〔16〕ミス・ショット
ワンダーランドにダイブするため、俺は兎羽野の事務所兼自宅を訪ねていた。
兎羽野は俺の顔を見て、少し眉根を寄せた。
「ちゃんと眠れたか? 疲れているように見えるぞ」
「大丈夫だよ」
ここで、ダイブできないと判断されたくなかった。俺は彼を安心させるように、小さく笑みを浮かべた。
兎羽野は少し気遣わしげにこちらを見やり、俺は彼の淹れてくれた珈琲を飲んでごまかす。
ろくに眠れなかったので、濃い珈琲がありがたかった。
ローテーブルにはコニリオ社製ではないゴーグルが二つ用意されていた。
「これでワンダーランドにダイブするのか?」
「ああ、危険につながる可能性のものは排除したいからな。そういえば、AIミツキ君は一緒に来るのか?」
俺は苦く笑って、頬を掻く。
「AIであっても消失の可能性があるから、一緒には行けないって伝えたんだけど、嫌だって聞いてくれなくて……今朝、軽く口げんかになってさ」
「オリジナルの光希君はオカルト好きだし、当然、AIミツキ君も行きたがるだろうな」
兎羽野も少し困ったように眉を下げた。
「万が一のことを考えれば、安易に連れていくべきじゃないだろ?」
なのに、ミツキときたら子供みたいにむくれて「ハヤトの分からず屋!」なんて言うのだ。まったく、分からず屋はどっちだ。
今朝のやりとりを思い出して、少し腹が立ってくる。
そのことを話すと、兎羽野が小さく笑った。
「そうだな……録画用にカメラを起動させるから、ミツキ君にはDINER666からモニターで見てもらっていうのはどうだ? 侵入を悟られないよう、外部からの音声通信はできないので、やりとりはできないが……」
それならば……と、俺はモバイルフォンをポケットから取り出して、AIミツキに呼び掛ける。
「……なに?」
液晶画面には少し不機嫌な顔のミツキが表示され、俺は思わず片方の眉を上げた。
「兎羽野から話があるってさ」
反射的にぶっきらぼうに返して、液晶画面を兎羽野に向けた。彼はさきほど提案してくれたことをミツキに伝える。
すると「ほんとうですか!? やった!」と嬉しそうに言う声がして、思わず小さく笑ってしまった。
液晶画面をこちらに向けると、ミツキは「あの、ハヤト……今朝は、ごめん」と、しゅんとした様子で言う。
「いや、俺こそ言いすぎたと思う。ごめんな」
互いに笑みを交わし、「DINER666で会おう」と俺はモバイルフォンをスリープモードにする。
「今回は、ボディとスピリットが切断されないよう、予防策を用意してある」
どんな予防策なのだろう? 目顔で問うと、兎羽野は苦笑を滲ませた。
「ハヤト、注射は平気か?」
「まあ……特に怖いってことはないけど……」
「なら、いい。そろそろ行こう」
ゴーグルを差しだされて、俺はそれを受けとる。
俺たちはDINER666へと入店した。
ミツキもダイナーに入店し、俺たちはいつものボックス席に座る。
テーブルを挟んで向かいに座った兎羽野が店内に視線を走らせ、軽く手を上げる。
すると、こちらに一人の女性がやってくる。
スタイルの良さを際立たせるような赤いタイトなワンピースに、ハイヒールに艶やかな長い髪……艶やかな雰囲気の美女だ。
彼女は兎羽野の隣に腰を下ろす。
「はじめまして」
彼女が嫣然と微笑み、俺たちも「はじめまして」と会釈する。
「彼女は、ミス・ショットだ。ウィルス対策などはお手の物で、彼女はリアルでも医師だ」
「電脳症の専門医よ。さっそくだけど、はじめましょうか?」
ミス・ショットが笑み、兎羽野に目顔で問うと彼が少し苦笑した
「過度にボディとスピリットに負荷がかかり、電脳症を発生しそうになったら、強制的にここに転送されるようにワクチンを打ってもらう」
その時、コンパスもこちらにやってくる。
「よお、スーパーダイバーたち元気か?」
コンパスがにっかりと笑い、ミス・ショットがフォルダにアクセスする。
彼女の手には少し大きめの注射器が握られており、コンパスが眉を上げた。
「出た! セクシー先生のお注射タイム……!」
「あなたにも打ってあげましょうか?」
ミス・ショットが「ふふふ」と切れ長の目を細め、コンパスが「いい! 遠慮しておきます!」と大きく首を横に振った。
電脳症予防のための、ワクチン注射といったところだろう。
なんだか針もリアルの注射より太い気がするが……俺は腕を出す。
ミス・ショットが俺の横に移動し「いいえ、こっちよ」と、いきなり首筋に注射の針を刺した。
地下格闘技にいる時のように痛覚をオンにしていないはずなのに、なぜかボディを介してビリっとした痛みが走った。
「なんだ!?」
驚愕して声をあげると、コンパスと兎羽野が情けない顔をする。
「はい、おしまい。いい子ね」
ミス・ショットが幼児にするように俺の頭を撫で、どう反応していいか分からず困惑する。
ミス・ショットが再び注射を構えて、兎羽野を見やった。
「次はあなたの番よ」
兎羽野は「……よろしく」と打ちやすいように顔を横に向けた。
注射を構えたミス・ショットの目は妙にぎらついており、彼女は針をぶすりと首筋に刺した。
兎羽野が「……うっ!」と顔を顰め、ミス・ショットは恍惚とした顔でワクチンを打つ。
「すぐに効果がでるから、もうダイブしても平気よ」
注射器を片手にうっとりとした顔でミス・ショットが言い、俺とミツキは一瞬、目を合わせた。
「ワクチンが必要な時は、いつでも言ってちょうだい」
ミス・ショットが席を離れ、俺は身を乗り出して言う。
「なあ、兎羽野、あの注射って痛覚を強制的にオンにしてないか?」
「ミス・ショットの好みなんだろうなあ……」
兎羽野が苦笑を滲ませ、コンパスが「あれは、フェチなんじゃねえかな?」と真面目な顔で呟いた。
「よし。そんじゃ、次は俺の番だな」
コンパスが道具箱にアクセスし、テーブルに地図のようなものを広げた。
「これがワンダーランドのマップだ」
遊園地のような広大な空間で、不思議の国のアリスをモチーフにしたティーカップのアトラクションや、メリーゴーランドなどが多くある。
そして、敷地の真ん中には円柱形の塔が聳え立っていた。
バベルの塔……Lethe-34の開発者の灰島春臣のことが過った。
「広い空間だ……」
マップを見下ろしながら言うと、兎羽野も「手が込んでるな」と頷く。
「いまは封鎖されているけど、外部の者がアクセスし、例えばワールド内の設備などが稼働し、人の気配を感知した場合、コニリオ社の管理者に通知がいくはずだ。なので、裏から入るのと同時に、コニリオ社にはフェイクの空間を噛ませて無人のワンダーランドであるように錯覚させる」
「……コンパスさん、凄い!」
ミツキが感心したように言い、コンパスが「あんがとよ」とウィンクしてみせる。
「でも、制限時間がある。一時間だ。それを過ぎると侵入がバレるから、気をつけてくれ」
俺と兎羽野が頷き返し、コンパスが「ここが侵入口だ」とアクセスポイントを表示させる。
兎羽野がワンダーランドの映像を中継するためのモニターをテーブルに設置し、ミツキが俺の腕にそっと触れた。
「気をつけて」
「ああ、わかってる」
不安げなミツキを安心させるように、俺は小さく笑みを浮かべた。
「アーマースーツは、身軽で頑強なものがいい。ヘイダルゾーンで使用した特殊部隊仕様のものを装着しよう。今回は中継用に胸元にウエアラブルカメラを搭載してある」
共有フォルダに入っていた、アーマースーツを装着する。
「ハヤト、やっぱり似合ってる……!」
ミツキが目を輝かせて言い、俺は少し照れて「そうか?」と返す。
兎羽野も同じようにアーマースーツを身につけ、こちらを見やった。
「さて、そろそろ行くか」
俺は「行ってくる」とミツキに軽く頷き、コンパスが「楽しんでこい!」とサムズアップした。
俺と兎羽野は、コンパスが表示した裏口から、ワンダーランドへとアクセスした。
ワンダーランドにダイブするため、俺は兎羽野の事務所兼自宅を訪ねていた。
兎羽野は俺の顔を見て、少し眉根を寄せた。
「ちゃんと眠れたか? 疲れているように見えるぞ」
「大丈夫だよ」
ここで、ダイブできないと判断されたくなかった。俺は彼を安心させるように、小さく笑みを浮かべた。
兎羽野は少し気遣わしげにこちらを見やり、俺は彼の淹れてくれた珈琲を飲んでごまかす。
ろくに眠れなかったので、濃い珈琲がありがたかった。
ローテーブルにはコニリオ社製ではないゴーグルが二つ用意されていた。
「これでワンダーランドにダイブするのか?」
「ああ、危険につながる可能性のものは排除したいからな。そういえば、AIミツキ君は一緒に来るのか?」
俺は苦く笑って、頬を掻く。
「AIであっても消失の可能性があるから、一緒には行けないって伝えたんだけど、嫌だって聞いてくれなくて……今朝、軽く口げんかになってさ」
「オリジナルの光希君はオカルト好きだし、当然、AIミツキ君も行きたがるだろうな」
兎羽野も少し困ったように眉を下げた。
「万が一のことを考えれば、安易に連れていくべきじゃないだろ?」
なのに、ミツキときたら子供みたいにむくれて「ハヤトの分からず屋!」なんて言うのだ。まったく、分からず屋はどっちだ。
今朝のやりとりを思い出して、少し腹が立ってくる。
そのことを話すと、兎羽野が小さく笑った。
「そうだな……録画用にカメラを起動させるから、ミツキ君にはDINER666からモニターで見てもらっていうのはどうだ? 侵入を悟られないよう、外部からの音声通信はできないので、やりとりはできないが……」
それならば……と、俺はモバイルフォンをポケットから取り出して、AIミツキに呼び掛ける。
「……なに?」
液晶画面には少し不機嫌な顔のミツキが表示され、俺は思わず片方の眉を上げた。
「兎羽野から話があるってさ」
反射的にぶっきらぼうに返して、液晶画面を兎羽野に向けた。彼はさきほど提案してくれたことをミツキに伝える。
すると「ほんとうですか!? やった!」と嬉しそうに言う声がして、思わず小さく笑ってしまった。
液晶画面をこちらに向けると、ミツキは「あの、ハヤト……今朝は、ごめん」と、しゅんとした様子で言う。
「いや、俺こそ言いすぎたと思う。ごめんな」
互いに笑みを交わし、「DINER666で会おう」と俺はモバイルフォンをスリープモードにする。
「今回は、ボディとスピリットが切断されないよう、予防策を用意してある」
どんな予防策なのだろう? 目顔で問うと、兎羽野は苦笑を滲ませた。
「ハヤト、注射は平気か?」
「まあ……特に怖いってことはないけど……」
「なら、いい。そろそろ行こう」
ゴーグルを差しだされて、俺はそれを受けとる。
俺たちはDINER666へと入店した。
ミツキもダイナーに入店し、俺たちはいつものボックス席に座る。
テーブルを挟んで向かいに座った兎羽野が店内に視線を走らせ、軽く手を上げる。
すると、こちらに一人の女性がやってくる。
スタイルの良さを際立たせるような赤いタイトなワンピースに、ハイヒールに艶やかな長い髪……艶やかな雰囲気の美女だ。
彼女は兎羽野の隣に腰を下ろす。
「はじめまして」
彼女が嫣然と微笑み、俺たちも「はじめまして」と会釈する。
「彼女は、ミス・ショットだ。ウィルス対策などはお手の物で、彼女はリアルでも医師だ」
「電脳症の専門医よ。さっそくだけど、はじめましょうか?」
ミス・ショットが笑み、兎羽野に目顔で問うと彼が少し苦笑した
「過度にボディとスピリットに負荷がかかり、電脳症を発生しそうになったら、強制的にここに転送されるようにワクチンを打ってもらう」
その時、コンパスもこちらにやってくる。
「よお、スーパーダイバーたち元気か?」
コンパスがにっかりと笑い、ミス・ショットがフォルダにアクセスする。
彼女の手には少し大きめの注射器が握られており、コンパスが眉を上げた。
「出た! セクシー先生のお注射タイム……!」
「あなたにも打ってあげましょうか?」
ミス・ショットが「ふふふ」と切れ長の目を細め、コンパスが「いい! 遠慮しておきます!」と大きく首を横に振った。
電脳症予防のための、ワクチン注射といったところだろう。
なんだか針もリアルの注射より太い気がするが……俺は腕を出す。
ミス・ショットが俺の横に移動し「いいえ、こっちよ」と、いきなり首筋に注射の針を刺した。
地下格闘技にいる時のように痛覚をオンにしていないはずなのに、なぜかボディを介してビリっとした痛みが走った。
「なんだ!?」
驚愕して声をあげると、コンパスと兎羽野が情けない顔をする。
「はい、おしまい。いい子ね」
ミス・ショットが幼児にするように俺の頭を撫で、どう反応していいか分からず困惑する。
ミス・ショットが再び注射を構えて、兎羽野を見やった。
「次はあなたの番よ」
兎羽野は「……よろしく」と打ちやすいように顔を横に向けた。
注射を構えたミス・ショットの目は妙にぎらついており、彼女は針をぶすりと首筋に刺した。
兎羽野が「……うっ!」と顔を顰め、ミス・ショットは恍惚とした顔でワクチンを打つ。
「すぐに効果がでるから、もうダイブしても平気よ」
注射器を片手にうっとりとした顔でミス・ショットが言い、俺とミツキは一瞬、目を合わせた。
「ワクチンが必要な時は、いつでも言ってちょうだい」
ミス・ショットが席を離れ、俺は身を乗り出して言う。
「なあ、兎羽野、あの注射って痛覚を強制的にオンにしてないか?」
「ミス・ショットの好みなんだろうなあ……」
兎羽野が苦笑を滲ませ、コンパスが「あれは、フェチなんじゃねえかな?」と真面目な顔で呟いた。
「よし。そんじゃ、次は俺の番だな」
コンパスが道具箱にアクセスし、テーブルに地図のようなものを広げた。
「これがワンダーランドのマップだ」
遊園地のような広大な空間で、不思議の国のアリスをモチーフにしたティーカップのアトラクションや、メリーゴーランドなどが多くある。
そして、敷地の真ん中には円柱形の塔が聳え立っていた。
バベルの塔……Lethe-34の開発者の灰島春臣のことが過った。
「広い空間だ……」
マップを見下ろしながら言うと、兎羽野も「手が込んでるな」と頷く。
「いまは封鎖されているけど、外部の者がアクセスし、例えばワールド内の設備などが稼働し、人の気配を感知した場合、コニリオ社の管理者に通知がいくはずだ。なので、裏から入るのと同時に、コニリオ社にはフェイクの空間を噛ませて無人のワンダーランドであるように錯覚させる」
「……コンパスさん、凄い!」
ミツキが感心したように言い、コンパスが「あんがとよ」とウィンクしてみせる。
「でも、制限時間がある。一時間だ。それを過ぎると侵入がバレるから、気をつけてくれ」
俺と兎羽野が頷き返し、コンパスが「ここが侵入口だ」とアクセスポイントを表示させる。
兎羽野がワンダーランドの映像を中継するためのモニターをテーブルに設置し、ミツキが俺の腕にそっと触れた。
「気をつけて」
「ああ、わかってる」
不安げなミツキを安心させるように、俺は小さく笑みを浮かべた。
「アーマースーツは、身軽で頑強なものがいい。ヘイダルゾーンで使用した特殊部隊仕様のものを装着しよう。今回は中継用に胸元にウエアラブルカメラを搭載してある」
共有フォルダに入っていた、アーマースーツを装着する。
「ハヤト、やっぱり似合ってる……!」
ミツキが目を輝かせて言い、俺は少し照れて「そうか?」と返す。
兎羽野も同じようにアーマースーツを身につけ、こちらを見やった。
「さて、そろそろ行くか」
俺は「行ってくる」とミツキに軽く頷き、コンパスが「楽しんでこい!」とサムズアップした。
俺と兎羽野は、コンパスが表示した裏口から、ワンダーランドへとアクセスした。
