ノストラダムスに恋を

何の折だったか、話の流れからして、バチカンの教皇選挙をモチーフにした映画が話題になっていた頃だったように思う。

「コンクラーヴェって、根比べと似てるってわざと?」

「知るか。絶対関係ないだろうけど」

「ほぼ高齢者なのに、何日も掛けて選挙すんだろ?体力勝負過ぎるって」

「それだけ信仰が厚いんだろ。実際、一般人も決まるまで連日押し掛けるらしいよ」

宗教意識の薄い日本人にとって、海外旅行よりも遠い世界の話のように、テレビで聞き齧った知識を披露し合った。
世界史の授業や信長の南蛮貿易に脱線しながら、急に芯をくったような面持ちで、出月が語り出したのをよく覚えている。

「キリストの一番弟子って、ペテロだかパウロだか、ローマ教皇の一番最初の人なんでしょ?」

「テレビでそう言ってたな」

「でもさ、一番信仰に厚いのって、俺的にはユダだと思うんだよね」

2人で話すときはいつも、沈黙も気にならないくらい、テキトーに、思いついたことを、思いついたままに語り合っていたから、すぐに反論しても良かったのに、何故だかその時は、自分の記憶や知識が間違っているのかと、少し間が空いてしまった。

「ユダって、裏切り者なんじゃなかった?」

「そう!金貨で政府だったか、王様だったかにキリストの居場所売ったやつ」

「信仰心ゼロじゃん」

わかってないなと言いたげに出月は笑った。
むしろ、待ってましたと言わんばかりだったと思う。

「最後の晩餐食べてるときに、キリストが裏切りを見抜くじゃん?食べてたパンを葡萄酒に浸して渡すやつ」

「そうだな」

サンタマリア修道院の壁画が浮かぶ。
新婚旅行、妻の希望で行ったミラノで直接見ることができた。

「あの時点で、裏切られてるのわかってるなら、逃げてもいいのに、あなたを許しますってさ、その場でユダが改心したり、バレたから計画中止しましょうってなったら、予言、大はずれじゃん」

「ユダが予言のとおり実行したから、ってこと?」

「そう。宗教とかわかんないけど、人生賭けて叶えたいことがそれなら、信仰じゃなくても、めっちゃラブじゃん」

壁画の下、妻と並んで、世界的な名画を見ることができた底知れない感動と共に、長く燻っていた気持ちがふっと去来した。

桜色の衣を着たヨハネの一つ隣、深い緑を纏って、じっとキリストを見つめる使徒がいる。

あれが、僕か。

*****