〔14〕反MEL主義
DINER666からログアウトし、ゴーグルを外す。
さきほど兎羽野から受けとったログのファイルをモバイルフォンに転送した。
いったい、ミツキは俺についてなにを話していたのだろう。
不安がもたげるが、兎羽野の様子からネガティブな内容ではなさそうだ。
俺は意を決し、ファイルを開いた。
そこにはミツキと、MELネーム『Kai』という人物の会話のログが綴られていた。
Kai:そういえば、例のケンカの強い相棒は元気?
ミツキ:もしかしたら、嫌われたかもしれない。
Kai:どういうこと?
ミツキ:住む世界が違うから距離をおこうって言われたんだ。
ここまで目を通して、ズキリと胸が痛んだ。俺の失言がミツキを悩ませていたことにあらためて自分が嫌になる。
Kai:なにそれ、いきなりだね。
ミツキ:僕たちは性格も育った地域も違うけれど、MELでは関係ないと思ってた。
でも……もしかしたら、彼にとって僕はうざったくて、一緒にいると恥ずかしいやつなのかも。
だって彼はすごく自立していて、しっかりしているんだ。
僕みたいな世間知らずのお坊ちゃんとは違って、どんな困難にも立ち向かえるような芯の強さがある人なんだ。
ミツキの言葉に、俺は自分のことをぶん殴ってやりたくなった。
違う……俺にとってミツキは大事な友人で相棒だ。ウザイとか、恥ずかしいなんて思うわけないだろ……!
それに……俺は、ミツキが言うほど強い奴じゃない……
でも、そう思わせてしまった俺の発言がすべての元凶だ。
Kai:ミツキからしか彼のことを聞いたことないけどさ。ハヤトさんはミツキをそんなふうに思ってないんじゃないかなあ。そんな人じゃない、っていうか……
ミツキはもう、ハヤトさんとは縁を切っていいと思ってる?
ミツキ:ほんとうは嫌だよ。でも、彼の足手まといになるくらいなら……とも思う。
Kai:これは勘だけどさ、二人とも変に気を使いあってそう。ミツキが考えているようなことをハヤトさんも思っていそう。
ミツキ:どういう意味?
Kai:ミツキが、彼と似つかわしくないって思うのと同じく、ハヤトさんもミツキと一緒にいる自分に自信がないんじゃないかなあ? ミツキのことを憎いとか嫌いとか、そういう気持ちはないと感じるなあ。ちゃんと、ミツキの本音を伝えてみてもいいんじゃない?
ミツキ:そうだよね……ありがとう! ちゃんと、ハヤトと話してみる。
Kai:応援してるよ!
そこでログは終わっており、俺は深い溜息をついた。
自分の馬鹿な言葉でミツキを深く傷つけてしまったことの後悔や、自分の浅はかさに自己嫌悪に陥る。
胸のなかに鉛を流されたような重苦しさを感じながら、うなだれる。
リアルの彼に謝りたかった。ミツキに、俺にとってミツキはかけがえのない人なのだと伝えたかった。
でも、もうそれも今は叶わない。
いや……諦めるな。弱気になるな……!
ミツキのスピリットが戻るなら……そのためならなんでもしよう。どんな小さな可能性でも賭けたい。
そのためには、ワンダーランドに電脳症を発症したきっかけがあったのか知る必要がある。
俺は気合いを入れるように頬を両手で挟むように軽く叩いた。
数日後。
俺は兎羽野の事務所兼自宅を訪ねていた。
部屋に通されて、先客がいるのに気づく。
応接用のソファーに座っていたのは、四十代くらいの男で、スーツに身を包んでいる。
依頼人か……? 小首をかしげると、俺に気づいた先客が「どうも」と軽く手を上げる。
「彼は、俺の元同僚で、現職の電犯の捜査官である藤堂英」
俺は少し驚きながら「はじめまして。暁隼人です」と会釈する。
兎羽野の隣に腰を下ろし、あらためて藤堂さんを見やる。
黒い髪を後ろに流し、整ってはいるがなんとなく眠そうな印象をあたえる顔つきの人だ。
「きみが地下格闘場で忍とやりあった、例の隼人君か」
俺たちが参加したのは、非合法の格闘場である。
ぎょっとすると、兎羽野が「逮捕はされないから安心しろ」と苦笑する。
「そう、平気、平気。俺ね、今日は有給休暇なの。プライベートで便利屋の忍と、よもやま話をしにきただけなの」
のんびりとした口調で言われ、俺は「はあ……」と曖昧に頷く。なんだか掴みどころのない人だ。
「コニリオ社という大手企業のことを調べるには、便利屋には限界がある。そこで、元同僚に相談してみた、ってわけだ」
兎羽野が軽く片目を瞑り、藤堂さんも「そうそう。善良な区民からの相談を受けただけよ」と、にやりとする。
藤堂さんは「さっそくだけどね」とビジネスバッグから紙フォルダを取り出し、ローテーブルに広げる。
「コニリオ社のちょっと興味深いことがわかったよ。Lethe-34の開発者である、灰島春臣なんだけど」
そう彼が指し示した書類には、一人の男の顔写真が印字されている。
年齢は三十代くらいだろうか。頬のこけた、神経質そうな印象の顔立ちだ。
「この人、ゴーグルの開発者なのに、実は反MELの思想があったみたい」
「反MELって、電脳空間や、MEL技術の進歩が人類の脅威や害になるっていう思想ですよね?」
俺が聞くと、藤堂さんがこっくりと頷く。
「そう。MEL空間でデモやったり、過激な発言で炎上したりしてるよね。反MELなのに、MELで暴れてるっていう矛盾に彼らは気づいているのかねえ?」
ははは、と藤堂さんが笑った。兎羽野が灰島春臣の経歴が印字された書類を手に取って、目を走らせる。
「こいつがLethe-34の開発の中心人物で、宣伝やキャンペーン企画にも積極的に携わっていたようだな。だが……」
ハッとしたように兎羽野が顔を上げ、藤堂さんが肩を竦めた。
「そう。死んじゃってるの」
思わず「え?」と驚愕して声を上げると、兎羽野が「自殺している。感電死のようだな」と呟く。
「しかも、Lethe-34の発売直後にね。遺書らしき走り書きがあってね、そこには『さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう』とあった」
「……旧約聖書の『創世記』、十一章に登場する『バベルの塔』の一説だな。人間が天に届く塔を建てて自分たちの力を誇示しようとした。しかし、神が人々の言葉を混乱させ意思疎通させなくした。なので塔は立たずに人間は世界中に散った、というやつだな」
兎羽野が言い、藤堂さんが首肯する。
「要は、人間の技術的進歩は神の領域に踏み込む傲慢さになる、ってことを戒める教訓でしょう? 反MELらしい遺書じゃない?」
藤堂さんが飄々とした口調で言い、身を乗り出して続ける。
「そして、最新技術を享受する人のおろかさを知らしめるために、Lethe-34に故意に電脳症を引き起こす不具合を仕掛けていたら?」
「それって、テロ行為じゃないか……」
ゾッとして呟くと、藤堂さんは「そうね」と軽い口調で言う。
「しかも、このLethe-34だけど、発売して一年くらいでもうほとんど出荷されてないのよ。ショップでは在庫があれば販売しているみたいだけど。その代わりとばかりに、SKYシリーズが販売された。まあ、ゴーグルの新シリーズが一年くらいでリリースされるのは珍しいことじゃない。だけど、Lethe-34がこんなにも早く出荷されてない、ってのは、ちょっときな臭いと思わない?」
「コニリオ社が、人命にかかわる不具合を把握しながら、公表もせずに隠蔽している可能性もあるな」
兎羽野の言葉に、俺は茫然と呟いた。
「そんな……反MEL主義者の身勝手な行為で、ミツキは電脳症になったというのか……?」
「光希君だけじゃない、全国で……いや海外にも被害者はいるはずだ。藤堂、この件は電犯で動くか?」
藤堂さんは「そうねえ」とソファーの背もたれに寄りかかる。
「被疑者は死亡しているし、もうちょっと先行捜査する必要があるんじゃない? その間は忍も動きやすいでしょ。例のワンダーランドに潜るの?」
「コニリオ社が隠蔽しているとなると、会社に気づかれないように裏から侵入したほうがいいだろう。ワンダーランドに情報がいまも残っているかは分からないが……」
「電犯が捜索令状をつきつけたら、ワンダーランドをデリートしちゃうかもしれないしねえ。でも、早いほうがいいと思うよ。警視庁が動き出したら、こっちのヤマになるからね」
兎羽野は「そうだな」と相槌をうち、藤堂さんはゆったりと足を組んで彼を見つめた。
「忍、やっぱり電犯に戻ってきたら? 若手の育成もしないといけないし、忍みたいな捜査官がうちには必要なんだよねえ。いつでも上にかけ合えるよ」
「電犯は、藤堂がうまく回してるじゃないか。俺の力なんて必要ないさ」
兎羽野がうんざりしたように言い、藤堂さんは「ふむ」と小さく呟く。
「忍さ、あの事件をまだ追いかけてるの?」
途端に兎羽野の眉根が寄った。藤堂さんは「ひとりごとだよ」と飄々した様子で肩を竦める。
あの事件……? 不思議に思っていると、藤堂さんがこちらに顔を向けた。
「隼人君、MELで忍とヘイダルゾーンでいい動きをしたらしいじゃない。どう? 電犯にこない?」
俺はぎょっとして首を横に振った。
「いや、俺……中卒ですから」
俺なんかが正義の味方……警察官になるなんて、ありえない。
「試験には高卒程度の知識はいるからね。高卒認定試験を検討したら?」
思いもよらない言葉に、俺は目を瞬かせた。
正直なところ、せめて高校だけは卒業しておきたいという気持ちがあって、通信制の学校や定時制高校を検討したことがあった。
あっけにとられる俺に藤堂さんは、にこりとした。
「ま、人生における可能性はたくさんあるってことで」
藤堂さんは伸びをして、兎羽野に「せっかくの有給だからね。そろそろお暇するよ」と笑みを浮かべて席を立った。
「じゃあ、またねえ」
藤堂さんが軽く手を振って、玄関へと踵を返す。
やっぱり掴みどころのない人だなあ……そんなことを思いながら、彼の後ろ姿を見送った。
DINER666からログアウトし、ゴーグルを外す。
さきほど兎羽野から受けとったログのファイルをモバイルフォンに転送した。
いったい、ミツキは俺についてなにを話していたのだろう。
不安がもたげるが、兎羽野の様子からネガティブな内容ではなさそうだ。
俺は意を決し、ファイルを開いた。
そこにはミツキと、MELネーム『Kai』という人物の会話のログが綴られていた。
Kai:そういえば、例のケンカの強い相棒は元気?
ミツキ:もしかしたら、嫌われたかもしれない。
Kai:どういうこと?
ミツキ:住む世界が違うから距離をおこうって言われたんだ。
ここまで目を通して、ズキリと胸が痛んだ。俺の失言がミツキを悩ませていたことにあらためて自分が嫌になる。
Kai:なにそれ、いきなりだね。
ミツキ:僕たちは性格も育った地域も違うけれど、MELでは関係ないと思ってた。
でも……もしかしたら、彼にとって僕はうざったくて、一緒にいると恥ずかしいやつなのかも。
だって彼はすごく自立していて、しっかりしているんだ。
僕みたいな世間知らずのお坊ちゃんとは違って、どんな困難にも立ち向かえるような芯の強さがある人なんだ。
ミツキの言葉に、俺は自分のことをぶん殴ってやりたくなった。
違う……俺にとってミツキは大事な友人で相棒だ。ウザイとか、恥ずかしいなんて思うわけないだろ……!
それに……俺は、ミツキが言うほど強い奴じゃない……
でも、そう思わせてしまった俺の発言がすべての元凶だ。
Kai:ミツキからしか彼のことを聞いたことないけどさ。ハヤトさんはミツキをそんなふうに思ってないんじゃないかなあ。そんな人じゃない、っていうか……
ミツキはもう、ハヤトさんとは縁を切っていいと思ってる?
ミツキ:ほんとうは嫌だよ。でも、彼の足手まといになるくらいなら……とも思う。
Kai:これは勘だけどさ、二人とも変に気を使いあってそう。ミツキが考えているようなことをハヤトさんも思っていそう。
ミツキ:どういう意味?
Kai:ミツキが、彼と似つかわしくないって思うのと同じく、ハヤトさんもミツキと一緒にいる自分に自信がないんじゃないかなあ? ミツキのことを憎いとか嫌いとか、そういう気持ちはないと感じるなあ。ちゃんと、ミツキの本音を伝えてみてもいいんじゃない?
ミツキ:そうだよね……ありがとう! ちゃんと、ハヤトと話してみる。
Kai:応援してるよ!
そこでログは終わっており、俺は深い溜息をついた。
自分の馬鹿な言葉でミツキを深く傷つけてしまったことの後悔や、自分の浅はかさに自己嫌悪に陥る。
胸のなかに鉛を流されたような重苦しさを感じながら、うなだれる。
リアルの彼に謝りたかった。ミツキに、俺にとってミツキはかけがえのない人なのだと伝えたかった。
でも、もうそれも今は叶わない。
いや……諦めるな。弱気になるな……!
ミツキのスピリットが戻るなら……そのためならなんでもしよう。どんな小さな可能性でも賭けたい。
そのためには、ワンダーランドに電脳症を発症したきっかけがあったのか知る必要がある。
俺は気合いを入れるように頬を両手で挟むように軽く叩いた。
数日後。
俺は兎羽野の事務所兼自宅を訪ねていた。
部屋に通されて、先客がいるのに気づく。
応接用のソファーに座っていたのは、四十代くらいの男で、スーツに身を包んでいる。
依頼人か……? 小首をかしげると、俺に気づいた先客が「どうも」と軽く手を上げる。
「彼は、俺の元同僚で、現職の電犯の捜査官である藤堂英」
俺は少し驚きながら「はじめまして。暁隼人です」と会釈する。
兎羽野の隣に腰を下ろし、あらためて藤堂さんを見やる。
黒い髪を後ろに流し、整ってはいるがなんとなく眠そうな印象をあたえる顔つきの人だ。
「きみが地下格闘場で忍とやりあった、例の隼人君か」
俺たちが参加したのは、非合法の格闘場である。
ぎょっとすると、兎羽野が「逮捕はされないから安心しろ」と苦笑する。
「そう、平気、平気。俺ね、今日は有給休暇なの。プライベートで便利屋の忍と、よもやま話をしにきただけなの」
のんびりとした口調で言われ、俺は「はあ……」と曖昧に頷く。なんだか掴みどころのない人だ。
「コニリオ社という大手企業のことを調べるには、便利屋には限界がある。そこで、元同僚に相談してみた、ってわけだ」
兎羽野が軽く片目を瞑り、藤堂さんも「そうそう。善良な区民からの相談を受けただけよ」と、にやりとする。
藤堂さんは「さっそくだけどね」とビジネスバッグから紙フォルダを取り出し、ローテーブルに広げる。
「コニリオ社のちょっと興味深いことがわかったよ。Lethe-34の開発者である、灰島春臣なんだけど」
そう彼が指し示した書類には、一人の男の顔写真が印字されている。
年齢は三十代くらいだろうか。頬のこけた、神経質そうな印象の顔立ちだ。
「この人、ゴーグルの開発者なのに、実は反MELの思想があったみたい」
「反MELって、電脳空間や、MEL技術の進歩が人類の脅威や害になるっていう思想ですよね?」
俺が聞くと、藤堂さんがこっくりと頷く。
「そう。MEL空間でデモやったり、過激な発言で炎上したりしてるよね。反MELなのに、MELで暴れてるっていう矛盾に彼らは気づいているのかねえ?」
ははは、と藤堂さんが笑った。兎羽野が灰島春臣の経歴が印字された書類を手に取って、目を走らせる。
「こいつがLethe-34の開発の中心人物で、宣伝やキャンペーン企画にも積極的に携わっていたようだな。だが……」
ハッとしたように兎羽野が顔を上げ、藤堂さんが肩を竦めた。
「そう。死んじゃってるの」
思わず「え?」と驚愕して声を上げると、兎羽野が「自殺している。感電死のようだな」と呟く。
「しかも、Lethe-34の発売直後にね。遺書らしき走り書きがあってね、そこには『さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう』とあった」
「……旧約聖書の『創世記』、十一章に登場する『バベルの塔』の一説だな。人間が天に届く塔を建てて自分たちの力を誇示しようとした。しかし、神が人々の言葉を混乱させ意思疎通させなくした。なので塔は立たずに人間は世界中に散った、というやつだな」
兎羽野が言い、藤堂さんが首肯する。
「要は、人間の技術的進歩は神の領域に踏み込む傲慢さになる、ってことを戒める教訓でしょう? 反MELらしい遺書じゃない?」
藤堂さんが飄々とした口調で言い、身を乗り出して続ける。
「そして、最新技術を享受する人のおろかさを知らしめるために、Lethe-34に故意に電脳症を引き起こす不具合を仕掛けていたら?」
「それって、テロ行為じゃないか……」
ゾッとして呟くと、藤堂さんは「そうね」と軽い口調で言う。
「しかも、このLethe-34だけど、発売して一年くらいでもうほとんど出荷されてないのよ。ショップでは在庫があれば販売しているみたいだけど。その代わりとばかりに、SKYシリーズが販売された。まあ、ゴーグルの新シリーズが一年くらいでリリースされるのは珍しいことじゃない。だけど、Lethe-34がこんなにも早く出荷されてない、ってのは、ちょっときな臭いと思わない?」
「コニリオ社が、人命にかかわる不具合を把握しながら、公表もせずに隠蔽している可能性もあるな」
兎羽野の言葉に、俺は茫然と呟いた。
「そんな……反MEL主義者の身勝手な行為で、ミツキは電脳症になったというのか……?」
「光希君だけじゃない、全国で……いや海外にも被害者はいるはずだ。藤堂、この件は電犯で動くか?」
藤堂さんは「そうねえ」とソファーの背もたれに寄りかかる。
「被疑者は死亡しているし、もうちょっと先行捜査する必要があるんじゃない? その間は忍も動きやすいでしょ。例のワンダーランドに潜るの?」
「コニリオ社が隠蔽しているとなると、会社に気づかれないように裏から侵入したほうがいいだろう。ワンダーランドに情報がいまも残っているかは分からないが……」
「電犯が捜索令状をつきつけたら、ワンダーランドをデリートしちゃうかもしれないしねえ。でも、早いほうがいいと思うよ。警視庁が動き出したら、こっちのヤマになるからね」
兎羽野は「そうだな」と相槌をうち、藤堂さんはゆったりと足を組んで彼を見つめた。
「忍、やっぱり電犯に戻ってきたら? 若手の育成もしないといけないし、忍みたいな捜査官がうちには必要なんだよねえ。いつでも上にかけ合えるよ」
「電犯は、藤堂がうまく回してるじゃないか。俺の力なんて必要ないさ」
兎羽野がうんざりしたように言い、藤堂さんは「ふむ」と小さく呟く。
「忍さ、あの事件をまだ追いかけてるの?」
途端に兎羽野の眉根が寄った。藤堂さんは「ひとりごとだよ」と飄々した様子で肩を竦める。
あの事件……? 不思議に思っていると、藤堂さんがこちらに顔を向けた。
「隼人君、MELで忍とヘイダルゾーンでいい動きをしたらしいじゃない。どう? 電犯にこない?」
俺はぎょっとして首を横に振った。
「いや、俺……中卒ですから」
俺なんかが正義の味方……警察官になるなんて、ありえない。
「試験には高卒程度の知識はいるからね。高卒認定試験を検討したら?」
思いもよらない言葉に、俺は目を瞬かせた。
正直なところ、せめて高校だけは卒業しておきたいという気持ちがあって、通信制の学校や定時制高校を検討したことがあった。
あっけにとられる俺に藤堂さんは、にこりとした。
「ま、人生における可能性はたくさんあるってことで」
藤堂さんは伸びをして、兎羽野に「せっかくの有給だからね。そろそろお暇するよ」と笑みを浮かべて席を立った。
「じゃあ、またねえ」
藤堂さんが軽く手を振って、玄関へと踵を返す。
やっぱり掴みどころのない人だなあ……そんなことを思いながら、彼の後ろ姿を見送った。
