒に行ってこいよ」
そう言って、夏祭りの無料引換券を2枚差し出す。
「え、何で……」
「んー佐倉を保健室に連れて行く時に、意地悪しちゃったお詫び?まさか倒れるとは思わなかったからさ……悪かったよ」
「あ、いや……」
一方的に敵視していた結生の心に、チクリと罪悪感が生まれる。
「こっちこそ……勝手に突っかかって悪かった。ありがとう、使わせてもらうよ」
ふわりと笑みを浮かべる結生の姿に、向井も嬉しそうに笑顔を返す。何やら和やかな雰囲気に、優斗は不思議そうに目を瞬かせる。
「優斗、もうすぐ夏祭りが始まるだろ。今年も一緒に行かないか?」
「えっ当たり前だろ!また射的で勝負しようぜ!」
目の前で盛り上がっている様子を見ながら、普通に一緒に行ってんのかーいと向井が小さく突っ込みを入れたが2人の耳には全く届いていなかった。
***
「向井、ちょっと良いか」
放課後、帰り支度をしていた向井に椎名が声を掛ける。
「はは、来ると思ってたよ。茂木くんのことでしょ?」
「……話が早くて助かるよ」
椎名は眉を下げて笑い、涼しい所へ行こうと近くのファミレスに誘う。
「勝手にお前が元凶って決め付けて悪かった……詫びってわけじゃないけど、ここは俺が払うから」
「えー椎名くん男前〜!」
席に着き、椎名はこれまでの言動に頭を下げる。
「まぁ、俺もちょっと喧嘩売るような言い方しちゃったからね。嫌なこと言ってごめん」
素直に奢られるけどね!とウインクする向井に、好きなだけ食えよと椎名は可笑しそうに笑う。
「で、本題だけど」
「何で俺が茂木くんを知っているのか、彼は今どこにいるのか……辺りかな?」
「はは、本当に話が早くて助かるよ」
ドリンクバーのジュースを飲みながら、椎名は小さく笑う。
「俺も正直、茂木くんが今どこにいるかは分からないんだ……力になれなくて申し訳ないけど」
「そっ……か」
「けど、あの2人が特異点だとしたら肝試しに誘うことが茂木くんの役目だったんだと思う」
「なるほど……?」
椎名は難しい顔をしながら首を傾げる。そんな椎名の様子に、向井は苦笑しながらストローに口を付ける。
「で、何で俺が茂木くんを知ってるかだけど。お互い正確に知ってるってわけじゃないんだ」
「うん?」
「気づいたら知らない世界に飛ばされてたって言ったけど、正直これまでの記憶ってぼんやりしててさ。何となく別の世界に飛ばされたなーって感じなんだけど、茂木くんとは何度か会ってる気がしてさ」
向井は話しながら、くるくるとグラスの中の氷をストローでかき混ぜる。
「多分、向こうも同じように感じてて……喋ったことないから憶測でしかないんだけど」
「え、そうなのか?」
「お互いに何となく存在を認識してる、みたいな?だから、茂木くんがどこまで理解してるかとか……そういうことは全く分からないんだよ」
向井はジュースを一口飲んで続ける。
「でもまぁ……ここまで真剣に心配してくれる友達がいるってことは、茂木くんは充実した毎日を送っていたんだろうね」
「──っ」
向井の優しい声音に、椎名は持っていたグラスにぎゅっと力を入れる。
「もしかしたら、明日また茂木くんと俺が入れ替わってるかもしれないしさ。まぁ……難しいかもしれないけど、あんまり思い詰めない方が良いよ」
「……まさか、お前に気遣われるとはな」
椎名は困ったような顔で笑い、ジュースに口を付ける。
「ありがとな、色々聞けて良かったよ」
「いーえ、あんまり具体的な話ができなくて悪いな」
2人は会計を済ませてファミレスを後にする。外に出ると日差しも和らいでいて、いつもより湿度の低い爽やかな風が吹き抜けていった。
──その夜、椎名は夢を見た。
教室のチャイムが鳴り、昼休みが始まる。椎名がいつものように席に座って弁当を出していると、茂木がやって来る。
『いやー約束守れなくて悪かったな!』
『本当だよ、購買のパン楽しみにしてたのに』
『まぁまぁ、1ヶ月分は無理だったけどさ……ジャーン!』
『え、そっそのパンは……!』
茂木が大袈裟に取り出したのは、あのDXチーズメンチカツサンドだった。
『しかも俺の分もある。一緒に食おうぜ!』
茂木はニカッと笑い、椎名にパンを手渡して席に着く。
『は、初めて見た……』
椎名は感動に震えながらパンの包みを剥がす。その様子を間近で見ながら、そんなに感動する?と茂木が楽しそうに笑う。そして2人同時に大きなパンにかぶりつく。
『う、うま……!』
キラキラと目を輝かせパンを頬張る椎名の姿を、茂木は満足そうに眺める。
『本当に美味いよ!ありがとな茂木!』
『おう!』
椎名は弾けるような笑顔を向ける。2人で食べたDXチーズメンチカツサンドは、今まで食べたどのパンよりも美味しかった。
「えー……最悪なんだけど……」
目覚ましよりも先に起きてしまったことと、土砂降りの中を歩いて学校まで行かなければならないという事実に小さく唸り、優斗はタオルケットを抱えて布団の上で海老のように丸まる。
──1時間後、気が付くと2度寝していた優斗は慌てて朝の準備を済ませて家を飛び出す。何とか待ち合わせの時間には遅刻せずに済み、結生と2人で学校へ向かった。
「はーやっと着いた……」
「すごい雨だったな。帰りまでに少しは弱まると良いけど」
ドアの前で傘の水を落としていると、同じように雨の中を歩いてくる椎名の姿を見つける。
「おはよー椎名、すんごい雨だな」
「あぁ、おはよう──」
優斗と椎名が挨拶を交わした瞬間、空がピカッと激しく光ったかと思うとドォンと地響きのような激しい音が空気を震わせる。
「…………っくりした、雷でも落ちたのか?」
突然の爆音に、優斗は驚いて目を見開く。
「早く中に入ろう、多分すぐ近くに落ちた」
結生が促し、3人は急いで校舎の中に入る。上靴に履き替えていると、椎名がこの後すぐ話せるかと小声で尋ねてくる。
「大丈夫……だよな?」
優斗が結生の方に視線を向けると、結生は静かに頷き同意を示す。椎名は小さく息を吐き、とりあえずこれを持っててくれと小さなビー玉のようなキーホルダーを2人に渡す。
「最悪、何かあってもそれが守ってくれるから」
「お守りみたいなものか」
「え、待って。何かってなに?」
当たり前のように受け入れる結生の横で、優斗が怯えながら2人の顔を交互に見る。
「とりあえず教室に荷物を置いてこよう。まだ朝のホームルームまでは間もあるし」
「そうだな、濡れたままの鞄を持ってるのも嫌だし……」
椎名の提案に賛同する結生の横で、優斗は納得のいかない顔でビー玉を見つめていた。そのまま3人は階段を上り、椎名が教室の扉をガラリと開ける。
「え…………」
「どうした?」
中に入ろうとしない椎名の顔を見上げ、優斗はそのまま教室の中へと視線を動かす。
「え、何で誰もいない──」
ホームルームまで時間があるとはいえ、クラスメイトが半分は登校してきている時間だ。天気が悪いことを考慮しても、誰もいないのは明らかにおかしかった。
「……なぁ」
結生が暗い顔で口を開く。
「ここに来るまで、校内に誰かいたか……」
「え……」
結生に言われ思い返してみると、学校に着いてから誰の姿も見ていないことに気づく。椎名の姿を見つけた時にも、周りには他に誰もいなかったかもしれない……。
「あ、もしかして雨がすごすぎて休みになったとか?!」
「俺ら3人にだけ連絡がきてないなら嫌がらせだよ……」
「だよな……何なら、そっちの方が嫌だわ」
自分で言っておいて落ち込む優斗の姿に、結生の口元が緩く弧を描く。
「…………わりと緊急事態だと思うんだけど」
じとっとした目で椎名に咎められ、結生はバツが悪そうにごめんと呟く。
「あれー椎名くんもいるんだ」
気配もなく現れた声の主の方に、3人が勢いよく視線を移す。
「向井……」
椎名が2人を庇うように前に出て睨みつける。
「喧嘩したいわけじゃないって言ったはずなんだけどなぁ」
向井はわざとらしく、やれやれといったポーズを取り眉を下げる。
「お前の仕業か」
「聞く耳なし……か、まぁしょうがないか。別に俺が何かしたってわけじゃないよ。強いていうなら、この学校の特性?」
「この学校の特性……?」
結生が眉をひそめて、向井の言葉を繰り返す。
「そ、何なら俺も巻き込まれた側。君たちの知る茂木くんもね」
「どういうことだ……?」
茂木という言葉にピクリと反応した椎名が問いかける。
「まぁ正直、俺も詳しくは分かってないんだけどね」
向井曰く、茂木も向井もこの世界の住人ではないらしい。
「気づいたら知らない世界に飛ばされてたんだから、こっちだって被害者なんだよ。君たち、いつから茂木くんと友達だったか覚えてる?初めて会ったのはいつ?」
「そんなの──」
当たり前だろうと口を開いた優斗だったが、いつから茂木と同じクラスなのか全く思い出せなかった。1年の時?それとも2年になってから?何がきっかけで話すようになった……?他の2人も同じように黙り込んでしまう。
「ね、知らないうちに入り込んでるんだよ。俺のことだって君たち以外はクラスメイトとして認識してたでしょ」
「つまり、パラレルワールドってことか……?いやでも、その場合は存在そのものが異分子なわけだから……」
椎名が顎に手を当てて考える。
「仕組みはよく分からないけどね、とりあえず今この学校の空間は不安定ってことだけ伝えておくよ」
「空間が不安定……?」
優斗が首を傾げると、向井は優斗が手に持っているビー玉のキーホルダーを指差す。
「それ、椎名くんが用意したんでしょ?流石だね。それがなかったら、今頃3人とも別々の世界に飛ばされてた可能性が高いよ」
「えっ」
「さっきの落雷、あれが空間の歪みがピークに達した合図だと思う。さっきも言ったけど、この学校自体が何かおかしいんだよ。具体的には説明できないけど……君たちには心当たりがあるんじゃない?」
向井がチラリと優斗と結生に視線を送る。肝試しをしたあの日、確かに校舎の中に閉じ込められてしまった。そして、ようやく出られたと思ったら時計の針は1分も進んでいなかった。
「つまり……オレたちはまた、この学校に閉じ込められたってことか……?」
「……待て、またって何だ?」
結生の言葉に椎名が反応する。
「肝試しの日、オレたち学校に閉じ込められて出られなくなったんだよ。あれ、そういや椎名から先に入ってるって連絡が……」
「ちょっと詳しく教えてもらえるか」
優斗と結生は、一昨日の夜の出来事を椎名に説明する。4人で待ち合わせたが椎名が来なかったこと、茂木のスマホに先に入っていると椎名からメッセージが届いたこと、連絡先を交換していないはずの椎名から結生のスマホに文字化けしたメッセージが送られてきたこと、夜の校舎に閉じ込められて出られなくなったこと────
「マジ……か、俺のところには肝試しは中止になったって茂木から連絡があったんだよ……」
「えっ?!」
優斗が驚いて目を丸くする。
「え、でも待ち合わせには茂木も来てたぞ?どういうことだよ……」
「よく分からないけど……どう転んでもDXチーズメンチカツサンドは食べられなかったってことかよ……」
「え、そこ?」
「デラックス……なに?」
椎名が頭を抱えて絶望している横で、結生が真顔で突っ込み向井が怪訝そうな顔をする。
「……で、結局2人はどうやって学校から出たんだよ」
深い溜息をついた後、椎名は優斗と結生に質問を投げかける。
「え、結生が普通に窓を開けて飛び降りたよな……?」
「あぁ、何でか分からないけど今なら出られるって思って」
「なるほどなーたまたま出られたパターンか……」
「えっそうなの?!」
椎名の言葉に優斗が目を白黒させる。
「んー……今の話を聞いてる限り、この学校っていうより君たち2人が特異点なのかもね」
横で3人の会話を聞いていた向井が、優斗と結生を指差す。
「トクイテン?」
「この現象の……言わば、原因?」
「ええ?!」
「肝試しをしたからこそ、何か変わったこと──あったんじゃない?」
驚く優斗をよそに、向井は意味深な顔で結生に尋ねる。
「…………」
すると結生は、何とも言えない表情で黙り込んでしまう。
「まぁ仮にそうだとしたら、そろそろ戻れるんじゃない?その時に、俺が一緒にいるかどうかは分からないけど」
「えっ」
優斗が向井の方に視線をやると同時に、廊下の窓がカタカタと小刻みに揺れ始める。
「ほら、来たよ」
向井が笑みを浮かべると、窓の外が真っ白な光に包まれる。あまりの眩しさに3人は目を瞑り、何が起きたのかとゆっくり瞼を開くと廊下にはいつものように生徒たちが歩いていた。教室の方に視線を移すと、先ほどまでいなかったはずのクラスメイトたちが楽しそうにお喋りをしている。
「戻った……のか……?」
呆気に取られながら、椎名がポツリと呟く。
「おい、外!メッチャ晴れてるんだけど!」
優斗が目をまん丸にしながら、廊下の窓を指差す。
「オレたち無駄に濡れたってこと?傘立てに傘あるのかな」
「じ、順応性高すぎないか佐倉……」
苦笑いしている椎名の横で先ほどの向井の言葉を思い出した優斗は、急いで教室の中に入り辺りを見回す。
「いるじゃん!!何だよ!!」
向井の姿を見つけた優斗は、心配して損したと口を尖らせる。
「えーなに、俺の心配してくれたの?嬉しいんだけど」
にっこりと笑いかける向井から優斗を隠すように、険しい顔をした結生が間に入り込む。
「なんだよもー何もしないって」
「…………」
「お前が見たのは存在しないバグ、そんな牽制する前にもっと自信を持ちなさいよ」
痛い所を衝かれ、結生が顔を歪める。自分が見たものは現実ではない、優斗もはっきりと否定してくれた。それでも、もしかしたらという感情が結生の心を曇らせてしまう。
「あーもう……ほら、コレやるから一緒に行ってこいよ」
そう言って、夏祭りの無料引換券を2枚差し出す。
「え、何で……」
「んー佐倉を保健室に連れて行く時に、意地悪しちゃったお詫び?まさか倒れるとは思わなかったからさ……悪かったよ」
「あ、いや……」
一方的に敵視していた結生の心に、チクリと罪悪感が生まれる。
「こっちこそ……勝手に突っかかって悪かった。ありがとう、使わせてもらうよ」
ふわりと笑みを浮かべる結生の姿に、向井も嬉しそうに笑顔を返す。何やら和やかな雰囲気に、優斗は不思議そうに目を瞬かせる。
「優斗、もうすぐ夏祭りが始まるだろ。今年も一緒に行かないか?」
「えっ当たり前だろ!また射的で勝負しようぜ!」
目の前で盛り上がっている様子を見ながら、普通に一緒に行ってんのかーいと向井が小さく突っ込みを入れたが2人の耳には全く届いていなかった。
***
「向井、ちょっと良いか」
放課後、帰り支度をしていた向井に椎名が声を掛ける。
「はは、来ると思ってたよ。茂木くんのことでしょ?」
「……話が早くて助かるよ」
椎名は眉を下げて笑い、涼しい所へ行こうと近くのファミレスに誘う。
「勝手にお前が元凶って決め付けて悪かった……詫びってわけじゃないけど、ここは俺が払うから」
「えー椎名くん男前〜!」
席に着き、椎名はこれまでの言動に頭を下げる。
「まぁ、俺もちょっと喧嘩売るような言い方しちゃったからね。嫌なこと言ってごめん」
素直に奢られるけどね!とウインクする向井に、好きなだけ食えよと椎名は可笑しそうに笑う。
「で、本題だけど」
「何で俺が茂木くんを知っているのか、彼は今どこにいるのか……辺りかな?」
「はは、本当に話が早くて助かるよ」
ドリンクバーのジュースを飲みながら、椎名は小さく笑う。
「俺も正直、茂木くんが今どこにいるかは分からないんだ……力になれなくて申し訳ないけど」
「そっ……か」
「けど、あの2人が特異点だとしたら肝試しに誘うことが茂木くんの役目だったんだと思う」
「なるほど……?」
椎名は難しい顔をしながら首を傾げる。そんな椎名の様子に、向井は苦笑しながらストローに口を付ける。
「で、何で俺が茂木くんを知ってるかだけど。お互い正確に知ってるってわけじゃないんだ」
「うん?」
「気づいたら知らない世界に飛ばされてたって言ったけど、正直これまでの記憶ってぼんやりしててさ。何となく別の世界に飛ばされたなーって感じなんだけど、茂木くんとは何度か会ってる気がしてさ」
向井は話しながら、くるくるとグラスの中の氷をストローでかき混ぜる。
「多分、向こうも同じように感じてて……喋ったことないから憶測でしかないんだけど」
「え、そうなのか?」
「お互いに何となく存在を認識してる、みたいな?だから、茂木くんがどこまで理解してるかとか……そういうことは全く分からないんだよ」
向井はジュースを一口飲んで続ける。
「でもまぁ……ここまで真剣に心配してくれる友達がいるってことは、茂木くんは充実した毎日を送っていたんだろうね」
「──っ」
向井の優しい声音に、椎名は持っていたグラスにぎゅっと力を入れる。
「もしかしたら、明日また茂木くんと俺が入れ替わってるかもしれないしさ。まぁ……難しいかもしれないけど、あんまり思い詰めない方が良いよ」
「……まさか、お前に気遣われるとはな」
椎名は困ったような顔で笑い、ジュースに口を付ける。
「ありがとな、色々聞けて良かったよ」
「いーえ、あんまり具体的な話ができなくて悪いな」
2人は会計を済ませてファミレスを後にする。外に出ると日差しも和らいでいて、いつもより湿度の低い爽やかな風が吹き抜けていった。
──その夜、椎名は夢を見た。
教室のチャイムが鳴り、昼休みが始まる。椎名がいつものように席に座って弁当を出していると、茂木がやって来る。
『いやー約束守れなくて悪かったな!』
『本当だよ、購買のパン楽しみにしてたのに』
『まぁまぁ、1ヶ月分は無理だったけどさ……ジャーン!』
『え、そっそのパンは……!』
茂木が大袈裟に取り出したのは、あのDXチーズメンチカツサンドだった。
『しかも俺の分もある。一緒に食おうぜ!』
茂木はニカッと笑い、椎名にパンを手渡して席に着く。
『は、初めて見た……』
椎名は感動に震えながらパンの包みを剥がす。その様子を間近で見ながら、そんなに感動する?と茂木が楽しそうに笑う。そして2人同時に大きなパンにかぶりつく。
『う、うま……!』
キラキラと目を輝かせパンを頬張る椎名の姿を、茂木は満足そうに眺める。
『本当に美味いよ!ありがとな茂木!』
『おう!』
椎名は弾けるような笑顔を向ける。2人で食べたDXチーズメンチカツサンドは、今まで食べたどのパンよりも美味しかった。
