ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 苗の植え替えは翌日までかけて行い、花壇3をはじめとする花壇の植え替えはほぼ終わった。花自体はまだそんなに咲いていないけれど、葉も茎も元気なので近々蕾見つけて咲いてくれると思う。

「おー、結構いい感じになってんじゃね?」

 そう言いながら、宮内が満足げに花壇を見渡している。予定よりも半分ほどのスケジュールで作業が進んだので、これからは正面玄関や教室棟の前の花壇も手入れしていこうと思っている。
 今日はその第一弾として、正面玄関の花壇へ向かうところだ。

「なんかこの苗、校舎裏のと違ってたりする?」

 花壇の前に道具と苗を並べて確認していると、宮内が苗の一つを手に取りそう尋ねてくる。手に取っているのはトレニアと呼ばれる中でも暑さに強いスーパートレニアの中のカタリーナというものだ。

「うん。この前植えたものと同じように暑さに強い品種で、これはトレニアという花の仲間だよ」
「パンジーとかじゃないんだ?」
「スミレの仲間だから、まあ夏バージョンって感じかな」
「こっちは?」
「これはクレオメ。セイヨウフウチョウソウとも呼ばれてるんだ。何となく花が蝶みたいでしょ?」
「あー、確かに……」
「これは地植えや花壇におすすめなんだって」
「地植え?」
「植木鉢とかじゃなくて、地面に直接植えちゃうこと。わかりやすい例が花壇だよ」

 正面玄関ようなので彩りが良く見えるように、なるべく明るい色を選んでみた。クレオメとか見栄えがいいからぴったりだと思う。
 そんな話をしながら僕と宮内は銘々の手に苗を持ち、先日整えた花壇の中へ並べていく。品種ごとに列を分けて、間隔も調整しながら慎重に。

「六月って雨の時期なのに植え替えとかするのか?」
「八月九月の厚い時季に元気に育つための準備だよ。一応追肥もするけど、春の残りがあるし、気温も高いから元気に育ってくれるからね」
「へーえ。じゃあ、いっぱい肥料やればもっと大きくなるよな」
「うーん、それだと大きくなり過ぎちゃうんだよね。だから様子を見ながら、かな」

 そんな話をしながら穴を掘って土をかぶせて肥料を足していく。ひとつひとつの苗を植えていきながら、僕は宮内に問われるまま花の話をする。母さんや松茂先生に比べたらまだ知識は乏しい方だと思うけれど、それでも、僕が答えたことで宮内が少しでも花について関心を向けてくれている気がして、嬉しくなる。
 なんだか花の成長を見守っているようで、宮内の成長も見守っているようで面白い。

「よっし……植え終わったから、水撒く?」
「うん、お願いしてもいいかな」

 ちゃんとあらかじめ用意していたホースを手に、早速宮内が水撒きを始める。もう初日みたいにいきなり僕に水をぶっかけてくるようなことはなく、水圧も程よく優しく撒いている。
 水のアーチが日に照らされて虹ができると、「おー、虹だ!」と、宮内は嬉しそうのこちらを振り返って笑う。
 そういうのはよく見ることで見飽きているはずなのに、誰かがいて、相手に笑いかけられると途端に特別に見えてしまうのが不思議だ。いつもの何倍もきれいに見えてしまうほどに。

「きれいだね、虹」
「なんかいいことありそうだなぁ」

 空の虹じゃない、手許の小さなそれでも? そう聞いてしまいそうになったけれど、宮内の横顔がすごく嬉しそうだったから、「そうかもね」とだけ返した。
 キラキラとした水滴と虹の景色を、僕らはしばらくの間眺めていたほどに、その光景はすごくきれいだなと思えた。よく知っているはずなのに、彼がいるだけで景色が違って見えてくる。

「ああ、マジでキラキラしてんだな、虹って」
「そうだね、きれいだ」

 だからなのか、僕も宮内も結構長い間その景色に見惚れていたんだと思う。時間にしたら五分くらいだったかもしれないけれど、時の流れが停まったみたいに静かだった。
 しばらくぼんやりそうしている所に、どこかの部活の団体がグランドからやって来た。手に大きなボールを持っているから、サッカー部だろうか。
 その内の一人が、ボールをリフティングしながら歩いていて、しかもおしゃべりに夢中だ。時々ばか笑いしながら、器用にボールを操っている。
 なんかイヤだな、大丈夫かな……と、薄っすら不安に思いながら、彼らが通り過ぎるのを待っていたその時だった。

「あ、ヤベ!」

 ボールを扱っていた部員がそう言ったかと思うと、ボールがポーンと勢いよく弧を描いて飛んでいくのが見えた。そしてそれはそのまま花壇の方へ向かっていく。
 またあの校舎裏の花壇3のような悲劇が……! と、反射的に思った僕は、弾かれたように駆けだす。
とても間に合う気がしないけど、それでもぼんやり見ているわけにはいかないから、必死に手を伸ばす。
 ギリギリあと一歩届くか、と言うところでボールがかすめていき、ああもうダメかと諦めかけいた時、より早いスピードで手がかざされる。そうしてその手はしっかりとサッカーボールを捕らえていた。
 バシンという音がして我に返ると、一歩間違えばぼく自身が花壇に突っ込みそうになっていたのを、宮内が抱き留めていてくれたのだ。しかも、ボールごと。

「あっぶねぇな、ここには花壇があるんだからボール蹴りながら歩くんじゃねえよ」

 サッカー部の面々は宮内の言葉に平謝りしながらボールを受け取り、「やっべー」「こえー」とか口々に言いながら、部員たちはこそこそこちらを窺いながら去っていく。

「大丈夫か、緑野」
「あ、う、うん……ありがと」

 抱き留められたままの体勢のまま声をかけられ、僕はそこからどうしたらいいか戸惑いが隠せないままうつむく。拒むように突き放すにはここは花壇前で危ないし、だからと言っていつまでも彼の腕の中にいてもいい気がしない。
 僕よりもはるかに大きくたくましい腕に抱かれるように包まれているんだと思うと、急に心臓が騒がしくなってくる。鼓動が激しくて、ちょッと息が苦しい感じさえする。

(でもなんで……こんなことされて、すごくホッとしてもいるんだろう……?)

 誰かに触れられたり、ましてや抱きしめられたりするなんて今までなら叫び出したいほど嫌なはずなのに、ホッとしているなんて。

「……よ、よかったぁ。みんな無事で」

 冷静になって来ると急激に恥ずかしさが湧いてきて、僕は慌てて宮内から離れ、場を取り繕うように声を上げる。
 実際問題、宮内のファインプレーがなかったらまた花をダメにしていたかもしれないから、ホッとしているのは事実だ。
 屈みこんで花の様子をチェックするふりをしながら、僕は騒がしく跳ねる心臓が静まるのを待っていた。

「どれ……おお、折れてないみたいだな」

 すると僕のすぐ隣に宮内も屈みこみ、手許を覗き込んでくる。当然のようにその距離は近くて、下手したら鼻先が触れてしまいそうだ。離れてよ! と振り払うかどうか迷ったけれど、そうしたらそれこそ宮内の顔面を直撃してしまいかねない。
 内心軽くパニックになっている僕の様子なんて気にも留めていないのか、宮内は花の様子を見ては嬉しそうにうなずいている。自分の大切なものを守れた! みたいないい顔だ。宮内はこういう裏表がない顔をしているから憎めない。

(そもそも宮内みたいなタイプになると、こういう距離感なんて日常茶飯事なの? それとも僕が気にしすぎ?)

 本音を言えば泡食っている心境なんだけれど、宮内が平然としているので僕も平静を装うしかないよな……と思っていたら、何か真横から視線を感じる。
 なんだろう……と、視線の方へ振り返ると、宮内が遠慮のない目で僕をじっと見つめていたのだ。

「な、なに……?」
「さっきのってさ、俺にも言ったの? それとも花だけに言ったの?」
「え……?」
「良かった、って言ってたじゃん。みんな無事だって」
「あ、えーっと……それは……」

 いつもの僕であれば、たぶん当たり前のように花の安否を知ってホッとしての言葉だろう。でもさっきのは……どっちだったんだろう? 宮内の腕の中にいてどぎまぎして、咄嗟に口にした言葉だったから、はっきり意識していなかった。
 でもそれって、どう答えればいいんだろう。宮内に言ったようでもあるし、そうでもないようでもあるし……と、考えていると、宮内がポンポンと僕の頭を撫でてこう言った。

「そんならさ、俺しかいないんだしさ、存分に花に話しかけてやればいいじゃん。花だってさ、緑野の声でホッとするかもだし」

 にこかやかに、宮内までホッとして嬉しそうな顔でそう言われると、僕まで気持ちが緩みそうになる。触れられる手があたたかい。

「え……あ、う、うん……でも、それは、ちょっと恥ずかしいって言うか……」

 思いがけないことを言われてどう返せばよいか戸惑っている僕に、「それもそうだな」と言い置いて宮内は立ち上がり、「ちょっとトイレ行ってくるわ」と言って校舎に歩いて行ってしまう。それはなんだかまるで、「俺は席を外すから、話しかけてやれよ」って言われたようにも思えた。
 降って湧いたように一人きりになれて、久しぶりに僕は花と向き合う。宮内といるとどうしても彼への指示とかに意識が行ってしまうから、こうして花と向き合えるとやっぱり心がホッとほぐれるのがわかる。
 僕は改めて花の前にしゃがみ込み、小さくため息をつく。

「……なんか宮内くんといるの、悪くないかもって思うんだけど、どう思う?」

 疑問を投げ掛けたところで、花から返事があるわけではないのは、さすがの僕でもわかりきっている。話しかけるのは自分の考えとか気持ちの整理のため。そう普段は割り切っているのだけれど、いまは本気で花からアドバイスをもらいたい気分だ。

「漫画とか物語なら、ここで花の妖精でも現れるんだろうけれど……そうはいかないよね」

 人間の気持ちは、人間にしかわからない。それは僕だってわかっている。
 でも、人間同士でもわかり合えないことがいっぱいあるし、わかり合えないと仲間にもなれない。
 だから僕は、ずっと一人で花と向き合ってきたんだけれど……いまのこういう気持ちの時って、誰にどう話せばいいんだろう。それさえも、わからない。

「もしかしてこう言うことって、小学生くらいでクリアしてなきゃいけないことだったりするのかな……」

 そうだったとしたら、僕は高校生レベルに達していないのでは? なんてことまで思えてきて、余計に気分が萎れてしまう。
 高校生レベルに達していない僕に、宮内が呆れていたり、陰で嗤っていたりしたら。そんなことをちらりと考えたけれど、それだったなら今こうしてここに僕だけにしてくれなかった気がする。さっきの言葉とか、振る舞いとかにそう感じてしまうのは僕の気のせいなんだろうか。
 他人とこんなに密接して過ごしたことなんてほとんどないから、どこまでが僕の考えで、どこからが宮内の考えでの行動なのかがわからなくなってしまう。

(いままでこんなこと考えたことも気にしたこともなかったのに……急になんでそんなことを考えてしまうようになったんだろう?)

 不意に浮かんだ道の感覚に戸惑いを覚えるも、名前もわからなければ相談する先も結局わからないままだ。

「こういうの、なんて言うんだろう?」

 誰に問うでも、花に問うでもなく呟いた疑問は、植え変えたばかりの花の上に落ち、埋もれていった。