◯薄暗い森の中
絹枝「はあっ、はあっ……!」
息を切らせて走る絹枝。【絹枝――黒い長髪を後ろでひとつに結っている・痩せ身・桃色の目】
着物は木の枝葉で引っ掛けてあちこちがほつれ、肌は汗と涙と土で汚れている。
空模様は夕暮れ。
男「ひひっ、おうい待て待て!」
絹枝の後方から、複数の男が下卑た笑い声と共に追ってくる。
絹枝「はっ、はっ……」
必死に逃げる絹枝。
草履が片方脱げていて、足に血が滲んでいる。
後ろを気にしつつ、ガサガサと茂みをかき分けて逃げる絹枝。
絹枝「!」
足を踏み外す絹枝。
ガクン、とバランスを崩し、悲鳴を上げる間もなく、崖下へと落ちていく。
遅れて追い付いた男たちが、落ちる絹枝を見下ろす。
◯現在・昼
N「陽暦1232年。陽ノ本、明斐国」
人で賑わう通りが写される。
店が多く、商業で栄えている地だとわかる。
次いで、二ノ宮家の邸宅とその門が登場。
門には「二ノ宮」と書かれた表札がかけられている。
義母「絹枝! どこに居るの、絹枝!」
廊下を早足で歩く義母。
その近くの襖が開き、鬼怒江が現れる。
鬼怒江「はい、お義母様。私はここにおります」
みすぼらしい着物を着た鬼怒江。【鬼怒江――絹枝と同じ見た目・目付きがややキツい】
冒頭の絹枝と姿は同じだが、感情の抜け落ちた表情をしている。
鬼怒江の顔がアップされ、その表情が冒頭の絹枝と異なることが強調される。
義母「呼んだらすぐに来いと、いつも言っているでしょう。全く、のろまな子ね」
吐き捨てるように言う義母。
義母は鬼怒江に帳面(注文書)と反物の入った大きな籠を押し付ける。
義母「十日後までにすべて仕上げておきなさい。伊南子の手柄になるのだから、手抜きは許さないわよ」
鬼怒江「承りました、お義母様。すぐに取り掛かります」
籠を素直に受け取り、無表情のまま、頭を下げる鬼怒江。
伊南子「お母様!」
タタタ、と駆けてくる伊南子。【伊南子――茶髪を可愛らしく結い上げている・灰色の目】
伊南子の服装はきらびやかで、髪や肌の艶も良い。
義母「あら伊南子。どうしたの」
優しげな顔で伊南子の方を見る義母。
伊南子「わたくし、新しい簪が欲しいの。もうじき夏でしょう。桔梗の柄のを買って下さらない?」
義母「ええ、ええ、良いわよ。可愛い伊南子。さっそく明日にでも買いに行きましょうか」
上目遣いでおねだりをする伊南子と、彼女の頭を撫でる義母。
義母「何でも好きなものを選ぶと良いわ。気に入ったのが無ければ、職人に作らせましょう」
伊南子「やったあ! ありがとう、お母様!」
和気あいあいとする2人を、じっと見つめる鬼怒江。
伊南子がふと横を見、鬼怒江の存在に気付く。
伊南子「あらやだ、居たのねきぬゑ」
嘲るように言う伊南子。
伊南子「前のお着物、中々評判が良かったわ。お稽古場のみんな、大絶賛よ。先生にも凄く褒められちゃった。次はもっと良いのを作ってちょうだいね」
手を組み、わざとらしく笑顔でお願いをする伊南子。
鬼怒江「はい。お義姉様」
頭を下げ、籠を持って去っていく鬼怒江。
鬼怒江が居なくなるのを見届けた後、伊南子が眉をひそめる。
伊南子「ねえお母様。わたくし、やっぱり気味が悪いわ」
鳥肌を抑えるように自ら腕を抱え、肩をすくめる伊南子。
伊南子「あの子に見られると、なんだかゾッとするの。前はそんなこと無かったのに、『あれ』があってからよ。あの子、『あのこと』を一丁前に恨んでるのかしら」
回想:洗濯のために外出する絹枝を襲うよう男たちに命じ、ほくそ笑む伊南子。冒頭の出来事の裏側。
義母「大丈夫よ伊南子。古い女の卑しい娘ごときが、あなたに何をできるわけでもないわ」
伊南子「そう……そうよね。あの子なんか、ね。味方する人も居ないもの。心配ないわよね」
まだ不安がいくらか残りつつも、強がって笑う伊南子。
◯鬼怒江の部屋・夜
小さな明かりを頼りに、鬼怒江が着物を縫っている。
部屋は狭くて薄暗く、高い位置に付いている通気窓から僅かに月明かりが差し込んでいる。
不意に鬼怒江が手を止め、顔を上げる。
鬼怒江「匂う……」
通気窓を見上げる鬼怒江。(※あやかしの気配を感じ取っている。)
◯数日後・二ノ宮家廊下・昼間
義母「伊南子、伊南子」
上機嫌で廊下を歩いていた伊南子に義母が声をかける。
伊南子「なあに? お母様」
義母「今日からしばらく、寝室を変えなさい」
伊南子「? どうして」
首をかしげる伊南子。
義母「最近、隣町で辻斬りが出たらしいのよ。家の中に居れば安全でしょうけど、念のため外に近い部屋では寝ない方が良いわ」
伊南子「ふうん、辻斬り。わかったわ、お母様」
あまり危機感の感じられない返事をする伊南子。
鬼怒江「お義母様、お義姉様」
伊南子「きゃっ!」
鬼怒江が足音も無く現れ、驚く伊南子。
伊南子「びっくりするじゃないの、絹枝!」
鬼怒江「申し訳ございません。着物が出来上がりましたので、お持ち致しました」
頭を深々と下げ、着物を差し出す鬼怒江。
伊南子「ふん、まずまずね」
着物をひったくって広げ、まじまじと見る伊南子。
義母「さ、用が済んだら部屋に戻りなさい」
鬼怒江「失礼します」
しっしと手で追い払う仕草をする義母に再び頭を下げ、部屋に戻っていく鬼怒江。
◯鬼怒江の部屋・夜
鬼怒江「匂う……」
窓を見上げる鬼怒江。
おもむろに立ち上がり、部屋を出、家を出、塀の上に立つ。
鬼怒江「今宵こそ、『当たり』でありますよう……」
夜風に吹かれる鬼怒江。
髪紐がほどけ、長い黒髪が揺れる。
◯街の通り
男が提灯を片手に歩いている。(※正体はあやかし。人間の男に化けている。)
周囲に目を光らせており、怪しい雰囲気。
鬼怒江「もし」
男の背後から声をかける鬼怒江。
男「……なんだい、お嬢さん。こんな夜道を独りで歩くなんて……」
言葉を止め、にやりと裂けた口で笑う男。
あやかし「不用心じゃあないか!」
振り返り、正体を現して鬼怒江に襲いかかる。
鬼怒江「【花橘】」
片手を前に出し、橘の花を咲かせる鬼怒江。
鬼怒江に掴みかかろうとしたあやかしの手が弾かれる。
あやかし「なっ!?」
驚愕し、後ずさるあやかし。
あやかしの「その術……もしや貴様は花鬼か!」
鬼怒江「左様でございます」
落ち着き払った様子で答える鬼怒江。
鬼怒江「私は花鬼の一族が1人。敢えて名を申し上げますならば――鬼怒江と」
背景に様々な花の花弁が舞う。
「花鬼」を象徴する名乗り。
あやかし「少し前に滅びたと聞いたが……よもや生き残りが居たとは……! 」
冷や汗をかくあやかし。
鬼怒江はあやかしに冷たい視線を向ける。
鬼怒江「【蓮華座】」
蓮の花を複数出現させ、これを足場に素早く跳躍する鬼怒江。
彼女の動きに、あやかしは反応できない。
鬼怒江「ひとつ、お尋ね申し上げます」
あやかしの背後を取り、首に手を添える鬼怒江。
鬼怒江「白い髪と白い着物に、血のように真っ赤な目――このあやかしを御存知ありませんか」
あやかし「し、知らぬ! 全く存ぜぬ!」
首をぶんぶんと横に振り、怯えるあやかし。
鬼怒江「それでは」
手に彼岸花の形の炎が灯る。
鬼怒江「これにて、終いにございます」
あやかし「や、やめ」
鬼怒江「――花術、【赫灼】」
鬼怒江の手から炎がパッと放たれる。
炎は一瞬にして燃え上がり、あやかしを包み込む。
あやかし「ぎゃああああああ!!」
断末魔の悲鳴を上げるあやかし。
やがて塵となって跡形も無く消える。
鬼怒江「一族の仇は、私が必ずや……」
踵を返し、呟く鬼怒江。
○回想:鬼怒江の一人称視点
花鬼①「姫様、どうか……」
燃える家屋。
花鬼②「我らの願いを……」
切り裂かれた花鬼の遺体。
花鬼③「我らの無念を……」
致命傷を負い、涙を流しながら鬼怒江に手を伸ばす花鬼。
炎に囲まれながら狂喜の笑みを浮かべ、刀を振りかぶるあやかし。【仇のあやかし――白髪・白い着物・真っ赤な目】
○引き続き回想:三人称視点に戻る
鬼怒江M「どこだ……どこへ行った、あのあやかしは……!」
魂だけとなって山や野を駆け巡る鬼怒江。
姿は煙のように曖昧で輪郭も揺らいでいる。(※鬼怒江の姿やその特徴をはっきり描写しない。)
鬼怒江M「許さない、許さない……!」
とある森に踏み入る鬼怒江。
茂みをかき分けた先で、冒頭で崖から落ちた直後の絹枝が倒れている。(※それまで忙しなかった画面がシンと静まり返る。鬼怒江と絹枝の邂逅、象徴的な場面。)
絹枝「誰か……いらっしゃるの……?」
瀕死で口を開く絹枝。
鬼怒江はそっと近づく。
絹枝「いらっしゃるのですね。ああ、良かった……。独りで逝くのは……心細かったのです……」
微笑む絹枝。
目がかすんでおり、意識が朦朧としているのがわかる。
鬼怒江「……ひとつ、お尋ね申し上げます」
手をスッと持ち上げる鬼怒江。(※輪郭は曖昧なまま)
鬼怒江「貴女の体、私が貰い受けてもよろしいでしょうか」
一時的に鬼怒江の一人称視点。
絹枝を指差す鬼怒江の手と、その先で少し驚いたような表情をする絹枝。
鬼怒江「私には為さねばならぬことがございます。しかしながら、今の私は体を持ちません。故に、貴女の体を使わせていただきたいのです」
改めて鬼怒江の姿が映される。
全身が煙のようで、顔や手足も曖昧でよく見えない。
鬼怒江「ただでとは申しませぬ。貴女の無念を、私が代わりに晴らしましょう」
絹枝「…………」
鬼怒江の言葉を、黙って聞く絹枝。
絹枝「それは……ありがたいことです。でしたら、ええ……是非に」
目を閉じ、穏やかな表情をする絹枝。
鬼怒江「恩に着ます。して、何を望まれますか」
さらに絹枝に近付く鬼怒江。
絹枝「……私には、義母と、義姉と、父がおります」
イメージ図:義母、伊南子、父親の姿。皆、冷たい目や嘲る顔をしている。
絹枝「彼女らを、私の家族を……守っていただけませんか」
少し申し訳なさそうに眉を下げる絹枝。
絹枝「私は生来、人ならざるものを見分けることができます……そして……そういった悪いものが……よく近辺に現れるのです」
イメージ図:人間に紛れるあやかしたち。化けの皮を被り、その下であくどい顔をしている。
絹枝「能のない私の体ですから、無理のない……できる範囲で構いません……どうか、あれらから家族を……守ってください……」
鬼怒江「…………」
絹枝の願いを聞き届ける鬼怒江。
里の花鬼たちのことを思い出し、彼らを守りたくても守れなかった自分と絹枝を重ねている。
鬼怒江「承知しました。約束は果たされるでしょう」
揺らぐ指先で絹枝の手に触れる鬼怒江。
絹枝「ああ……ありがとう、ございま……」
涙をひとすじ零し、こと切れる絹枝。
鬼怒江の魂が、神秘的に絹枝の体へと入っていく。
○現在:二ノ宮家の一室
義母「それじゃあ絹枝、今日もしっかりやってちょうだいね」
鬼怒江「はい」
反物を置いて去っていく義母に、頭を下げる鬼怒江。
義母の足音が小さくなっていき、鬼怒江は無言で顔を上げる。
鬼怒江M「昨晩も「外れ」だった……」
昨晩倒したあやかしのことを思い返す鬼怒江。
表情にはいくらか焦りが見える。
鬼怒江M「3日前も、その前も……誰もあのあやかしのことを知らない」
反物をぎゅっと握りしめる鬼怒江。
鬼怒江M「けれども『匂い』は在る。忘れもしない、奴の匂い。確実に、この近くに潜んでいる。絹枝殿の願いもあるゆえ……辛抱強く、ここで待ち構える他無い」
と、そこへにわかに騒がしい声が聞こえてくる。
なんとはなしに部屋の戸の方を見る鬼怒江。
声は鬼怒江の部屋に近付いてくる。
義母「ちょ、ちょっと! 何よあなたたち!」
父親「いきなり押しかけるなど、無礼ではないかね!」
困惑した義母と父親の声。
鬼怒江が怪訝に眉をひそめると同時に、部屋の戸が開く。
志瑛が現れ、鬼怒江と対面。【志瑛――銀髪・若草色の目・黒い羽織】
志瑛「初めまして、絹の姫君。君を迎えに来た」
手を差し伸べる志瑛。
鬼怒江M「この気配……」
ハッと気付き、警戒するように志瑛を見据える鬼怒江。
鬼怒江M「この男、陰陽師!?」
絹枝「はあっ、はあっ……!」
息を切らせて走る絹枝。【絹枝――黒い長髪を後ろでひとつに結っている・痩せ身・桃色の目】
着物は木の枝葉で引っ掛けてあちこちがほつれ、肌は汗と涙と土で汚れている。
空模様は夕暮れ。
男「ひひっ、おうい待て待て!」
絹枝の後方から、複数の男が下卑た笑い声と共に追ってくる。
絹枝「はっ、はっ……」
必死に逃げる絹枝。
草履が片方脱げていて、足に血が滲んでいる。
後ろを気にしつつ、ガサガサと茂みをかき分けて逃げる絹枝。
絹枝「!」
足を踏み外す絹枝。
ガクン、とバランスを崩し、悲鳴を上げる間もなく、崖下へと落ちていく。
遅れて追い付いた男たちが、落ちる絹枝を見下ろす。
◯現在・昼
N「陽暦1232年。陽ノ本、明斐国」
人で賑わう通りが写される。
店が多く、商業で栄えている地だとわかる。
次いで、二ノ宮家の邸宅とその門が登場。
門には「二ノ宮」と書かれた表札がかけられている。
義母「絹枝! どこに居るの、絹枝!」
廊下を早足で歩く義母。
その近くの襖が開き、鬼怒江が現れる。
鬼怒江「はい、お義母様。私はここにおります」
みすぼらしい着物を着た鬼怒江。【鬼怒江――絹枝と同じ見た目・目付きがややキツい】
冒頭の絹枝と姿は同じだが、感情の抜け落ちた表情をしている。
鬼怒江の顔がアップされ、その表情が冒頭の絹枝と異なることが強調される。
義母「呼んだらすぐに来いと、いつも言っているでしょう。全く、のろまな子ね」
吐き捨てるように言う義母。
義母は鬼怒江に帳面(注文書)と反物の入った大きな籠を押し付ける。
義母「十日後までにすべて仕上げておきなさい。伊南子の手柄になるのだから、手抜きは許さないわよ」
鬼怒江「承りました、お義母様。すぐに取り掛かります」
籠を素直に受け取り、無表情のまま、頭を下げる鬼怒江。
伊南子「お母様!」
タタタ、と駆けてくる伊南子。【伊南子――茶髪を可愛らしく結い上げている・灰色の目】
伊南子の服装はきらびやかで、髪や肌の艶も良い。
義母「あら伊南子。どうしたの」
優しげな顔で伊南子の方を見る義母。
伊南子「わたくし、新しい簪が欲しいの。もうじき夏でしょう。桔梗の柄のを買って下さらない?」
義母「ええ、ええ、良いわよ。可愛い伊南子。さっそく明日にでも買いに行きましょうか」
上目遣いでおねだりをする伊南子と、彼女の頭を撫でる義母。
義母「何でも好きなものを選ぶと良いわ。気に入ったのが無ければ、職人に作らせましょう」
伊南子「やったあ! ありがとう、お母様!」
和気あいあいとする2人を、じっと見つめる鬼怒江。
伊南子がふと横を見、鬼怒江の存在に気付く。
伊南子「あらやだ、居たのねきぬゑ」
嘲るように言う伊南子。
伊南子「前のお着物、中々評判が良かったわ。お稽古場のみんな、大絶賛よ。先生にも凄く褒められちゃった。次はもっと良いのを作ってちょうだいね」
手を組み、わざとらしく笑顔でお願いをする伊南子。
鬼怒江「はい。お義姉様」
頭を下げ、籠を持って去っていく鬼怒江。
鬼怒江が居なくなるのを見届けた後、伊南子が眉をひそめる。
伊南子「ねえお母様。わたくし、やっぱり気味が悪いわ」
鳥肌を抑えるように自ら腕を抱え、肩をすくめる伊南子。
伊南子「あの子に見られると、なんだかゾッとするの。前はそんなこと無かったのに、『あれ』があってからよ。あの子、『あのこと』を一丁前に恨んでるのかしら」
回想:洗濯のために外出する絹枝を襲うよう男たちに命じ、ほくそ笑む伊南子。冒頭の出来事の裏側。
義母「大丈夫よ伊南子。古い女の卑しい娘ごときが、あなたに何をできるわけでもないわ」
伊南子「そう……そうよね。あの子なんか、ね。味方する人も居ないもの。心配ないわよね」
まだ不安がいくらか残りつつも、強がって笑う伊南子。
◯鬼怒江の部屋・夜
小さな明かりを頼りに、鬼怒江が着物を縫っている。
部屋は狭くて薄暗く、高い位置に付いている通気窓から僅かに月明かりが差し込んでいる。
不意に鬼怒江が手を止め、顔を上げる。
鬼怒江「匂う……」
通気窓を見上げる鬼怒江。(※あやかしの気配を感じ取っている。)
◯数日後・二ノ宮家廊下・昼間
義母「伊南子、伊南子」
上機嫌で廊下を歩いていた伊南子に義母が声をかける。
伊南子「なあに? お母様」
義母「今日からしばらく、寝室を変えなさい」
伊南子「? どうして」
首をかしげる伊南子。
義母「最近、隣町で辻斬りが出たらしいのよ。家の中に居れば安全でしょうけど、念のため外に近い部屋では寝ない方が良いわ」
伊南子「ふうん、辻斬り。わかったわ、お母様」
あまり危機感の感じられない返事をする伊南子。
鬼怒江「お義母様、お義姉様」
伊南子「きゃっ!」
鬼怒江が足音も無く現れ、驚く伊南子。
伊南子「びっくりするじゃないの、絹枝!」
鬼怒江「申し訳ございません。着物が出来上がりましたので、お持ち致しました」
頭を深々と下げ、着物を差し出す鬼怒江。
伊南子「ふん、まずまずね」
着物をひったくって広げ、まじまじと見る伊南子。
義母「さ、用が済んだら部屋に戻りなさい」
鬼怒江「失礼します」
しっしと手で追い払う仕草をする義母に再び頭を下げ、部屋に戻っていく鬼怒江。
◯鬼怒江の部屋・夜
鬼怒江「匂う……」
窓を見上げる鬼怒江。
おもむろに立ち上がり、部屋を出、家を出、塀の上に立つ。
鬼怒江「今宵こそ、『当たり』でありますよう……」
夜風に吹かれる鬼怒江。
髪紐がほどけ、長い黒髪が揺れる。
◯街の通り
男が提灯を片手に歩いている。(※正体はあやかし。人間の男に化けている。)
周囲に目を光らせており、怪しい雰囲気。
鬼怒江「もし」
男の背後から声をかける鬼怒江。
男「……なんだい、お嬢さん。こんな夜道を独りで歩くなんて……」
言葉を止め、にやりと裂けた口で笑う男。
あやかし「不用心じゃあないか!」
振り返り、正体を現して鬼怒江に襲いかかる。
鬼怒江「【花橘】」
片手を前に出し、橘の花を咲かせる鬼怒江。
鬼怒江に掴みかかろうとしたあやかしの手が弾かれる。
あやかし「なっ!?」
驚愕し、後ずさるあやかし。
あやかしの「その術……もしや貴様は花鬼か!」
鬼怒江「左様でございます」
落ち着き払った様子で答える鬼怒江。
鬼怒江「私は花鬼の一族が1人。敢えて名を申し上げますならば――鬼怒江と」
背景に様々な花の花弁が舞う。
「花鬼」を象徴する名乗り。
あやかし「少し前に滅びたと聞いたが……よもや生き残りが居たとは……! 」
冷や汗をかくあやかし。
鬼怒江はあやかしに冷たい視線を向ける。
鬼怒江「【蓮華座】」
蓮の花を複数出現させ、これを足場に素早く跳躍する鬼怒江。
彼女の動きに、あやかしは反応できない。
鬼怒江「ひとつ、お尋ね申し上げます」
あやかしの背後を取り、首に手を添える鬼怒江。
鬼怒江「白い髪と白い着物に、血のように真っ赤な目――このあやかしを御存知ありませんか」
あやかし「し、知らぬ! 全く存ぜぬ!」
首をぶんぶんと横に振り、怯えるあやかし。
鬼怒江「それでは」
手に彼岸花の形の炎が灯る。
鬼怒江「これにて、終いにございます」
あやかし「や、やめ」
鬼怒江「――花術、【赫灼】」
鬼怒江の手から炎がパッと放たれる。
炎は一瞬にして燃え上がり、あやかしを包み込む。
あやかし「ぎゃああああああ!!」
断末魔の悲鳴を上げるあやかし。
やがて塵となって跡形も無く消える。
鬼怒江「一族の仇は、私が必ずや……」
踵を返し、呟く鬼怒江。
○回想:鬼怒江の一人称視点
花鬼①「姫様、どうか……」
燃える家屋。
花鬼②「我らの願いを……」
切り裂かれた花鬼の遺体。
花鬼③「我らの無念を……」
致命傷を負い、涙を流しながら鬼怒江に手を伸ばす花鬼。
炎に囲まれながら狂喜の笑みを浮かべ、刀を振りかぶるあやかし。【仇のあやかし――白髪・白い着物・真っ赤な目】
○引き続き回想:三人称視点に戻る
鬼怒江M「どこだ……どこへ行った、あのあやかしは……!」
魂だけとなって山や野を駆け巡る鬼怒江。
姿は煙のように曖昧で輪郭も揺らいでいる。(※鬼怒江の姿やその特徴をはっきり描写しない。)
鬼怒江M「許さない、許さない……!」
とある森に踏み入る鬼怒江。
茂みをかき分けた先で、冒頭で崖から落ちた直後の絹枝が倒れている。(※それまで忙しなかった画面がシンと静まり返る。鬼怒江と絹枝の邂逅、象徴的な場面。)
絹枝「誰か……いらっしゃるの……?」
瀕死で口を開く絹枝。
鬼怒江はそっと近づく。
絹枝「いらっしゃるのですね。ああ、良かった……。独りで逝くのは……心細かったのです……」
微笑む絹枝。
目がかすんでおり、意識が朦朧としているのがわかる。
鬼怒江「……ひとつ、お尋ね申し上げます」
手をスッと持ち上げる鬼怒江。(※輪郭は曖昧なまま)
鬼怒江「貴女の体、私が貰い受けてもよろしいでしょうか」
一時的に鬼怒江の一人称視点。
絹枝を指差す鬼怒江の手と、その先で少し驚いたような表情をする絹枝。
鬼怒江「私には為さねばならぬことがございます。しかしながら、今の私は体を持ちません。故に、貴女の体を使わせていただきたいのです」
改めて鬼怒江の姿が映される。
全身が煙のようで、顔や手足も曖昧でよく見えない。
鬼怒江「ただでとは申しませぬ。貴女の無念を、私が代わりに晴らしましょう」
絹枝「…………」
鬼怒江の言葉を、黙って聞く絹枝。
絹枝「それは……ありがたいことです。でしたら、ええ……是非に」
目を閉じ、穏やかな表情をする絹枝。
鬼怒江「恩に着ます。して、何を望まれますか」
さらに絹枝に近付く鬼怒江。
絹枝「……私には、義母と、義姉と、父がおります」
イメージ図:義母、伊南子、父親の姿。皆、冷たい目や嘲る顔をしている。
絹枝「彼女らを、私の家族を……守っていただけませんか」
少し申し訳なさそうに眉を下げる絹枝。
絹枝「私は生来、人ならざるものを見分けることができます……そして……そういった悪いものが……よく近辺に現れるのです」
イメージ図:人間に紛れるあやかしたち。化けの皮を被り、その下であくどい顔をしている。
絹枝「能のない私の体ですから、無理のない……できる範囲で構いません……どうか、あれらから家族を……守ってください……」
鬼怒江「…………」
絹枝の願いを聞き届ける鬼怒江。
里の花鬼たちのことを思い出し、彼らを守りたくても守れなかった自分と絹枝を重ねている。
鬼怒江「承知しました。約束は果たされるでしょう」
揺らぐ指先で絹枝の手に触れる鬼怒江。
絹枝「ああ……ありがとう、ございま……」
涙をひとすじ零し、こと切れる絹枝。
鬼怒江の魂が、神秘的に絹枝の体へと入っていく。
○現在:二ノ宮家の一室
義母「それじゃあ絹枝、今日もしっかりやってちょうだいね」
鬼怒江「はい」
反物を置いて去っていく義母に、頭を下げる鬼怒江。
義母の足音が小さくなっていき、鬼怒江は無言で顔を上げる。
鬼怒江M「昨晩も「外れ」だった……」
昨晩倒したあやかしのことを思い返す鬼怒江。
表情にはいくらか焦りが見える。
鬼怒江M「3日前も、その前も……誰もあのあやかしのことを知らない」
反物をぎゅっと握りしめる鬼怒江。
鬼怒江M「けれども『匂い』は在る。忘れもしない、奴の匂い。確実に、この近くに潜んでいる。絹枝殿の願いもあるゆえ……辛抱強く、ここで待ち構える他無い」
と、そこへにわかに騒がしい声が聞こえてくる。
なんとはなしに部屋の戸の方を見る鬼怒江。
声は鬼怒江の部屋に近付いてくる。
義母「ちょ、ちょっと! 何よあなたたち!」
父親「いきなり押しかけるなど、無礼ではないかね!」
困惑した義母と父親の声。
鬼怒江が怪訝に眉をひそめると同時に、部屋の戸が開く。
志瑛が現れ、鬼怒江と対面。【志瑛――銀髪・若草色の目・黒い羽織】
志瑛「初めまして、絹の姫君。君を迎えに来た」
手を差し伸べる志瑛。
鬼怒江M「この気配……」
ハッと気付き、警戒するように志瑛を見据える鬼怒江。
鬼怒江M「この男、陰陽師!?」

