ひとしきり笑い合った後、香澄は医者に診てもらった。健康状態に目立った問題はなく、検査をすれば退院できるらしい。
体調の確認も終え、二人っきりになる。しばらくすれば鈴と蘭が来るらしいが、今は二人。妙な沈黙が病室に落ちる。
無事に目が覚めて落ち着いてきた香澄が気になるのは、玉藻の件。その後のことだ。ただ、どう聞けばいいのか分からなかった。
「……気分は悪くないか?」
口火を切ったのは桂だった。香澄は頷き「はい。不思議とスッキリしてます」と返す。
「これからする話はあまりいい話ではない。お前が望むなら家に帰ってからでもいいが……」
恐らく玉藻の話をするのだろう。香澄としては今すぐに聞きたいので「大丈夫です、話してください」と促した。
「……そうか、まずはあの後のことだ。玉藻は逃亡した。捜査の過程で倉橋篝殺しは、玉藻の仕業だと断定できた。倉橋手毬も正気を取り戻し、あの夜に自分が見たことを証言してくれた」
あの夜、篝が亡くなった現場を見た証言。半狂乱の手毬は香澄を見たと話していた。実際に見たかどうかすら怪しいと思っていたのだが、本当にその現場を見てしまっていたようだ。
綺麗ではない。人生の中で見ない方がいい現場。そこで何を見たのか。香澄は震える唇で尋ねる。
「……お姉様は何を見たんですか」
「玉藻が倉橋篝を殺害した直後の現場だ。玉藻が手毬を傀儡としたのは、香澄をおびき寄せるだけでなく口封じの意味合いもあったのだろう」
知らず知らずのうちに、香澄の両手に力がこもる。手毬は両親を信頼していたはずだ。庇護してくれる存在として。なのに、両親はそうではなかった。
ふと、頭に浮かんだ想像。それが真実であれば、そう思い香澄は口にする。
「お姉様は、玉藻の実の娘なんですか……?」
もし、出産のことが誤魔化されていて、玉藻と手毬の血が繋がってないのだとしたら。そうしたらまだ救いがあるのではないか。
香澄の考えなど、桂にはお見通しだったのだろう。彼は「あぁ、そうだ」と顔に苦悶を滲ませて、香澄の理想を切り裂いた。
「鑑定は済んである。正真正銘、倉橋篝と玉藻の娘だ」
「……そうですか」
それ以外に言葉が出なかった。
香澄は無条件で愛してくれる親に会いたいと思い、死を望んだ。それが当然で、疑う必要はないと信じていた。
しかし、手毬の両親はそうではなかった。手毬を放置して干渉しない父親。手毬を愛して肯定しているように見えて、利用することに躊躇のない母親。その二人に振り回された結果、彼女は罪を背負ったのだ。
その苦しさを想像することしかできない。本物の気持ちなんて分かるわけがない。それでも、想像するだけでどうしょうもなく痛かった。
「倉橋手毬は玉藻に利用された。その事実があるからな、罪には問われない」
「……よかったです」
「ただ、倉橋手毬が半妖だという事実は覆らない」
半妖。話には聞いたことのある、西では珍しい人間と妖怪のハーフ。人間の持つ霊力よりも強く、妖怪の持つ妖力よりも弱い力を持つ存在。
「……だからお姉様は術を使えなかったんですね」
祓い屋の使う術は繊細なもの。霊力という妖力よりも弱い力でなくては使えない。妖力を流し込めば術が壊れてしまうようにできている。
例え、妖怪に術を暴かれても対策を講じられたり、悪用されないように。そういう作りになっている。
半妖の力は妖力よりも弱いが、霊力と比べると強すぎる。手毬が祓い屋の術を使えなくて当然だった。
「もしかしたら、半妖対策だったのかもしれませんね」
香澄が知っている理由も嘘ではないのだろう。それら以上に強い理由として、可能性としては考えられていたのかもしれない。
いずれ妖怪達が狡猾に内に入ってこようとする。それは避けなくてはいけないことだが、完璧な対策を立てても破壊される可能性がある。
だからこそ、妖怪の混ざり血に絶対に家を継がせることのないように。かつての祓い屋達は術を作ったのかもしれなかった。
「もちろん。私の考えすぎかもしれませんが……」
「いや、なくはない話だ。祓い屋達は慎重だからな。綿密な対策の上に保険をいくつも重ねてくる。そこまでする理由があるのかと、気になってはいたが……今回の身内の恥で痛感したな」
憎悪に燃える瞳、今にも振りかぶりそうな拳。香澄はここまで桂が、玉藻に憎しみを向ける理由を知らない。
(いえ、そもそも私はあまりにもこの妖怪のことを知らない。……それで本当にいいのか。私のこの気持ちは正しいのか)
香澄は少し悩み、そしてやめた。
いくら悩んでも、今すぐに桂のことを知ることはできない。桂から直接話を聞いても、真に理解したとは言えないだろう。そもそも、出会ってまだ一ヶ月程度。知っている部分が少なくて当然なのだ。
今の香澄に死ぬ気はない。桂が許すなら、傍に居続けたいと思っている。だから許してもらえたら、居てもいいと言われたら、知っていく努力をしようと心に決める。
(知った気になるつもりはないです……けど、これくらいは許してください)
心の中で謝りながら、香澄は桂の手に触れる。人も、自分も見えていない桂に、今ここにいると伝えるために。
桂は両目を見開いて香澄を見る。そこには憎悪も怒りもなく、柔らかな熱があるだけだ。
「……すまない。話が途中だったな」
「いえ、私が逸らしてしまったので……」
香澄は慌てて手を離そうとするが、すぐに桂に捕まえられる。
「桂様……?」
「――もう少し、触れててもいいか?」
縋るような視線を向けられてしまえば、断ることなどできない。香澄は頭の動きだけで肯定を示した。
「……ありがとう。それで、倉橋手毬の話だったな。彼女に罰は与えられないが、自分の力が制御できない半妖であることを鑑み、東に向かうことになった」
「東に、ですか」
「あぁ。未だに共存が進まない西とは違い、東の方では妖怪と人間が結ばれることもある。子供ができにくいとはいえ、できない訳ではないからな。半妖も確認されている。こちらにいるよりは本人も気が楽だろう……お前が望めば会えると思うが、会いたいか?」
桂から尋ねられると思わず、香澄の思考は固まる。
どう答えるべきか、自分が何を望んでいるのか。上手く回らない頭で必死に考えた。
「……本音を言えば会いたい、のだと思います。でも、会って何を言えばいいのか分かりません。それは、きっとお姉様も同じです。お互いに、語りたい言葉はあれど、語る方法を知りません。そのくらい、私たちは本心を語っていませんでした。――だから、語る方法が分かったら、私から会いに行きます」
「そうか」
「せっかくの申し出を断ってしまい、申し訳ありません」
「いや、別に構わない。もし、お前が望むのなら、と思っていただけだからな」
桂の気遣いは言葉だけでなく、声色からも伝わってきた。その優しさに、香澄は心が温まるのを感じた。
今すぐにその気遣いに応えるのは無理だ。香澄はまだ、約束を守れてすらいないのだから。
(そうです。約束を守らなくちゃ)
あの日の答えを示す。そのために香澄は桂の名前を呼ぶ――と、同時に病室の扉が開く。
「香澄様! 本当にお目覚めになられて……!」
「おはようございます……です! これは、千からの差し入れなのです。なんだっけ……確か、英気? を養えって言ってた、です!」
バタバタと病室に入ってくる二人。そのことに嬉しさを感じつつも、少し残念にも思う香澄。
(約束は……もう少しだけ破ることになりそうですね)
そんなことを考えながら、香澄は二人に笑顔を向けて「ご心配おかけしました」と言葉を返すのだった。
体調の確認も終え、二人っきりになる。しばらくすれば鈴と蘭が来るらしいが、今は二人。妙な沈黙が病室に落ちる。
無事に目が覚めて落ち着いてきた香澄が気になるのは、玉藻の件。その後のことだ。ただ、どう聞けばいいのか分からなかった。
「……気分は悪くないか?」
口火を切ったのは桂だった。香澄は頷き「はい。不思議とスッキリしてます」と返す。
「これからする話はあまりいい話ではない。お前が望むなら家に帰ってからでもいいが……」
恐らく玉藻の話をするのだろう。香澄としては今すぐに聞きたいので「大丈夫です、話してください」と促した。
「……そうか、まずはあの後のことだ。玉藻は逃亡した。捜査の過程で倉橋篝殺しは、玉藻の仕業だと断定できた。倉橋手毬も正気を取り戻し、あの夜に自分が見たことを証言してくれた」
あの夜、篝が亡くなった現場を見た証言。半狂乱の手毬は香澄を見たと話していた。実際に見たかどうかすら怪しいと思っていたのだが、本当にその現場を見てしまっていたようだ。
綺麗ではない。人生の中で見ない方がいい現場。そこで何を見たのか。香澄は震える唇で尋ねる。
「……お姉様は何を見たんですか」
「玉藻が倉橋篝を殺害した直後の現場だ。玉藻が手毬を傀儡としたのは、香澄をおびき寄せるだけでなく口封じの意味合いもあったのだろう」
知らず知らずのうちに、香澄の両手に力がこもる。手毬は両親を信頼していたはずだ。庇護してくれる存在として。なのに、両親はそうではなかった。
ふと、頭に浮かんだ想像。それが真実であれば、そう思い香澄は口にする。
「お姉様は、玉藻の実の娘なんですか……?」
もし、出産のことが誤魔化されていて、玉藻と手毬の血が繋がってないのだとしたら。そうしたらまだ救いがあるのではないか。
香澄の考えなど、桂にはお見通しだったのだろう。彼は「あぁ、そうだ」と顔に苦悶を滲ませて、香澄の理想を切り裂いた。
「鑑定は済んである。正真正銘、倉橋篝と玉藻の娘だ」
「……そうですか」
それ以外に言葉が出なかった。
香澄は無条件で愛してくれる親に会いたいと思い、死を望んだ。それが当然で、疑う必要はないと信じていた。
しかし、手毬の両親はそうではなかった。手毬を放置して干渉しない父親。手毬を愛して肯定しているように見えて、利用することに躊躇のない母親。その二人に振り回された結果、彼女は罪を背負ったのだ。
その苦しさを想像することしかできない。本物の気持ちなんて分かるわけがない。それでも、想像するだけでどうしょうもなく痛かった。
「倉橋手毬は玉藻に利用された。その事実があるからな、罪には問われない」
「……よかったです」
「ただ、倉橋手毬が半妖だという事実は覆らない」
半妖。話には聞いたことのある、西では珍しい人間と妖怪のハーフ。人間の持つ霊力よりも強く、妖怪の持つ妖力よりも弱い力を持つ存在。
「……だからお姉様は術を使えなかったんですね」
祓い屋の使う術は繊細なもの。霊力という妖力よりも弱い力でなくては使えない。妖力を流し込めば術が壊れてしまうようにできている。
例え、妖怪に術を暴かれても対策を講じられたり、悪用されないように。そういう作りになっている。
半妖の力は妖力よりも弱いが、霊力と比べると強すぎる。手毬が祓い屋の術を使えなくて当然だった。
「もしかしたら、半妖対策だったのかもしれませんね」
香澄が知っている理由も嘘ではないのだろう。それら以上に強い理由として、可能性としては考えられていたのかもしれない。
いずれ妖怪達が狡猾に内に入ってこようとする。それは避けなくてはいけないことだが、完璧な対策を立てても破壊される可能性がある。
だからこそ、妖怪の混ざり血に絶対に家を継がせることのないように。かつての祓い屋達は術を作ったのかもしれなかった。
「もちろん。私の考えすぎかもしれませんが……」
「いや、なくはない話だ。祓い屋達は慎重だからな。綿密な対策の上に保険をいくつも重ねてくる。そこまでする理由があるのかと、気になってはいたが……今回の身内の恥で痛感したな」
憎悪に燃える瞳、今にも振りかぶりそうな拳。香澄はここまで桂が、玉藻に憎しみを向ける理由を知らない。
(いえ、そもそも私はあまりにもこの妖怪のことを知らない。……それで本当にいいのか。私のこの気持ちは正しいのか)
香澄は少し悩み、そしてやめた。
いくら悩んでも、今すぐに桂のことを知ることはできない。桂から直接話を聞いても、真に理解したとは言えないだろう。そもそも、出会ってまだ一ヶ月程度。知っている部分が少なくて当然なのだ。
今の香澄に死ぬ気はない。桂が許すなら、傍に居続けたいと思っている。だから許してもらえたら、居てもいいと言われたら、知っていく努力をしようと心に決める。
(知った気になるつもりはないです……けど、これくらいは許してください)
心の中で謝りながら、香澄は桂の手に触れる。人も、自分も見えていない桂に、今ここにいると伝えるために。
桂は両目を見開いて香澄を見る。そこには憎悪も怒りもなく、柔らかな熱があるだけだ。
「……すまない。話が途中だったな」
「いえ、私が逸らしてしまったので……」
香澄は慌てて手を離そうとするが、すぐに桂に捕まえられる。
「桂様……?」
「――もう少し、触れててもいいか?」
縋るような視線を向けられてしまえば、断ることなどできない。香澄は頭の動きだけで肯定を示した。
「……ありがとう。それで、倉橋手毬の話だったな。彼女に罰は与えられないが、自分の力が制御できない半妖であることを鑑み、東に向かうことになった」
「東に、ですか」
「あぁ。未だに共存が進まない西とは違い、東の方では妖怪と人間が結ばれることもある。子供ができにくいとはいえ、できない訳ではないからな。半妖も確認されている。こちらにいるよりは本人も気が楽だろう……お前が望めば会えると思うが、会いたいか?」
桂から尋ねられると思わず、香澄の思考は固まる。
どう答えるべきか、自分が何を望んでいるのか。上手く回らない頭で必死に考えた。
「……本音を言えば会いたい、のだと思います。でも、会って何を言えばいいのか分かりません。それは、きっとお姉様も同じです。お互いに、語りたい言葉はあれど、語る方法を知りません。そのくらい、私たちは本心を語っていませんでした。――だから、語る方法が分かったら、私から会いに行きます」
「そうか」
「せっかくの申し出を断ってしまい、申し訳ありません」
「いや、別に構わない。もし、お前が望むのなら、と思っていただけだからな」
桂の気遣いは言葉だけでなく、声色からも伝わってきた。その優しさに、香澄は心が温まるのを感じた。
今すぐにその気遣いに応えるのは無理だ。香澄はまだ、約束を守れてすらいないのだから。
(そうです。約束を守らなくちゃ)
あの日の答えを示す。そのために香澄は桂の名前を呼ぶ――と、同時に病室の扉が開く。
「香澄様! 本当にお目覚めになられて……!」
「おはようございます……です! これは、千からの差し入れなのです。なんだっけ……確か、英気? を養えって言ってた、です!」
バタバタと病室に入ってくる二人。そのことに嬉しさを感じつつも、少し残念にも思う香澄。
(約束は……もう少しだけ破ることになりそうですね)
そんなことを考えながら、香澄は二人に笑顔を向けて「ご心配おかけしました」と言葉を返すのだった。

