◯鬼怒江の夢・かつての花鬼の里
花鬼①「姫様、今年も菊がよく咲きました。また見にいらしてくださいな」
ニコニコと笑う、ふくよかで優しそうな女性。
水の入った桶を抱えている。
花鬼②「ああ姫様! 先日はありがとうございました。お陰様で妻子ともにこの通り……」
嬉しそうな若い男性。
隣には妻と、彼女に抱かれた幼い子どもも居る。
花鬼③「ねえ、ひめさま、あそびましょう!」
無邪気に言う少女。
彼女の友だちである、少年少女も居る。
花鬼たち「姫様」
老若男女の花鬼たち。
誰もが鬼怒江を慕い、家族や友人と共に幸せそうに笑っている。
◯現在・街外れの道・昼
志瑛「絹枝殿」
鬼怒江「っ!」
ハッと我に返る鬼怒江。
いくらか汗をかいている。
鬼怒江M「私としたことが、呆けていた……」
額に手を当てる鬼怒江。
志瑛と共に、逞しい馬の背に乗っている。
志瑛「着いたぞ」
鬼怒江は顔を上げる。
◯蔵持家
二ノ宮家に負けず劣らずの立派な門、塀、庭を有した蔵持家邸宅の外観が映される。
二ノ宮と違い、華美な装飾は無く、自然に溶け込むような品のある佇まい。
志瑛「こちらへ」
手を差し伸べる志瑛。
鬼怒江「……はい」
志瑛の手を取ることはせず、彼の後ろを歩き始める鬼怒江。
玄関から入ると、使用人たちが数人、頭を下げて志瑛を出迎える。
志瑛「もう安心して良い。俺は正当な理由を以て君を保護した。君が彼らに奪い返されるようなことは無い」
廊下を歩いていく志瑛と鬼怒江。
鬼怒江「あなたは何者ですか」
志瑛「蔵持志瑛。陰陽師だ」
一度立ち止まり、鬼怒江の方を向いて名乗る志瑛。
ざあっと風が吹き、彼の髪や服の裾をゆらす。
鬼怒江M「やはり……」
警戒を強める鬼怒江。
N「陰陽師。それは国家に属する異能の者たち。彼らは星を読んで未来を占い、祝詞を唱えて祭りを行い、式神を従えて奔走する。そして悪意ある呪術や、あやかしから人々を守る存在だ」
イメージ図:星空を見上げたり、神社で祝詞を読み上げたり、狼のような式神を伴う陰陽師たち。
鬼怒江M「早い話が、私たちの天敵。まさかこんな形で遭遇するとは」
内心、険しい顔をする鬼怒江。
志瑛「つい先月、師の元を離れて亡き祖父母の住んでいたこの地へ越してきたのだが、君のことはすぐに耳に入った。二ノ宮家でその存在を隠されている『絹の姫君』が居る、と」
回想:街の人々の様子を探る式神。そして式神から話を伝え聞く志瑛。
鬼怒江「……お着物を仕立てているのは伊南子お姉様です」
淡々と答える鬼怒江。
志瑛「着物の話、とはまだ言っていないが」
くすりと笑う志瑛。
鬼怒江は、ぐ、と押し黙る。
志瑛「隠す必要は無い。雑巾を縫うこともできず、毎日遊び歩いているあの娘が、短期間で着物を仕立てられるわけがないと」
イメージ図:裁縫の稽古を放って自分のお洒落に勤しんだり、街で豪遊をする伊南子。
鬼怒江「…………」
冷めた視線の鬼怒江。
伊南子の所業に対して、単純に愚かだと思っている。
志瑛「皆、わかってはいる。だが商いで成るこの地において、二ノ宮家の力は絶大だ。逆らえばどうなるか、想像に難くない」
鬼怒江「では何故、志瑛様はあのように振る舞うことができたのですか」
志瑛「先ほども言っただろう。正当な理由を用意したからだ」
不敵に笑う志瑛。
志瑛「二ノ宮家は密かに呪具を所持していた。他人の生気を代償として、商運、金運を持ち主に与える呪具だ」
回想:怪しい商人から呪具を買い受ける父親。呪具は一話の背景で登場した陶器人形。義母と伊南子もおり、3人とも呪具に対して自覚的なのがわかる。
志瑛「俺は陰陽師として、その危険な呪具を押収すべく二ノ宮家に踏み入った。そして……偶然にも君を発見し、彼らをより適切な罪に問うための証人として保護した」
回想:部下を数人引き連れ、二ノ宮家に臨場する志瑛。呪具である陶器人形を部下に回収させ、一話終盤の展開の通り、鬼怒江と対面する。
鬼怒江「二ノ宮家に呪具が有ると、よくおわかりになりましたね」
志瑛「呪具に深く関わるほど、その特徴的な気配が移るからな。……あの夫妻や娘のように積極的に関与していたなら、なおさらだ」
イメージ図:禍々しい気配を放つ呪具。
回想:呪具と同じ気配を濃く纏った伊南子たちを、志瑛の式神が偵察している。
志瑛「君にも少し……あれとはやや異なるようだが、濁った気配が染み付いてしまっている」
鬼怒江の髪をさらりと撫でる志瑛。
鬼怒江は自分=花鬼の気配に勘付かれているのでは、と身を強張らせる。
志瑛「ああ、だが心配は無用だ。その程度なら心身に何ら問題は無い。気になるようなら祓うこともできるが」
志瑛の手が鬼怒江から離れる。
鬼怒江は密かに小さく息を吐く。
鬼怒江「いえ……体に障りが無いのなら、結構です」
首を横に振る鬼怒江。
志瑛「そうか。気が変わったら、いつでも言うといい」
優しく微笑む志瑛。
◯蔵持家・客室
志瑛「少し支度がある。ここで休んでいてくれ」
鬼怒江「はい」
志瑛が立ち去り、1人残される鬼怒江。
鬼怒江M「蔵持志瑛……いったい何のつもりなのか」
大人しく座布団に座り、思案する。
鬼怒江M「証人として保護するだけなのに、邸宅にまで招き入れるなど尋常ではない。もしや私の正体に気付いている? だとしたら、一刻も早くここから――」
使用人「失礼いたします」
障子が開き、使用人が入ってくる。
使用人「こちらへどうぞ」
鬼怒江「……?」
訝しげな表情をする鬼怒江。
◯蔵持家・浴室
使用人「痒いところはございませんか」
風呂に入れられ、体を丁寧に洗われる鬼怒江。
◯蔵持家・ある一室
使用人「こちらなどいかがでしょう」
鏡の前で髪を結われ、山ほどの髪飾りからいろいろ勧められる鬼怒江。
◯蔵持家・ある一室
使用人「お好みの色などは」
色とりどりの着物を用意され、着せられる鬼怒江。
◯蔵持家・広間
志瑛「ふむ。良かった、丁度の具合だな」
広間の上座に座って鬼怒江を迎える志瑛。
鬼怒江のために用意された席には、豪勢な食事が置かれている。
鬼怒江「志瑛様。恐れながら、斯様な施しをされたとて、私にお返しできる物はありません」
無表情で座る鬼怒江。
内心では警戒気味。
志瑛「見返りは要らない。俺が勝手にしていることだ」
平然と言う志瑛。
鬼怒江は居心地が悪そうに僅かに眉をひそめる。
志瑛「二ノ宮家を呪具所持の罪で告発し裁きを行うまで、幾日か掛かる。君の役目は裁きの場で証言をすることのみ。日が来るまで、ここで自由に過ごすと良い」
鬼怒江「……わかりました」
頭を下げる鬼怒江。
「絹枝」のために作られた料理を複雑な表情で見つめる。
○蔵持家・夜
使用人「御用の際は何なりとお申し付けくださいませ」
お辞儀をして去っていく使用人。
鬼怒江はあてがわれた部屋に入る。
部屋は鬼怒江のために香が焚かれていたり、鏡台が置かれていたりしている。
鬼怒江「…………」
ゆっくりと歩き、庭に面した障子を開ける鬼怒江。
庭は月明かりに照らされている。
鬼怒江M「何も素直に従うことは無い。黙って出て行ってしまえば済む」
足袋のまま、庭に出る鬼怒江。
鬼怒江M「私は幸せになるために、絹枝殿の体を貰い受けたわけではないのだから」
◯街の通り
鬼怒江M「奴の……仇の匂いはまだ近くに在る。逃げられる前に、見つけ出して仕留めなくては」
こっそり塀を乗り越え、道に出る鬼怒江。
鬼怒江M「それに二ノ宮家の彼ら。私が目を離した隙に、あやかしに襲われでもしたら……私は絹枝殿に合わせる顔が無い」
夜道を独り歩く鬼怒江。
周りに人の気配は無い。
鬼怒江M「裁きの日までは、彼らも家に居るはず……」
二ノ宮家のある方角を、周囲を見回して探す鬼怒江。
あやかし「おやおや……旨そうな娘が1匹……」
曲がり角から、ゆらりとあやかしが現れる。
草刈り鎌を持ち、背の曲がった男の姿。
鬼怒江はあやかしの方を向き、冷たい視線を向ける。
鬼怒江「花術――」
術を使おうとする鬼怒江。
そこへ、ざっと風が吹く。
志瑛「急急如律令、呪符退魔!」
呪符を手に、志瑛が飛び込んでくる。
あやかし「ぎゃああああっ!?」
志瑛の術を食らい、悲鳴を上げて塵となるあやかし。
予想外の事態にたじろぐ鬼怒江。
志瑛「どうして外へ……いや、いい。無事か、絹枝殿」
鬼怒江「……はい」
発動しかけていた術を、バレないように霧散させる鬼怒江。
志瑛「なら良い。さあ、屋敷へ戻るぞ」
自分の羽織を鬼怒江に掛け、彼女の手を取る志瑛。
鬼怒江M「温かい、人のぬくもり」
少し柔らかな表情で、目を伏せる鬼怒江。
羽織と手から、志瑛のぬくもりが伝わっている。
鬼怒江M「やはり『これ』は……私には、無用の長物だ」
一転、冷徹な顔付きに戻る鬼怒江。
志瑛の手を払い、羽織を脱ぐ。
志瑛「絹枝殿?」
怪訝な顔で振り返る志瑛。
鬼怒江「志瑛様。私は証言をいたしません」
無表情で言う鬼怒江。
鬼怒江「愛する父母と姉を売るような真似はできません。私はあなたに協力しない。あなたから離れて、家族のところへ行きます」
淡々とした様子の鬼怒江。
感情は少しも籠もっていない。
志瑛「……彼らの元へ帰れば、君はまた不当な扱いを受けることになる。それに彼らに肩入れをすれば、君も巻き添えを食うかもしれない。わかっているのか」
冷静に説く志瑛。
鬼怒江「はい」
頷く鬼怒江。
鬼怒江「この羽織も、着物も、髪飾りもお返しします。どうぞ恩知らずの冷たい女と罵ってくだ――」
志瑛「駄目だ」
鬼怒江の手を掴み、引き寄せる志瑛。
志瑛「鬼怒江殿。君に証言をする気があろうと無かろうと、俺は君が傍に居ることを望む」
鬼怒江「何故?」
鬼怒江M「やはり私の正体を……」
眉間に皺を寄せ、汗をひとつかく鬼怒江。
志瑛「本当は隠しておくつもりだったが……君を引き留めるためだ、白状しよう」
鬼怒江の両手を、自分の両手で包み込む志瑛。
志瑛「俺は君のことが好きなんだ」
目を見開く鬼怒江。(※照れてはいない。)
花鬼①「姫様、今年も菊がよく咲きました。また見にいらしてくださいな」
ニコニコと笑う、ふくよかで優しそうな女性。
水の入った桶を抱えている。
花鬼②「ああ姫様! 先日はありがとうございました。お陰様で妻子ともにこの通り……」
嬉しそうな若い男性。
隣には妻と、彼女に抱かれた幼い子どもも居る。
花鬼③「ねえ、ひめさま、あそびましょう!」
無邪気に言う少女。
彼女の友だちである、少年少女も居る。
花鬼たち「姫様」
老若男女の花鬼たち。
誰もが鬼怒江を慕い、家族や友人と共に幸せそうに笑っている。
◯現在・街外れの道・昼
志瑛「絹枝殿」
鬼怒江「っ!」
ハッと我に返る鬼怒江。
いくらか汗をかいている。
鬼怒江M「私としたことが、呆けていた……」
額に手を当てる鬼怒江。
志瑛と共に、逞しい馬の背に乗っている。
志瑛「着いたぞ」
鬼怒江は顔を上げる。
◯蔵持家
二ノ宮家に負けず劣らずの立派な門、塀、庭を有した蔵持家邸宅の外観が映される。
二ノ宮と違い、華美な装飾は無く、自然に溶け込むような品のある佇まい。
志瑛「こちらへ」
手を差し伸べる志瑛。
鬼怒江「……はい」
志瑛の手を取ることはせず、彼の後ろを歩き始める鬼怒江。
玄関から入ると、使用人たちが数人、頭を下げて志瑛を出迎える。
志瑛「もう安心して良い。俺は正当な理由を以て君を保護した。君が彼らに奪い返されるようなことは無い」
廊下を歩いていく志瑛と鬼怒江。
鬼怒江「あなたは何者ですか」
志瑛「蔵持志瑛。陰陽師だ」
一度立ち止まり、鬼怒江の方を向いて名乗る志瑛。
ざあっと風が吹き、彼の髪や服の裾をゆらす。
鬼怒江M「やはり……」
警戒を強める鬼怒江。
N「陰陽師。それは国家に属する異能の者たち。彼らは星を読んで未来を占い、祝詞を唱えて祭りを行い、式神を従えて奔走する。そして悪意ある呪術や、あやかしから人々を守る存在だ」
イメージ図:星空を見上げたり、神社で祝詞を読み上げたり、狼のような式神を伴う陰陽師たち。
鬼怒江M「早い話が、私たちの天敵。まさかこんな形で遭遇するとは」
内心、険しい顔をする鬼怒江。
志瑛「つい先月、師の元を離れて亡き祖父母の住んでいたこの地へ越してきたのだが、君のことはすぐに耳に入った。二ノ宮家でその存在を隠されている『絹の姫君』が居る、と」
回想:街の人々の様子を探る式神。そして式神から話を伝え聞く志瑛。
鬼怒江「……お着物を仕立てているのは伊南子お姉様です」
淡々と答える鬼怒江。
志瑛「着物の話、とはまだ言っていないが」
くすりと笑う志瑛。
鬼怒江は、ぐ、と押し黙る。
志瑛「隠す必要は無い。雑巾を縫うこともできず、毎日遊び歩いているあの娘が、短期間で着物を仕立てられるわけがないと」
イメージ図:裁縫の稽古を放って自分のお洒落に勤しんだり、街で豪遊をする伊南子。
鬼怒江「…………」
冷めた視線の鬼怒江。
伊南子の所業に対して、単純に愚かだと思っている。
志瑛「皆、わかってはいる。だが商いで成るこの地において、二ノ宮家の力は絶大だ。逆らえばどうなるか、想像に難くない」
鬼怒江「では何故、志瑛様はあのように振る舞うことができたのですか」
志瑛「先ほども言っただろう。正当な理由を用意したからだ」
不敵に笑う志瑛。
志瑛「二ノ宮家は密かに呪具を所持していた。他人の生気を代償として、商運、金運を持ち主に与える呪具だ」
回想:怪しい商人から呪具を買い受ける父親。呪具は一話の背景で登場した陶器人形。義母と伊南子もおり、3人とも呪具に対して自覚的なのがわかる。
志瑛「俺は陰陽師として、その危険な呪具を押収すべく二ノ宮家に踏み入った。そして……偶然にも君を発見し、彼らをより適切な罪に問うための証人として保護した」
回想:部下を数人引き連れ、二ノ宮家に臨場する志瑛。呪具である陶器人形を部下に回収させ、一話終盤の展開の通り、鬼怒江と対面する。
鬼怒江「二ノ宮家に呪具が有ると、よくおわかりになりましたね」
志瑛「呪具に深く関わるほど、その特徴的な気配が移るからな。……あの夫妻や娘のように積極的に関与していたなら、なおさらだ」
イメージ図:禍々しい気配を放つ呪具。
回想:呪具と同じ気配を濃く纏った伊南子たちを、志瑛の式神が偵察している。
志瑛「君にも少し……あれとはやや異なるようだが、濁った気配が染み付いてしまっている」
鬼怒江の髪をさらりと撫でる志瑛。
鬼怒江は自分=花鬼の気配に勘付かれているのでは、と身を強張らせる。
志瑛「ああ、だが心配は無用だ。その程度なら心身に何ら問題は無い。気になるようなら祓うこともできるが」
志瑛の手が鬼怒江から離れる。
鬼怒江は密かに小さく息を吐く。
鬼怒江「いえ……体に障りが無いのなら、結構です」
首を横に振る鬼怒江。
志瑛「そうか。気が変わったら、いつでも言うといい」
優しく微笑む志瑛。
◯蔵持家・客室
志瑛「少し支度がある。ここで休んでいてくれ」
鬼怒江「はい」
志瑛が立ち去り、1人残される鬼怒江。
鬼怒江M「蔵持志瑛……いったい何のつもりなのか」
大人しく座布団に座り、思案する。
鬼怒江M「証人として保護するだけなのに、邸宅にまで招き入れるなど尋常ではない。もしや私の正体に気付いている? だとしたら、一刻も早くここから――」
使用人「失礼いたします」
障子が開き、使用人が入ってくる。
使用人「こちらへどうぞ」
鬼怒江「……?」
訝しげな表情をする鬼怒江。
◯蔵持家・浴室
使用人「痒いところはございませんか」
風呂に入れられ、体を丁寧に洗われる鬼怒江。
◯蔵持家・ある一室
使用人「こちらなどいかがでしょう」
鏡の前で髪を結われ、山ほどの髪飾りからいろいろ勧められる鬼怒江。
◯蔵持家・ある一室
使用人「お好みの色などは」
色とりどりの着物を用意され、着せられる鬼怒江。
◯蔵持家・広間
志瑛「ふむ。良かった、丁度の具合だな」
広間の上座に座って鬼怒江を迎える志瑛。
鬼怒江のために用意された席には、豪勢な食事が置かれている。
鬼怒江「志瑛様。恐れながら、斯様な施しをされたとて、私にお返しできる物はありません」
無表情で座る鬼怒江。
内心では警戒気味。
志瑛「見返りは要らない。俺が勝手にしていることだ」
平然と言う志瑛。
鬼怒江は居心地が悪そうに僅かに眉をひそめる。
志瑛「二ノ宮家を呪具所持の罪で告発し裁きを行うまで、幾日か掛かる。君の役目は裁きの場で証言をすることのみ。日が来るまで、ここで自由に過ごすと良い」
鬼怒江「……わかりました」
頭を下げる鬼怒江。
「絹枝」のために作られた料理を複雑な表情で見つめる。
○蔵持家・夜
使用人「御用の際は何なりとお申し付けくださいませ」
お辞儀をして去っていく使用人。
鬼怒江はあてがわれた部屋に入る。
部屋は鬼怒江のために香が焚かれていたり、鏡台が置かれていたりしている。
鬼怒江「…………」
ゆっくりと歩き、庭に面した障子を開ける鬼怒江。
庭は月明かりに照らされている。
鬼怒江M「何も素直に従うことは無い。黙って出て行ってしまえば済む」
足袋のまま、庭に出る鬼怒江。
鬼怒江M「私は幸せになるために、絹枝殿の体を貰い受けたわけではないのだから」
◯街の通り
鬼怒江M「奴の……仇の匂いはまだ近くに在る。逃げられる前に、見つけ出して仕留めなくては」
こっそり塀を乗り越え、道に出る鬼怒江。
鬼怒江M「それに二ノ宮家の彼ら。私が目を離した隙に、あやかしに襲われでもしたら……私は絹枝殿に合わせる顔が無い」
夜道を独り歩く鬼怒江。
周りに人の気配は無い。
鬼怒江M「裁きの日までは、彼らも家に居るはず……」
二ノ宮家のある方角を、周囲を見回して探す鬼怒江。
あやかし「おやおや……旨そうな娘が1匹……」
曲がり角から、ゆらりとあやかしが現れる。
草刈り鎌を持ち、背の曲がった男の姿。
鬼怒江はあやかしの方を向き、冷たい視線を向ける。
鬼怒江「花術――」
術を使おうとする鬼怒江。
そこへ、ざっと風が吹く。
志瑛「急急如律令、呪符退魔!」
呪符を手に、志瑛が飛び込んでくる。
あやかし「ぎゃああああっ!?」
志瑛の術を食らい、悲鳴を上げて塵となるあやかし。
予想外の事態にたじろぐ鬼怒江。
志瑛「どうして外へ……いや、いい。無事か、絹枝殿」
鬼怒江「……はい」
発動しかけていた術を、バレないように霧散させる鬼怒江。
志瑛「なら良い。さあ、屋敷へ戻るぞ」
自分の羽織を鬼怒江に掛け、彼女の手を取る志瑛。
鬼怒江M「温かい、人のぬくもり」
少し柔らかな表情で、目を伏せる鬼怒江。
羽織と手から、志瑛のぬくもりが伝わっている。
鬼怒江M「やはり『これ』は……私には、無用の長物だ」
一転、冷徹な顔付きに戻る鬼怒江。
志瑛の手を払い、羽織を脱ぐ。
志瑛「絹枝殿?」
怪訝な顔で振り返る志瑛。
鬼怒江「志瑛様。私は証言をいたしません」
無表情で言う鬼怒江。
鬼怒江「愛する父母と姉を売るような真似はできません。私はあなたに協力しない。あなたから離れて、家族のところへ行きます」
淡々とした様子の鬼怒江。
感情は少しも籠もっていない。
志瑛「……彼らの元へ帰れば、君はまた不当な扱いを受けることになる。それに彼らに肩入れをすれば、君も巻き添えを食うかもしれない。わかっているのか」
冷静に説く志瑛。
鬼怒江「はい」
頷く鬼怒江。
鬼怒江「この羽織も、着物も、髪飾りもお返しします。どうぞ恩知らずの冷たい女と罵ってくだ――」
志瑛「駄目だ」
鬼怒江の手を掴み、引き寄せる志瑛。
志瑛「鬼怒江殿。君に証言をする気があろうと無かろうと、俺は君が傍に居ることを望む」
鬼怒江「何故?」
鬼怒江M「やはり私の正体を……」
眉間に皺を寄せ、汗をひとつかく鬼怒江。
志瑛「本当は隠しておくつもりだったが……君を引き留めるためだ、白状しよう」
鬼怒江の両手を、自分の両手で包み込む志瑛。
志瑛「俺は君のことが好きなんだ」
目を見開く鬼怒江。(※照れてはいない。)

