ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 新しい苗を買った週末が明けた月曜日から、早速苗を植え始めた。宮内と松茂先生とあれこれ言い合いながら苗はどれも良い物で、ひとつひとつ手に取りながら丁寧に植えていく。

「ようこそ、学校花壇へ。いっぱい咲いてね」
「……それ、俺もやった方がいい?」
「え、あ……」

 穴を掘り、そっと植えていきながら優しく声をかけて触れる。これは僕の家で苗を植える時にやる儀式みたいなものなんだけれど、宮内がいるのも忘れてついやってしまう。

「いや、べつに強制はしないけど……」
「でもそうやったらちゃんと咲くんだろ?」
「……たぶん、だけどね。母さんがね、昔からよくやってたから。そしたらさ、すごいんだ。本当に花が元気になったりきれいに咲いたりするんだから」
「すげぇな! 緑野の家系はグリーンサムの家系なんだな」
「そ……うなのかも。だといいな」

 つい癖でやっていることを指摘されて、恥ずかしくなりながら答えると、宮内は「そっか。じゃあ、やらないわけにはいかないな」と言い、苗の一つを手に取る。そしてそっと、僕がやっていたように苗を穴に植えた。

「よく来たな。ちゃんと咲けよー……って感じでいい?」
「うん! すごくいい!」
「よーし……ほーれ、たくさん咲けよー」

 僕のすることに引かれたり嗤われたりするのかと思っていたのに、宮内は照れ臭そうにしつつもちゃんと一緒にやってくれた。
 苗に話しかけながら植えれば確実に花が咲くということの、科学的な根拠があるかはわからない。でも、植物は言葉がわかると言うから、僕はそうしてあげたくなるだけだ。

「なんか話しかけてやると愛着が湧くな」
「だよね。科学的にどういう効果があるかはわからないし、おまじないだって言われたらそうなんだけど……でも、宮内くんみたいに花に愛着が湧いてくれるなら、すごくいいなって思う」

 愛着が湧けば、その分花を大切にしようと言う心が生まれるだろうし、そういう行動をとる人も増えてくれる気がするから。
 気の長い話だなって笑われるかもしれないけれど、そういうのってあるのとないのとじゃかなり違うと思うんだ。

「だからね、僕はどうしても花に声をかけてあげたくなるし、そうすることで大切だよって伝えたいんだよね」

 気が付けば熱弁をふるっていた僕に、宮内は驚いたように目を丸くしている。
 呆れられたかな……と、ちょっとドキドキして反応を窺っていると、宮内は頬を少し赤らめて感激したように目をキラキラさせてこう言った。

「……そっか、なんか結構アツい奴なんだな、緑野って」
「え、あ、いやそういうわけでは……」

 花や植物に関することになると言葉があふれて止まらなくなるだけで、僕が特別アツい人間というわけではない……ハズ。だけど、傍から見た今の僕はきっと、植物や花を熱く語るやつであることには間違いない。
 不意にそういう冷静なツッコミを受けてしまったら急激に恥ずかしくなってしまって、しゃがみ込んでいる花壇に埋もれたくなってくる。足元の土をシャベルでもじもじといじりながらうつむいていると、ポン、と何かが頭に触れた。
 熱くて大きい……と思いながら窺うと、それは宮内の手のひらだった。

「いいじゃん、なんか夢中になれるものがあるってさ。緑野はグリーンサムなんだから、それくらいの熱量あって当然じゃない?」
「そう、かな……」
「そうだよ。俺はそういうのカッコいいって思うな、なんか特別って感じするし」

 並んでしゃがんで向かい合う宮内に真正面からそう言われ、心臓が爆発したかと思うくらい大きな音を立てた。
 まるで僕自身が風船を抱えていて、宮内が近づいただけで破裂してしまったみたいな感じすらした。その余韻で、まだ心臓がどきどきとうるさい。
 特別に反応したのか、いいと思うと言われたことになのか、カッコいいになのか。とにかく彼の言葉の何かしら……もしかしたら触れられたことに反応してしまったんだろうか。

(なんかそのどれでもないようで、全部当てはまる気がしなくもない……)

 ニヤッと嬉しそうに笑う人懐っこい笑みが、その暴れる心臓を煽るように追い立ててきてちっとも鎮まらない。目を反らしたいのに、反らすのがもったいない気もしてしまう。
 心臓が騒がしいままになんだかよくわからない、叫び出したいような気持があふれて来ていて、本当に破裂してしまいそうだ。嬉しいとびっくりしたのと、なんだかよくわからない気持ちがごちゃ混ぜになっている。
 なんなんだろう、この感覚。初めて知るものであまりにも未知で……だけど存在を感じると頬が緩んでしまう。
 じゃあとりあえず、嬉しい……でいいのかな? やっぱりよくわからない。

「……あ、ありがとう、宮内くん」

 ようやくの思いで絞り出した言葉に、宮内はもう一度僕の頭をぽんぽんと撫でてくれる。その感触が、いつまでも頭に残っていてあたたかい。
 じんわりと頭に残る彼の熱と感触を、僕は無意識にくり返すように味わっていた。


 そうこうしながら僕と宮内は二人係りで花壇の整備を終えた。
 当初の目的だった校舎裏の花壇3の整備も植え替えもちゃんと終えられた上に、教室棟の前と正面玄関のところの花壇も整備できたのは大きな成果だろう。
 記録用に写真を撮り、松茂先生に報告に向かう。

「へー! 随分頑張ったんだねぇ。すごいじゃない」

 生物学教室の隣にある準備室が松茂先生の住処とも言える場所で、授業と会議の時以外は大体ここにいる。とにかく資料となる標本やら本の数がすごくて、この前乗せてもらった車の五倍……いや、十倍は物であふれている。
 宮内はもとより、僕も行くたびに準備室の物の量に圧倒されてしまい、入り口でいつも一旦深呼吸をしていくほどだ。
 そんな物だらけの間から現れた松茂先生に、記録用のデジカメで撮った写真を見せると、すごく驚いて褒めてくれた。

「うんうん、この配置とかすごくいいね。花もきっとのびのび咲けると思うよ。あとやっぱり、スーパーチュニアの苗を買ったのは正解かもね。この夏はいつも以上に暑いらしいからねぇ」
「スーパーチュニアは宮内くんの提案なんですよ」
「へえ、そうなんだ。人数が増えたことでこんなに緑化委員の活動がこんなに活発になるなんてなぁ。もし宮内くんが良かったら、このまま一緒に委員をやってもらったらどう?」

 松茂先生の提案に驚いたのは僕だけじゃなく宮内もだったけれど、どちらもイヤな気はしていなかった。悪くないかも、とお互いの顔を見合わせて思っていることが伝わってきて、小さくうなずく。

「緑野くんも一人でやってる時より楽しそうだしね。いいんじゃないかな」

 先生は写真を一枚一枚じっくり見ながら感想なんかを言ってくれて、僕と宮内は顔を見合わせて笑い合う。今回のことは二人で協力して大きなプロジェクトをクリアできたみたいな達成感があって、なんだか清々しい気分だ。

「うん、どの花壇もすごくいいよ。私から校長先生にも報告して、予算をもっと下さいって言ってみようかな」
「ホントですか!?」

 思わず食いつく僕に、「まあ、言うだけはタダだから。あんまり期待しないで」と松茂先生は苦笑する。でもいままでそんな素振りさえ見せてくれなかったのだから、テンションが上がるのは当然じゃないだろうか。
 とりあえず校長先生にも見せるからと言われ、松茂先生に写真のデータを預け、僕らは準備室をあとにした。

「失礼しました」

 声を揃えて出て行って、しばらく僕らはどちらも黙ったまま廊下を歩く。でも胸の中はふつふつとむず痒いような感情が渦巻いている。ガラにもなく、やったー! なんて言って叫びたい衝動に駆られているのだけれど、こういう時にどう言う風に感情を出せばいいんだろうか。

「緑野」

 そう不意に呼ばれて振り返ると、宮内が手のひらを差し出し掲げている。無言で乞われるままに手をかざすようにすると、宮内がそれにぱちんとタッチしてきた。
 一瞬何をされたのかわからなくてきょとんとしていたら、宮内は苦笑してもう一度タッチしてきて、「やったじゃん」と言ってくれた。しかも満面の笑みで。そうしてやっとそれが喜びのハイタッチだとわかったのだ。
 だから僕からも宮内の手をパチンとタッチし、溢れてくる喜びをぶつける。僕がタッチをすると宮内も返してきて、僕らは数回繰り返した。

「うん、ありがとう。宮内くんが手伝ってくれたからだよ」
「まあ、それもあるかもだけど……一番はやっぱ緑野がずっと頑張って来たってこともあるんじゃないの?」
「そうかな?」
「そうだよ。緑野がやってなきゃ、俺も緑化委員することなかったし」

 大きくうなずきながら宮内が言い、「良かったじゃん」と、今度はぐっと肩を抱き寄せてくれる。
 近いよ! と思うし、いつもならそう言って身をよじるのに、いまはこれも悪くないなと思えてしまう。それくらい嬉しいんだろう。
 宮内の言う通りかもしれない。そう考えると、あのリュックの件も悪くないきっかけだったのかな、といまになっては思える。
 あの当時は絶望的になっていたけれど、物事はどう転ぶかわからないものなんだと知れた気がする。なにより、誰かと何かを一緒にすることが思いがけず楽しいと言うことを知り、僕も悪くないなと思っていたからだ。

「じゃ、じゃあさ……宮内くんも、緑化委員に入る?」

 喜びと達成感で高揚した気分のままに出た言葉に、自分でも驚いた。そんな誘いを自分からするなんて思いもしなかったからだ。
 それは宮内も同じだったのか、隣で立ち止まり、きょとんと瞬いている。

「俺も? 緑化委員に?」
「あ、えっと……さっき先生も言ってたから、どうかなって思って……」

 勢いで言ってしまった言葉は取り消せない。でも、嘘だと誤魔化す気になる気にもなれなかったのは何故なんだろう。
 それでも向けられる眼差しから目を逸らすようにうつむいてしまうのは、冷静さを取り戻して、本当に受け入れられるかどうかが不安になって来たからだ。

(どうしよう……いやだよって言われたら……)

 そうなったら僕だけはしゃいでいてバカみたいで恥ずかしい……と、内心冷や汗をかきながら宮内の反応を待っていた。
 沈黙が永遠のように長く重たく感じられ、宮内の顔すら見られない。
 でも返ってきた言葉は、思っていた物とは全然違っていた。

「そうだなぁ、いいかもしんないな」
「え……? 考えてくれるの?」

 思いがけない答えに思わず聞き返すと、宮内は嬉しそうにうなずいてくれる。それだけでも僕には十分嬉しく感じられる。

「うん。緑野とやってみてさ、花とか結構いいかもなぁって最近思ってて。ほら、ホームセンター行ったのも楽しかったし」

 それは僕も同じだ。あの買い出しはすごく楽しくて、ある種の非日常感があった気がする。
 あんな感じのことを、宮内といたらまた出来るんだろうか――そんな期待が頭にもたげ、僕もまた肯く。

「うん、僕もあの日は楽しかった。一緒に何かするって楽しいんだね」
「だろ? また一緒になんかしようよ、緑野」

 いいね、僕が笑うと、宮内も嬉しそうに笑う。僕らはそうしてもう一度ハイタッチをして、今日の活動をしに花壇へと向かうことにした。

「今日は何の花植えるんだ?」
「そうだねぇ、今日は……」

 ごく当たり前のようにこんな会話を宮内と出来るようになるなんて、出会った時は考えもしなかったのに。
 自分で自分が変わってきているのがわかるのって、こんなにも面白いんだ――みんなには当たり前かもしれないことが新鮮に感じられる。
それを教えてくれた宮内の言葉も行動も、僕にはすごく特別でかけがえなく思えた。まるで荒れた花壇に撒かれた水のように。

(宮内くんといるの、悪くない……ううん、すごく楽しい)

 改めてそう噛みしめながら、僕は宮内と並んで園芸用品を取りに倉庫へ向かう。
 随分と強くなってきた日差しは、夏の始まりの告げるまばゆいきらめきが詰まっていた。