ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 一日の終わりのチャイムが鳴ると、僕と宮内は申し合わせたように揃って教室を出る。べつに約束をしたわけじゃないけれど、向かう先は同じ校舎裏だから、結局いつの間にか並んで歩いていることが多い。

「今日は教室棟前の第二花壇?」
「うん。土だけでも耕しておけば、追肥していつでも植えられるようになるからね」
「ふぅん……何植えんの?」
「そうだなぁ……いまから暑くなるから、そこも暑さに強い奴がいいかな。松茂先生に苗を買ってもらえるか聞いてみないと」

 ここ最近の夏の暑さは尋常じゃないし、そして夏が長い。だからどうしてもこれから夏に向かう季節に植えるとすれば、暑さに強いものを選ばなくてはいけなくなる。

「この前も言ったけど、夏は追肥が少しでも十分なくらい良く育つんだけど、最近は暑いから……園芸種でも暑さに強いものに改良された花を選ぶことが多いんだ」

 そんな話をしていると、「じゃあさ、こういうのとかってアリ?」と、宮内がスマホを差し出してきた。画面に表示されていたのはペチュニアという夏の花の代名詞でもあるものの写真。

「これさ、『スーパーチュニア』っていうんだってさ。ペチュニアってやつの、暑さ強いバージョン」
「ああ、虫にも強いんだよね。色の種類も豊富だし、花そのものにボリュームもあるから、見栄えがいいかもしれないね」
「…………」
「宮内くん?」

 花壇に植える花の苗の案としてかなりいいんじゃないかと思って、賛同の意見を言ったつもりなのに、なんだか宮内はつまらなそうな顔をする。
 不機嫌というよりも拗ねている感じにも近い彼の名を呼んで顔を覗き込むと、子どものように唇を尖らせて宮内は呟く。

「なんだよー、リサーチ済みかぁ。これは知らないだろうって思ったのに」

 どうやら僕を驚かせようとしたみたいなんだけれど、彼の予想を上回る花語りをしてしまったようだ。なのでやっぱり少し拗ねているのかもしれない。
 その様子が、初めて見るのになんだかかわいく思えて、ついくすっと笑ってしまう。

「悪いけど、花に関しては負けないよ」
「流石グリーンサムだな……」
「調べてくれたの?」
「ああ。昨日休みだったからさ、隣町のホームセンターの園芸コーナーみてきた」
「え、わざわざ?」

 思いがけない話を聞いて思わず立ち止まると、宮内はニッと笑ってうなずいてスマホの画面をスワイプした。すると画面には写真の一覧が表示されて、そのほとんどが夏の花の写真だったのだ。

「苗を今度決めるって緑野が言ってたからさ、じゃあ俺も何がいいか言えたらいいかなって思って」
「でもわざわざホームセンター行ってくるなんて……」

 この辺りで最寄りのホームセンターは駅前からバスで20分くらい行かないといけない。時間もかかるから僕だって行くときは面倒だなってちょっと思いながら行くこともあるのに。
 でも宮内は特に恩着せがましく、「行ってきたんだぞ」という感じには言わずに、むしろ楽しかったと言いたげな顔をしている。

「やっぱさ、実際に見てみないと大きさとかわかんないし、画面と微妙に色も違ったりするのな」
「そうだね。だから僕も家の花壇の苗を買うときは通販とかじゃなくて、実際に見に行くようにしてる」

 画面越しではわからないものは確かにあることを、まさか彼と共有できるなんて思わなかった。
 実際に店舗で花を見て、少しだけ触れたりにおいを嗅いだりすることで花壇に植える時のイメージは格段に解析度が上がると思っている。だから面倒だと思いつつも足を運ぶんだ。

「んじゃあさ、今度苗買うときは俺もついて行っていい? なんか花見てると良いなって思えて来てさ」

 思いがけない申し出に、僕の方が驚きを隠せなかった。ただの手伝い要員と言えば聞こえは悪いけれど、それなのに花に興味を持ち始めてくれて、自ら進んで足を使って調べてくれるなんて。てっきり花になんて感心がないと思っていた彼の中に、思いがけない副産物のような物を見た気がした。

「いいね、先生にも話しておくよ」
「ヨッシャ!」

 小さくガッツポーズをして喜んでいる宮内の姿に、僕もつられるように笑う。
 苗を買いに行くのは松茂先生との相談で日程と予算を決めなきゃだけれど、その話し合いも、少しいままでにないものになりそうな気がする。
 そんな新鮮さを感じながら、僕らは揃っていつもの校舎裏の花壇に向かった。


 教室棟の花壇の苗の買い出しは、翌週末の土曜日に決まった。
 委員活動の一環なので松茂先生が付き添いを兼ねて車を出してくれるらしく、購入後そのまま学校に運び込めるようだ。
 車を出してもらえるから、交通費が浮いてラッキーではあるのだけれど――

「せ、先生……どこら辺に座ったらいいですか?」
「あー、そうだねぇ……まあ、その袋とか段ボールは適当にどけて座って。割れ物とか入っていないはずだし」

 土曜のお昼前に駅前で待合せ、松茂先生の深緑のジーノを待っていて乗り込もうとしたんだけれど、乗れないほどに後部座席に荷物が詰められていることを忘れていた。
 先生は普段と違って白衣ではないラフな格好をしているんだけれど、やっぱり年齢不祥な男性であることに変わりはない。
 どうにか場所を作って、僕と宮内は後部座席に並んで座ることができたのだけれど、兎に角狭くて密着している。「狭くてごめんねぇ」と、一応先生は謝ってくれるけれど、悪びれている様子はない。

「……松茂先生って、掃除とか苦手なのか?」

 車が走り出してしばらくした時、宮内がこっそりと僕に尋ねてくる。初めて先生の車に乗った彼としては信じられない光景かもしれない。
 これならバスが良かったって思ってるかな……と、申し訳なく思いつつ「そうみたい」と答える。

「時々生物学教室に行くこともあるんだけど……この五倍はすごいよ」
「マジか……」

 想像を超えるものがあったのか、宮内は苦笑いしてうなずき、ちらりと積みあがった荷物を見やる。ここに今日買った物を積むとなったら……やっぱり帰りは自分たちで帰らなきゃだろうか。

「悪いんだけど、帰りは自分たちで帰ってね。多分乗れなくなるから」
「あ、はい。もちろんです」

 荷物は片付けておくからね、と言ってもらえてホッとしていると、つんと宮内が僕の腕を突いてくる。
 そっと窺うと、宮内が悪戯っぽい顔をして囁いてきた。

「じゃあ帰りさ、メシ食って遊んでかない?」

 どう? と顔を覗き返され、その近さに僕の心臓が大きな音を立てる。車内の狭さのせいでいつになく宮内との距離が近くて、比喩でなく吐息を感じるほどだ。

「え、あ、えっと……」
「なんか食えないものとかある? アレルギーとか」
「な、ないよ」
「んじゃあ、とりあえずマックでも行くか」

 誰かとマックなんて、行ったことがない。そもそもこうして隣り合って誰かと密着するように座るなんてことも。
 いままでならきっと、少し考える素振りをするかしないかもなく断っていただろう。でもいまはそんな断る気持ちがなくて、流されるままただ肯いていた。

「んじゃ決まりな」

 宮内は僕のリアクションを見て嬉しそうに笑い、「あとどれぐらいで着くんすか?」と、松茂先生に尋ねる。顔をあげると目印の看板が遠く見え始めていて、目的地が近いのを知らせていた。


「はぁぁぁ……このサルビアかわいいぃ……! ああ、この新しいエボルブルスもいい色だなぁ」
「ホントだ、いい色ですねぇ、先生!」

 ホームセンターにつき、僕らは早速園芸コーナーを見て回る。この店はホームセンターという(てい)ではあるけれど、どちらかというと園芸商品に力を入れているらしく、何と温室もあるのだ。冬場はそこで夏の植物を堪能できるのでかなり見応えがある。
 だから店の中に一歩入っただけで、僕も松茂先生もうっとりと陳列されている花に見入ってしまっている。正直ここは某夢の国よりも僕らには魅惑的だと言える。
 宮内はそんな僕らの様子に若干引いている感じがしなくもないけれど、しばらく一緒に歩いていたら慣れてしまったのか、いつもと変わらない態度になっていた。

「ああ、これってこの前植えてたやつだよな。クレメオだっけ?」
「クレオメだよ、宮内くん。しかもこれはセニョリータという名前がつけられていて、とても可憐なんだ。これは改良されて棘もにおいも臭くないんだ。その上種がつかないから、こぼれ種する心配もない」
「こぼれ種?」
「種が出来たら勝手に地面に落ちて自生すること。野生ならいいんだろうけれど、花壇だと雑草化して手入れが面倒になっちゃうんだ」
「へぇ……って言うか緑野、すっげー喋るんだな」

 クラスでは特に必要最低限しか喋らないのを見ているせいか、宮内が苦笑して呟く。目の前の花たちがきれいでかわいくて、つい色々と喋ってしまうのだ。花たちも僕らの方にアピールするみたいに揺れている気がするからかもしれない。
 でも宮内は普段よりお喋りになっている僕をバカにしてる感じはなく、むしろ感心しているみたいだ。
 それに普段よりはるかに饒舌な僕の姿を、宮内は面白くて仕方ないのかあれこれと質問をしてくれるのも楽しい。

「ホントに花って色々あるんだな。しかも話聞きながらだと色々解って面白いし」
「でしょう? それにこのお店は松茂先生イチ押しのお店で、この辺りでは一番の品ぞろえなんだって」

 そんな話をしながら、僕らは予算とも相談しつつ3種類の花の苗を2色ずつ、合計で12株ほど選んだ。ついでに肥料や軍手も買い足して、松茂先生の車に詰め込む。後部座席では荷物の雪崩が怖いから、花の苗は助手席の足許にまとめて置くことにした。

「じゃあまた週明けにね」
「はい! ありがとうございました」

 先生の車を見送ってホームセンターを出たのが昼の一時過ぎ。苗選びに夢中になっていて忘れていたけれど、かなりお腹は減っていた。
 先生の車が大通りに入って見えなくなった時、僕らは顔を見合わせてほぼ同時に呟いた。

「……腹減ったな」
「うん、すっごい減った」

 重なった言葉はほぼ同じで、ふたり顔を見合わせて吹き出して笑う。その途端に二人ともお腹が鳴って追い打ちをかけてくるから、なかなか笑いが止まらなかった。
 だから僕らはその勢いのまま、近くのマックに駆け込むように入り、銘々食べたいものを注文する。
 そうしてかじりついたハンバーガーは、いままでの中で一番と言っていいほどおいしく感じられた。

「うまぁ」
「美味しいー」

マックってこんなに美味しかったっけ? そう言いそうになるほど、今日食べているポテトもバーガーも美味しく感じられるのはどうしてなんだろう。マックなんて、一人でいくらでも来たことあるのに。

(……いや、違う。一人で来てないからだ、今日は)

 一人でファストフードを食べることが悪いんじゃないと思う。なんと言うか、いま宮内とこうして向かい合って同じ席で食べているのと、いつもの自分一人でのとでは決定的に何かが違う気がするんだ。

「なにが違うんだろう……」
「どうした?」
「なんか今日のバーガーもポテトも、すごく美味しく感じるから、なんでなのかなって思って」

 気のせいだろうと言われたらそれまでだから、そう言われればそうだと引き下がるつもりでいた。取るに足らないことだから、とも思っていたのもあるのかもしれない。
 でも宮内はポテトを咥えたまま考え込み、やがて「それってさぁ!」と目を輝かせながら彼なりの考えを説いてくれた。

「それってさ、もしかしたら俺といるからじゃないの?」
「宮内くんと?」
「だってさ、メシって誰かと食う方が美味くなるとかっていうじゃん。美味しさが増えるって言うかさ」
「そう……なの?」

 初めて聞く言説に僕がポカンとしていると、宮内は自分を引き合いに出したからか少し恥ずかし気に苦笑して「そうだよ」と言う。

「メシってそういうもんだよ。家庭科でさ、孤食って習ったじゃんか。ひとりで食うより、やっぱ誰かと食う方が美味く思えるんじゃないのかな、って話」

 あくまで俺の意見みたいなもんだけど、と宮内はもごもご言いながらポテトを頬張っていたけれど、僕にはその言葉がかなり衝撃だった。
 だって今まで、家族以外で誰かと食べるご飯がこんなに美味しいものになるなんて知らなかったからだ。食べ物なんて誰と食べても一人であっても同じだろうって。だから宮内の言葉にはかなり説得力があって、すごく感心した。

「そうかもしれない……すごいよ、宮内くん。すごく説得力ある!」

 つい大きめの声を出してしまったほどに感心した僕に、宮内は何故か少し顔を赤らめ、「……お、おお……ありがとな」と小さな声で呟く。
 人懐っこく甘い感じさえするあの垂れた目が、優しくほどけて僕に笑いかけてくる。見せたことのない表情に、なんだかこちらまで照れてしまいそうになる。
 でも初めて見せてくれた、はにかむような宮内の表情は小さな男の子のようにも見えてかわいくて、僕はつい目を惹かれて見つめてしまう。
 だからなのか、宮内はしばらくの間なんだか恥ずかしそうにうつむいてバーガーやポテトを食べていた。
 そのあとは喋りながら歩いて駅前まで向かい、途中で駅ビルの中のゲーセンにも寄った。

「す、すごいキラキラしてる場所だね……」
「緑野ってゲーセン行かないタイプ?」
「うん、初めて……」

 マジか! と驚かれ、早速僕は「ゲーセンと言えばこれでしょ」というゲーム機に連れて行かれる。
 テレビのCMとかネットの広告とかでなら見たことがあるゲームのアーケード版(というらしい)をやってみたりしたけど全然だったり、小さなバスケットゴールにシュートを決めるのをやったり。爆音と光がぐるぐるとする空間はびっくりするほど楽しい。

「ああ、右、右……もうちょい……行け!」
「取れた!」

 UFOキャッチャーでゲットしたマスコットを掲げて喜んでいたら、宮内が写真を撮ってくれた。「記念写真だな」なんて言いながら見せてくれた写真の僕は、いままでに見たことがない笑顔をしていた。無防備で楽し気で、とてもいつもぼっちで花を喋ってるようには見えない。

「僕じゃないみたいだ」

 思わずそう呟くと、宮内は「そう?」と疑問形で返してくる。
 心なしか、宮内はどこか得意げにさえ見える。どうして僕の表情のことで彼が得意げになるんだろう?

「花のこと喋ってる時の緑野も、俺にはこんな風に見えるけど」
「え……そう、なの?」

 思いがけないことを言われて瞬いていると、「いい顔じゃん」と宮内が笑ってくれた。その顔はさっきの得意げな者と同じ顔で、嬉しそうでもある。
 だからなのか、なんだか心がふわりとやわらかなもので包まれた感じがして、頬が熱くなっていく。まるで褒められたような気さえしてくるから不思議だ。彼は別にそんなこと言ってないのに。
 自分の知らない一面を、こうして教えてもらえるってなんか楽しいし面白い。初めて感じた想いに、写真を見つめる僕もまた同じような顔になっていく。

「うん、いい顔してる」

 自分に言うように呟いた言葉に宮内もうなずいてくれた気がして、それが一層嬉しかった。