〔17〕黒衣の王
ログインすると、そこは森のようなところだった。
空間は夜に設定されており、ライトアップがされているので視界は悪くない。
周囲に視線を走らせると、赤いカサで白い斑点のあるキノコや、青や紫など毒々しい色のキノコが群生している。
一瞬、自分の身体が小さくなったのかと思ったがそうではなく、キノコなどはゆうに三メートルほどあり、異様に巨大なのだ。
周囲は、キノコだけでなく棘のついたツルや、真っ赤なバラが咲いている。
隣にいた兎羽野も辺りに目を走らせ、軽く肩を竦めた。
「ちょっと不気味だな」
俺は「うん」と頷き返して、レッグホルスターから拳銃を抜いた。
「拳銃の弾は、自動装填されるように設定してある。弾は百発ほどあるから、なにかあったら撃ちまくれ」
「わかった」
その時だった。ガサッと生い茂る草がゆれる音がし、俺と兎羽野は拳銃を構えた。
なにかが、いる……!?
樹々の間やキノコの影に、大量の赤い点が光っており、ぎくりとなる。
いや――これは点じゃない……! 赤く光る眼だ!
気づいた瞬間、こちらになにかが飛びかかってくる。それは真っ白な兎だった。
しかし愛らしさはいっさいなく、鋭い牙が生えている。
兎がこちらに食いつかんとして、俺は反射的に引き金をひいた。
兎羽野にも白兎が襲い掛かっており、彼も銃撃している。
弾が貫通した兎は消失していった。
しかし、俺たちを囲む兎はざっと四十から五十羽ほど……いや、もっといるかもしれない……!
「ハヤト、ここから離れるぞ」
兎羽野に促され、俺たちは森のなかを駆け出した。
ギィィ! という不気味な声をあげながら白兎が俺たちを追いかけ、襲い掛かってくる。俺たちは拳銃や、時に拳や蹴りで応戦しながら、森の外を目指して走り続ける。
こんなんじゃキリがない……! そうだ……! ふいに思いだして、俺は共有フォルダからベノムの蜂を解放した。
ヴンッ! という羽音をたてて大量の毒蜂がその針で兎を撃退していった。
その様子に兎羽野が短く口笛を吹いた。
「ハヤトに返しておいてよかったぜ」
「まさか、ここで役に立つとは思わなかった」
俺も吐息交じりに返す。兎が次々にデリートされ、俺たちは森を出た。。
鬱蒼としたキノコの森を出ると、そこはライトアップされたアトラクションが設置されていた。
トランプ兵のオブジェや、お茶会をモチーフにしたアトラクションなどがある。
さきほどのように異様な兎が飛びかかってくることはないが、俺たちは警戒しながら周囲を見渡した。
「何者かの気配は感じないが、さっきの兎の異常さから、空間が汚染されている可能性はあるな」
「やっぱり、あそこになにかあるんじゃないか?」
俺はワンダーランドの中央に聳え立つ巨大な塔を指さす。兎羽野も塔を見上げて首肯した。
「ああ、あの塔になにかある可能性は高いだろうな。行こう」
俺たちはワンダーランドの中心部を目指して移動する。
白い円柱形の塔には見晴台があった。ふと見上げたそこに人影があるのに気づき、隣の兎羽野を見やった。
彼も気づいたようで、互いに足が止まった。
塔の天辺には、中世のような黒を基調にしたマントと、仰々しい甲冑のようなものを身につけた人物がいた。
黒い王冠らしきものをかぶり、全身からは妙な禍々しさが滲んでいる。
おまけに、その人物には見覚えがあった。あれは、藤堂さんが持ってきた資料にあった……
「灰島春臣……」
兎羽野が呟き、俺は「やっぱり、そうだよな」と相槌をうった。
青白い顔つきの灰島は、こちらに気がついていないようだった。
彼はマントを翻すようにして塔の中へと姿を消し、兎羽野と顔を見合わせた。
「どうして灰島がいるんだ? あれは、奴のスピリットなのか?」
彼はもう亡くなっており、MEL空間にアクセスできるはずがない。
「それか、灰島が生前に構築したbot……もしくは、ノロイかもしれん」
ノロイという言葉に、ミツキを連れ去った白幡美彩に似た化け物の姿が甦った。
緊張が背中を走り、俺たちは再び塔へと進んだ。
アトラクションなどが並ぶ石畳の通りを進んでいく。
そろそろ塔に辿りつくという時だった。
ハヤト――
名前を呼ばれた気がして顔をあげると、塔の見晴台にミツキがいたのだ。
どうして、彼がここにいるんだ……!?
「ミツキ……!?」
驚愕して声をあげたのと、彼がひらりと塔から身を投げたのは同時だった。
「嘘だろ……!?」
弾かれるように彼の許に走りだし、兎羽野が「ハヤト!」と制するように俺の名前を呼ぶ。
なんとかしないと……! という焦燥にかられながら俺は必死に走った。
俺が塔の真下に着いたのと、ドサッという重い砂袋を落としたような鈍い音がしたのは同時だった。
「ミツキー!」
少し先の地面にミツキがうつ伏せで倒れており、彼の頭部からじわじわと赤い血だまりが広がりはじめている。
ボディの状態を表示するウィンドウが起動し、心拍数や血圧が上昇していることが表示された。
動揺がボディに影響を与えているのだろう。しかし、今はそんな警告画面など気にしていられなかった。
俺は倒れたミツキに駆け寄り、彼の身体を抱え起こす。
「どうして……」
次の瞬間、俺は息を呑んだ。
腕のなかにいたのは、ミツキではなく、おふくろだったのだ。
俺が息を呑んだ刹那、母親が「ははははは!」と笑い声をあげ、握っていた包丁を振り下ろす。
「……え?」
包丁が俺の首に刺さったと気づいた直後、『強制転送開始』という赤いエラー画面が表示された。
刺された……? 首筋に手をやると手のひらが真っ赤に染まっている。
俺はおふくろの身体を突き離して、よろけながら立ち上がった。
地面に転がったまま、おふくろがニヤニヤとしながらこちらを見つめている。
「な、んだよ……これ……」
「ハヤト!」
兎羽野が声がし、顔を向けたのと俺の耳元で「ハヤト」と、ミツキの声がしたのは同時だった。
「ミツキ……?」
瞬く間に、目の前が白い光で覆われる。強制転送が行われているのがわかった。
「――ハヤト!」
兎羽野の焦りの滲んだ声が遠くでした気がした。
ログインすると、そこは森のようなところだった。
空間は夜に設定されており、ライトアップがされているので視界は悪くない。
周囲に視線を走らせると、赤いカサで白い斑点のあるキノコや、青や紫など毒々しい色のキノコが群生している。
一瞬、自分の身体が小さくなったのかと思ったがそうではなく、キノコなどはゆうに三メートルほどあり、異様に巨大なのだ。
周囲は、キノコだけでなく棘のついたツルや、真っ赤なバラが咲いている。
隣にいた兎羽野も辺りに目を走らせ、軽く肩を竦めた。
「ちょっと不気味だな」
俺は「うん」と頷き返して、レッグホルスターから拳銃を抜いた。
「拳銃の弾は、自動装填されるように設定してある。弾は百発ほどあるから、なにかあったら撃ちまくれ」
「わかった」
その時だった。ガサッと生い茂る草がゆれる音がし、俺と兎羽野は拳銃を構えた。
なにかが、いる……!?
樹々の間やキノコの影に、大量の赤い点が光っており、ぎくりとなる。
いや――これは点じゃない……! 赤く光る眼だ!
気づいた瞬間、こちらになにかが飛びかかってくる。それは真っ白な兎だった。
しかし愛らしさはいっさいなく、鋭い牙が生えている。
兎がこちらに食いつかんとして、俺は反射的に引き金をひいた。
兎羽野にも白兎が襲い掛かっており、彼も銃撃している。
弾が貫通した兎は消失していった。
しかし、俺たちを囲む兎はざっと四十から五十羽ほど……いや、もっといるかもしれない……!
「ハヤト、ここから離れるぞ」
兎羽野に促され、俺たちは森のなかを駆け出した。
ギィィ! という不気味な声をあげながら白兎が俺たちを追いかけ、襲い掛かってくる。俺たちは拳銃や、時に拳や蹴りで応戦しながら、森の外を目指して走り続ける。
こんなんじゃキリがない……! そうだ……! ふいに思いだして、俺は共有フォルダからベノムの蜂を解放した。
ヴンッ! という羽音をたてて大量の毒蜂がその針で兎を撃退していった。
その様子に兎羽野が短く口笛を吹いた。
「ハヤトに返しておいてよかったぜ」
「まさか、ここで役に立つとは思わなかった」
俺も吐息交じりに返す。兎が次々にデリートされ、俺たちは森を出た。。
鬱蒼としたキノコの森を出ると、そこはライトアップされたアトラクションが設置されていた。
トランプ兵のオブジェや、お茶会をモチーフにしたアトラクションなどがある。
さきほどのように異様な兎が飛びかかってくることはないが、俺たちは警戒しながら周囲を見渡した。
「何者かの気配は感じないが、さっきの兎の異常さから、空間が汚染されている可能性はあるな」
「やっぱり、あそこになにかあるんじゃないか?」
俺はワンダーランドの中央に聳え立つ巨大な塔を指さす。兎羽野も塔を見上げて首肯した。
「ああ、あの塔になにかある可能性は高いだろうな。行こう」
俺たちはワンダーランドの中心部を目指して移動する。
白い円柱形の塔には見晴台があった。ふと見上げたそこに人影があるのに気づき、隣の兎羽野を見やった。
彼も気づいたようで、互いに足が止まった。
塔の天辺には、中世のような黒を基調にしたマントと、仰々しい甲冑のようなものを身につけた人物がいた。
黒い王冠らしきものをかぶり、全身からは妙な禍々しさが滲んでいる。
おまけに、その人物には見覚えがあった。あれは、藤堂さんが持ってきた資料にあった……
「灰島春臣……」
兎羽野が呟き、俺は「やっぱり、そうだよな」と相槌をうった。
青白い顔つきの灰島は、こちらに気がついていないようだった。
彼はマントを翻すようにして塔の中へと姿を消し、兎羽野と顔を見合わせた。
「どうして灰島がいるんだ? あれは、奴のスピリットなのか?」
彼はもう亡くなっており、MEL空間にアクセスできるはずがない。
「それか、灰島が生前に構築したbot……もしくは、ノロイかもしれん」
ノロイという言葉に、ミツキを連れ去った白幡美彩に似た化け物の姿が甦った。
緊張が背中を走り、俺たちは再び塔へと進んだ。
アトラクションなどが並ぶ石畳の通りを進んでいく。
そろそろ塔に辿りつくという時だった。
ハヤト――
名前を呼ばれた気がして顔をあげると、塔の見晴台にミツキがいたのだ。
どうして、彼がここにいるんだ……!?
「ミツキ……!?」
驚愕して声をあげたのと、彼がひらりと塔から身を投げたのは同時だった。
「嘘だろ……!?」
弾かれるように彼の許に走りだし、兎羽野が「ハヤト!」と制するように俺の名前を呼ぶ。
なんとかしないと……! という焦燥にかられながら俺は必死に走った。
俺が塔の真下に着いたのと、ドサッという重い砂袋を落としたような鈍い音がしたのは同時だった。
「ミツキー!」
少し先の地面にミツキがうつ伏せで倒れており、彼の頭部からじわじわと赤い血だまりが広がりはじめている。
ボディの状態を表示するウィンドウが起動し、心拍数や血圧が上昇していることが表示された。
動揺がボディに影響を与えているのだろう。しかし、今はそんな警告画面など気にしていられなかった。
俺は倒れたミツキに駆け寄り、彼の身体を抱え起こす。
「どうして……」
次の瞬間、俺は息を呑んだ。
腕のなかにいたのは、ミツキではなく、おふくろだったのだ。
俺が息を呑んだ刹那、母親が「ははははは!」と笑い声をあげ、握っていた包丁を振り下ろす。
「……え?」
包丁が俺の首に刺さったと気づいた直後、『強制転送開始』という赤いエラー画面が表示された。
刺された……? 首筋に手をやると手のひらが真っ赤に染まっている。
俺はおふくろの身体を突き離して、よろけながら立ち上がった。
地面に転がったまま、おふくろがニヤニヤとしながらこちらを見つめている。
「な、んだよ……これ……」
「ハヤト!」
兎羽野が声がし、顔を向けたのと俺の耳元で「ハヤト」と、ミツキの声がしたのは同時だった。
「ミツキ……?」
瞬く間に、目の前が白い光で覆われる。強制転送が行われているのがわかった。
「――ハヤト!」
兎羽野の焦りの滲んだ声が遠くでした気がした。
