万年Cランクのおっさん冒険者、教え子を最強に導く ~陰の実力者扱いは勘弁してくれ。俺は早く引退したいだけなんだ~


 俺、クロガネ・ヒナタは疲れていた──。

 ……いや、本当に疲れてたんだ。
 体も心も、何もかも。

 わいわいがやがやと騒がしい王都の冒険者ギルドの、隅っこのテーブルで(ほお)(づえ)ついて、ただ机の木目を見つめてるおっさんがいたら、それが俺だ。
 窓の外に見える光景は、晴れているのにどうにも(よど)んで見える。
 それはきっと、俺の目が濁っているからだろうな。
 周りじゃ若い冒険者どもが「オークを十頭倒したぜ!」だの「クエスト人の娘に()れられてよ!」だの、元気に騒いでるけど、ああいうの、もう羨ましくもない。
 ただ「あー、俺にもそんな頃あったな」って、ため息が出るだけだ。




 ──そう、昔は俺も特別だった。
 ──なんてったって俺は、異世界から転生してきた人間なんだからな。




 高校生の頃、偶然事故死した俺に、空の上で神様が「もう一度チャンスをやる」なんて言ってきて、チートスキルをこれでもかと押し付けて異世界に送り込んだんだ。
 そのあとの展開は、だいたいわかるだろ?
 山盛りのスキルを駆使して雑魚(ざこ)モンスターを相手に無双して、村人に感謝されて、ギルドでちやほやされて──ま、よくある話だ。
 正直に言うと、最初は純粋な気持ちで異世界転生を楽しむつもりだった。

 だって、あの『異世界転生』だ。
 魔法が使えて、剣で戦えて、そんな戦闘スキルが好きなだけ、しかも最高レベルのスペックで使えるんだから、ワクワクするのも当然だ。
 神様の気まぐれとかなんとかで、戦闘に使えるスキルを盛りだくさん、それ以外は『鑑定』とか何とかをちょっぴり貰ったが、ライトノベルの主人公に憧れていた当時の俺は、あっさりとそれを受け入れた。
 そんなわけで、俺は第二の人生を明るく楽しくエンジョイすることにしたんだ。
 しばらくしているうちにだんだん、俺はかなり調子に乗ってしまったんだけども。
 剣を振ればどんなモンスターだって倒せるし、鑑定すりゃインチキ商人が悪事を白状するし、酒場に入れば知らない(やつ)が酒を(おご)ってくれるし、もう前世なんて忘れるくらいにいいことずくめだ。



 で、そんな田舎での活躍が誰かの耳に入ったのか、俺は王都に呼ばれたんだ。
 いったい何の用事だ、なんてブーたれてる俺に、(ごう)(しゃ)な宮殿の広間で、ひげを蓄えた役人が言った。

 はっきりと一言、「君を特級冒険者に任命する」って。

 ──『特級』。

 なんだかカッコよくて、特別感があって、いい響きだった。
 いいことずくめの異世界転生ライフですっかり浮かれてた当時の俺は舞い上がってて、「おう、引き受けた!」なんて即答したんだ。
 どうせモンスターや悪党をちょっと倒せばちやほやされる、少しばかり特別な冒険者だろうなんてかるーく見積もって、深く考えもせずに。



 ──本当に、バカだった。



 そりゃあ最初は、危ない任務をチートスキルで楽々クリアして、お偉方に褒められたり、(ばく)(だい)な報酬を貰ったりして、舞い上がるような日々が続いた。
 中でもどこぞの国のお姫様を助けた時は最高だった。
 求婚なんかされて、「いよいよ俺も漫画みたいなハーレム生活を送れるのか」とさらにテンションが上がった。
 でも、当時の(驚くほどマヌケで)カッコつけた俺は「やるべき任務がある」なんてクサいセリフを吐いて、あっさりと断った。
 今思えば、求婚でも何でも、特級冒険者を辞められる口実を見つけるべきだったんだ。
 日が経つにつれて、俺は『特級冒険者』って肩書がどんな意味を持つのか──嫌というほど思い知らされた。



 俺が手に入れた称号は、最悪な日々への片道切符だったんだ。




 第一に特級冒険者なんて肩書、一般的には存在しない。
 表向きはいつまで経っても昇級しないただの冒険者扱いだから、誰も気に留めない。
 名簿にも記録にも残らない。
 冒険者ギルドにも、騎士団にも、名前すら載らない。
 ただ世間に知られない闇の領域で、誰にも手が付けられないほど危険で厄介な任務を一人で片づける便利屋ってのが実態だった。

 感謝も称賛もないし、失敗すれば死体袋行き。

 成功しても待っているのは次の任務。

 任務、任務、任務、任務、任務、任務、任務。




 気がつけば俺は、ギルドの片隅でぐったりと突っ伏してるおっさんになり果ててた。
 特級冒険者の仕事に明け暮れて、表の冒険者としてのランクを上げる気力もない。
 いくら活躍したといっても田舎の話だから、王都でちやほやしてもらえるわけでも、えこひいきしてもらえるわけでもない。
 過去の栄光から何年も経っているなら、なおさらだ。
 だからいつまで経っても、俺はヘボい冒険者。
 結果的に、どこからどう見ても、ただの三流冒険者にしか見えない、くたびれた三十代後半のおっさんの完成だ。

 なのにまだ、極秘で危険な頼み事は絶えない。
 王都のメッセンジャーからは「クロガネ、今度は魔王の(けん)(ぞく)の生き残りがどうのこうの」だの、「貴族が暗殺されそうだ」だの、うんざりするほど仕事を頼み込まれる。
 寝床に体を落ち着けたと思ったら呼び出し、飯を口に運ぼうとしたら緊急の依頼。

 しかも最近は、どうでもいいような仕事の方がずっと多い。
 王都に属する騎士団でも倒せそうな盗賊団の討伐に、学者連中だって簡単に踏破できそうなどこぞの危険地域の調査。
 王国の権威だの何だのをさらに強める財宝を見つけるとか、はっきり言って国の存亡にかかわることじゃないし、俺にしかできないことでもない。
 挙句の果てに、第何世かのアホ王子に友達に自慢したいから、デカいモンスターを狩ってこい、なんて言われた時は、その場にいた全員をぶちのめしてやろうかと思った。

 でも、国に反旗を(ひるがえ)せば、巨大権力が総出で俺を(たた)き潰しにかかる。
 軍隊や騎士団が総出で来ても相手できないわけじゃないけれど、あまりに面倒くさい。
 だからこうして、まだ特級冒険者なんてのを続けてる。

 もっとも、世間的には俺は、採取クエストばかりを続けてるうだつが上がらないくたびれたおっさんなんだけども。
 特級冒険者の仕事のおかげでお金は稼げているけども、日々続く無気力のせいで、身なりを整える気にもなれない──整えたところで、見る相手もいないのだし。

 そんな仕事を……俺以外にやれる奴はいないのかって、毎回思ってた。

 時には俺以外じゃとてもこなせないものだってある。
 くだらない依頼かと思えば「隣国の王子が夜遊びで(さら)われたから救出しろ」だの、「猫がモンスター化して暴れてる」だの、任務はどれもこれも厄介なものばかり。
 中でも後者は、放っとけば疫病が広がる危険なやつで、町一つ()み込む前に仕留めろってことで、やっぱり俺が出張る羽目になる。
 そんな任務が三日も続けば、さすがに体が重い。

 気づけば、まともに休んだ記憶がどこにもない。
 命張って最強最悪と(うた)われるモンスターを潰しても、よその国を(ほろ)ぼすほどの暗殺者集団を壊滅させても、貰えるのは「ご苦労」の一言だけ。

 だけど、何よりもうんざりしたのは、人の汚い面を見せられたことだ。
 任務の中では、王族や貴族の汚いところを嫌というほど見せられた。
 よその領地の連中を蹴落とすためにモンスターをけしかけろ、とか。
 危険な犯罪者集団を始末して、すべて騎士団の成果にしろ、とか。
 しまいには、王族の後継者の一人をこっそり始末できないか、なんて。

 当然すべて断った。
 幸いなことに、俺には断る権利ってのが残されてた。

 俺には……特殊な事情ってのがあって、上から目線で断るなんてことができず、「頼むからそれだけはやらせないでくれ」と伝えるしかなかった。
 断るたびに、あいつらは俺を「道具のくせに」って言いたげな目で(にら)んだ。
 今じゃすっかり慣れたけど、あの頃はむき出しの悪意がつらかった。

 俺は正しいと思ったから、悪事なんてできないと言ったのに。
 そんな世界に身を置いているうちに、俺の中からクロガネ少年は消えた。

 心から異世界を楽しんで、チートを使って人々を守りたい、と純粋に願っていたクロガネ・ヒナタはもう、どこにもいない。






 ……正直、もう辞めたいんだよ。

 どんなバケモノが出たって、どんな陰謀が転がってたって、全部俺のところに回ってくる。
 王都のお偉いさんは「クロガネなら大丈夫」って言うんだから。
 そりゃそうだ、俺は最強だからな。
 けどな、最強だからって全部背負わされるのはごめんだ。
 見て見ぬフリができないだけだ。
 引退したいのに、こんな性根のせいでいつまで経っても足抜けできないんだ。

 せめて、代わりにやってくれる奴がいれば。

 後継ぎでも、弟子でも何でもいい、「師匠、俺がやります!」なんて元気な若造が現れてくれれば、俺は喜んでバトンタッチして、のんびり隠居生活に入れるんだが。
 まぁ、無理な話だ。
 だって俺より強い人間──少なくとも俺に比肩するくらいの人間なんて、異世界に来てから一度だって見たことがないんだから。
 それに俺だって、人に何か教えるなんてガラじゃない。
 戦い方を口で説明するくらいなら、自分で片づけた方が早い。

 ──だから俺は、今日もこうしてギルドの隅でぼやいてる。
 俺の後継者がどこかに転がってないかなあ、なんて、(かな)いもしない夢を見ながら。
 後継ぎでも弟子でもいりゃ、俺はすぐにでも隠居できるんだが。
 そう思って、また机に突っ伏しかけた、その時だ。






 ギルドの奥から、若い女の子の声が聞こえてきた。

 「……またクビになっちゃいました」
 「これで五回目だよ、セレナ。もう慣れたけどさ」

 ため息交じりの会話に、俺は思わず顔を上げる。
 視線の先には、まだ幼さの残る二人組の少女。
 一人は気落ちした顔で肩を落とし、もう一人は無表情で(うなず)いている。
 なんてことのない、ただの駆け出し冒険者にしか、この時の俺には見えなかった。



 ただ、俺は知らなかった。
 彼女達との出会いが、俺の退屈で面倒くさい日々をひっくり返すことになるなんて。

 ──特級冒険者を辞める最大のチャンスが、転がり込んでくるなんて。