店を出ると、濡れたアスファルトが街灯の光を歪んだ鏡のように白く反射させていた。冷たく鋭い空気に思わず身震いすると、彼は「大丈夫?」と気にかけてくれた。私は小さく頷いて、彼の隣で自分の背丈を少しでも高く見せようと、ヒールの音を意識して響かせて歩いた。
「……萩原?」
不意に投げかけられた声に、私たちの歩みが止まる。
前方から歩いてきたのは、ウールのコートを無造作に羽織った体格のいい男性と、その隣には、綺麗な女性。やわらかな毛皮のストールを巻いた上品なその人は、どこか見覚えがあった。
「加藤か! それに、真由子も」
優さんの声が、一瞬で変わった。恋人を慈しむような低音でも、仕事で見せる鋭い響きでもない。もっとずっと深くから引き出された、私の知らない声だった。
「偶然だな! 同窓会以来か? お前、相変わらずほっそいな!」
加藤と呼ばれた男性が、親しげに優さんの肩を叩く。
「で、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
加藤さんの視線が私に向けられる。私は反射的に、首元のマフラーを指先でなぞった。
「……仕事でお世話になっている、編集の吉川さん」
彼は私をそう紹介した。恋人でもなく、大切な人でもなく、仕事相手という、安全なラベル。胸の奥が、ズキンと痛んだ。
加藤さんは「へえ、そうなんだ」と景気良く笑い、隣の、真由子さんと呼ばれた女性は慈愛に満ちた眼差しで私を見つめている。彼女が放つ空気は西麻布の夜の街にあまりにも馴染みすぎていて、私のような背伸びの気配は一切感じなかった。
「なあ萩原。みんな近くの店に集まってるんだけど、お前も来ないか? 高橋も、山崎もいるぞ。顔出していけよ」
優さんは私を一瞬だけ見て、それからすぐに友人たちのほうへ視線を戻した。
「……いや、彼女を送り届けるところだから」
「えー、ちょっとくらいいいじゃんか。学生のときみたいにバカ話しようぜ。みんな、あの頃からちっとも変わってないんだ。あ、もしよかったら吉川さんもどうかな」
「ちょっと加藤君、無理強いはだめよ。吉川さんが困っちゃうでしょう」
真由子さんが、初めて口を開いた。その声は雨上がりの空気のように澄んでいた。
「……行きます」
発せられた声は、自分でも驚くほど硬かった。優さんの眉が微かに下がる。
「……吉川さん、無理しなくていいのよ」
「そうだよ、きみも疲れているだろう?」
「大丈夫です。優さんのご友人の皆さん、お会いしてみたいです」
私は、彼の逃げ道を塞ぐように言い切った。彼は諦めたようにふっと息をつき、「無理するなよ」と、私の肩に手を添えた。
「……萩原?」
不意に投げかけられた声に、私たちの歩みが止まる。
前方から歩いてきたのは、ウールのコートを無造作に羽織った体格のいい男性と、その隣には、綺麗な女性。やわらかな毛皮のストールを巻いた上品なその人は、どこか見覚えがあった。
「加藤か! それに、真由子も」
優さんの声が、一瞬で変わった。恋人を慈しむような低音でも、仕事で見せる鋭い響きでもない。もっとずっと深くから引き出された、私の知らない声だった。
「偶然だな! 同窓会以来か? お前、相変わらずほっそいな!」
加藤と呼ばれた男性が、親しげに優さんの肩を叩く。
「で、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
加藤さんの視線が私に向けられる。私は反射的に、首元のマフラーを指先でなぞった。
「……仕事でお世話になっている、編集の吉川さん」
彼は私をそう紹介した。恋人でもなく、大切な人でもなく、仕事相手という、安全なラベル。胸の奥が、ズキンと痛んだ。
加藤さんは「へえ、そうなんだ」と景気良く笑い、隣の、真由子さんと呼ばれた女性は慈愛に満ちた眼差しで私を見つめている。彼女が放つ空気は西麻布の夜の街にあまりにも馴染みすぎていて、私のような背伸びの気配は一切感じなかった。
「なあ萩原。みんな近くの店に集まってるんだけど、お前も来ないか? 高橋も、山崎もいるぞ。顔出していけよ」
優さんは私を一瞬だけ見て、それからすぐに友人たちのほうへ視線を戻した。
「……いや、彼女を送り届けるところだから」
「えー、ちょっとくらいいいじゃんか。学生のときみたいにバカ話しようぜ。みんな、あの頃からちっとも変わってないんだ。あ、もしよかったら吉川さんもどうかな」
「ちょっと加藤君、無理強いはだめよ。吉川さんが困っちゃうでしょう」
真由子さんが、初めて口を開いた。その声は雨上がりの空気のように澄んでいた。
「……行きます」
発せられた声は、自分でも驚くほど硬かった。優さんの眉が微かに下がる。
「……吉川さん、無理しなくていいのよ」
「そうだよ、きみも疲れているだろう?」
「大丈夫です。優さんのご友人の皆さん、お会いしてみたいです」
私は、彼の逃げ道を塞ぐように言い切った。彼は諦めたようにふっと息をつき、「無理するなよ」と、私の肩に手を添えた。



