ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 緑化委員の活動は、一応毎日の昼休みと放課後だ。今までは僕一人だったので、昼休みなら授業終わりから始業のチャイムが鳴るまで、放課後なら門が閉まるギリギリまで、僕は誰の目も気にせずに花と向き合ってこられた。
 でもここ最近は、そういう気ままな活動がやりづらくなっている。何故なら――

「緑野、今日もやんの?」

 放課後、ホームルームのあとに宮内が付いて来て開口一番そう尋ねてくる。口ぶりからして、毎日の緑化委員活動にうんざりしているということだろうか。

(べつに来たくなかったら来なけりゃいいのに……そもそも僕が頼んだわけじゃないし……)

なんてことまではさすがに言わないけれど、イヤイヤ手伝われてもこっちだって気を遣う。
とは言え、そういうことがはっきり言えるのであれば、僕はいまぼっちで緑化委員をやっているわけがない。

「あ、うん……よ、用事があるなら、今日はもういいよ」
「え? なんで?」

 委員の活動がイヤなんだろうと思って、遠回しにもう今日は帰ればいいと言ったら、宮内がきょとんと瞬く。僕が言ってる意味がわからないと言わんばかりのリアクションに、こっちが戸惑ってしまう。
 そもそもの発端は松茂先生の提案だったから、もしかしたら生物の成績をダシにされて委員を手伝えとか言われてるのかな……なんて思ったりもした。だけど、あの僕よりもマイペースを極めている先生がわざわざそんな面倒なことをするとは思えない。

「なんでって……宮内くん、今日はもう帰りたいんじゃないの?」
「全然。つーかさ、花壇3の植え替えできそうだから今日やっちゃうのか?」

 ようやく一昨日花壇3の形も土も整い、何とか復活させたこの前のジニアとセンニチコウの苗を植えることができる。先に整備した花壇より一週間ほど遅れてしまったけれど、これから暑くなってくる季節なので生育に大きな差は出ないだろう。だからやるなら今日が一番だ。

「そう……だね。今日からやればきっと他のとそんなに差が出ないと思うから」
「よっしゃ! いよいよ俺も苗植えができるんだな!」

 まるで一人前の仕事を任せられたような喜びようで、ガッツポーズまでして微笑ましい。だからつい、「そんなに嬉しい?」なんて聞いてしまったのだけれど、宮内は嫌な顔せずに大きくうなずく。

「あったり前じゃん! 緑化委員つったら花植えてなんぼじゃねえの?」
「……そう?」
「なんかさ、こう……かわいらしー子が花見て笑ってるのとか最高にいいじゃん」

 宮内のイメージ図が容易に僕でも想像でき、そしてくすっと笑ってしまう。安直で、だけど解り易くて誰とでも共有できそうなイメージ図。ちょっと気持ちレトロな気がしなくもないけど、悪くないと思う。

「良いね、そういうの。わかり易くてイメージしやすい」
「だろ? つーかさ、緑野ってマジでそういうイメージにぴったりな気がすんだよなぁ」

 そう宮内が得意げに言ったかと思うと、不意に僕の前髪をかき上げてくる。「ほら、こうやってさぁ」なんて言いながら、遠慮なく僕の顔を覗き込んでくる。
 以前も不意打ちにそうされたけれど、今回はその時よりも距離が近い。

「ち、近いってば!!」
「えー、また前みたくピンでデコ出しすりゃいいのにぃ」
「べつにしなくていいってば!」

 抗う僕に宮内は不服そうにしていたけれど、僕が花壇の方に向かうと黙ってついてくる。暗黙の了解で、こうなると作業開始の流れになるからだ。
 今日は苗を植える。ようやく整えた土の上に等間隔で苗を並べ、大きくなってから葉が重なったりしないように気を配る。

「植え替えって、穴掘ってそのまま突っ込む感じ?」

 そう言いながら、宮内がビニールポットの苗を手に取って取り出そうとしたけれど、僕はそれを慌てて止める。確かに植木鉢より花壇の方が植え替え自体は簡単だけれど、突っ込むというのはかなり語弊(ごへい)がある。

「花壇の土はこの前腐葉土とか肥料を混ぜてあるから、あとはいま置いてある位置に穴を掘ってそっと置いていく。もちろんビニールポットから取り出してね」
「ふーん? 穴ってどれぐらい掘ればいいんだ?」
「ポットの根の部分がしっかり収まるくらい。でも深すぎないで」
「例えばどれくらい?」

 精密に深さを測ってまで穴を掘るようなことはしていないけれど、確かに具体的な指針はあった方がいいかもしれない。とは言え、何かパッと思い浮かぶものでもないし……と、そこで目に入ったのが、苗を持つ宮内の手だった。

「そうだ! 宮内くんの手のひらぐらいならちょうどいいかも!」

 手首から一番長い中指の先までの長さくらいがまさにぴったりで、つい、その手をつかんでしまったほどだ。
 すらっと長い手は骨太で形が良く、たくましくていかにも男らしい。良くも悪くも明るくて軽いイメージのある宮内の姿からすると少し意外な感じがした。正直、僕の細い指先よりもうんとカッコいい。

(うわぁ……大人っぽい手だな……)

 ただ僕がそれを握りしめるようにしたからか、宮内は驚いた顔をして目を丸くしている。心なしか頬も耳の端も真っ赤だ。
 その様子で、僕はいま彼の手を握りしめた上で間近に迫っていることに気付かされた。

「ご、ごめん! えっと……そ、それでやって、くだ、さい……」
「お、おう……わかった……」

 ぎこちなく僕がそっと手を放すと、宮内もぎくしゃくとうなずき、スコップを片手に花壇の中へ入っていく。そうしてきちんと、自分の手の長さくらいの穴を丁寧に掘り始めた。
 その隣に僕も腰を下ろし、宮内は左に向かって、僕は右に向かって苗を植えていく。一列を分担してやれば作業が捗るし、わからないことがあれば宮内も聞きやすいかと思ったからだ。
 宮内の手の長さは、たぶん20センチあるかどうかほどだったかと思う。僕の手のひらが大体17センチくらいだから……

「えっと、これくらい……かな」

 先程握りしめていた手の漢字を思い出しながら穴を掘っていくと、なんだか宮内の手をつい意識してしまう。骨太で、たくましくて、素直にカッコいいなと思えた。
 そうしてそっと少し離れた方を窺うと、宮内は黙々と穴を掘っている。丁寧にスコップを使い、掻き出した土をそっと手で除けつつ苗をやさしく収めていく。

(結構、仕事丁寧なんだな)

 丁寧と言うか、こわごわしていると言うか。知り合ったきっかけがあんな事故だったこともあって、もっとガサツな扱いをするのかと思っていたのが正直なところだ。
 だからなのか、つい宮内の動作に見入っていると、不意にこっちを振り返られてびっくりする。

「緑野、全然進んでねえじゃん」
「あ、ご、ごめん」
「俺がヘマしないか心配?」
「そ、そういうわけじゃないよ! ただ……」
「ただ?」
「案外丁寧にやるんだなって思って……びっくりしてた」

 つい正直なことを言ってしまった。でも下手に誤魔化したって嘘くさくなるだけだし……そう思いながら内心かなり焦りながら窺うと――真っ赤な顔した宮内が僕を見つめていた。
 黙り込んで湯気でも出そうな様子に、僕の方もつられて熱くなっていく。理由は、全然わからないのに。

「あ、ありがと……そう言うんなら、良かった」

 ホッとしたように、どこか嬉しそうに息をついた宮内は、そうしてまた作業に戻っていく。
 僕もまた苗植えに戻って穴を掘り始めたのだけれど、どうしてさっき僕まで顔が熱くなっていったのかがわからなかった。
 思えば、僕が誰かの良いところを素直に口にしたのって、これが初めてじゃないだろうか。そんなことを、穴を掘りながら考える。
 いつだってひとりぼっちで花だけを見つめていたから、ヒト相手に何かいいところに気付いて言葉にするなんて、これまでにしたことがない気がする。

「……なんで、そういうことできちゃったんだと思う?」

 植える苗を目の高さに掲げるようにしながら、まるで見つめ合うみたいにして呟く。いつもならそうやって花になんでも話しかけていたけれど……でもきっとそうされても花だって困ってしまうだろう。なにせ今まで僕が話題にしたことがないようなことなのだから。
 でももし、本当に花が僕の言葉に応えてくれるなら……いまの僕の言葉にどう答えてくれるだろう? ただ単に機嫌が良かったから? それとも、宮内の丁寧さが以外でびっくりしただけだから?

(いや、何かどっちも違う気がする。もっと今までにないような理由な気がする……)

 いままでにないのであれば、いまの僕には想像もつかないから、やはりわからないと言える。いつもならそこでもう考えるのはやめにして、あとはただひたすらに花がきれいに咲くようにと考えながら穴を掘ったり苗を植えたりするばかりだろう。
 だけど何となく、ただぼんやりとさっきの自分の言葉の意味をそのままにしておきたくないなという気持ちもあって……

「……何がしたいんだろうなぁ、僕は」
「え? 緑野、失敗でもした?」
「あ、いやそういうわけじゃないけど……」
「そう? つーかちょっと休憩しない? 喉乾いたよな」

 いつの間にか独り言になっていた思考が聞かれてやしないか、内心ドキドキしていたけれど、宮内はそんな素振りも見せずに休憩をしに花壇を出て行く。
 花壇の横に植えられている桜の木の下に二人並んで座り、それぞれ息を吐く。

「あー……木の陰ってかなり涼しいんだな。マジでエアコンの中みたいだ」
「うん。木陰は天然の冷却作用があるんだよ。それは木の枝や葉にわずかについている水分に空気が触れて流れてくるからであって……」

 大好きな植物の話題に食いついたふりをして、僕はさっきの独り言のことを忘れてほしい一心で、一人休憩の間ひとり喋り続けてしまう。

「だからグリーンカーテンも気休めなんかじゃないんだよ。ゴーヤとかつる科の植物の葉っぱについた水分で体感温度を下げる効果があると言われているんだ」

 ドキドキは喋るほどに落ち着いていくけれど、今度は僕の話を感心してうなずきながら聞いてくる宮内の眼差しが気になってくる。「へぇ、そうなんだなぁ!」と嗤わずに茶化さずに聞いていてくれるのが不思議だったし、やっぱり嬉しかった。

「緑野ってホントに植物とか花のこと好きなんだなー。この前俺がダメに仕掛けた花の苗もさ、全部ダメにしないで結構復活させてたじゃん。あれ、すげーよな。魔法か!? って思ったわ」

 事の発端になった苗たちは、すべてではないけれど大方復活させることができたのは幸いだった。完全に折れた物は摘み取ったり、松茂先生の助言も受けたりしてかなり手がかかったけれど、全滅にならなくてなによりだ。そのことを言っているんだろう。

「魔法ってほどじゃないけど……似たような言葉はあるんだよ」
「え、マジで? なに?」
「グリーンサムって言うんだ。緑の親指って意味で、どんな花も――たとえ枯れていたって――咲かせることができる。そんな指を持ってる人のことを言うんだ」
「へぇ……マジでそれ、緑野にぴったりだな! 名前も緑だし、めっちゃ花とか植物のこと知ってるし。マジ、グリーンサムじゃん!」

 そう言いながら宮内が目をキラキラさせて僕の右手を握りしめてくる。さっき僕が彼の手を握りしめたのと逆の立場になってしまい、心臓が跳ねるほど驚いた。しかもやっぱり、グイグイ迫って来るし。
 人懐っこい笑みにキラキラとした目が加わって反らすことも出来ない。

「あ、ありがと……」

 他人にこんなに触れられたり間近に来られることなんてほとんどない僕にとって、宮内はやっぱりパーソナルスペースがつかめない存在だ。

(でもなんでだろう……最近グイグイ来られても、あんまり……いや、全然イヤじゃないんだよな)

 僕の大切な場所に事故のように現れたのに。その出会い方を思い出すとどうしても苦笑いをしてしまうのだけれど、それもまた悪くないなと思っている自分もいた。