〔10〕悪夢
花柄の派手なワンピースを着た、頭部のない女がこちらに向かって走ってくる。
首からは噴水のように勢いよく鮮血が吹きだし、両手に持った包丁を滅茶苦茶に振り回している。
女は「いひゃひゃひゃ!」と耳障りな笑い声をあげながら、どんどんこちらに迫ってくる。
逃げようとしても、俺の両足は地面に貼りついたように動かない。
プシャーという、血が勢いよくほとばしる音が聞けるくらい女が眼前に迫ってくる。
「隼人ぉ! どうしてママのことを撃ったの? ひどいじゃないのおぉぉっ!」
息を呑む俺に、女は包丁を振りかざした――
ビクリと身体が揺れ、俺は目を見開く。
見慣れた天井が視界に入り、夢を見ていたのだと気づいた。
どっどっどっ、と乱暴に心臓が鼓動を繰り返している。全身が汗に濡れているのに気づいて、忌々しさに「クソッ!」と低く呟く。
俺はベッドから身体を起こして、汗で肌に貼りについたTシャツを脱ぎ捨てる。
時計を見ると深夜の三時で、ベッドに潜り込んでからさほど経っていなかった。
俺は溜息をついて、汗をシャワーで流すことにした。
熱めのシャワーで、ぼんやりしていた意識が次第にはっきりとしはじめる。バスルームを出て、俺は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取りだした。
ヘイダルゾーンにダイブして一週間が経とうとしていた。
ここ数日、俺は悪夢にうなされて飛び起きることがあった。
頭部のない女……母親に似た化け物がこちらに襲い掛かってくるという夢だ。
兎羽野の言うとおり、トラウマになっているのかもしれない。
――俺でもいいから、すぐに相談しろよ。
兎羽野の言葉が甦り、俺は眉根を寄せながらボトルの水を飲む。
俺はのろのろとベッドに横になった。しかし、今夜はもう眠れそうにない。
溜息をついて、モバイルフォンを手にとる。
キットを起動して、AIのミツキを表示させた。
『ハヤト、こんな時間にどうしたの? もしかして眠れない?』
本来なら、就寝している時間帯だ。ミツキが心配そうな面持ちになり、俺は微かに笑みを浮かべた。
「ああ。また、妙な夢を見てさ」
『前に話してた、お母さんに似た化け物の夢……?』
俺が「そうだ」と頷くと、ミツキは不安げな顔になった。
「なあ、なにか眠れそうな話をしてくれよ」
ミツキに言うと、彼は『円周率を暗唱してあげようか? 三百兆ケタ以上あるから、聞いていたら、そのうちに眠くなるかも』と微笑する。
「やめてくれ。想像しただけで、頭が痛くなる」
ミツキが笑い、俺も小さく笑った。ふと、思い出して彼に切り出す。
「なあ……リアルのミツキから、AIのミツキが俺の許に転送された時のことをなにか知っているか?」
『どういうこと?』
「例えば、リアルのミツキから伝言を託されていないか……彼が電脳症で倒れた後に、転送された理由はあるのか……とか」
ミツキは、緩く首を横に振った。
『ミツキが電脳症になった時の記録は僕にはないんだ。僕にはリアルのミツキの趣味嗜好や、彼が習得したMEL空間の技術、彼の性格などは反映されていると思うけど……僕はハヤトより、オリジナルの白幡光希について知らないのかもしれないね』
「……そうか」
『役に立てなくて、ごめん』
「あやまらないでくれ。ミツキのおかげで、俺はいろいろと救われている」
ミツキが倒れ、彼とは会えないという悲しみや絶望を、俺だけでは抱えきれなかったと思う。
AIのミツキがいるからこそ、まだ俺はリアルの世界に踏みとどまっているのかもしれない。
悪夢にうなされ、こうして眠れない夜でも、ミツキの声を聞いているだけで、心が落ち着いてくるのだ。
そう話すと、ミツキが『僕もハヤトと一緒にいられて嬉しいよ』と優しく笑みを浮かべた。
兎羽野からメッセージが来たのは、その日の午後だった。
『DINER666で、俺とハヤトだけで話せないか?』
バイトは休みだったので、俺はすぐさまダイナーで兎羽野と落ち合う。
いつものボックス席に彼はいて、俺は向かい合うように腰を下ろした。
「なにかあった?」
俺が聞くと、兎羽野は真剣な面持ちで軽く頷いた。
「じつは、白幡光希君の母親、白幡美彩さんのことなんだが……」
ミツキの母親……目を瞬かせる俺に、彼は言葉を継ぐ。
「亡くなったそうだ」
死んだ……!?
ミツキからその人となりを聞いていたし、人殺しと罵られたりもしたので、良い印象はなかった。
しかし、まさか亡くなったとは……唖然とする俺に、兎羽野がわずかに顎を引く。
「死んだって……それって、どうして? 事故とか?」
兎羽野が髪を掻き混ぜるように頭を掻いた。
「それが……彼女は光希君の使用していたゴーグルと同じ機種を用意していたようだ。そこに光希君のゴーグルデータをコピーしていた。そのゴーグルを装着した状態で亡くなっていたそうだ。死因は、ボディとスピリットが切断された……電脳症だったようだ。すぐに病院に搬送されていれば、延命処置ができたはずだが……光希君の父親とは別居状態らしくてな。発見まで時間が掛かったようだ」
「……そんな……」
俺はソファーの背もたれに寄りかかる。
言葉を失う俺に、兎羽野は「大丈夫か?」とこちらを窺うように聞く。
「ミツキのゴーグルのデータをコピーしていた、か……電脳症で意識を失った場合、その時に使用していたゴーグルを装着した状態で治療を受けるんだよな。だから、ミツキの使用しているゴーグルは使用できなかった。母親は、ミツキがどこにダイブしていたかを知りたかったのかな。そういえば、以前に俺のモバイルフォンに母親から電話があったし、色々とゴーグルの履歴も確認していたのかも」
ぼんやりと呟くと、兎羽野は「光希君のダイブの履歴を辿っていたんだろうな」と返す。
彼の言葉にハッとなった。
セーフハウスで、ミツキが化け物に捉われた時のことが甦った。
「あの時……化け物は『やっと、見つけた』と言っていた……」
ぎょっとする兎羽野と目が合い、俺は頷き返した。
「なあ、あれって……ミツキの母親に似た化け物じゃなくて白幡美彩、本人だった……?」
「しかし、擬態しているならともかく、あんな怪物めいた見目になれるか? 擬態というのは、それなりの技術が必要だ。白幡美彩はせいぜい、表層部分にアクセスするくらいの一般的なゴーグルの使用者のはずだ」
兎羽野は電脳珈琲の入ったカップを傾けて続けた。
「どう考えても、白幡美彩にあんな攻撃をしかけるような擬態技術があったとは思えない。そして気になるのが、彼女のスピリットが切断されたのは、ハヤトたちのセーフハウスにログインしようとした直後だった。AIミツキ君が連れ去られた時、彼女はすでに意識を失っていたことになる」
ボディとスピリットが切断された状態で、MEL空間をダイブし、ましてやミツキをさらうなんて行動ができるとは思えない。
「それこそ、オカルトめいた話だ。怨念や執念……幽霊のたぐいの仕業みたいじゃないか……」
俺と兎羽野は顔を見合わせる。
「彼の母親の死をミツキ君に知らせるべきか悩んでな。ハヤトだけ来てもらったんだ」
AIミツキに、母親が死んだことを伝えるべきだろうか……?
口を噤んだ俺に兎羽野は気遣わしげに言う。
「伝えるか否か、もしくはそのタイミングは、じっくりと考えてからでいいと思うぞ」
俺は「うん」と首肯して、ふと気づく。
「ミツキのことだから、ゴーグルにはパスワードなどが設定されていたと思うが……母親はそれを解除できたってことなのかな?」
それに、ゴーグルなどの履歴も万が一のことを考えて消していたんじゃないだろうか?
そう話すと、兎羽野は胸の前で腕を組んで呟く。
「まあ、履歴の復元やロックを解除することは、それなりに費用は掛かるが業者に依頼すればできるからなあ」
「そうだよな……」
「あと、『兎』についても少し調べてみたぞ」
思わず身を乗り出してしまう。兎羽野がフォルダにアクセスしながら言う。
「ハヤトたちが調べたとおり、ここ数年で電脳症の患者が増えているのを確認した。彼らの共通点を探ってみると……」
目の前に一覧表が表示され、俺はそれを覗きこむ。
「発症した者が、どのメーカーのゴーグルを使用していたかを調べたら……」
表の文字列に赤く色づき、俺はハッとなる。
「コニリオ社……俺も使っている」
「ゴーグル業界では一番の大手だからな。使用している者は多い。光希君もコニリオ社製を使っていたのか?」
「ああ。当時、俺と同じものを使っていた。機種名はLethe-34だ」
一覧の機種名にマーキングがされて、並べ替えるとそのなかで多いのが『Letheシリーズの34年型』となっている。
「おまけに、コニリオというのはイタリア語でウサギを意味する」
そうなのか……俺は瞠目する。
電脳症を発症した者のなかには、意識を失う直前に『兎を追いかけて』といった謎の言葉を残している。
「ミツキは『兎を追いかけないで』と最後に俺にメッセージを送っている。それって……コニリオ社のことを調べるな、という意味なのか?」
「光希君が、どういった意図で送ったのかはまだわからないな。そして、コニリオ社の一部の機種で、電脳症の発症をするという確証はない。コニリオ社はメーカー最大手だ。たまたま電脳症を発症したものが使用していただけ、そんな可能性もある。ハヤト、お前さんは今もLethe-34を使用しているのか?」
「いや、いまは最新型のSKYシリーズに買い替えた」
一覧表をみると、SKYシリーズを使用して罹患したものはいないようだ。
しかし、最新型のゴーグルなので、まだこの一覧表に反映されていないだけかもしれない。
「最新型のゴーグルで電脳症を発症したものはいないか、念のため調べておくよ」
もし、ゴーグルの不具合で電脳症が起きていたのだとしたら……国内外が騒然となる、重大な不祥事となる。
とんでもない闇に、俺たちは足を踏み入れようとしているのかもしれない。そう思うと、背中に緊張が走った。
「それにしても、兎羽野。あんた、なんでここまで詳細に調査できるんだ?」
「このDINER666には、裏稼業の連中が多く集まっている。情報屋、ハッカーにクラッカー、みんな凄腕だ。それだけじゃなく、リアルでもそれなりに伝手があるからな」
「なんかさ……あんたって、やっぱり凄いな」
感心して言うと、兎羽野は軽く肩を竦めて「大したことじゃないさ」と返した。
花柄の派手なワンピースを着た、頭部のない女がこちらに向かって走ってくる。
首からは噴水のように勢いよく鮮血が吹きだし、両手に持った包丁を滅茶苦茶に振り回している。
女は「いひゃひゃひゃ!」と耳障りな笑い声をあげながら、どんどんこちらに迫ってくる。
逃げようとしても、俺の両足は地面に貼りついたように動かない。
プシャーという、血が勢いよくほとばしる音が聞けるくらい女が眼前に迫ってくる。
「隼人ぉ! どうしてママのことを撃ったの? ひどいじゃないのおぉぉっ!」
息を呑む俺に、女は包丁を振りかざした――
ビクリと身体が揺れ、俺は目を見開く。
見慣れた天井が視界に入り、夢を見ていたのだと気づいた。
どっどっどっ、と乱暴に心臓が鼓動を繰り返している。全身が汗に濡れているのに気づいて、忌々しさに「クソッ!」と低く呟く。
俺はベッドから身体を起こして、汗で肌に貼りについたTシャツを脱ぎ捨てる。
時計を見ると深夜の三時で、ベッドに潜り込んでからさほど経っていなかった。
俺は溜息をついて、汗をシャワーで流すことにした。
熱めのシャワーで、ぼんやりしていた意識が次第にはっきりとしはじめる。バスルームを出て、俺は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取りだした。
ヘイダルゾーンにダイブして一週間が経とうとしていた。
ここ数日、俺は悪夢にうなされて飛び起きることがあった。
頭部のない女……母親に似た化け物がこちらに襲い掛かってくるという夢だ。
兎羽野の言うとおり、トラウマになっているのかもしれない。
――俺でもいいから、すぐに相談しろよ。
兎羽野の言葉が甦り、俺は眉根を寄せながらボトルの水を飲む。
俺はのろのろとベッドに横になった。しかし、今夜はもう眠れそうにない。
溜息をついて、モバイルフォンを手にとる。
キットを起動して、AIのミツキを表示させた。
『ハヤト、こんな時間にどうしたの? もしかして眠れない?』
本来なら、就寝している時間帯だ。ミツキが心配そうな面持ちになり、俺は微かに笑みを浮かべた。
「ああ。また、妙な夢を見てさ」
『前に話してた、お母さんに似た化け物の夢……?』
俺が「そうだ」と頷くと、ミツキは不安げな顔になった。
「なあ、なにか眠れそうな話をしてくれよ」
ミツキに言うと、彼は『円周率を暗唱してあげようか? 三百兆ケタ以上あるから、聞いていたら、そのうちに眠くなるかも』と微笑する。
「やめてくれ。想像しただけで、頭が痛くなる」
ミツキが笑い、俺も小さく笑った。ふと、思い出して彼に切り出す。
「なあ……リアルのミツキから、AIのミツキが俺の許に転送された時のことをなにか知っているか?」
『どういうこと?』
「例えば、リアルのミツキから伝言を託されていないか……彼が電脳症で倒れた後に、転送された理由はあるのか……とか」
ミツキは、緩く首を横に振った。
『ミツキが電脳症になった時の記録は僕にはないんだ。僕にはリアルのミツキの趣味嗜好や、彼が習得したMEL空間の技術、彼の性格などは反映されていると思うけど……僕はハヤトより、オリジナルの白幡光希について知らないのかもしれないね』
「……そうか」
『役に立てなくて、ごめん』
「あやまらないでくれ。ミツキのおかげで、俺はいろいろと救われている」
ミツキが倒れ、彼とは会えないという悲しみや絶望を、俺だけでは抱えきれなかったと思う。
AIのミツキがいるからこそ、まだ俺はリアルの世界に踏みとどまっているのかもしれない。
悪夢にうなされ、こうして眠れない夜でも、ミツキの声を聞いているだけで、心が落ち着いてくるのだ。
そう話すと、ミツキが『僕もハヤトと一緒にいられて嬉しいよ』と優しく笑みを浮かべた。
兎羽野からメッセージが来たのは、その日の午後だった。
『DINER666で、俺とハヤトだけで話せないか?』
バイトは休みだったので、俺はすぐさまダイナーで兎羽野と落ち合う。
いつものボックス席に彼はいて、俺は向かい合うように腰を下ろした。
「なにかあった?」
俺が聞くと、兎羽野は真剣な面持ちで軽く頷いた。
「じつは、白幡光希君の母親、白幡美彩さんのことなんだが……」
ミツキの母親……目を瞬かせる俺に、彼は言葉を継ぐ。
「亡くなったそうだ」
死んだ……!?
ミツキからその人となりを聞いていたし、人殺しと罵られたりもしたので、良い印象はなかった。
しかし、まさか亡くなったとは……唖然とする俺に、兎羽野がわずかに顎を引く。
「死んだって……それって、どうして? 事故とか?」
兎羽野が髪を掻き混ぜるように頭を掻いた。
「それが……彼女は光希君の使用していたゴーグルと同じ機種を用意していたようだ。そこに光希君のゴーグルデータをコピーしていた。そのゴーグルを装着した状態で亡くなっていたそうだ。死因は、ボディとスピリットが切断された……電脳症だったようだ。すぐに病院に搬送されていれば、延命処置ができたはずだが……光希君の父親とは別居状態らしくてな。発見まで時間が掛かったようだ」
「……そんな……」
俺はソファーの背もたれに寄りかかる。
言葉を失う俺に、兎羽野は「大丈夫か?」とこちらを窺うように聞く。
「ミツキのゴーグルのデータをコピーしていた、か……電脳症で意識を失った場合、その時に使用していたゴーグルを装着した状態で治療を受けるんだよな。だから、ミツキの使用しているゴーグルは使用できなかった。母親は、ミツキがどこにダイブしていたかを知りたかったのかな。そういえば、以前に俺のモバイルフォンに母親から電話があったし、色々とゴーグルの履歴も確認していたのかも」
ぼんやりと呟くと、兎羽野は「光希君のダイブの履歴を辿っていたんだろうな」と返す。
彼の言葉にハッとなった。
セーフハウスで、ミツキが化け物に捉われた時のことが甦った。
「あの時……化け物は『やっと、見つけた』と言っていた……」
ぎょっとする兎羽野と目が合い、俺は頷き返した。
「なあ、あれって……ミツキの母親に似た化け物じゃなくて白幡美彩、本人だった……?」
「しかし、擬態しているならともかく、あんな怪物めいた見目になれるか? 擬態というのは、それなりの技術が必要だ。白幡美彩はせいぜい、表層部分にアクセスするくらいの一般的なゴーグルの使用者のはずだ」
兎羽野は電脳珈琲の入ったカップを傾けて続けた。
「どう考えても、白幡美彩にあんな攻撃をしかけるような擬態技術があったとは思えない。そして気になるのが、彼女のスピリットが切断されたのは、ハヤトたちのセーフハウスにログインしようとした直後だった。AIミツキ君が連れ去られた時、彼女はすでに意識を失っていたことになる」
ボディとスピリットが切断された状態で、MEL空間をダイブし、ましてやミツキをさらうなんて行動ができるとは思えない。
「それこそ、オカルトめいた話だ。怨念や執念……幽霊のたぐいの仕業みたいじゃないか……」
俺と兎羽野は顔を見合わせる。
「彼の母親の死をミツキ君に知らせるべきか悩んでな。ハヤトだけ来てもらったんだ」
AIミツキに、母親が死んだことを伝えるべきだろうか……?
口を噤んだ俺に兎羽野は気遣わしげに言う。
「伝えるか否か、もしくはそのタイミングは、じっくりと考えてからでいいと思うぞ」
俺は「うん」と首肯して、ふと気づく。
「ミツキのことだから、ゴーグルにはパスワードなどが設定されていたと思うが……母親はそれを解除できたってことなのかな?」
それに、ゴーグルなどの履歴も万が一のことを考えて消していたんじゃないだろうか?
そう話すと、兎羽野は胸の前で腕を組んで呟く。
「まあ、履歴の復元やロックを解除することは、それなりに費用は掛かるが業者に依頼すればできるからなあ」
「そうだよな……」
「あと、『兎』についても少し調べてみたぞ」
思わず身を乗り出してしまう。兎羽野がフォルダにアクセスしながら言う。
「ハヤトたちが調べたとおり、ここ数年で電脳症の患者が増えているのを確認した。彼らの共通点を探ってみると……」
目の前に一覧表が表示され、俺はそれを覗きこむ。
「発症した者が、どのメーカーのゴーグルを使用していたかを調べたら……」
表の文字列に赤く色づき、俺はハッとなる。
「コニリオ社……俺も使っている」
「ゴーグル業界では一番の大手だからな。使用している者は多い。光希君もコニリオ社製を使っていたのか?」
「ああ。当時、俺と同じものを使っていた。機種名はLethe-34だ」
一覧の機種名にマーキングがされて、並べ替えるとそのなかで多いのが『Letheシリーズの34年型』となっている。
「おまけに、コニリオというのはイタリア語でウサギを意味する」
そうなのか……俺は瞠目する。
電脳症を発症した者のなかには、意識を失う直前に『兎を追いかけて』といった謎の言葉を残している。
「ミツキは『兎を追いかけないで』と最後に俺にメッセージを送っている。それって……コニリオ社のことを調べるな、という意味なのか?」
「光希君が、どういった意図で送ったのかはまだわからないな。そして、コニリオ社の一部の機種で、電脳症の発症をするという確証はない。コニリオ社はメーカー最大手だ。たまたま電脳症を発症したものが使用していただけ、そんな可能性もある。ハヤト、お前さんは今もLethe-34を使用しているのか?」
「いや、いまは最新型のSKYシリーズに買い替えた」
一覧表をみると、SKYシリーズを使用して罹患したものはいないようだ。
しかし、最新型のゴーグルなので、まだこの一覧表に反映されていないだけかもしれない。
「最新型のゴーグルで電脳症を発症したものはいないか、念のため調べておくよ」
もし、ゴーグルの不具合で電脳症が起きていたのだとしたら……国内外が騒然となる、重大な不祥事となる。
とんでもない闇に、俺たちは足を踏み入れようとしているのかもしれない。そう思うと、背中に緊張が走った。
「それにしても、兎羽野。あんた、なんでここまで詳細に調査できるんだ?」
「このDINER666には、裏稼業の連中が多く集まっている。情報屋、ハッカーにクラッカー、みんな凄腕だ。それだけじゃなく、リアルでもそれなりに伝手があるからな」
「なんかさ……あんたって、やっぱり凄いな」
感心して言うと、兎羽野は軽く肩を竦めて「大したことじゃないさ」と返した。
