〔1〕電脳コロッセオ
電脳空間、MELの深層空間に構築されたコロッセオにあつまった観客の声が控室にも聞こえてくる。
怒号、歓声、悲鳴……それらが入りまじったノイズが会場を熱気となって包んでいるのが分かる。
次は俺がリングに上がる番だ。
気持ちを落ちつかせるように、俺はパイプ椅子に腰を下ろして、ゆっくりと呼吸を繰り返した。
そんな俺の様子に、近くにいたミツキが小首を傾げた。
彼は「TPOを考慮しなきゃね」と手足の長さを際立たせる、仕立ての良いネイビーのスーツに身を包んでいた。
ファッションにこだわりのあるミツキは、深紅のネクタイに隼のチャームがついたネクタイチェーンと、ポケットチーフで着飾っている。
なんだか怪しげなビジネスマンに見えるが、それが闇格闘技に合う服装なのか?
そう聞くと、ミツキは「僕はハヤトのトレーナーであり、相棒であり、マネージャーだからね。ビシっと決めなきゃね」と、少し得意げに胸を張ってみせた。
動きやすいトレーニングウェアの俺は「そうか」と相槌を打った。
ミツキが俺の顔を覗きこむようにする。
「ハヤトにしては珍しく、緊張してる?」
ミツキは二重のくっきりとした目に柔らかく笑みの形にする。
彼の端正な顔を見つめ返し、俺はゆっくりと首を横に振った。
「いや、緊張はしてない」
「僕に嘘は通用しないよ。バイタルがいつもより早いんじゃない? それに血圧も……」
「わかった、わかったよ。プレッシャーは感じてる」
ミツキは、なんでもお見通しだ。俺は降参、と両手をあげてみせる。
すると彼は理知的な印象をあたえる端正な顔に、少し悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「地下格闘技は久しぶりだから?」
「それもあるな」
俺は電脳フォルダから攻撃キットを起動し、アーマースーツを取りだす。簡素なテーブルの上に赤を基調にした甲冑に似たアーマースーツのパーツが並べられる。
俺は鋼鉄のグローブを手に取り、隣に移動したミツキがパーツを覗きこむ。
「TYPE―AZAZEL、2030年型。僕がメンテナンスをしておいたから、機能には問題なし。気になるのは、そのアーマースーツがちょっと古い型ってことかなあ」
「古いって……たった5年前のモデルじゃないか」
「充分に古いでしょ。最新型に替えればいいのに」
俺は、そっとメタルボディに走る漆黒のラインを指で撫でた。
「いいんだよ、これで。このスーツで俺たちは電脳イェンを荒稼ぎした。要はラッキーアイテムだ。だろ?」
「かもね。でも僕らの輝かしい戦歴は、ハヤトの格闘センスと僕の技術力、それらが発揮された結果だと思うなあ」
「そうだな。でも今回、勝敗は関係ない」
そう返すとミツキが軽く頷き返して、俺は彼を見つめかえす。
「奴が俺たちの探している『兎』なのかな?」
「その可能性がある以上、追いかける必要がある」
ミツキの言葉に頷き返したのと、会場からわっと歓声が上がったのは同時だった。
きっと、勝負がついたのだろう。
目の前にウィンドウが表示され『ハヤト選手、会場の入り口へお越しください』と、表示された。
「さて、行くか」
俺はアーマースーツを装着する。
全身がメカニックな甲冑に覆われ、目の前はいくつかのメッセージウィンドウが起動する。
『Armored sleeveは正常起動、Cuirassの防御率100パーセント、Thigh guardの防御率100パーセント。アーマースーツに異常はありません』
搭載されたアシスタントのアナウンスが流れ、俺は音声を外部通信に切り替えた。
『よし、ハヤト。聞こえる?』
耳元でミツキの声がし、俺は「よく聞こえる」と返した。
ミツキが俺の前に立った。
『タッチのためのキットは持った?』
「ああ、持ってる」
俺は道具箱にアクセスして頷く。
手のひらほどの大きさで、透明のシールのようなそれは、貼った相手の足跡を追跡するためのキットだ。
ミツキが「よし、行こうか」とこちらに握った拳を突き出す。
試合前のゲン担ぎだ。俺は鋼鉄のグローブに覆われた拳を軽く彼の拳にぶつける。
俺たちは控室を出て、コロッセオに続く薄暗い廊下を進んだ。
トンネルを抜けたように目の前が明るくなり、構築された空間が切り替わったのが分かった。
円形の格闘場は、煌びやかなライトやネオンサインに照らされ、観客の歓声と腹に響く大音量のBGMに包まれている。
非合法な地下格闘技は、電脳ヤクザや電脳ギャングによる賭博の場でもある。
頭上の観客席は、秘匿性を重視したイラスト調のアバターや3Dでモデリングされた観客で埋め尽くされている。
中央には、赤く光るラインが大きく正方形に走り、その上空をドローンカメラが旋回するように飛んでいる。
『今夜、伝説のファイター、ハヤト選手がリングに復活しまーす!』
ドローンカメラから司会者の声がし、観客席から歓声があがった。
『対する新進気鋭の負け知らず! ラビット・パンチ!』
わっと観客が盛り上がり、俺は向かい側に立つ対戦相手を見つめる。
最近、地下格闘場に現れたというラビット・パンチと名乗るファイターは、白を基調にしたアーマースーツに身を包んでいる。
鎧武者に似たスーツ『TYPE―YAOROZU』で、ちょっとクラシカルなオールドタイプなものである。ホッパーじゃない装いだ。
古いものが好きなのか……しかし、纏ったスーツに騙されてはいけない。
ラビット・パンチの過去の試合の映像を見たが、奴の格闘センスは玄人じみており、攻撃キットの使いかたは、かなり手慣れていた。
鋼鉄のマスクの下に隠れた奴の素性は、軍人や傭兵の類いかもしれない。
ホログラムのレフリーが四角く囲われた中央に映された。
「両選手、ラインの中へ」
レフリーに促され、俺は気持ちを落ちかせるように深く息を吐いた。
「ハヤト、俺もついてるから」
隣に立っていたミツキが俺の肩に手を置き、彼に「おう」と返した
ラビット・パンチとともに赤く光るラインのなかに足を踏み入れる。
すると、四角に区切られた地面が静かに浮かび、周囲を青く閃光を放つ幾本ものレーザー状のもので囲まれる。
電脳リングロープは、触れるとスピリットに負荷がかかる危険なものだ。
俺とラビット・パンチは少し間をあけて対峙する。俺たちの横に立ったレフリーが言う。
「攻撃ツールの使用は開始から三分を過ぎてから。相手が降参を宣言した場合、もしくは相手のスピリットがリングから消失した場合、試合は終了とする」
レフリーが説明し、俺たちは頷いた。
「それでは……ファイ!」
レフリーの掛け声とともに「カーン!」というゴング音が響く。
お前が、俺たちが追いかけている『兎』なのか?
「ラビット・パンチさんよ、さあ……どう出る?」
『ハヤト、ラビット・パンチは先手必勝で来るはずだ』
通信で繋がったミツキが言った直後、目の前にいたはずのラビット・パンチの姿が消えた。
消えた――!? いや、違う……!
俺は頭上に目をやったのと同時に、素早く後ろにジャンプする。
ラビット・パンチは、俺の脳天に踵落としを叩き込もうとしたらしい。
ズンッという衝撃音とともに、鋼鉄のブーツで覆われた踵が床に突き刺すように打ち込まれる。
わっと会場中に歓声が轟く。
まともにくらっていたら、アーマースーツが破損していただろう。
ラビット・パンチは片足を伸ばした姿勢で着地したかと思えば、バネ仕掛けのように俊敏な動きでこちらに踏み込んできた。
早い――!
俺が距離をあけようと後退りしたのと、ビリッと背中に衝撃が走ったのは同時だった。
リングロープに触れてしまったのだ。負荷がかかり、一瞬、視界がブレる。
「……クソッ!」
低く呻くと、ミツキが『ハヤト!』と焦りを滲ませた声をあげ、俺は返す。
「大丈夫だ、心配するな」
会場を埋め尽くす客が声を上げ、ラビット・パンチが数歩、下がった。
なんだ……?
間合いを詰めて、そのまま攻撃を繰り出すかと思ったが、奴はこちらに手の甲を向けて両手をあげたかと思うと、「かかって来いよ」と指をクイッと数回、曲げてみせる。
「この野郎……!」
煽られてカッとなった瞬間、「ビー!」というブザー音がした。
「攻撃ツールの使用が可能になりました!」
司会者のアナウンスが会場に響き、観客が盛り上がる。
ツールが解禁となれば、こっちのもんだ! やってやるよ、ラビット・パンチ!
「ミツキ! ベノムを解放してくれ。フォルダにあるものを全部だ!」
『了解! 毒バチ、百匹を全て解放』
リングを取り囲むようにこぶし大の蜂が出現し、俺は道具箱にアクセスして愛用のグロックを掴み出した。
ベノムの蜂に刺されるとスピリットを傷つけて最悪、強制ログアウトになることもある。
ブンッという羽音をさせて蜂がラビット・パンチに向けて飛んだのと、彼が両手をパンッと打ち合わせたのは同時だった。
刹那、彼の背後に巨大な鳥居が一基……いや、リングを囲むように赤い鳥居が出現したのである。
「なんだ……あれは?」
あんな攻撃キットは見たことがないぞ……オリジナルか!?
怯んだ瞬間、目の前に手のひらサイズの長方形のものが数枚、並んだ。
長方形のそれには梵字のようなものが書かれており、それが御札だと気付いた瞬間、バチィッという激しい音とともにまばゆい光を放った。
まぶしさに目が眩んだ俺が後退りしたのと、ゴウッという一陣の風が辺りを包んだ。
『視界補正、完了!』
ミツキのおかげで視界がクリアになり、俺はぎくりとなった。
あれだけいた毒蜂がいなくなっていたのである。
「なんということでしょう! べノムの蜂がすべて鳥居に吸い込まれてしまいました!」
司会者の声に俺は唖然とする。
毒蜂を吸い込んだ……!?
『ハヤト! 来るよ!』
ミツキが声をあげた刹那、KATANAを構えたラビット・パンチが眼前に迫っていた。振り降ろされたKATANAの刃をグロックの銃身で受ける。
『――なかなかやるな』
聞き覚えのない男の声がし、俺はハッと息をのむ。
まさか、音声通信をジャックされた……!?
「ミツキ!」
呼びかけるが、彼からの応答はない。
『落ちつけよ、坊や。そのまま戦闘を続けろ』
「この声は……まさか……!?」
マスク越しにも俺の動揺を悟ったのか、男が小さく笑う。
『ああ、そうだ。ラビット・パンチだ』
ラビット・パンチと鍔ぜり合いの状態だったが、互いに後ろにジャンプして間合いをとる。
「あんた、どういうつもりだよ!?」
『お前、ノロイを知っているか?』
「……ノロイ?」
いったい、なんのことだ。訝る俺に「その反応から察するに、知らないということだな」とラビット・パンチが呟く。
直後、ビリッと激しく電流が流れたような衝撃が走る。
「え……?」
そう呟いた瞬間、ぐらりと視界が揺れ、俺はリングの床に倒れていた。
『毒蜂はこうやって使うんだよ』
嘘だろ……どうして? いつの間にか、俺は毒蜂に刺されたらしい。
視界が歪み、リングサイドにいるミツキが俺を何度も呼ぶ声がする。
「くそったれ……」
まだ、いける……! 立て、俺ならまだやれる……!
こいつを逃すわけにはいかないんだ……
ベノムの効果で痺れる腕に力を込めようとするが、うつぶせのまま身動きができない。
レフリーがカウントを始める。
『大人しく寝とけ、坊や。スピリットに負荷がかかるぞ』
「……黙れ……!」
みっともなくリングに倒れたまま、俺は力を振り絞ってラビット・パンチに中指を立てる。
試合終了のゴングが鳴り、視界がブラックアウトする。
強制ログアウト。
完敗だ――クソったれ。
電脳空間、MELの深層空間に構築されたコロッセオにあつまった観客の声が控室にも聞こえてくる。
怒号、歓声、悲鳴……それらが入りまじったノイズが会場を熱気となって包んでいるのが分かる。
次は俺がリングに上がる番だ。
気持ちを落ちつかせるように、俺はパイプ椅子に腰を下ろして、ゆっくりと呼吸を繰り返した。
そんな俺の様子に、近くにいたミツキが小首を傾げた。
彼は「TPOを考慮しなきゃね」と手足の長さを際立たせる、仕立ての良いネイビーのスーツに身を包んでいた。
ファッションにこだわりのあるミツキは、深紅のネクタイに隼のチャームがついたネクタイチェーンと、ポケットチーフで着飾っている。
なんだか怪しげなビジネスマンに見えるが、それが闇格闘技に合う服装なのか?
そう聞くと、ミツキは「僕はハヤトのトレーナーであり、相棒であり、マネージャーだからね。ビシっと決めなきゃね」と、少し得意げに胸を張ってみせた。
動きやすいトレーニングウェアの俺は「そうか」と相槌を打った。
ミツキが俺の顔を覗きこむようにする。
「ハヤトにしては珍しく、緊張してる?」
ミツキは二重のくっきりとした目に柔らかく笑みの形にする。
彼の端正な顔を見つめ返し、俺はゆっくりと首を横に振った。
「いや、緊張はしてない」
「僕に嘘は通用しないよ。バイタルがいつもより早いんじゃない? それに血圧も……」
「わかった、わかったよ。プレッシャーは感じてる」
ミツキは、なんでもお見通しだ。俺は降参、と両手をあげてみせる。
すると彼は理知的な印象をあたえる端正な顔に、少し悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「地下格闘技は久しぶりだから?」
「それもあるな」
俺は電脳フォルダから攻撃キットを起動し、アーマースーツを取りだす。簡素なテーブルの上に赤を基調にした甲冑に似たアーマースーツのパーツが並べられる。
俺は鋼鉄のグローブを手に取り、隣に移動したミツキがパーツを覗きこむ。
「TYPE―AZAZEL、2030年型。僕がメンテナンスをしておいたから、機能には問題なし。気になるのは、そのアーマースーツがちょっと古い型ってことかなあ」
「古いって……たった5年前のモデルじゃないか」
「充分に古いでしょ。最新型に替えればいいのに」
俺は、そっとメタルボディに走る漆黒のラインを指で撫でた。
「いいんだよ、これで。このスーツで俺たちは電脳イェンを荒稼ぎした。要はラッキーアイテムだ。だろ?」
「かもね。でも僕らの輝かしい戦歴は、ハヤトの格闘センスと僕の技術力、それらが発揮された結果だと思うなあ」
「そうだな。でも今回、勝敗は関係ない」
そう返すとミツキが軽く頷き返して、俺は彼を見つめかえす。
「奴が俺たちの探している『兎』なのかな?」
「その可能性がある以上、追いかける必要がある」
ミツキの言葉に頷き返したのと、会場からわっと歓声が上がったのは同時だった。
きっと、勝負がついたのだろう。
目の前にウィンドウが表示され『ハヤト選手、会場の入り口へお越しください』と、表示された。
「さて、行くか」
俺はアーマースーツを装着する。
全身がメカニックな甲冑に覆われ、目の前はいくつかのメッセージウィンドウが起動する。
『Armored sleeveは正常起動、Cuirassの防御率100パーセント、Thigh guardの防御率100パーセント。アーマースーツに異常はありません』
搭載されたアシスタントのアナウンスが流れ、俺は音声を外部通信に切り替えた。
『よし、ハヤト。聞こえる?』
耳元でミツキの声がし、俺は「よく聞こえる」と返した。
ミツキが俺の前に立った。
『タッチのためのキットは持った?』
「ああ、持ってる」
俺は道具箱にアクセスして頷く。
手のひらほどの大きさで、透明のシールのようなそれは、貼った相手の足跡を追跡するためのキットだ。
ミツキが「よし、行こうか」とこちらに握った拳を突き出す。
試合前のゲン担ぎだ。俺は鋼鉄のグローブに覆われた拳を軽く彼の拳にぶつける。
俺たちは控室を出て、コロッセオに続く薄暗い廊下を進んだ。
トンネルを抜けたように目の前が明るくなり、構築された空間が切り替わったのが分かった。
円形の格闘場は、煌びやかなライトやネオンサインに照らされ、観客の歓声と腹に響く大音量のBGMに包まれている。
非合法な地下格闘技は、電脳ヤクザや電脳ギャングによる賭博の場でもある。
頭上の観客席は、秘匿性を重視したイラスト調のアバターや3Dでモデリングされた観客で埋め尽くされている。
中央には、赤く光るラインが大きく正方形に走り、その上空をドローンカメラが旋回するように飛んでいる。
『今夜、伝説のファイター、ハヤト選手がリングに復活しまーす!』
ドローンカメラから司会者の声がし、観客席から歓声があがった。
『対する新進気鋭の負け知らず! ラビット・パンチ!』
わっと観客が盛り上がり、俺は向かい側に立つ対戦相手を見つめる。
最近、地下格闘場に現れたというラビット・パンチと名乗るファイターは、白を基調にしたアーマースーツに身を包んでいる。
鎧武者に似たスーツ『TYPE―YAOROZU』で、ちょっとクラシカルなオールドタイプなものである。ホッパーじゃない装いだ。
古いものが好きなのか……しかし、纏ったスーツに騙されてはいけない。
ラビット・パンチの過去の試合の映像を見たが、奴の格闘センスは玄人じみており、攻撃キットの使いかたは、かなり手慣れていた。
鋼鉄のマスクの下に隠れた奴の素性は、軍人や傭兵の類いかもしれない。
ホログラムのレフリーが四角く囲われた中央に映された。
「両選手、ラインの中へ」
レフリーに促され、俺は気持ちを落ちかせるように深く息を吐いた。
「ハヤト、俺もついてるから」
隣に立っていたミツキが俺の肩に手を置き、彼に「おう」と返した
ラビット・パンチとともに赤く光るラインのなかに足を踏み入れる。
すると、四角に区切られた地面が静かに浮かび、周囲を青く閃光を放つ幾本ものレーザー状のもので囲まれる。
電脳リングロープは、触れるとスピリットに負荷がかかる危険なものだ。
俺とラビット・パンチは少し間をあけて対峙する。俺たちの横に立ったレフリーが言う。
「攻撃ツールの使用は開始から三分を過ぎてから。相手が降参を宣言した場合、もしくは相手のスピリットがリングから消失した場合、試合は終了とする」
レフリーが説明し、俺たちは頷いた。
「それでは……ファイ!」
レフリーの掛け声とともに「カーン!」というゴング音が響く。
お前が、俺たちが追いかけている『兎』なのか?
「ラビット・パンチさんよ、さあ……どう出る?」
『ハヤト、ラビット・パンチは先手必勝で来るはずだ』
通信で繋がったミツキが言った直後、目の前にいたはずのラビット・パンチの姿が消えた。
消えた――!? いや、違う……!
俺は頭上に目をやったのと同時に、素早く後ろにジャンプする。
ラビット・パンチは、俺の脳天に踵落としを叩き込もうとしたらしい。
ズンッという衝撃音とともに、鋼鉄のブーツで覆われた踵が床に突き刺すように打ち込まれる。
わっと会場中に歓声が轟く。
まともにくらっていたら、アーマースーツが破損していただろう。
ラビット・パンチは片足を伸ばした姿勢で着地したかと思えば、バネ仕掛けのように俊敏な動きでこちらに踏み込んできた。
早い――!
俺が距離をあけようと後退りしたのと、ビリッと背中に衝撃が走ったのは同時だった。
リングロープに触れてしまったのだ。負荷がかかり、一瞬、視界がブレる。
「……クソッ!」
低く呻くと、ミツキが『ハヤト!』と焦りを滲ませた声をあげ、俺は返す。
「大丈夫だ、心配するな」
会場を埋め尽くす客が声を上げ、ラビット・パンチが数歩、下がった。
なんだ……?
間合いを詰めて、そのまま攻撃を繰り出すかと思ったが、奴はこちらに手の甲を向けて両手をあげたかと思うと、「かかって来いよ」と指をクイッと数回、曲げてみせる。
「この野郎……!」
煽られてカッとなった瞬間、「ビー!」というブザー音がした。
「攻撃ツールの使用が可能になりました!」
司会者のアナウンスが会場に響き、観客が盛り上がる。
ツールが解禁となれば、こっちのもんだ! やってやるよ、ラビット・パンチ!
「ミツキ! ベノムを解放してくれ。フォルダにあるものを全部だ!」
『了解! 毒バチ、百匹を全て解放』
リングを取り囲むようにこぶし大の蜂が出現し、俺は道具箱にアクセスして愛用のグロックを掴み出した。
ベノムの蜂に刺されるとスピリットを傷つけて最悪、強制ログアウトになることもある。
ブンッという羽音をさせて蜂がラビット・パンチに向けて飛んだのと、彼が両手をパンッと打ち合わせたのは同時だった。
刹那、彼の背後に巨大な鳥居が一基……いや、リングを囲むように赤い鳥居が出現したのである。
「なんだ……あれは?」
あんな攻撃キットは見たことがないぞ……オリジナルか!?
怯んだ瞬間、目の前に手のひらサイズの長方形のものが数枚、並んだ。
長方形のそれには梵字のようなものが書かれており、それが御札だと気付いた瞬間、バチィッという激しい音とともにまばゆい光を放った。
まぶしさに目が眩んだ俺が後退りしたのと、ゴウッという一陣の風が辺りを包んだ。
『視界補正、完了!』
ミツキのおかげで視界がクリアになり、俺はぎくりとなった。
あれだけいた毒蜂がいなくなっていたのである。
「なんということでしょう! べノムの蜂がすべて鳥居に吸い込まれてしまいました!」
司会者の声に俺は唖然とする。
毒蜂を吸い込んだ……!?
『ハヤト! 来るよ!』
ミツキが声をあげた刹那、KATANAを構えたラビット・パンチが眼前に迫っていた。振り降ろされたKATANAの刃をグロックの銃身で受ける。
『――なかなかやるな』
聞き覚えのない男の声がし、俺はハッと息をのむ。
まさか、音声通信をジャックされた……!?
「ミツキ!」
呼びかけるが、彼からの応答はない。
『落ちつけよ、坊や。そのまま戦闘を続けろ』
「この声は……まさか……!?」
マスク越しにも俺の動揺を悟ったのか、男が小さく笑う。
『ああ、そうだ。ラビット・パンチだ』
ラビット・パンチと鍔ぜり合いの状態だったが、互いに後ろにジャンプして間合いをとる。
「あんた、どういうつもりだよ!?」
『お前、ノロイを知っているか?』
「……ノロイ?」
いったい、なんのことだ。訝る俺に「その反応から察するに、知らないということだな」とラビット・パンチが呟く。
直後、ビリッと激しく電流が流れたような衝撃が走る。
「え……?」
そう呟いた瞬間、ぐらりと視界が揺れ、俺はリングの床に倒れていた。
『毒蜂はこうやって使うんだよ』
嘘だろ……どうして? いつの間にか、俺は毒蜂に刺されたらしい。
視界が歪み、リングサイドにいるミツキが俺を何度も呼ぶ声がする。
「くそったれ……」
まだ、いける……! 立て、俺ならまだやれる……!
こいつを逃すわけにはいかないんだ……
ベノムの効果で痺れる腕に力を込めようとするが、うつぶせのまま身動きができない。
レフリーがカウントを始める。
『大人しく寝とけ、坊や。スピリットに負荷がかかるぞ』
「……黙れ……!」
みっともなくリングに倒れたまま、俺は力を振り絞ってラビット・パンチに中指を立てる。
試合終了のゴングが鳴り、視界がブラックアウトする。
強制ログアウト。
完敗だ――クソったれ。
