『夜の学校で肝試し』
まさか高校2年生にもなって、そんなものに巻き込まれることになるとは思わなかった……。見慣れたはずの校舎を見上げながら、葉山優斗は昼休みの出来事をぼんやりと思い出していた。
「優斗?やっぱり行くのやめようか?」
怖がっていると思われたのか、一緒に肝試しをすることになった幼馴染でありクラスメイトの佐倉結生に心配そうに声をかけられる。
「や、やめねーよ!男に二言はないって言っただろ!」
「ふふ、相変わらず優斗は格好良いね」
思わず語気を強めてしまったが、結生は特に気にする様子もなくふわりと笑う。身長こそ優斗より少しばかり……いや10cmほど高いが、同性すらもドキッとしてしまうほど美しい顔立ちの彼は、その容姿のせいで昔から嫌な思いをすることが多かった。そして、その度に優斗が前に立ち、大切な幼馴染を守ってきた。
「オレのこと格好良いなんて言うの、結生くらいだよ……」
結生にとってのヒーローは、中学3年生の頃にピタリと止まってしまった身長を気にしていた。毎日かかさず飲んでいる牛乳は、体内でどこに消えてしまっているのか全く仕事をしてくれない。おまけに、やや大きめな猫目のせいで幼く子供っぽい印象を与えてしまう。結生のように襟足を長めに残せば少しは大人っぽく見えるかと思ったが、全く似合わない上に邪魔なだけで、結局すぐに切ってしまい毎日ワックスを使いセットしている。
「ところで優斗、その紙袋は?」
「あぁ、これ?」
不思議そうに指差された右手の紙袋を軽く持ち上げ、優斗は答える。
「夜の学校に忍び込んで肝試しなんて、親に言えないだろ?だから、結生ん家に勉強しに行くって言って誤魔化したんだよ」
「あぁ、それで手土産を持たされたのか……」
なるほどと納得していると、後で一緒に食おうぜ!と優斗がニカッと笑う。夜の校舎の前という、やや不気味な雰囲気には似つかわしくない太陽のような笑顔だなと結生も自然と笑みを浮かべる。
「おーい!」
2人で箱の中身を予想していると、遠くから声が聞こえてくる。今回の『肝試し』の元凶──もとい、言い出しっぺであるクラスメイトの茂木だった。
「お前〜自分で集合時間を提案しておいて遅刻すんなよな!」
「いや悪い悪い、親を誤魔化すのに手間取ってさ……あれ、椎名は?」
悪いと思っているのかいないのか、ヘラヘラと謝りながら顔の前で手を合わせていた茂木は、辺りをキョロキョロと見回す。
「一緒じゃないのか?」
「いや、途中まで一緒だったんだけど……俺が家にスマホ忘れてきてさ。先に行っててもらったんだけど……」
「待ち合わせ時間の5分前にはここに着いていたけど、オレも優斗も椎名の姿は見てないよ」
「マジか……どこ行ったんだアイツ……まさか逃げたのか?!」
“ブブッ”
椎名に連絡しようと取り出したスマホが、茂木の手のひらの中で短く振動する。
「何だ……あ、椎名からだ──先に校舎に入ってるから早く来いってさ」
茂木は送信されてきたメッセージを2人に見せる。
「本当だ。あんなに嫌がってたのに、急にどうしたんだろ」
見せられたスマホの画面を確認し、優斗は思わず目を丸くした。本人曰く、椎名には少しばかり霊感があるらしく夜の学校なんて絶対に嫌だと言っていた。茂木が頼みに頼み込んで、購買のパン1ヶ月分という報酬で渋々了承していた。
その茂木はというと、気になっている隣のクラスの女子が怪談好きという情報を聞きつけ、話題作りのために肝試しをしたいらしい。
(あの時の茂木、メッチャ必死だったよな……)
ことの発端である昼休みの様子を思い出し、優斗は小さく苦笑した。
***
「なぁなぁ、俺さっき聞いちゃったんだけどさ!」
昼休みの賑やかな教室。
いつものように結生と2人で弁当を食べていると、購買のパンを片手に茂木が興奮した様子で話しかけてきた。
「何だよ茂木、食べながらウロウロするな」
箸を止めた結生が、至極真っ当な指摘をする。
「んじゃ葉山ちょっと詰めてくれよ」
「ちょっ何でオレの椅子に座るんだよ!落ちるだろ!」
優斗が座っている椅子に、茂木が強引にグイグイとお尻をねじ込む。その様子をじとっとした目で見ていた結生は、はぁ……と小さく溜め息をつき「自分の椅子を持ってこい」と苛立たしげに告げた。
「結生、なんか怒ってる?」
「いや?」
優斗の問いに小さく答え、弁当箱の中の卵焼きを口に運ぶ。
「結生って本当に弁当食ってる姿も様になるよな〜所作が綺麗っていうか……」
「ぐふっ」
「えっ大丈夫か?!お茶!お茶飲め!ほら!」
慌てて自分のペットボトルを差し出す優斗に、大丈夫だと左手を掲げ静止のポーズを取る。ゴホゴホと何度か咳き込み、自身のペットボトルに口を付けた後に酸素を取り込む。
「え、どしたん。大丈夫か?」
自分の席の椅子を持って戻ってきた茂木が、2人の様子を見て首を傾げる。
「何でもない……それで、何を聞いたって?」
「そうそう!隣のクラスの奴に聞いたんだけどさ!」
結生に促され、椅子に座った茂木が前のめりになり喋り始める。
「この学校って、七不思議ならぬ4つの怪談があるらしくてさ!」
「怪談……?そんなもの聞いたことないけど。優斗は知ってる?」
「いやーオレも聞いたことないな」
1年以上この学校に通っているが、それらしい話は全く聞いたことがなかった。
曰く、1つ目は音楽室の怪談で夜中に誰もいないはずの教室からピアノの音が聞こえてくるというものだった。
「ど定番じゃん」
「そもそも夜中の学校なんて先生もいないだろ。誰が聞いたんだ」
「茶化すなよ!!」
2つ目は、誰もいないはずの教室から話し声が聞こえてきて中を覗くとクラスメイトたちがお喋りしているというものだ。普段と変わらない様子だが、実はその教室は異世界に繋がっていて入ったが最後2度と出てこられないらしい。
「2度と出てこられないなら、その話は誰から聞いたんだ?」
「だからさ〜〜〜!」
3つ目は、4階に向かう途中の踊り場に黒髪の女が立っているというものだ。長い髪が階段を這い降りてきて、その髪に捕まるとあの世に連れて行かれてしまうらしい。
「連れて行かれるなら、誰がその話を聞いたんだ?あの世から戻ってきたのか?」
「佐倉ちょっと、お口チャックしてくれる?」
4つ目は、この怪談を聞いた人間は4人で実際に夜の校舎に確かめに行かないと呪われるというものだった。
「何で4人なんだ……?」
「え〜じゃあオレたち学校で肝試ししないと呪われるってこと?」
「いや、そんな取ってつけたような怪談なんて信じる必要ないと思うけど……」
「うーん……結生がそう言うなら……」
「でもさ、本当に呪われたらどうする?!」
何とか納得しようとしている優斗に、茂木が不安を煽るように畳み掛ける。優斗の顔が曇った瞬間、結生の眉間に皺が寄せられる。
「……で、茂木は優斗を怖がらせて何がしたいわけ?」
「え、あ、いや。怖がらせたかったわけじゃなくて……」
冷たい声音を浴びせられ、茂木がしどろもとろに弁明する。
「隣のクラスの由美ちゃんが怪談好きらしくてさ、実際に見てきた話をすれば盛り上がれるかな〜って……」
茂木がチラリと結生を盗み見る。
「なるほどな……まぁ、適当な嘘を吐かずに実際に確かめに行こうとする姿勢には感心するよ」
「っじゃあ!」
「オレは優斗次第だけど、どっちにしろ人数が足りないだろ」
「それなら大丈夫!お前らより先に椎名に同じ怪談を聞かせてるから!」
茂木は最後の一口を放り込み、パンの袋を捨てるついでに既に弁当を食べ終えていた椎名を連れてくる。
「ぜっっっっったい、行かない」
「メッチャ拒否られてるじゃん」
「パパッと行くだけだからさ、なぁ!お前だって呪われたら困るだろ?!」
「怪談話を聞いただけで呪われるなら、人類の1/3は呪われてると思う」
「ぐっ……その数字の根拠は何なんだよ……でも、じゃあ!呪いがないなら別に肝試ししても問題ないだろ?!」
まるで静と動のような攻防が繰り広げられる。
「怪談を聞いただけで呪われるなんて話は嘘だ。が、夜の校舎は良くないものが集まってくる。これは事実だ。軽い気持ちで足を踏み入れて良い場所じゃない」
「な、なんでそんなこと知ってるんだよ……」
「そういう家系なんだよ……だからガキの頃から、危ない場所には行くなってキツく言われて育った」
「…………」
「あ、あんまり強引に誘ってもアレだしさ!椎名が呪いは嘘だって言ってるんだし、オレたち3人だけでパッと行って帰ってくれば良いんじゃね?」
「…………かげつぶん」
「え?」
俯いていた茂木が小さく呟き、聞き取れなかった優斗は何だって?と聞き返す。
「購買のパン……1ヶ月分……これでどうだ」
決死の覚悟といった表情で、茂木が絞り出すような声で告げる。
「い、1ヶ月分……」
頑なに拒否していた椎名の瞳が揺れる。
「バスケ部のこの足とテクニックなら、入手困難なDXチーズメンチカツサンドを手に入れることもできる」
「なっ……あの伝説のDXチーズメンチカツサンドを、だと……」
「何だ急に……」
2人のただならぬ雰囲気に、結生が困惑の表情を浮かべる。
「椎名ん家バイト禁止だから、あんまり購買でパン買えないんだよ」
「へー……よく知ってるんだな」
「うん?この前たまたま聞いたんだよ」
「……そうか」
優斗と結生が2人の方に目をやると、お互い何やら神妙な面持ちで握手を交わしていた。
「えーと……椎名も参加するってことで良いの、か?」
奇妙な光景に首を傾げつつ、優斗が口を開く。こうして、購買のパンで口説き落とされた椎名を加えた4人で肝試しをすることになった。
