○前回の続きから
鬼怒江「……冗談はおよしください」
志瑛から離れようとする鬼怒江。
しかし志瑛は力強く彼女の手を握り、離さない。
志瑛「冗談ではない。俺は君をひと目見て、心底惚れ込んでしまった」
鬼怒江「このような、冷淡で面白みのない女に?」
訝しげな視線を向ける鬼怒江。
志瑛「いいや、君は優しい女性だ。君の目には、春の日差しがごとき暖かな光が在る。心優しいひとの持つ光だ」
微笑む志瑛。
目を見開く鬼怒江。
鬼怒江の目は遠目では濁っている。
だが更にアップで映されると、目の奥にわずかに光があるのがわかる。
鬼怒江「私が……優しい……?」
鬼怒江M「それは絹枝殿の方だろう。あんな家族を守りたいと願った彼女……。間違っても、私であるわけがない」
今際の際でも家族を思いやっていた絹枝のことを思い返す鬼怒江。
回想:死にゆく絹枝の穏やかな笑顔。
志瑛「優しいとも。だからこそそんな君が、暗い顔をしているのは耐え難い。俺は……君を笑顔にしたいんだ」
回想:志瑛視点。二ノ宮家から連れ出される最中も、場所に揺られる最中も、蔵持家に着いてからも、沈んだ表情の鬼怒江。
志瑛「絹枝殿。俺を、君の居場所にさせてくれ」
鬼怒江の目を真っ直ぐに見る志瑛。
対する鬼怒江は、少し目を逸らす。
○翌日・蔵持家・朝
朝日が差す庭。
小鳥が2羽、木の枝に止まって鳴いている。
鬼怒江は布団から上体を起こし、それをぼんやりと眺める。
やがてゆっくりと立ち上がり、用意されていたきものに着替え始める。
志瑛「入るぞ、絹枝殿」
襖の向こうから声がし、そちらを向く鬼怒江。
既に着替えは終わっている。
志瑛「おはよう。よく眠れたか」
襖が開き、軽装の志瑛が現れる。
昨日とは違い、ややラフな装い。
鬼怒江「……はい」
鬼怒江M「本当は、一睡もできなかったけれど」
いつもと変わらない無表情で答える鬼怒江。
しかし、うっすらと隈ができている。
志瑛「ふふ。一睡もできていなさそうな顔だ。わかりやすい」
微笑ましげに、くすりと笑う志瑛。
鬼怒江「お気になさらず」
そっぽを向く鬼怒江。
志瑛「気にする」
煩わしげに、視線だけで志瑛を見る鬼怒江。
すると、突然、志瑛が鬼怒江をお姫様抱っこで持ち上げる。
鬼怒江「志瑛様!?」
さしもの鬼怒江も驚いた表情をする。
志瑛「君にとって、居心地の良い場所になるための第一歩だ」
すたすたと歩いて屋敷の庭に出る志瑛。
鬼怒江は抵抗するが、びくともしない。
志瑛「式代顕現、急急如律令」
志瑛が呪文を唱えると、彼の影から1体の鹿に似た式神が出現する。
式神は神秘的な輝きを纏っており、志瑛に対して従順そうに頭を垂れる。
鬼怒江M「式神……!」
息を呑む鬼怒江。
式神は鬼怒江の方を見るが、鬼怒江は視線を逸らす。
志瑛「さあ、物見遊山と行こう」
鬼怒江の手を引き、共に式神の背に乗る志瑛。
○山の頂付近
人気の無い、穏やかな山の景色。
上空を鳶が飛んでおり、地上には狐や蝶が居る。
志瑛「……絹枝殿。君が裁きの場でどんな証言をしようと、あるいはしなかろうと、俺は君への接し方を変えはしない」
なだらかな山道を歩きながら話す志瑛。
鬼怒江の手を取り、エスコートしている。
鬼怒江「私が、あなたのことを悪し様に述べても?」
志瑛「無論」
淀み無く答える志瑛。
鬼怒江は眉をひそめる。
志瑛「俺は君の意志を尊重する。だが君を諦めない」
鬼怒江「……左様でございますか」
志瑛「ああ」
山道が途切れ、2人は開けた場所に出る。
志瑛「例えば、こんなふうにな」
ある方向に視線を向ける志瑛。
鬼怒江もつられてそちらを見る。
山からの美しい景色が大きく映される。
街を見下ろす構図で、遠くには海も見える。
空は晴れており、澄んだ空気。
すべてのものが陽光を受けて明るく輝くよう。
鬼怒江「……!」
感嘆で思わず言葉を失う鬼怒江。
志瑛「良い景色だろう。幼い時分、祖父母に連れられて来た秘密の場所だ」
回想:幼い志瑛が、存命時の祖父母と共にこの場に来ている。祖父母は凛々しくも優しげで、志瑛は景色に見惚れている。
志瑛「気を張る必要は無い。当然、感情を押し殺す必要も」
優しげな眼差しで鬼怒江を見る志瑛。
志瑛「君が幸福から遠ざかるなら、俺が幸福を持って来よう。願わくば、受け取ってくれ」
近くの木を背に腰を下ろし、鬼怒江も隣に座らせる志瑛。
今一度、目の前の景色に目を向ける鬼怒江。
鬼怒江「私には……身に余るものです」
さあっと柔らかな風が吹く。
鬼怒江は静かに目を閉じる。
○回想・二ノ宮家
絹枝の体に入り、二ノ宮家に帰り着いた後。
汚れた着の身着のまま、鬼怒江は部屋に座り込んでいる。
鬼怒江M「まさか、絹枝殿の家族があのような愚者だったとは」
回想:帰ってきた鬼怒江に「まあ、汚らしい」と笑う伊南子。義母も「まるで野良犬のようね」と。父親は冷たい目で鬼怒江を一瞥する。
鬼怒江M「理解できない。何故、絹枝殿は彼らを恨みすらしないのか」
はたと鏡を見る鬼怒江。
鏡はひび割れており、そこに絹枝の姿が映っている。
鬼怒江「やつれた顔……」
頬に手を添える鬼怒江。
絹枝の境遇を察し、僅かに顔をしかめる。
鬼怒江M「私の顔は……どうだったろう。もう、まともに思い出せもしない」
虚ろな目で宙をぼんやりと見つめる鬼怒江。
鬼怒江M「いや、構わない。元の顔も、姿も、最早意味の無いもの。今の私に在るのは、仇討ちという使命と、絹枝殿への義理だけ……それだけで良い」
ぐっと拳を握り、睨みつけるように鏡を見据える鬼怒江。
昏い決意に満ちた表情。
イメージ図:花鬼たちが陽だまりで笑っている。鬼怒江は陰に覆われた場所から、彼らを見つめている。
○現在・山頂
は、と目を覚ます鬼怒江。
二話冒頭よりも穏やかな目覚め方。
志瑛「今度こそ、よく眠れていたな」
なおも鬼怒江の隣に座っており、愛おしそうな視線を彼女に向ける志瑛。
鬼怒江「…………」
返す言葉に詰まりながらも、やや乱れた衣服と姿勢を正す鬼怒江。
志瑛「察するに、君は人間に化けたあやかしが視えるのだろう?」
回想:志瑛視点、二話終盤で鬼怒江のところに駆け付けるところ。鬼怒江が正体を現す前のあやかしに警戒の色を見せている。
志瑛「そういう者は、目が良い分、普通に暮らしているだけでも疲労が溜まりやすい。君が日常的に十分な休息を取れるようにするのが、ひとまずの急務だな」
意欲を露わに語る志瑛。
鬼怒江は冷めた目で彼を見ている。
志瑛「それに……君は他にも、心労が多そうだ」
不意に鬼怒江を見つめる志瑛。
内心を見透かすかのような視線。
鬼怒江は半ば睨むような視線を返す。
志瑛「さて、次は街を巡るとしようか。絹枝殿、どの辺りが良い」
ぱっと朗らかな笑顔に戻る志瑛。
眼下に見える街を改めて鬼怒江に見せ、目的地を選ばせようとする。
鬼怒江「別に、どこでも」
つんと答える鬼怒江。
志瑛「ではこうしよう。式代顕現、急急如律令」
先ほどの鹿に似た式神と、小さな紙切れのような式神が現れる。
志瑛「無作為に飛べ」
鹿の方に鬼怒江と共に乗りつつ、紙切れの方に命じる志瑛。
紙切れの方はギュンとかなりの速さで飛び始め、鹿の方もそれに続く。
鬼怒江「ッ……!?」
式神たちが不意打ち的に急発進したことで、仰け反る鬼怒江。
志瑛「しっかり掴まっていろ、絹枝殿。尤も、落ちそうになったら俺が助けるが」
鬼怒江をしかと抱き寄せる志瑛。
鬼怒江は困惑半分な表情で彼の顔を見上げる。
○街中
大きい道の左右に、沢山の店が並ぶ景観。
店は髪飾りや着物などを売っているところばかり。
主に若い女性と、その付き添いの男性で賑わっている。
志瑛「ふむ。ここか。運試しは成功と言って良いだろうな」
式神たちを影に戻しながら言う志瑛。
鬼怒江「それはよろしゅうございますね」
相変わらずつまらなさそうな鬼怒江。
しかし先程までの高速飛行のせいで、少しげんなりした様子。
志瑛「何が欲しい?」
鬼怒江「何も」
志瑛「では俺が選ぼう」
素っ気なく答える鬼怒江にめげず、彼女の手を引いて歩き出す志瑛。
鬼怒江M「どれも華やかだ。これだけ沢山売っているのに……絹枝殿の部屋には、ひとつも無かった」
店先に並ぶ装飾品を見る鬼怒江。
鬼怒江M「もし、絹枝殿が生きていたら。この男に助け出され、綺麗な簪や櫛を付けることができていたのだろうか」
険しい顔をする鬼怒江。
絹枝に感情移入し、義母たちに怒りを覚えている。
鬼怒江M「あの愚かな家族たちが、絹枝殿を死に追いやらなければ……今頃……」
伊南子「絹枝?」
ふと顔を上げる鬼怒江。
すると目の前に、伊南子が立っている。
以前と変わらず煌びやかな装いだが、顔が少しやつれている。
独りで居る伊南子と、志瑛と共に立っている鬼怒江の対比。
不穏な空気が流れる。
鬼怒江「……冗談はおよしください」
志瑛から離れようとする鬼怒江。
しかし志瑛は力強く彼女の手を握り、離さない。
志瑛「冗談ではない。俺は君をひと目見て、心底惚れ込んでしまった」
鬼怒江「このような、冷淡で面白みのない女に?」
訝しげな視線を向ける鬼怒江。
志瑛「いいや、君は優しい女性だ。君の目には、春の日差しがごとき暖かな光が在る。心優しいひとの持つ光だ」
微笑む志瑛。
目を見開く鬼怒江。
鬼怒江の目は遠目では濁っている。
だが更にアップで映されると、目の奥にわずかに光があるのがわかる。
鬼怒江「私が……優しい……?」
鬼怒江M「それは絹枝殿の方だろう。あんな家族を守りたいと願った彼女……。間違っても、私であるわけがない」
今際の際でも家族を思いやっていた絹枝のことを思い返す鬼怒江。
回想:死にゆく絹枝の穏やかな笑顔。
志瑛「優しいとも。だからこそそんな君が、暗い顔をしているのは耐え難い。俺は……君を笑顔にしたいんだ」
回想:志瑛視点。二ノ宮家から連れ出される最中も、場所に揺られる最中も、蔵持家に着いてからも、沈んだ表情の鬼怒江。
志瑛「絹枝殿。俺を、君の居場所にさせてくれ」
鬼怒江の目を真っ直ぐに見る志瑛。
対する鬼怒江は、少し目を逸らす。
○翌日・蔵持家・朝
朝日が差す庭。
小鳥が2羽、木の枝に止まって鳴いている。
鬼怒江は布団から上体を起こし、それをぼんやりと眺める。
やがてゆっくりと立ち上がり、用意されていたきものに着替え始める。
志瑛「入るぞ、絹枝殿」
襖の向こうから声がし、そちらを向く鬼怒江。
既に着替えは終わっている。
志瑛「おはよう。よく眠れたか」
襖が開き、軽装の志瑛が現れる。
昨日とは違い、ややラフな装い。
鬼怒江「……はい」
鬼怒江M「本当は、一睡もできなかったけれど」
いつもと変わらない無表情で答える鬼怒江。
しかし、うっすらと隈ができている。
志瑛「ふふ。一睡もできていなさそうな顔だ。わかりやすい」
微笑ましげに、くすりと笑う志瑛。
鬼怒江「お気になさらず」
そっぽを向く鬼怒江。
志瑛「気にする」
煩わしげに、視線だけで志瑛を見る鬼怒江。
すると、突然、志瑛が鬼怒江をお姫様抱っこで持ち上げる。
鬼怒江「志瑛様!?」
さしもの鬼怒江も驚いた表情をする。
志瑛「君にとって、居心地の良い場所になるための第一歩だ」
すたすたと歩いて屋敷の庭に出る志瑛。
鬼怒江は抵抗するが、びくともしない。
志瑛「式代顕現、急急如律令」
志瑛が呪文を唱えると、彼の影から1体の鹿に似た式神が出現する。
式神は神秘的な輝きを纏っており、志瑛に対して従順そうに頭を垂れる。
鬼怒江M「式神……!」
息を呑む鬼怒江。
式神は鬼怒江の方を見るが、鬼怒江は視線を逸らす。
志瑛「さあ、物見遊山と行こう」
鬼怒江の手を引き、共に式神の背に乗る志瑛。
○山の頂付近
人気の無い、穏やかな山の景色。
上空を鳶が飛んでおり、地上には狐や蝶が居る。
志瑛「……絹枝殿。君が裁きの場でどんな証言をしようと、あるいはしなかろうと、俺は君への接し方を変えはしない」
なだらかな山道を歩きながら話す志瑛。
鬼怒江の手を取り、エスコートしている。
鬼怒江「私が、あなたのことを悪し様に述べても?」
志瑛「無論」
淀み無く答える志瑛。
鬼怒江は眉をひそめる。
志瑛「俺は君の意志を尊重する。だが君を諦めない」
鬼怒江「……左様でございますか」
志瑛「ああ」
山道が途切れ、2人は開けた場所に出る。
志瑛「例えば、こんなふうにな」
ある方向に視線を向ける志瑛。
鬼怒江もつられてそちらを見る。
山からの美しい景色が大きく映される。
街を見下ろす構図で、遠くには海も見える。
空は晴れており、澄んだ空気。
すべてのものが陽光を受けて明るく輝くよう。
鬼怒江「……!」
感嘆で思わず言葉を失う鬼怒江。
志瑛「良い景色だろう。幼い時分、祖父母に連れられて来た秘密の場所だ」
回想:幼い志瑛が、存命時の祖父母と共にこの場に来ている。祖父母は凛々しくも優しげで、志瑛は景色に見惚れている。
志瑛「気を張る必要は無い。当然、感情を押し殺す必要も」
優しげな眼差しで鬼怒江を見る志瑛。
志瑛「君が幸福から遠ざかるなら、俺が幸福を持って来よう。願わくば、受け取ってくれ」
近くの木を背に腰を下ろし、鬼怒江も隣に座らせる志瑛。
今一度、目の前の景色に目を向ける鬼怒江。
鬼怒江「私には……身に余るものです」
さあっと柔らかな風が吹く。
鬼怒江は静かに目を閉じる。
○回想・二ノ宮家
絹枝の体に入り、二ノ宮家に帰り着いた後。
汚れた着の身着のまま、鬼怒江は部屋に座り込んでいる。
鬼怒江M「まさか、絹枝殿の家族があのような愚者だったとは」
回想:帰ってきた鬼怒江に「まあ、汚らしい」と笑う伊南子。義母も「まるで野良犬のようね」と。父親は冷たい目で鬼怒江を一瞥する。
鬼怒江M「理解できない。何故、絹枝殿は彼らを恨みすらしないのか」
はたと鏡を見る鬼怒江。
鏡はひび割れており、そこに絹枝の姿が映っている。
鬼怒江「やつれた顔……」
頬に手を添える鬼怒江。
絹枝の境遇を察し、僅かに顔をしかめる。
鬼怒江M「私の顔は……どうだったろう。もう、まともに思い出せもしない」
虚ろな目で宙をぼんやりと見つめる鬼怒江。
鬼怒江M「いや、構わない。元の顔も、姿も、最早意味の無いもの。今の私に在るのは、仇討ちという使命と、絹枝殿への義理だけ……それだけで良い」
ぐっと拳を握り、睨みつけるように鏡を見据える鬼怒江。
昏い決意に満ちた表情。
イメージ図:花鬼たちが陽だまりで笑っている。鬼怒江は陰に覆われた場所から、彼らを見つめている。
○現在・山頂
は、と目を覚ます鬼怒江。
二話冒頭よりも穏やかな目覚め方。
志瑛「今度こそ、よく眠れていたな」
なおも鬼怒江の隣に座っており、愛おしそうな視線を彼女に向ける志瑛。
鬼怒江「…………」
返す言葉に詰まりながらも、やや乱れた衣服と姿勢を正す鬼怒江。
志瑛「察するに、君は人間に化けたあやかしが視えるのだろう?」
回想:志瑛視点、二話終盤で鬼怒江のところに駆け付けるところ。鬼怒江が正体を現す前のあやかしに警戒の色を見せている。
志瑛「そういう者は、目が良い分、普通に暮らしているだけでも疲労が溜まりやすい。君が日常的に十分な休息を取れるようにするのが、ひとまずの急務だな」
意欲を露わに語る志瑛。
鬼怒江は冷めた目で彼を見ている。
志瑛「それに……君は他にも、心労が多そうだ」
不意に鬼怒江を見つめる志瑛。
内心を見透かすかのような視線。
鬼怒江は半ば睨むような視線を返す。
志瑛「さて、次は街を巡るとしようか。絹枝殿、どの辺りが良い」
ぱっと朗らかな笑顔に戻る志瑛。
眼下に見える街を改めて鬼怒江に見せ、目的地を選ばせようとする。
鬼怒江「別に、どこでも」
つんと答える鬼怒江。
志瑛「ではこうしよう。式代顕現、急急如律令」
先ほどの鹿に似た式神と、小さな紙切れのような式神が現れる。
志瑛「無作為に飛べ」
鹿の方に鬼怒江と共に乗りつつ、紙切れの方に命じる志瑛。
紙切れの方はギュンとかなりの速さで飛び始め、鹿の方もそれに続く。
鬼怒江「ッ……!?」
式神たちが不意打ち的に急発進したことで、仰け反る鬼怒江。
志瑛「しっかり掴まっていろ、絹枝殿。尤も、落ちそうになったら俺が助けるが」
鬼怒江をしかと抱き寄せる志瑛。
鬼怒江は困惑半分な表情で彼の顔を見上げる。
○街中
大きい道の左右に、沢山の店が並ぶ景観。
店は髪飾りや着物などを売っているところばかり。
主に若い女性と、その付き添いの男性で賑わっている。
志瑛「ふむ。ここか。運試しは成功と言って良いだろうな」
式神たちを影に戻しながら言う志瑛。
鬼怒江「それはよろしゅうございますね」
相変わらずつまらなさそうな鬼怒江。
しかし先程までの高速飛行のせいで、少しげんなりした様子。
志瑛「何が欲しい?」
鬼怒江「何も」
志瑛「では俺が選ぼう」
素っ気なく答える鬼怒江にめげず、彼女の手を引いて歩き出す志瑛。
鬼怒江M「どれも華やかだ。これだけ沢山売っているのに……絹枝殿の部屋には、ひとつも無かった」
店先に並ぶ装飾品を見る鬼怒江。
鬼怒江M「もし、絹枝殿が生きていたら。この男に助け出され、綺麗な簪や櫛を付けることができていたのだろうか」
険しい顔をする鬼怒江。
絹枝に感情移入し、義母たちに怒りを覚えている。
鬼怒江M「あの愚かな家族たちが、絹枝殿を死に追いやらなければ……今頃……」
伊南子「絹枝?」
ふと顔を上げる鬼怒江。
すると目の前に、伊南子が立っている。
以前と変わらず煌びやかな装いだが、顔が少しやつれている。
独りで居る伊南子と、志瑛と共に立っている鬼怒江の対比。
不穏な空気が流れる。

