〔4〕Trigger&happy
なんで、ミツキにあんな言いかたをしてしまったのか。
自己嫌悪に陥りながら、それでもバーテンダーとして黙々と仕事をこなしていく。
ジャンク地区にあるバー『Trigger&happy』は週末のせいか、客足が絶えない。
考えこまないですむので、今夜はその忙しさがありがたかった。
ラストオーダーの時間が迫り、店内の客がすべて引けた頃だった。
出入口のドアチャイムが涼やかな音をたて、店に入って来た客を見て瞠目する。
「兎羽野!」
「よお」
まさかバーに姿を見せるとは思わず、俺は少し皮肉っぽく笑う。
「俺のバイト先まで調査済みってわけか」
兎羽野は、「まあな」と空いているカウンター席に腰を下ろした。
リアルの兎羽野はダイナーで会った時と、その見た目は変わらなかった。
ミリタリー系のフライトジャケットにカーゴパンツという恰好で、程よく筋肉のついた均等のとれた体躯で、身長も俺と同じくらい……百八十センチくらいだろう。
「ほんとうに、MEL空間と同じ外見なんだな」
俺が言うと、兎羽野は片方の眉を上げる。
「ハヤト、お前さんもほぼ変わらんな。リアルのほうが男前だ」
「褒めてもサービスはしないぜ?」
「期待しちゃいないさ。ジントニックを頼む」
うちの店は、オーナーのこだわりで酒はなるべく天然ものを揃えている。
ケミカル代用品ではないジンで作ったジントニックを出すと、一口飲んだ兎羽野が感心したように瞬きした。
「天然ものだな。美味い」
「そいつは、よかった。ケミカルのカクテルのほうがホッパーだと持てはやされるが、酒は天然ものが一番だ」
兎羽野が「そのとおりだな」と頷く。
「それで? 治安の悪いジャンク地区のバーまで来た理由はなんだ?」
グラスを傾けていた兎羽野が、こちらをまっすぐ見つめる。
「二人だけで話したかったんだ。AIのミツキ君がいない、リアルでな」
もう今夜は閉店でもいいだろう。俺はカウンターを出て、ドアに掛けられているプレートを『CLOSED』にした。
厨房にいるバイト仲間の絢斗に店を早く閉めたことと、クローズ作業はやっておくことを伝える。
絢斗が嬉しそうに帰り支度をし、彼が店から出ていくのを見送る。
自分で飲むためのジントニックを作り、兎羽野の隣のカウンターチェアに腰を下ろした。
「とりあえず、乾杯でもしておく?」
俺が言うと、兎羽野は「なにに乾杯するんだ?」と返す。
「リアルで会えたこと、とか?」
「そうだな。それと、地下格闘場での互いの健闘を称えて」
俺は小さく笑い、「乾杯」と互いのグラスを軽く触れさせた。
「あ、そうだ。あんたが鳥居で吸い込んじまったベノムの蜂だけどさ、返せよ」
「なんで?」
とぼけた口調で返す兎羽野に顔を顰める。
「あのなあ、ベノムの蜂って高いんだぜ? 一匹、いくらすると思ってるんだ。あんたも知ってるだろ?」
「わかったよ。あとで共有フォルダに返しておくよ。そういえば、光希君とは長い付き合いなのか?」
「ミツキとは同い年で、十五歳の頃に出会ったんだ。もう、あれから四年も経っているのか……そう思うと、時の流れってやつは早いな」
あの頃、俺は深層空間に程近い、かなりグレーな空間でストリートファイトをして電脳イェンを稼いでいた。
そう話すと、兎羽野は眉を上げた。
「遊ぶための金が欲しかったから?」
「いや、もっと切実だよ。俺は一刻も早く家を出たかったんだ。母親はドラッグ……ケミカルジュースにすっかり溺れてるし、同棲している男もヤクザくずれのクソ男でさ、ちょっと気にくわないことがあると、すぐにぶん殴ってきやがるんだ」
兎羽野が眉根を寄せ、俺は皮肉っぽく笑って返す。
「ここはジャンク地区だぜ? 俺はいわゆるチャブってやつだ。俺みたいな境遇の奴はごまんといるよ。ともかく、あのクソったれな環境から抜け出すための金が欲しかったんだ。学のない俺ができることは殴り合い、ケンカだけだった」
ストリートファイトは、アーマースーツを装着しない、ステゴロのファイトがルールだった。
ある日、俺のファイトを見ていたという奴に声を掛けられた。それがミツキだった。
右ストレートで対戦相手を地面に伸して、ファイトマネーを受け取っていた俺に、彼は目を輝かせてこう言ったのだ。
「ねえ、一緒にもっと凄いところ……てっぺんを目指さない?」
擬態をしていなければ見たところ同い年、いや年下に見える相手に俺はおもいきり顔をしかめた。
「なんだ、てめえは」
彼の服装はジャケットにボトムスという、このあたりにたむろっている連中や、ストリートファイトの見物人にはそぐわない、なんともお上品な装いだった。
警戒する俺に、彼は中性的な顔に愛想よく笑みを浮かべた。
「あなたの格闘センスと、僕のアーマースーツや攻撃キットの技術力があれば、僕らは、もっと凄い舞台に立てる」
「意味がわかんねえよ。あんまりしつこいと殴るぞ」
背中を向けてログアウトしようとした俺の腕を彼が掴んだ。
「待って! 僕には、電脳イェンが必要なんだ。二人で大金を手に入れない?」
見やったミツキの顔は少し切羽詰まっており、俺は少し驚いて彼を見つめ返した――
「よくよく話を聞くと、ミツキはプラチナ地区のいいとこの坊ちゃんだった。そんな彼が電脳イェンを必要としていた」
深く溜息をついて、俺は兎羽野を見やった。彼は軽く頷いて言う。
「光希君も家庭環境に問題があった?」
「ああ。一見、恵まれているミツキも親子関係で悩んでいた。母親がなんとも過干渉でさ、ミツキは医者になるんだって、ちょっと成績が落ちると殴られたり、友達付き合いを制限されたり、大変だったようだ」
「そこまで熱心なのは、光希君は、医者の家系だったから?」
俺は少し氷の解けたジントニックを呷った。
「いや……それがさ、違うんだ。母親はべつに高学歴ってわけじゃなくて、もしかするとそれがコンプレックスだったのかもな。だから、一人息子に医者になれって押しつけていたみたいだ。自分のいいように他人をコントロールしたがる……要は未熟な人間なんだろうな」
「光希君の父親は?」
「ヒステリックな母親とはろくに会話もなく、ミツキが虐待されているのに見て見ぬふりだったそうだ。ミツキいわく不倫相手がいたらしい」
兎羽野が「最悪だな」と低く呟き、俺も「だよな」と頷き返した。
「ミツキはさ、医者なんかじゃなくて電脳系のエンジニアになりたがっていたんだ。家を出て、専門技術を勉強したいって話してたよ」
「学費や、家から出るために地下格闘場で荒稼ぎをしてたんだな」
「ミツキのサポートがあったから、勝ち続けられたんだ。目標金額を達成して……それで――」
俺は言葉につまって、グラスに目を落とす。
「ミツキが電脳症になったのは、俺のせいかもしれないんだ」
兎羽野が目を瞠り、俺は苦しさを吐き出すように溜息をついた。
「ミツキは高校三年生で、こっそりと電脳学科のある大学に受験しようとしていた頃だった。もう、金も十分に手に入れた。だから、俺はミツキに言ったんだ。俺みたいなチャブといるのは、よくない。リアルでやりたいことをやるべきだ、って……」
そう伝えた時のミツキのショックを受けた顔は忘れられない。
馬鹿な俺は、こうも続けて言ったのだ。
「ジャンク地区のゴロツキと、プラチナ地区のお坊ちゃんじゃ、住む世界が違うだろ……って」
ミツキの強張った顔に次第に怒りが滲み、彼は射るように俺を見つめ返した。
「ねえ、本気で言ってるの? 僕はハヤトの相棒であり、友達だと思ってる。ハヤトもそう思ってくれているんじゃないの?」
いつも温厚なミツキが怒っているのを目の当たりにし、俺は曖昧に頷き返すことしかできなかった。
「そのあと数日間、ミツキとは音信不通になって……俺のモバイルフォンに彼の母親から電話があったんだ」
――あんたが、うちの光希をたぶらかしたんだろう!
――お前のせいで、光希は電脳症になったんだ!
――光希を返せ! 人殺し! 人殺しいぃ―――――ッ!
そんなことをいきなり金切り声で言われ、俺は愕然としてしまった。
ミツキが……電脳症に……?
足元が崩れるような感覚と、全身の血がざっと逆流したような気がした。
「ミツキはMEL空間からログアウトしようとして、そのまま電脳症を発症したようだ。ミツキは、母親に管理されていないゴーグルやモバイルフォンを用意して、使っていたんだ。残されていたモバイルフォンの通話履歴を見て、俺のもとに連絡をしてきたようだ。母親にミツキの入院先や病状を聞いたが、教えてもらえなかった」
じっと俺の話に耳を傾けていた兎羽野が、静かに口を開いた。
「おそらく……光希君の電脳症の発症と、お前さんは関係ないさ」
「いや……俺と出会わなけりゃ、ミツキは電脳症なんてならずに済んだのかもしれない。それに、俺たちは深層空間に入り浸っていた。埋め込んだチップに負荷が掛かっていたのは確かだ」
「たしかに、深層空間にダイブし続けることで、電脳症を発症することもある。だが、それと光希君の発症を証明するものはない、だろ?」
俺が小さく頷き返すと、兎羽野はポンと俺の背中を軽く叩いた。
「そんなに自分を責めるな、ハヤト」
俺はグラスの酒を流し込む。このやるせなさを軽くするために、もっと強い酒が欲しくなった。
「光希君は『兎を追いかけて』という謎の言葉をハヤトに残したのか?」
俺は小さく首を横に振って言う。
「ミツキは、俺のゴーグルに『兎を追いかけないで』というメッセージを残していた。それだけじゃない、同時にAIのミツキが俺の許に転送されていたんだ」
「兎を追いかけないで……か」
兎羽野が僅かに眉根を寄せて、俺を見つめ返した。
なんで、ミツキにあんな言いかたをしてしまったのか。
自己嫌悪に陥りながら、それでもバーテンダーとして黙々と仕事をこなしていく。
ジャンク地区にあるバー『Trigger&happy』は週末のせいか、客足が絶えない。
考えこまないですむので、今夜はその忙しさがありがたかった。
ラストオーダーの時間が迫り、店内の客がすべて引けた頃だった。
出入口のドアチャイムが涼やかな音をたて、店に入って来た客を見て瞠目する。
「兎羽野!」
「よお」
まさかバーに姿を見せるとは思わず、俺は少し皮肉っぽく笑う。
「俺のバイト先まで調査済みってわけか」
兎羽野は、「まあな」と空いているカウンター席に腰を下ろした。
リアルの兎羽野はダイナーで会った時と、その見た目は変わらなかった。
ミリタリー系のフライトジャケットにカーゴパンツという恰好で、程よく筋肉のついた均等のとれた体躯で、身長も俺と同じくらい……百八十センチくらいだろう。
「ほんとうに、MEL空間と同じ外見なんだな」
俺が言うと、兎羽野は片方の眉を上げる。
「ハヤト、お前さんもほぼ変わらんな。リアルのほうが男前だ」
「褒めてもサービスはしないぜ?」
「期待しちゃいないさ。ジントニックを頼む」
うちの店は、オーナーのこだわりで酒はなるべく天然ものを揃えている。
ケミカル代用品ではないジンで作ったジントニックを出すと、一口飲んだ兎羽野が感心したように瞬きした。
「天然ものだな。美味い」
「そいつは、よかった。ケミカルのカクテルのほうがホッパーだと持てはやされるが、酒は天然ものが一番だ」
兎羽野が「そのとおりだな」と頷く。
「それで? 治安の悪いジャンク地区のバーまで来た理由はなんだ?」
グラスを傾けていた兎羽野が、こちらをまっすぐ見つめる。
「二人だけで話したかったんだ。AIのミツキ君がいない、リアルでな」
もう今夜は閉店でもいいだろう。俺はカウンターを出て、ドアに掛けられているプレートを『CLOSED』にした。
厨房にいるバイト仲間の絢斗に店を早く閉めたことと、クローズ作業はやっておくことを伝える。
絢斗が嬉しそうに帰り支度をし、彼が店から出ていくのを見送る。
自分で飲むためのジントニックを作り、兎羽野の隣のカウンターチェアに腰を下ろした。
「とりあえず、乾杯でもしておく?」
俺が言うと、兎羽野は「なにに乾杯するんだ?」と返す。
「リアルで会えたこと、とか?」
「そうだな。それと、地下格闘場での互いの健闘を称えて」
俺は小さく笑い、「乾杯」と互いのグラスを軽く触れさせた。
「あ、そうだ。あんたが鳥居で吸い込んじまったベノムの蜂だけどさ、返せよ」
「なんで?」
とぼけた口調で返す兎羽野に顔を顰める。
「あのなあ、ベノムの蜂って高いんだぜ? 一匹、いくらすると思ってるんだ。あんたも知ってるだろ?」
「わかったよ。あとで共有フォルダに返しておくよ。そういえば、光希君とは長い付き合いなのか?」
「ミツキとは同い年で、十五歳の頃に出会ったんだ。もう、あれから四年も経っているのか……そう思うと、時の流れってやつは早いな」
あの頃、俺は深層空間に程近い、かなりグレーな空間でストリートファイトをして電脳イェンを稼いでいた。
そう話すと、兎羽野は眉を上げた。
「遊ぶための金が欲しかったから?」
「いや、もっと切実だよ。俺は一刻も早く家を出たかったんだ。母親はドラッグ……ケミカルジュースにすっかり溺れてるし、同棲している男もヤクザくずれのクソ男でさ、ちょっと気にくわないことがあると、すぐにぶん殴ってきやがるんだ」
兎羽野が眉根を寄せ、俺は皮肉っぽく笑って返す。
「ここはジャンク地区だぜ? 俺はいわゆるチャブってやつだ。俺みたいな境遇の奴はごまんといるよ。ともかく、あのクソったれな環境から抜け出すための金が欲しかったんだ。学のない俺ができることは殴り合い、ケンカだけだった」
ストリートファイトは、アーマースーツを装着しない、ステゴロのファイトがルールだった。
ある日、俺のファイトを見ていたという奴に声を掛けられた。それがミツキだった。
右ストレートで対戦相手を地面に伸して、ファイトマネーを受け取っていた俺に、彼は目を輝かせてこう言ったのだ。
「ねえ、一緒にもっと凄いところ……てっぺんを目指さない?」
擬態をしていなければ見たところ同い年、いや年下に見える相手に俺はおもいきり顔をしかめた。
「なんだ、てめえは」
彼の服装はジャケットにボトムスという、このあたりにたむろっている連中や、ストリートファイトの見物人にはそぐわない、なんともお上品な装いだった。
警戒する俺に、彼は中性的な顔に愛想よく笑みを浮かべた。
「あなたの格闘センスと、僕のアーマースーツや攻撃キットの技術力があれば、僕らは、もっと凄い舞台に立てる」
「意味がわかんねえよ。あんまりしつこいと殴るぞ」
背中を向けてログアウトしようとした俺の腕を彼が掴んだ。
「待って! 僕には、電脳イェンが必要なんだ。二人で大金を手に入れない?」
見やったミツキの顔は少し切羽詰まっており、俺は少し驚いて彼を見つめ返した――
「よくよく話を聞くと、ミツキはプラチナ地区のいいとこの坊ちゃんだった。そんな彼が電脳イェンを必要としていた」
深く溜息をついて、俺は兎羽野を見やった。彼は軽く頷いて言う。
「光希君も家庭環境に問題があった?」
「ああ。一見、恵まれているミツキも親子関係で悩んでいた。母親がなんとも過干渉でさ、ミツキは医者になるんだって、ちょっと成績が落ちると殴られたり、友達付き合いを制限されたり、大変だったようだ」
「そこまで熱心なのは、光希君は、医者の家系だったから?」
俺は少し氷の解けたジントニックを呷った。
「いや……それがさ、違うんだ。母親はべつに高学歴ってわけじゃなくて、もしかするとそれがコンプレックスだったのかもな。だから、一人息子に医者になれって押しつけていたみたいだ。自分のいいように他人をコントロールしたがる……要は未熟な人間なんだろうな」
「光希君の父親は?」
「ヒステリックな母親とはろくに会話もなく、ミツキが虐待されているのに見て見ぬふりだったそうだ。ミツキいわく不倫相手がいたらしい」
兎羽野が「最悪だな」と低く呟き、俺も「だよな」と頷き返した。
「ミツキはさ、医者なんかじゃなくて電脳系のエンジニアになりたがっていたんだ。家を出て、専門技術を勉強したいって話してたよ」
「学費や、家から出るために地下格闘場で荒稼ぎをしてたんだな」
「ミツキのサポートがあったから、勝ち続けられたんだ。目標金額を達成して……それで――」
俺は言葉につまって、グラスに目を落とす。
「ミツキが電脳症になったのは、俺のせいかもしれないんだ」
兎羽野が目を瞠り、俺は苦しさを吐き出すように溜息をついた。
「ミツキは高校三年生で、こっそりと電脳学科のある大学に受験しようとしていた頃だった。もう、金も十分に手に入れた。だから、俺はミツキに言ったんだ。俺みたいなチャブといるのは、よくない。リアルでやりたいことをやるべきだ、って……」
そう伝えた時のミツキのショックを受けた顔は忘れられない。
馬鹿な俺は、こうも続けて言ったのだ。
「ジャンク地区のゴロツキと、プラチナ地区のお坊ちゃんじゃ、住む世界が違うだろ……って」
ミツキの強張った顔に次第に怒りが滲み、彼は射るように俺を見つめ返した。
「ねえ、本気で言ってるの? 僕はハヤトの相棒であり、友達だと思ってる。ハヤトもそう思ってくれているんじゃないの?」
いつも温厚なミツキが怒っているのを目の当たりにし、俺は曖昧に頷き返すことしかできなかった。
「そのあと数日間、ミツキとは音信不通になって……俺のモバイルフォンに彼の母親から電話があったんだ」
――あんたが、うちの光希をたぶらかしたんだろう!
――お前のせいで、光希は電脳症になったんだ!
――光希を返せ! 人殺し! 人殺しいぃ―――――ッ!
そんなことをいきなり金切り声で言われ、俺は愕然としてしまった。
ミツキが……電脳症に……?
足元が崩れるような感覚と、全身の血がざっと逆流したような気がした。
「ミツキはMEL空間からログアウトしようとして、そのまま電脳症を発症したようだ。ミツキは、母親に管理されていないゴーグルやモバイルフォンを用意して、使っていたんだ。残されていたモバイルフォンの通話履歴を見て、俺のもとに連絡をしてきたようだ。母親にミツキの入院先や病状を聞いたが、教えてもらえなかった」
じっと俺の話に耳を傾けていた兎羽野が、静かに口を開いた。
「おそらく……光希君の電脳症の発症と、お前さんは関係ないさ」
「いや……俺と出会わなけりゃ、ミツキは電脳症なんてならずに済んだのかもしれない。それに、俺たちは深層空間に入り浸っていた。埋め込んだチップに負荷が掛かっていたのは確かだ」
「たしかに、深層空間にダイブし続けることで、電脳症を発症することもある。だが、それと光希君の発症を証明するものはない、だろ?」
俺が小さく頷き返すと、兎羽野はポンと俺の背中を軽く叩いた。
「そんなに自分を責めるな、ハヤト」
俺はグラスの酒を流し込む。このやるせなさを軽くするために、もっと強い酒が欲しくなった。
「光希君は『兎を追いかけて』という謎の言葉をハヤトに残したのか?」
俺は小さく首を横に振って言う。
「ミツキは、俺のゴーグルに『兎を追いかけないで』というメッセージを残していた。それだけじゃない、同時にAIのミツキが俺の許に転送されていたんだ」
「兎を追いかけないで……か」
兎羽野が僅かに眉根を寄せて、俺を見つめ返した。
