◯前回の続きから
鬼怒江「お義姉様」
鬼怒江M「良かった。あやかしに襲われなどはしていないらしい」
冷ややかに、ただ絹枝との約束を違えずに済んでいることだけに安堵する鬼怒江。
ギリッと歯ぎしりをする伊南子。
伊南子「あんたっ、よくも、よくも私たちを……!」
憎悪を露わにし、鬼怒江に掴みかかろうとする伊南子。
鬼怒江は避けようとしない。
伊南子の手が鬼怒江に届く直前、志瑛が割って入り、伊南子を阻む。
志瑛「二ノ宮家に下った命は、裁きの日まで屋敷で慎ましく待機すること。……間違っても、証人に手を上げることなどではないはずだが」
眉間に皺を寄せ、少し怒った様子の志瑛。
その圧に伊南子はぎくりとする。
伊南子「ね、ねえ陰陽師さん! これは違うの、聞いてくださいな!」
鬼怒江と志瑛からパッと離れ、愛想笑いをする伊南子。
伊南子「私たち、その女に嵌められたの! あれが呪具だなんて知らなかった! こいつが勝手に、家に持ち込んだんです!」
鬼怒江を指差して喚く伊南子。
対照的に、無表情で黙っている鬼怒江。
志瑛「主張は裁きの場で聞く。今は奉行所の命に従い、屋敷へ帰れ」
冷淡に言い放つ志瑛。
少しも伊南子に同情していない。
志瑛「抵抗は推奨しない。罪状と疑いが重くなるだけだ」
更に威圧的に忠告する志瑛。
伊南子「っ……わ、わかったわよ」
志瑛に気圧され、きまりの悪そうな顔ですごすごと帰ろうとする伊南子。
鬼怒江「お義姉様」
伊南子「何よっ……」
振り返りざま、鬼怒江を突き飛ばそうと手を伸ばす伊南子。
その手首を掴み、ぐいっと引き寄せる鬼怒江。
鬼怒江「夜は外を出歩かないでください。戸締りも、厳重に。何物も家に招いてはなりませぬ」
目を見開いて、伊南子を真正面から見つめる鬼怒江。
人ならざるものじみた、底の知れない目をしている。
伊南子「ひっ」
鬼怒江の異様な雰囲気に青ざめる伊南子。
伊南子「そ、そんなこと、あんたに言われるまでもないわよ!」
鬼怒江の手を振り払い、走って逃げていく伊南子。
伊南子の背を黙って見つめる鬼怒江。
志瑛「中々、肝が据わっているな」
興味深そうに笑みを浮かべる志瑛。
鬼怒江「幻滅しましたか」
志瑛「ますます好きになった」
○二ノ宮家
伊南子「絹枝……許さないわよ、あんただけ幸せになるなんて……!」
縁側に座り、膝を抱える伊南子。
親指の爪を噛んでおり、相当ストレスが溜まっている様子。
あやかし「もし、お嬢さん」
突然、庭の方から声がする。
ハッと顔を上げる伊南子。
あやかし「何やら困った御様子。可愛らしいお顔が台無しです」
声は生垣の向こう=家の敷地外からしている。
恐る恐る近付く伊南子。
あやかし「私でよければ、話を聞きましょう」
生垣のすぐ前で立ち止まり、声のする方を見つめる伊南子。
伊南子の頬を汗がひとすじ伝うが、口元は緊張半分、期待半分の笑みを浮かべている。
◯街中・昼
髪飾り屋の店先に立つ鬼怒江と志瑛。
志瑛「南天と菊。どちらが良いか、絹枝殿」
南天の飾りが付いた簪と、菊の飾りが付いた簪を鬼怒江に見せる志瑛。
鬼怒江「どちらでも」
素っ気なく答える鬼怒江。
志瑛「ふむ……」
2つの簪を鬼怒江の頭に添え、具合を見る志瑛。
志瑛「よし、ではこちらにしよう」
菊の飾りが付いた方を選び、頷く志瑛。
簪を購入し、志瑛と鬼怒江は店から離れる。
志瑛から渡された、包装紙に包まれた簪に目を落とす鬼怒江。
鬼怒江「……ありがとうございます」
そう言いながら鬼怒江が顔を上げると、志瑛が目を丸くしている。
鬼怒江「いかがされましたか」
志瑛「いや。律儀なものだと思ってな」
志瑛の言葉に、鬼怒江は眉をひそめる。
鬼怒江「仮にも物をいただいておいて、礼のひとつも申し上げないのは不義理が過ぎましょう」
志瑛「そうかそうか」
笑顔で頷く志瑛。
ますます鬼怒江に興味が湧いた様子。
2人は再び通りを歩き始める。
鬼怒江M「彼女は……大人しく家に居てくれるだろうか」
伊南子が去って行った方向を見る鬼怒江。
回想:顔を青くして逃げていく伊南子。
志瑛「義姉のことが気がかりか」
鬼怒江「はい。できることなら、今すぐにでも様子を窺いに行きたいです」
志瑛に目で訴える鬼怒江。
鬼怒江の頭に、志瑛が手を伸ばす。
志瑛「その望みは叶えてやれないな」
いつの間にか鬼怒江の頭に付いていた木の葉を取ってやる志瑛。
鬼怒江M「……埒が明かない。もう強引にでも、この人間から逃げてしまおうか」
背後=退路を確認しつつ、じり、と足を動かす鬼怒江。
志瑛「時に鬼怒江殿。ひとつ君に助言をしよう」
人差し指を立てる志瑛。
内緒話をするようなポーズ。
鬼怒江「?」
足を止め、志瑛を見る鬼怒江。
おもむろに、志瑛が優しく鬼怒江の手を取り、人気の無い路地に引き込む。
狭い路地で、向き合う2人。
志瑛「独りで解決できないことは、他人に相談してみるといい」
握った鬼怒江の手を少し自分の方に近付ける志瑛。
志瑛「君はどうも、困難に対して自分だけで奮闘しようとするきらいがあるようだ」
鬼怒江「私の問題ですから」
顔を背ける鬼怒江。
志瑛「その考え方は、よろしくないな。絹枝殿。人を頼るだけで容易く解決できる困難は、珍しくない」
鬼怒江「何を仰っしゃりたいのですか」
志瑛「俺を頼れ」
真っ直ぐな目で鬼怒江を見る志瑛。
その視線にぎくりとする鬼怒江。
志瑛「君は、あの家族の傍に居たいわけではない。ただ彼らをあやかしから守りたいのだろう」
鬼怒江「御名答……と申し上げればよろしいでしょうか」
志瑛の手をやんわりと払いのける鬼怒江。
鬼怒江「そうです。彼らは人間に化けたあやかしを見分けられない。私が傍に居て、遠ざけてやらなくては、そうと知らずにあやかしの餌食になりかねません」
淡々と語る鬼怒江。
そこに親愛の情は無く、表情も冷たい。
志瑛「だろうな、あの調子では」
目を伏せ、頷く志瑛。
鬼怒江「……わかっているのなら、私を家に帰してください」
志瑛「駄目だ」
きっぱりと言う志瑛。
志瑛「絹枝殿。君の家族は、本当に君が守ってやる価値のある人間たちなのか」
鬼怒江「彼らの価値は関係ありません」
志瑛「酷い扱いを受けてきたのだろう。仕返しをしたいと思ったことは?」
鬼怒江「仕返し……」
ハッとする鬼怒江。
鬼怒江M「絹枝殿……」
小さく首を振り、思考を払う鬼怒江。
鬼怒江「それより……私は彼らを守らねばなりません」
志瑛「それは情ではなく使命か?」
鬼怒江「いかにも」
志瑛「なら、俺に案がある」
鬼怒江の耳元に口を寄せる志瑛。
志瑛「――――」
何事かを囁く志瑛。
鬼怒江「……!」
鬼怒江M「そうか、そうすれば……!」
目を見開き、目に少し光が入る鬼怒江。
志瑛「どうだ。思いのほか、簡単だろう」
いたずらっぽく笑う志瑛。
鬼怒江「……悪いお人ですね」
困惑半分に言う鬼怒江。
志瑛「元より、俺は善人ではない」
鬼怒江の髪を撫でる志瑛。
賑やかな通りの空気と対照的に、薄暗い路地に居る2人が強調される。
○蔵持家・夜
自室にて、外を眺める鬼怒江。
敷かれた布団の横で正座をしている。
鬼怒江M「他人に相談する……人を頼る……」
回想:昼間の、自分を頼れと訴えかける志瑛の様子。
鬼怒江M「……私の使命は義理と復讐を果たすこと。手段が目的に先んじてはならない」
視線を落とし、ぎゅっと拳を握りしめる鬼怒江。
鬼怒江M「私は……意固地になっていたのだろうか」
これまでの思考を反省する鬼怒江。
やや弱気な表情。
そこへ、ふわりと不穏な空気が流れ込む。
鬼怒江「匂う」
顔を上げる鬼怒江。
弱気は消え失せ、鋭い目つきになっている。
鬼怒江M「志瑛殿が来る前に、手早く……」
立ち上がり、そのまま庭に降りる鬼怒江。
彼女の前に、ゆらりと人影が現れる。
伊南子「絹枝」
鬼怒江「っ!?」
息を呑む鬼怒江。
伊南子「絹枝……おねえさまが……来てあげたわよ……!」
ふらふらと歩いてくる伊南子。(※あやかしに憑かれている。)
明らかに様子がおかしく、不気味な笑みを浮かべている。
鬼怒江「お義姉様」
鬼怒江M「良かった。あやかしに襲われなどはしていないらしい」
冷ややかに、ただ絹枝との約束を違えずに済んでいることだけに安堵する鬼怒江。
ギリッと歯ぎしりをする伊南子。
伊南子「あんたっ、よくも、よくも私たちを……!」
憎悪を露わにし、鬼怒江に掴みかかろうとする伊南子。
鬼怒江は避けようとしない。
伊南子の手が鬼怒江に届く直前、志瑛が割って入り、伊南子を阻む。
志瑛「二ノ宮家に下った命は、裁きの日まで屋敷で慎ましく待機すること。……間違っても、証人に手を上げることなどではないはずだが」
眉間に皺を寄せ、少し怒った様子の志瑛。
その圧に伊南子はぎくりとする。
伊南子「ね、ねえ陰陽師さん! これは違うの、聞いてくださいな!」
鬼怒江と志瑛からパッと離れ、愛想笑いをする伊南子。
伊南子「私たち、その女に嵌められたの! あれが呪具だなんて知らなかった! こいつが勝手に、家に持ち込んだんです!」
鬼怒江を指差して喚く伊南子。
対照的に、無表情で黙っている鬼怒江。
志瑛「主張は裁きの場で聞く。今は奉行所の命に従い、屋敷へ帰れ」
冷淡に言い放つ志瑛。
少しも伊南子に同情していない。
志瑛「抵抗は推奨しない。罪状と疑いが重くなるだけだ」
更に威圧的に忠告する志瑛。
伊南子「っ……わ、わかったわよ」
志瑛に気圧され、きまりの悪そうな顔ですごすごと帰ろうとする伊南子。
鬼怒江「お義姉様」
伊南子「何よっ……」
振り返りざま、鬼怒江を突き飛ばそうと手を伸ばす伊南子。
その手首を掴み、ぐいっと引き寄せる鬼怒江。
鬼怒江「夜は外を出歩かないでください。戸締りも、厳重に。何物も家に招いてはなりませぬ」
目を見開いて、伊南子を真正面から見つめる鬼怒江。
人ならざるものじみた、底の知れない目をしている。
伊南子「ひっ」
鬼怒江の異様な雰囲気に青ざめる伊南子。
伊南子「そ、そんなこと、あんたに言われるまでもないわよ!」
鬼怒江の手を振り払い、走って逃げていく伊南子。
伊南子の背を黙って見つめる鬼怒江。
志瑛「中々、肝が据わっているな」
興味深そうに笑みを浮かべる志瑛。
鬼怒江「幻滅しましたか」
志瑛「ますます好きになった」
○二ノ宮家
伊南子「絹枝……許さないわよ、あんただけ幸せになるなんて……!」
縁側に座り、膝を抱える伊南子。
親指の爪を噛んでおり、相当ストレスが溜まっている様子。
あやかし「もし、お嬢さん」
突然、庭の方から声がする。
ハッと顔を上げる伊南子。
あやかし「何やら困った御様子。可愛らしいお顔が台無しです」
声は生垣の向こう=家の敷地外からしている。
恐る恐る近付く伊南子。
あやかし「私でよければ、話を聞きましょう」
生垣のすぐ前で立ち止まり、声のする方を見つめる伊南子。
伊南子の頬を汗がひとすじ伝うが、口元は緊張半分、期待半分の笑みを浮かべている。
◯街中・昼
髪飾り屋の店先に立つ鬼怒江と志瑛。
志瑛「南天と菊。どちらが良いか、絹枝殿」
南天の飾りが付いた簪と、菊の飾りが付いた簪を鬼怒江に見せる志瑛。
鬼怒江「どちらでも」
素っ気なく答える鬼怒江。
志瑛「ふむ……」
2つの簪を鬼怒江の頭に添え、具合を見る志瑛。
志瑛「よし、ではこちらにしよう」
菊の飾りが付いた方を選び、頷く志瑛。
簪を購入し、志瑛と鬼怒江は店から離れる。
志瑛から渡された、包装紙に包まれた簪に目を落とす鬼怒江。
鬼怒江「……ありがとうございます」
そう言いながら鬼怒江が顔を上げると、志瑛が目を丸くしている。
鬼怒江「いかがされましたか」
志瑛「いや。律儀なものだと思ってな」
志瑛の言葉に、鬼怒江は眉をひそめる。
鬼怒江「仮にも物をいただいておいて、礼のひとつも申し上げないのは不義理が過ぎましょう」
志瑛「そうかそうか」
笑顔で頷く志瑛。
ますます鬼怒江に興味が湧いた様子。
2人は再び通りを歩き始める。
鬼怒江M「彼女は……大人しく家に居てくれるだろうか」
伊南子が去って行った方向を見る鬼怒江。
回想:顔を青くして逃げていく伊南子。
志瑛「義姉のことが気がかりか」
鬼怒江「はい。できることなら、今すぐにでも様子を窺いに行きたいです」
志瑛に目で訴える鬼怒江。
鬼怒江の頭に、志瑛が手を伸ばす。
志瑛「その望みは叶えてやれないな」
いつの間にか鬼怒江の頭に付いていた木の葉を取ってやる志瑛。
鬼怒江M「……埒が明かない。もう強引にでも、この人間から逃げてしまおうか」
背後=退路を確認しつつ、じり、と足を動かす鬼怒江。
志瑛「時に鬼怒江殿。ひとつ君に助言をしよう」
人差し指を立てる志瑛。
内緒話をするようなポーズ。
鬼怒江「?」
足を止め、志瑛を見る鬼怒江。
おもむろに、志瑛が優しく鬼怒江の手を取り、人気の無い路地に引き込む。
狭い路地で、向き合う2人。
志瑛「独りで解決できないことは、他人に相談してみるといい」
握った鬼怒江の手を少し自分の方に近付ける志瑛。
志瑛「君はどうも、困難に対して自分だけで奮闘しようとするきらいがあるようだ」
鬼怒江「私の問題ですから」
顔を背ける鬼怒江。
志瑛「その考え方は、よろしくないな。絹枝殿。人を頼るだけで容易く解決できる困難は、珍しくない」
鬼怒江「何を仰っしゃりたいのですか」
志瑛「俺を頼れ」
真っ直ぐな目で鬼怒江を見る志瑛。
その視線にぎくりとする鬼怒江。
志瑛「君は、あの家族の傍に居たいわけではない。ただ彼らをあやかしから守りたいのだろう」
鬼怒江「御名答……と申し上げればよろしいでしょうか」
志瑛の手をやんわりと払いのける鬼怒江。
鬼怒江「そうです。彼らは人間に化けたあやかしを見分けられない。私が傍に居て、遠ざけてやらなくては、そうと知らずにあやかしの餌食になりかねません」
淡々と語る鬼怒江。
そこに親愛の情は無く、表情も冷たい。
志瑛「だろうな、あの調子では」
目を伏せ、頷く志瑛。
鬼怒江「……わかっているのなら、私を家に帰してください」
志瑛「駄目だ」
きっぱりと言う志瑛。
志瑛「絹枝殿。君の家族は、本当に君が守ってやる価値のある人間たちなのか」
鬼怒江「彼らの価値は関係ありません」
志瑛「酷い扱いを受けてきたのだろう。仕返しをしたいと思ったことは?」
鬼怒江「仕返し……」
ハッとする鬼怒江。
鬼怒江M「絹枝殿……」
小さく首を振り、思考を払う鬼怒江。
鬼怒江「それより……私は彼らを守らねばなりません」
志瑛「それは情ではなく使命か?」
鬼怒江「いかにも」
志瑛「なら、俺に案がある」
鬼怒江の耳元に口を寄せる志瑛。
志瑛「――――」
何事かを囁く志瑛。
鬼怒江「……!」
鬼怒江M「そうか、そうすれば……!」
目を見開き、目に少し光が入る鬼怒江。
志瑛「どうだ。思いのほか、簡単だろう」
いたずらっぽく笑う志瑛。
鬼怒江「……悪いお人ですね」
困惑半分に言う鬼怒江。
志瑛「元より、俺は善人ではない」
鬼怒江の髪を撫でる志瑛。
賑やかな通りの空気と対照的に、薄暗い路地に居る2人が強調される。
○蔵持家・夜
自室にて、外を眺める鬼怒江。
敷かれた布団の横で正座をしている。
鬼怒江M「他人に相談する……人を頼る……」
回想:昼間の、自分を頼れと訴えかける志瑛の様子。
鬼怒江M「……私の使命は義理と復讐を果たすこと。手段が目的に先んじてはならない」
視線を落とし、ぎゅっと拳を握りしめる鬼怒江。
鬼怒江M「私は……意固地になっていたのだろうか」
これまでの思考を反省する鬼怒江。
やや弱気な表情。
そこへ、ふわりと不穏な空気が流れ込む。
鬼怒江「匂う」
顔を上げる鬼怒江。
弱気は消え失せ、鋭い目つきになっている。
鬼怒江M「志瑛殿が来る前に、手早く……」
立ち上がり、そのまま庭に降りる鬼怒江。
彼女の前に、ゆらりと人影が現れる。
伊南子「絹枝」
鬼怒江「っ!?」
息を呑む鬼怒江。
伊南子「絹枝……おねえさまが……来てあげたわよ……!」
ふらふらと歩いてくる伊南子。(※あやかしに憑かれている。)
明らかに様子がおかしく、不気味な笑みを浮かべている。

