さよなら、僕らのワンダーランド

 〔21〕二人の未来

  俺はその足で、メディカル行政区にあるミツキの入院する病院を訪ねていた。
 検査の結果や経過観察などを鑑み、ようやく氷室先生から面会の許可が下りたのだ。
 俺は少し緊張しながら入院棟にある、ミツキの病室へと向かう。
 ドアの前に立った瞬間、妙に緊張してしまった。
 自分を落ち着かせるように深呼吸する。それから、少し震える手でドアを開けた。
 明るい陽射しが差し込む病室……ミツキはベッドをリクライニングさせて上半身を起こしていた。
 もうベッドの周りには、生命維持装置はなかった。
 互いに目が合う。俺は、なんだか夢を見ているような気分で彼を見つめ返した。
「……ハヤト?」
 立ち竦む俺の様子に、ミツキが首を傾げる。
 俺は吸い寄せられるように彼の許へと向かった。
 約一年ぶりのミツキとの再会に、胸が一杯になってしまった。
「……ミツキ……」
 ベッドの横に立ってなんとか声を絞り出す俺に、ミツキは静かに微笑んだ。
「海から無事に戻れたね」
 俺は言葉にならずに何度も頷く。気づくと頬が涙で濡れており、どうにも止まらなくなって俺は子供みたいに泣きじゃくってしまった。
 そんな俺の手をミツキが握りしめる。その手は温かく、彼が生きているのだと実感した。
「会いたかったよ、ハヤト」
「俺も、ずっとミツキに会いたかった」
 彼の温かな手を握り返しながら伝えると、ミツキも静かに涙を流して微笑む。
「リアルでしたいこと、二人でやっていこうね」
「ああ、そうだな」
 暫し俺たちは涙を流しながら、再会の喜びを噛みしめていた。

 ようやく落ち着いて、ミツキから脳に後遺症はないが筋力が落ちてしまい、歩行のためのリハビリが必要なことを打ち明けられる。
「時間は掛かるかもしれないけれど、ちゃんと日常生活を取り戻すよ」
 そうミツキが明るく言い、俺は頷き返す。
 二人でいると話題は尽きない。Lethe(レテ)-34の一件について話がのぼった。
 セーフハウスのトラップについては、聞き出すつもりはなかったが、ミツキにボディとスピリットが切断された時のことを聞く。
「あの頃、ワンダーランドについて興味があって、いろいろと調べていたんだ。ワンダーランドにアクセスしたら、森に迷い込んでしまって……白い兎に襲われたんだ。すごく怖かった。そうしたら、ボディの異常値を知らせるメッセージとともに強制ログアウトが発動したんだ。でも、気づいたらMELにスピリットの状態でいたんだ」
 自分のスピリットがMELに取り残されている……ミツキは状況が飲み込めないまま、混乱したという。
「あれは、ボディとスピリットが完全に切断される寸前だったんだと思う。ハヤトのことが頭をよぎったんだ」
 目顔で問えば、ミツキは淡く笑みを浮かべて続ける。
「もう二度とハヤトとは、会えないと思った。だから、咄嗟に僕の身代わりとして、前からコーディングしていたAIミツキを転送したんだ。ハヤトのことだから、僕がどうして電脳症を発症したかを調べると思った。でもワンダーランドにログインしたら、ハヤトも危ない……そう思って『兎を追いかけないで』というメッセージも送ったんだ」
「そうだったのか……」
 俺はふと思い出して、彼に言う。
「そういえば、AIのミツキを起動しても、まるで姿を消してしまったかのようにエラーになるんだ」
 モバイルフォンをミツキに見せると、彼は「ほんとうだ」と目を瞬かせた。
「なんだか、AIミツキのことは双子の弟みたいな気がして……今ごろ、広大なMEL空間のどこかにいるのかな?」
 ミツキが少し寂しそうに言い、俺は「かもしれないな」と返す。
「だとすると、またどこかで会えるかもしれないし、セーフハウスにひょっこりと戻ってくることもあるんじゃないか?」
 付け加えると、彼は「そうだね」と淡く笑みを浮かべた。
「ワンダーランド、か」
  俺が呟くと、ミツキが小首を傾げた。
「俺たちがダイブするMEL空間も、ある意味、ワンダーランドみたいなものだな、って思ってさ」
「そうだね。僕がいたあの広大な海辺も、まるでワンダーランドのように不思議な空間だった。電脳空間に存在する彼岸……みたいな」
  ミツキが考え込むように、幾分ぼんやりと呟く。彼岸という言葉に、少し背中が寒くなった。
  結局、ミツキがスピリットの状態でいた浜辺がなぜ出現したのか、そしてなぜ彼がそこにいたのか?
  その答えは見つからない。
  今、ミツキと俺はチップを除去しており、MEL空間にはダイブすることはできない。
  しかし、また俺たちはワンダーランドともいえる、電脳空間に潜るだろう。
 ふと、ミツキが切りだした。
「ねえ、ハヤトがリアルで挑戦したいことってなに?」
 俺は少し面映ゆさを感じながら、高卒認定試験のために勉強をしたいこと、それから出来れば警官になって電犯野捜査官を目指したいと伝える。
 途端にミツキのくっきりとした二重の目が輝いた。
「凄い……! ねえ、僕も大学の電脳学科で専門技術を学んだら、その知識を電犯で活かせるかな?」
 思いもよらない言葉に、俺は目を丸くする。
「それって……凄いホッパーだな」
「えっと、それは賛成してるって、ことでいい?」
 俺は、「もちろんだ!」と大きく頷いた。
 自分の未来を想像しても、その景色はいつも灰色にくすんでいた。
 しかし、今はどうだろう。
 俺が目指すことは、決して簡単な道のりではない。
 だが、とても輝いているように思えるのだ。
「僕がリアルでしたいことはね、ハヤトと人生を思いきり楽しむってことなんだ」
 ミツキが嬉しそうに破顔して言う。
「そうだな。俺の人生もミツキと一緒なら、もっと素晴らしいものになる」
 温かなものが胸に広がり、俺も笑顔で彼に伝えた。


 〔了〕