ノストラダムスに恋を

大学を卒業してからも、思っていたより変わらない毎日が続いていた。
お互い要領よく、むしろ良すぎるくらいに周囲に顔を売り、物怖じせず、仕事も人付き合いも熟していたから、GWが明けて、汗ばむ気温になる頃にはもう、今日は飲み会行きたくないです、と言える職場環境ができあがっていた。
今思えば、ハラスメントがトレンドになってきたばかりのいい波が味方をしていた。

「終わりそう?こっちもう会社出るけど」

「狙ってる男から飲みの誘いあったって言ったら速攻で退社命令出たわ」

「僕に感謝だな」

「春日とは言ってない」

「他に誰か来んのかよ」

変わらない付き合いが、変わらずに続いていた。

変わらない限り、変わらない。

それは間違っていなかったと思う。

三十路に差し掛かった頃、変わったのは僕の方だった。
変わる必要もなかったのに、どういうわけか、変わらなければいけないような焦燥感に駆られたのを今でも覚えている。
それは、物心ついてからずっと手の中にあった、若者というブランドに対する 喪失感と、成人かどうかよりもっと本質的な、大人として扱われてしまうことへの忌避感だったようにも思う。

2歳上の彼女から、結婚をチラつかされて別れたことも相俟って、「責任」を持つことからどうしても逃げたかった。
反面、出月との変わらない関係は、ぬるま湯よりももっと温かで、入浴剤やベビーパウダーみたいな落ち着く香りが残っていた。

「付き合ってみたいって言ったら、付き合ってくれんの?」

口に出した後で、失敗したなとは思った。
気の迷いだったわけではなくて、逃げ場を作って、気安く告白し過ぎたと思ったんだ。
自分にもお前にも失礼だなって。

「いいよ、付き合っても。ずっと本命だって言ってきたじゃーん」

軽口で返してくれたことに、申し訳なさと後ろめたさを感じた。

「ほんと?じゃぁ」

「でも」と続けられて、「まさか」と思った。

「春日は」

続けないで欲しかった。
この瞬間、きっとこの瞬間だけは間違いなく、お前に恋していたと思うんだ。

「華奢な可愛らしい奥さんが似合うよ」

僕は、何を失うのが嫌だったんだろう。
出月か、出月がくれる心地良い時間か。

「春日は、可愛い奥さんと、子どもと、孫と、大勢に囲まれて、そうだなぁ…、満足そうに最期を迎えるのが目に浮かぶ」

僕に数々の未来を与えてきた親愛なるノストラダムスは、僕の最期に幸せになる呪いを掛けた。
世紀の大予言の成就に、僕は意固地にならなければいけなくなった。

それから間もなく、出月は消えた。

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