〔20〕真相
数週間後。
俺は、兎羽野の事務所兼自宅のマンションを訪れていた。
「隼人君のノロイ発生の仮説なんだけどさあ、なかなか鋭いと思うよ」
テーブルを挟んで座る藤堂さんが、持ってきていた書類をテーブルに広げる。
「きみが使用していたチップは、Lethe-34を購入した際に特典として付属されていたものだった。そして、白幡美彩さんもLethe-34を購入した際に、同じく付属のチップを埋め込んでいたのが分かった」
調査資料には俺が使用してた、Lethe-34に付属されていたチップの画像が印字されている。
小指の爪の半分にも満たない大きさのチップ……これが不可解な現象を起こしていたかもしれないのだ。
「チップが原因で、脳に影響が出て悪夢を見ていた。いや、それだけじゃなく、ワンダーランドでの幻覚を引き起こした……ということか?」
兎羽野が言うと、藤堂さんは「可能性は、あるんじゃない?」と相槌をうち、俺は言う。
「俺が悪夢に悩まされていた時期、チップを埋め込んだあたりが熱を発しているような違和感があったんだ。チップを除去したら、悪夢にうなされることもなくなった。チップの欠陥と、ゴーグルの意図的な不具合……この二つが重なって電脳症やノロイを引き起こしていたんじゃないかな」
俺はワンダーランドでの出来事を思い出しながら話す。
「俺が強制転送をされる寸前、動揺してボディに負担が掛かっているとエラー画面が出ていた。その直後、ボディとスピリットが一時的に切断されてしまった。そして、ワンダーランドでは兎が襲い掛かる、恐怖心を煽るアトラクションがある、という噂があった。俺自身もミツキが飛び降りるという幻覚にかなり動揺していた。恐怖心などから心拍数などが乱れること……それがLethe-34の引き起こす、電脳症のトリガーになっているんじゃないかな」
俺が言うと、藤堂さんは眠たげに見える目をこちらに向ける。
「うん、隼人君の言うとおりだと思うな。灰島は、そのためにワンダーランドに怪異な仕掛けを施していた可能性は高い。あとね、MELでのノロイという化け物の存在なんだけど、ちょっと不可解な共通点があるのよ」
藤堂さんが書類を指さし、そこには数字と英字の羅列が記載されている。
「これね、Lethe-34に付属されたチップだけに使用された製造番号なの。たとえば、隼人君のものは『No.444-Lo2034-I666-25647』でね、下五桁は個別番号でそれぞれ違うけど、ナンバーからはじまる部分は全部共通なのね。この頭文字をよく見て」
藤堂さんが指し示し、俺はぎょっとする。頭文字を繋げると『No』『Lo』『I』……ノロイと読める。
思わず兎羽野と顔を見合わせてしまった。藤堂さんは俺たちの反応に、にやりとした。
「それだけじゃなくてさ、この数字のところも『444』に『666』なんて不吉じゃないの。無論、チップの製造番号までは灰島春臣にもさすがに細工はできない。これはあくまでも偶然の一致かもしれないよね。でも、奇妙な因果を感じない?」
「ヘイダルゾーンに転送された白幡美彩に似た化け物、そしてワンダーランドにいた灰島春臣に似た不気味な人物……どんな原理で、あんな存在がMELに生まれるかは分からないが、この不吉な番号のチップが関係していそうだな」
兎羽野の言葉に俺は頷いて言う。
MELで遭遇した化け物は、切断されたスピリットの一部が形を成しているのではないか?
そこに強い意志や、執念、怨念のようなものが込められると、怪異となるのかもしれない。
入院中にずっと考えて、そんな答えにたどりついたのだ。
俺がそう打ち明けると、藤堂さんが軽く肩を竦めた。
「たしかに、隼人君の説も考えられるけど……まあ、科学的な証明もできていないし、ノロイなんていうオカルト的なものを法では裁けないからなあ」
後藤さんが小さく笑い、俺は彼に聞く。
「あの……Lethe-34の付属チップを使用してノロイという現象が発生するなら、Lethe-34を使用していなくても被害にあう人……いや、すでに悪夢などに悩まされている人がいるかもしれないですよね?」
「それだけじゃない。ノロイが不気味な怪物を生むならば、MEL内でそいつらが暴れる可能性もあるぞ」
兎羽野の言葉に、戦慄が走った。たしかに彼の言うとおりだ。
「そこなんだよねえ。上の連中が都市伝説な『ノロイ』を信じるかな。頭のかたーい連中に進言したって、まともに取り合わないんじゃない? まあ、コニリオ社には捜査が入るので、人体に悪影響があるのでLethe-34と付属チップを使用しないように、って発表することで、ユーザーが自衛するしかないかも」
コニリオ社の不具合の隠蔽や、灰島春臣の件が捜査によって明らかになる。
「きっと、大騒ぎになるでしょうね」
俺が呟くと、藤堂さんがにやりとした。
「リアルとMELでお祭り騒ぎになるんじゃない? あ、そうそう灰島についてなんだけどね、彼が感電で自殺したってこと、覚えてる?」
俺と兎羽野がこっくりとすると、藤堂さんが続けた。
「その状況を詳しく調べてみたら、彼、ゴーグルを装着してチップを埋め込んだ部分に自ら高圧の電流を流したらしいんだね。これってチップにとんでもない負荷をかける行為でしょ? 今までの仮説から、灰島がMELでノロイという存在になりたくて、故意にやった……そうも考えられるよね」
ワンダーランドで黒の王冠やマントなどに身を包んだ不気味な灰島の姿が浮かんだ。
「俺たちがワンダーランドで見た灰島は、ノロイだった……」
「反MELの彼は、ワンダーランドにログインした人たちに危害を加え、いまもあの空間で誰かが来るのを待っているのかもね」
「ワンダーランドにも電犯の捜査が行われるんですよね?」
「もちろん。でも灰島が本当にいるかは分からないし、遭遇できるかも分からないね。まあ、俺たちも警戒はしながらダイブするけどね。そもそも、亡霊みたいなものは、逮捕はできないじゃない?」
藤堂さんがおどける口調で言い、そのとおりだな……と俺は首肯する。
「ちなみにさ……Letheってさ、古代ギリシア語で『忘却』とか『隠匿』っていう意味があるんだってさ」
藤堂さんの言葉に、兎羽野が眉根を寄せた。
「忘却……隠匿……か。なんとも不穏な言葉をゴーグルにつけたんだな」
灰島がLetheという商品名をつけていたのだとしたら……どういう心境で、この言葉を選んだのだろう。
「それとさあ。隼人君、きみ、やっぱり電犯を目指さない? ノロイに関しての気づきや、荒事に慣れてるっていうのも電犯捜査官として最高じゃないの」
俺は少し照れながら彼に聞く。
「俺でも……警察官になれますかね?」
兎羽野と藤堂さんが「おっ」と感心した様子でこちらを見る。
「もちろん。高卒認定試験と、警察学校の受験は必要だけどね。隼人君のやる気と、努力次第にはなるけどさ、きみのような子が電犯に来てくれたら嬉しいんだけどなあ。電犯に所属するための推薦状ならいくらでも書くから、いつでも言ってよ。あと、前科がつくとダメだからね。もう、違法な地下格闘技はやめておいてね」
藤堂さんが身を乗り出し、俺はその勢いにちょっと驚きながら「わかりました」と返す。
藤堂さんはにんまりとして、兎羽野を見やった。
「となると、メンターとなる電犯捜査官が必要なわけだ。忍、電犯に教官としてでもいいから戻ってきなさいよ。隼人君を立派なダイバーとして育ててあげないとさあ」
兎羽野は苦笑して肩を竦めた。
「まあ……ハヤトが警察官になれたら、その時は考えるよ」
藤堂さんが「よし、言質はとったからね!」と目を輝かせて言い、俺を見やった。
「頑張ってね、隼人君。うちの班はわんぱく揃いだから、きみのような子は大歓迎だよ」
そう片目を瞑り、腕時計を一瞥する。
「捜査会議があるから、そろそろお暇するね」
藤堂さんが「またね」と部屋を出ていく。
俺は兎羽野と向かい合うように移動し、彼に尋ねた。
「兎羽野って……どうして電犯捜査官を辞めたの? 前に、藤堂さんが『あの事件をまだ追いかけてるの?』って話してたけど……それと関係するのか?」
兎羽野が目を瞠り、俺は少し慌てて言う。
「いや、無理に聞き出すつもりはないんだ。ただ、気になっただけで……」
兎羽野は微かに笑い、ソファーの背もたれに体重を掛けた。
「じつは、俺の妻が電脳症と思われる症状で亡くなったんだ」
妻……!? 結婚してたのか……!?
驚愕する俺に、兎羽野は軽く肩を竦める。
「彼女の死が単なる電脳症には思えなくな。でも事件性はないと処理されてしまった。でも、俺には彼女の死にはなにか他の真相があると思えてならない。だから、MELの便利屋をはじめたんだ。そのなかで裏稼業の連中と知り合い、時に違法空間にもダイブしている。彼女の死の真相と繋がるなにかを探してるんだ」
思いもよらない兎羽野の話に、俺は驚いて彼を見つめた。
俺も、ミツキの残した言葉の謎を解明するため……そして、彼のスピリットがMELにいるかもしれない、と一縷の望みをかけてダイブしていた。
そして、兎羽野もまた愛する人の死の真相を掴もうとしている。
まったく真相に手が届かない……その辛さや、やるせなさはよくわかる。
「余計なことかもしれないけど……俺に手伝えることがあったら、なんでも言って」
兎羽野は静かに目を細めた。
「そうだな。お前さんのような奴が一緒だと心強い。その時は頼むぞ。しかし、その前に目標ができたなら、そっちを優先しろ」
兎羽野に出会わなければ、高卒認定試験を受ける決意や、そもそも警官を目指そうだなんて考えもしなかった。
どうせ、ジャンク地区でろくでもない日々を送るんだ……そう、諦めていたのだ。
今回の件で、ほんの少し俺は自分自身に誇りが持てた気がした。
「ありがとう、兎羽野」
俺が頭を下げると、兎羽野は「俺は、なにもしちゃいないさ」と優しい面持ちで言う。
「そういえば、ハヤト、そろそろ約束の時間じゃないのか?」
兎羽野に言われて俺ははっとなる。そろそろここを出ないとまずい。
「光希君によろしくな」
俺は「うん」と兎羽野の頷き返し、事務所兼自宅を後にした。
数週間後。
俺は、兎羽野の事務所兼自宅のマンションを訪れていた。
「隼人君のノロイ発生の仮説なんだけどさあ、なかなか鋭いと思うよ」
テーブルを挟んで座る藤堂さんが、持ってきていた書類をテーブルに広げる。
「きみが使用していたチップは、Lethe-34を購入した際に特典として付属されていたものだった。そして、白幡美彩さんもLethe-34を購入した際に、同じく付属のチップを埋め込んでいたのが分かった」
調査資料には俺が使用してた、Lethe-34に付属されていたチップの画像が印字されている。
小指の爪の半分にも満たない大きさのチップ……これが不可解な現象を起こしていたかもしれないのだ。
「チップが原因で、脳に影響が出て悪夢を見ていた。いや、それだけじゃなく、ワンダーランドでの幻覚を引き起こした……ということか?」
兎羽野が言うと、藤堂さんは「可能性は、あるんじゃない?」と相槌をうち、俺は言う。
「俺が悪夢に悩まされていた時期、チップを埋め込んだあたりが熱を発しているような違和感があったんだ。チップを除去したら、悪夢にうなされることもなくなった。チップの欠陥と、ゴーグルの意図的な不具合……この二つが重なって電脳症やノロイを引き起こしていたんじゃないかな」
俺はワンダーランドでの出来事を思い出しながら話す。
「俺が強制転送をされる寸前、動揺してボディに負担が掛かっているとエラー画面が出ていた。その直後、ボディとスピリットが一時的に切断されてしまった。そして、ワンダーランドでは兎が襲い掛かる、恐怖心を煽るアトラクションがある、という噂があった。俺自身もミツキが飛び降りるという幻覚にかなり動揺していた。恐怖心などから心拍数などが乱れること……それがLethe-34の引き起こす、電脳症のトリガーになっているんじゃないかな」
俺が言うと、藤堂さんは眠たげに見える目をこちらに向ける。
「うん、隼人君の言うとおりだと思うな。灰島は、そのためにワンダーランドに怪異な仕掛けを施していた可能性は高い。あとね、MELでのノロイという化け物の存在なんだけど、ちょっと不可解な共通点があるのよ」
藤堂さんが書類を指さし、そこには数字と英字の羅列が記載されている。
「これね、Lethe-34に付属されたチップだけに使用された製造番号なの。たとえば、隼人君のものは『No.444-Lo2034-I666-25647』でね、下五桁は個別番号でそれぞれ違うけど、ナンバーからはじまる部分は全部共通なのね。この頭文字をよく見て」
藤堂さんが指し示し、俺はぎょっとする。頭文字を繋げると『No』『Lo』『I』……ノロイと読める。
思わず兎羽野と顔を見合わせてしまった。藤堂さんは俺たちの反応に、にやりとした。
「それだけじゃなくてさ、この数字のところも『444』に『666』なんて不吉じゃないの。無論、チップの製造番号までは灰島春臣にもさすがに細工はできない。これはあくまでも偶然の一致かもしれないよね。でも、奇妙な因果を感じない?」
「ヘイダルゾーンに転送された白幡美彩に似た化け物、そしてワンダーランドにいた灰島春臣に似た不気味な人物……どんな原理で、あんな存在がMELに生まれるかは分からないが、この不吉な番号のチップが関係していそうだな」
兎羽野の言葉に俺は頷いて言う。
MELで遭遇した化け物は、切断されたスピリットの一部が形を成しているのではないか?
そこに強い意志や、執念、怨念のようなものが込められると、怪異となるのかもしれない。
入院中にずっと考えて、そんな答えにたどりついたのだ。
俺がそう打ち明けると、藤堂さんが軽く肩を竦めた。
「たしかに、隼人君の説も考えられるけど……まあ、科学的な証明もできていないし、ノロイなんていうオカルト的なものを法では裁けないからなあ」
後藤さんが小さく笑い、俺は彼に聞く。
「あの……Lethe-34の付属チップを使用してノロイという現象が発生するなら、Lethe-34を使用していなくても被害にあう人……いや、すでに悪夢などに悩まされている人がいるかもしれないですよね?」
「それだけじゃない。ノロイが不気味な怪物を生むならば、MEL内でそいつらが暴れる可能性もあるぞ」
兎羽野の言葉に、戦慄が走った。たしかに彼の言うとおりだ。
「そこなんだよねえ。上の連中が都市伝説な『ノロイ』を信じるかな。頭のかたーい連中に進言したって、まともに取り合わないんじゃない? まあ、コニリオ社には捜査が入るので、人体に悪影響があるのでLethe-34と付属チップを使用しないように、って発表することで、ユーザーが自衛するしかないかも」
コニリオ社の不具合の隠蔽や、灰島春臣の件が捜査によって明らかになる。
「きっと、大騒ぎになるでしょうね」
俺が呟くと、藤堂さんがにやりとした。
「リアルとMELでお祭り騒ぎになるんじゃない? あ、そうそう灰島についてなんだけどね、彼が感電で自殺したってこと、覚えてる?」
俺と兎羽野がこっくりとすると、藤堂さんが続けた。
「その状況を詳しく調べてみたら、彼、ゴーグルを装着してチップを埋め込んだ部分に自ら高圧の電流を流したらしいんだね。これってチップにとんでもない負荷をかける行為でしょ? 今までの仮説から、灰島がMELでノロイという存在になりたくて、故意にやった……そうも考えられるよね」
ワンダーランドで黒の王冠やマントなどに身を包んだ不気味な灰島の姿が浮かんだ。
「俺たちがワンダーランドで見た灰島は、ノロイだった……」
「反MELの彼は、ワンダーランドにログインした人たちに危害を加え、いまもあの空間で誰かが来るのを待っているのかもね」
「ワンダーランドにも電犯の捜査が行われるんですよね?」
「もちろん。でも灰島が本当にいるかは分からないし、遭遇できるかも分からないね。まあ、俺たちも警戒はしながらダイブするけどね。そもそも、亡霊みたいなものは、逮捕はできないじゃない?」
藤堂さんがおどける口調で言い、そのとおりだな……と俺は首肯する。
「ちなみにさ……Letheってさ、古代ギリシア語で『忘却』とか『隠匿』っていう意味があるんだってさ」
藤堂さんの言葉に、兎羽野が眉根を寄せた。
「忘却……隠匿……か。なんとも不穏な言葉をゴーグルにつけたんだな」
灰島がLetheという商品名をつけていたのだとしたら……どういう心境で、この言葉を選んだのだろう。
「それとさあ。隼人君、きみ、やっぱり電犯を目指さない? ノロイに関しての気づきや、荒事に慣れてるっていうのも電犯捜査官として最高じゃないの」
俺は少し照れながら彼に聞く。
「俺でも……警察官になれますかね?」
兎羽野と藤堂さんが「おっ」と感心した様子でこちらを見る。
「もちろん。高卒認定試験と、警察学校の受験は必要だけどね。隼人君のやる気と、努力次第にはなるけどさ、きみのような子が電犯に来てくれたら嬉しいんだけどなあ。電犯に所属するための推薦状ならいくらでも書くから、いつでも言ってよ。あと、前科がつくとダメだからね。もう、違法な地下格闘技はやめておいてね」
藤堂さんが身を乗り出し、俺はその勢いにちょっと驚きながら「わかりました」と返す。
藤堂さんはにんまりとして、兎羽野を見やった。
「となると、メンターとなる電犯捜査官が必要なわけだ。忍、電犯に教官としてでもいいから戻ってきなさいよ。隼人君を立派なダイバーとして育ててあげないとさあ」
兎羽野は苦笑して肩を竦めた。
「まあ……ハヤトが警察官になれたら、その時は考えるよ」
藤堂さんが「よし、言質はとったからね!」と目を輝かせて言い、俺を見やった。
「頑張ってね、隼人君。うちの班はわんぱく揃いだから、きみのような子は大歓迎だよ」
そう片目を瞑り、腕時計を一瞥する。
「捜査会議があるから、そろそろお暇するね」
藤堂さんが「またね」と部屋を出ていく。
俺は兎羽野と向かい合うように移動し、彼に尋ねた。
「兎羽野って……どうして電犯捜査官を辞めたの? 前に、藤堂さんが『あの事件をまだ追いかけてるの?』って話してたけど……それと関係するのか?」
兎羽野が目を瞠り、俺は少し慌てて言う。
「いや、無理に聞き出すつもりはないんだ。ただ、気になっただけで……」
兎羽野は微かに笑い、ソファーの背もたれに体重を掛けた。
「じつは、俺の妻が電脳症と思われる症状で亡くなったんだ」
妻……!? 結婚してたのか……!?
驚愕する俺に、兎羽野は軽く肩を竦める。
「彼女の死が単なる電脳症には思えなくな。でも事件性はないと処理されてしまった。でも、俺には彼女の死にはなにか他の真相があると思えてならない。だから、MELの便利屋をはじめたんだ。そのなかで裏稼業の連中と知り合い、時に違法空間にもダイブしている。彼女の死の真相と繋がるなにかを探してるんだ」
思いもよらない兎羽野の話に、俺は驚いて彼を見つめた。
俺も、ミツキの残した言葉の謎を解明するため……そして、彼のスピリットがMELにいるかもしれない、と一縷の望みをかけてダイブしていた。
そして、兎羽野もまた愛する人の死の真相を掴もうとしている。
まったく真相に手が届かない……その辛さや、やるせなさはよくわかる。
「余計なことかもしれないけど……俺に手伝えることがあったら、なんでも言って」
兎羽野は静かに目を細めた。
「そうだな。お前さんのような奴が一緒だと心強い。その時は頼むぞ。しかし、その前に目標ができたなら、そっちを優先しろ」
兎羽野に出会わなければ、高卒認定試験を受ける決意や、そもそも警官を目指そうだなんて考えもしなかった。
どうせ、ジャンク地区でろくでもない日々を送るんだ……そう、諦めていたのだ。
今回の件で、ほんの少し俺は自分自身に誇りが持てた気がした。
「ありがとう、兎羽野」
俺が頭を下げると、兎羽野は「俺は、なにもしちゃいないさ」と優しい面持ちで言う。
「そういえば、ハヤト、そろそろ約束の時間じゃないのか?」
兎羽野に言われて俺ははっとなる。そろそろここを出ないとまずい。
「光希君によろしくな」
俺は「うん」と兎羽野の頷き返し、事務所兼自宅を後にした。
