灯火みたいな恋だった

あの日から二週間。約束の写真ができたと連絡を受けた私は、優さんのスタジオを訪れていた。

外はもう、本格的な冬の入り口だった。けれど私の首元には、あの日彼がくれた赤いマフラーがある。彼の家の匂いと、あの夜のぬくもりがまだ毛羽の間に閉じ込められているようで、それだけで私は、世界中の寒さから守られているような気がしていた。

スタジオのドアを開けると、カウベルが軽やかな音を立てた。

「あ、朱莉。ごめん、ちょっと今、電話中で。デスクの上に封筒置いてあるから、先に見てて」

奥の事務スペースから、スマートフォンを耳にあてた優さんが手招きする。私は頷いて、木の大きなデスクへと歩み寄った。

そこには茶封筒がひとつ。表面には、彼の几帳面な字で『朱莉』と書かれていた。

封筒を開けると、あの日、高台の家で切り取られた私の時間が溢れ出した。

夕日に溶けそうな私の横顔。海風に吹かれて笑う、自分でも見たことがないような表情。それは、液晶画面で見るよりもずっと確かな温度を持っていた。

幸せすぎて、視界が滲む。彼の瞳にも、私はこんなふうに映っているのだろうか。

そんなことを考えた、次の瞬間だった。

写真の束を封筒に戻そうとした指先が、デスクの脇に置かれた別の黒いファイルに触れた。
個展の計画書だろうか。彼の内側に触れたくて、私はつい、吸い寄せられるようにその表紙をめくってしまった。

心臓の音が、急に耳元で大きく鳴り始める。
そこに並んでいたのは、私の知らない記憶だった。

あるページでは、白いワンピースの女性が草原で風に吹かれている。別のページでは、コーヒーカップを両手で包む女性が、はにかんだような瞳でカメラを見つめている。
どの人も、おそらく私と同じくらいの歳。どの一枚も息を呑むほど美しかったけれど、その中でも、私と同じような、真っ赤なマフラーを身につけた女性が目に留まる。

黒い感情が沸々と湧き上がってくる。彼女は無邪気に笑っていて、心から幸せそうに見える。彼はこうして、誰かを愛するたびに写真を撮り、同じように「綺麗だよ」と囁き、そして同じようにこの黒いファイルに収めてきたのだろうか。私も──その中の一人になってしまうのだろうか。

「お待たせ。写真どうだった?」

電話を終えた優さんの声が、背後から聞こえた。
私は慌ててファイルを閉じ、手に持っていた自分の写真を封筒に押し込んだ。

「……あ、すごく綺麗だったよ。ありがとう」
「良かった。あのブレた写真、やっぱり焼いて正解だったね。僕も気に入ってるんだ」

彼は私の隣に立ち、満足そうにプリントを覗き込む。
その穏やかな、なにも疑っていない瞳。

私は、彼が今、私を愛していることを疑わない。でもそれ以上に、彼の中に「私がいなかった頃の確かな愛」が、整然と、美しくファイリングされていることを知ってしまった。

「……優さん、ありがとう。これ、もらっていくね」

私は封筒を強く抱きしめた。
手の中にある幸せが、途端に怖くなった。