折角整えたのに、水遊びのせいでまた台無しになってしまった花壇を、結局また翌日からもやり直すことになった。
幸い苗はまだ新しいのを植える前だったので被害は出ていないけれど、土は肥料が流れてしまっているので作り直しだ。
もちろん花壇はここだけでもまだあと三つもあるので、それらにも同じことをしなくてはいけない。正面玄関のところにもあるし、教室棟のところにもずらっと並んでいる。
「花壇って思ったより数があるんだな」
花殻を摘み取りながら、宮内が独り言ともつかないことを呟く。きっといままで花壇の存在なんて気にかけたこともないんだろう。
(まあ、緑化委員でもないヒトが花壇を気にしてるなら、荒れ放題になることなんてないよね)
そしてきっと、僕だけの緑化委員なんて立ち上がることもなかっただろう。それはそれで僕に場所がなくなってしまうことにもなる気がするから……これでいいんだろうなと思う。
「え、あれ何してんの? お花摘み?」
「男子二人が? ウケるー」
今日は正門前の花壇の整備をしていて、早速春の花の花殻を摘んでいる所だ。放課後という時間帯なので下校していく生徒たちが行きかい、運動部が校舎の外周を走るトレーニングをしたりしていて結構人通りが多い。
しかも宮内は金色に近い茶髪をしている上に背も高く、何より顔が整っていることもあってか、かなり目立つみたいだ。
下校中の生徒たちがこちらをちらちら見ながらこそこそと笑っているのが聞こえ、何とも居た堪れない。
(なんか悪目立ちしてるみたいでヤダな……何でいつも見てないくせに今日に限ってみんな見てくるんだろう)
こそこそ言われて嗤われているのはきっと宮内にも聞こえているはずだ。スマホを向けられて写真とか動画とか撮られたりしないうちに、もう今日は帰っていいよ、って断った方がいいだろうか。
「あれ? 陸人?」
「なにしてんのこんなとこで」
悶々としながら作業をしていると、不意にそんな声が聞こえた。宮内同様大きな声の男子たち――同じクラスの山本と迫田だ――で、作業中の宮内の傍に寄ってくる。物珍しいものを見る目をしていて、なんだかいやな予感しかしない。
「おう、俺いま緑化委員だから」
「緑化委員? なにそれ?」
「そんな委員とかあったっけ?」
緑化委員は一応正式な委員ではあるけれど、現状僕が一人でやっているので知らない生徒も多い……というか知らないのがほとんどだ。
べつにそれはいいんだ。僕は誰かとやりたいと思ったことなんてないし、今回の宮内の件だって松茂先生が勝手に決めてしまったようなものなんだから。
でもそれを彼らにどう言えばいいんだろう。そうなったらあのリュック事件のことも話すことになるし、そのついでに僕の秘密――花とお喋りをすること――をバラされてしまう気がしてならない。
「なんで陸人がそんなのやってんだよ? そういうのいいから遊び行こうぜ」
そう、笑いながら山本が宮内の肩を叩いたけれど、宮内はそれをやんわり払って笑い返す。
「あー、そういうのはいまちょっと出来ないんだわ。ごめんな」
「え、陸人、真面目くん?」
てっきり遊びに誘われたらそっちに行ってしまうと思っていたのに、宮内はためらう様子もなく緑化委員の方を選んだ。その意外性に驚いたのは山本達だけでなく、僕も驚いて作業の手が停まる。
しかし宮内は特に気に留めている感じもなく、ひらひらと手を振ってこう答えた。
「そう。俺いまマジで緑野にご教授頂いてるから。また今度な」
「はあ!? 何それ!」
「つーか緑野って誰だよ?」
存在感のない僕のことを、クラスメイトである彼らが知るわけもなく、こっそりと手を挙げて「……僕です」というと、ギョッとした目を向けられた。まるで影が喋ったみたいなリアクションだ。
「み、宮内くんには、お世話になって、ます……」
自分でも何を言っているのやらと思ったけれど、それ以外に気の利いた言葉なんて浮かばなくて、なんだか宮内の親御さんみたいなことを言ってしまった。
当然それを山本たちの笑いのツボに入ったのか、ゲラゲラとお腹を抱えて笑い出した。
「緑野くん良いね、そのキャラ。こっちこそ、ウチの陸人がお世話かけてますーって感じだよな」
「保護者って言うか嫁ポジじゃね?」
それなー、と笑い合う山本たち僕の顔は恥ずかしさで赤く染まっていく。ああ、だからこういう陽キャなやつらって苦手なんだ……過ぎるのは幼い頃に花をバカにしてきた当時のクラスメイト達の姿や言葉で、僕はぎゅっと身を硬くする。
(いやだな、ヘンな誤解されて……。宮内くんだってきっと怒ってるだろうな……)
作業が中断されるのも、放り出されるのもイヤだったけれど、なにより苦手なタイプの機嫌取りをしなきゃいけなくなるかもしれないことが憂鬱だった。そもそも花壇の世話だって僕一人でやりたかったのを、当然のように二人でやることになっちゃっているのもおかしな話なのに……なんで僕が気を揉んでいるだろう?
いやだなという思いと、言いようのないイライラをどう示せばいいのかがわからずにうつむいていると、「べつになんだっていいだろ」と、宮内の声がした。
「べつに俺が緑化委員だろうが図書委員だろうが、お前らには関係ないだろ。それに、緑野は嫁ポジとかで俺といるわけじゃないし」
さらりとした調子でそう言い返した宮内に、山本たちはバツが悪そうに口をつぐむ。怒っている声色でもないのに宮内の言葉には妙に説得力があり、何故か僕がホッとしていた。
宮内の言葉に山本たちはそれ以上誘ってくることもなく、「じゃあな」と言って門を出て行った。その姿が見えなくなった頃、「……はーあ」と宮内がため息をつく。
「……ごめん、僕のせいで」
「え? なんで?」
「宮内くん、遊びに行きたかったんじゃない? べつに、無理してここ手伝ったりしなくてもいいよ」
僕一人でやる方が早いかもだし……とは流石に言わなかったけれど、でも、イヤイヤ残られて作業されるよりはいいからそういう思いを込めて言った。
「友達付き合いなんて僕にはわからないけど、誘いって断ったらダメなんでしょう? だから、いまからでも遅くないから――」
「べつに。あいつらとはまたいつでも遊べばいいし」
「え……そうなの?」
友達の誘いなんて断ったら、何かと不都合なんじゃないかとしか僕には思えなかったんだけれど、宮内のケロッとしている様子から察するにそうでもないみたいだ。
(でもだからって、友達の誘いより僕の方を優先される理由ってあるのかな?)
ふと浮かんだ疑問をぶつけてみようかどうか迷ったけれど……なんかそうしたら今度こそ宮内が遊びの方を選んでしまう気がして、やめておいた。なんと言うか、知らない方がいいことなんじゃないかなって思えたからだ。
「それよかさ、次は何したらいい?」
宮内は気分を切り替えるようにして大きな声でそう尋ねてきて、僕の顔を覗き込んでくる。その距離が相変わらずすごく近くて、毎度僕はのけぞりそうになる。
「だ、だから近いってば!!」
僕が顔を背けながら宮内の肩などを押し返すと、「あ、悪い」と、苦笑される。全然悪びれてない。その顔は、さっきまで迫田たちに見せていたのと少しだけ違う。
しかも何故かそれを見ても嫌じゃないんだ。嫌じゃないというか……いままで味わったことがない感じになる。
ふっと零れる笑みと吐息を感じるほど近くにある人懐っこく、不用意に無遠慮に僕の心臓を騒がせていけない。その理由もよくわからないのに……もう一度それが見たいなと思ってしまう。
(何なんだよ本当に……)
とにかく宮内は距離が近いんだよ……。慣れない彼のパーソナルスペースの感覚に、僕は溜め息交じりに作業を再開させた。
心臓がまだ余韻のようにドキドキと速く鼓動しているのを感じながら。
作業は午後の五時過ぎまで続き、進捗としては正面玄関のところの花殻を取るのと、校舎の花壇の土づくりが終わったくらいだ。
距離があるに箇所を行ったり来たりしつつ、道具を運んだり土や苗を抱えたりしていたので制服は泥だらけだし、体もクタクタだ。
「ッはー、よく働いたぁ!!」
倉庫の鍵を閉めていると、後ろで宮内が大きな声でそんなことを言う。確かに彼はよく動いてくれていたと思うけど、そうするように指示していた僕だってよく働いたと労ってもらいたい。
(人に指示して動かすって大変だ……)
何もわかっていない相手に指示をして動いてもらうよりも、何でもわかって把握している自分が動いた方がうんと早い気はするんだけど、手伝えとこっちが言っている以上は何かしてもらわないといけない気もする。とは言え僕はその手伝い自体を宮内にお願いしたわけじゃないんだけども。
(何はともあれ、今日もなんとか終わった……)
花壇の整備もあとどれくらいかかるかわからないけど、いつまでも僕がああしてこうしてと指示をしなきゃいけないのだろうかと思うと、手伝いとは……? という途方もない気持ちになってしまう。
そんな中でどうにか今日一日を無事に終えられてホッとしていると「緑野」と、宮内に呼ばれる。
「今日はもう終わり?」
「うん。だからもう帰っていい……」
「じゃあさ、コンビニ寄らねえ?」
作業終わりを告げると宮内はぱぁっと顔を輝かせ、そう提案してくる。何故彼とコンビニに行かなきゃなんだ?
「へ? コンビニ?」
そう、門を出たところにあるやつ。宮内はそう当たり前のように言うのだけれど、それって僕に奢れとかそう言うことだろうか……。
だから僕は即答で断ろうとしたのに、宮内は「行こうぜぇ」なんて言って勝手に手を牽いてくる。しかも指先を絡ませるようにして握りしめてくる。まだ僕は行くとも何とも言ってないのに。
「え、いや僕は、その……」
「やっぱ労働のあとは甘いもんでしょ」
ああ、やっぱり奢らされるんだ……と半ば絶望的な気分で学校を出て、そのまま例のコンビニへ入って行く。時間帯的に下校のピークは過ぎているものの、部活帰りの生徒はまだ結構いる。
その中にも宮内の顔見知り入るのか、「何やってんの?」とか「あ、陸人じゃん」とかやたらと声をかけられるし、それにも応えていく。
一方で僕なんかに気付いている人は誰もいないようだから声もかけられないんだけれど、そういう陽キャと陰キャの格差みたいなのも見せつけられていたたまれない。
(ああ……早く解放してくれないかな……帰りたい……)
半ば泣きそうな気持ちで宮内のあとをついて回る感じで店内を連れ回されていたら、「緑野、これでいい?」と、何かを差し出される。それは青いソーダバーだった。
「え、あ、お金? ちょっと待って……」
「いいって。溶けちゃうから早く外で食おうよ」
お金を払えということかと思っていたのに、そうじゃないと言われてまた手を牽かれる。
支払いは済ませたっていうことだろうか? そんなことを考えてぼうっとしていたら、封を開けられたアイスを手渡された。
「え? これ、僕の?」
「他に誰がいるんだよ」
そう苦笑されたのでおずおずと受け取ったアイスに口をつける。ひんやりとした甘さがクタクタな体に染み渡り、疲れを癒していく気がした。
アイスってこんなに美味しかったっけ……と思いながら、つい、「おいしい」と呟いてしまう。
「美味いよな、いっぱい体動かした後って」
「うん……。あ、そうだお金払わなきゃだよね。いくら?」
「ああ、いいよ」
あっさりとそう言いながら宮内は自分の文の青いアイスにかじりつき、「うめぇ」と笑う。その笑顔に何の曇りも窺えなくて余計に戸惑いを覚える。無条件で奢ったり奢られたりするほどに僕と彼の間柄は親密じゃないはずだからだ。
「でも、奢られるわけには……」
「奢りって言うか、お詫びって言うか」
「お詫び?」
お詫びなんて、花壇の件で言うならあの翌日から手伝ってもらっていることでチャラなはずなのに? 僕が訪ねようとすると、宮内は少し苦笑をして答える。
「さっき、山本たちに『嫁ポジ』とか言われて、なんか悪かったなぁって思って」
確かになんかそう言われていた気がするし、『嫁』というワードにびっくりはしたけれど、だからと言ってアイスを奢られなきゃいけないほど不快だったわけじゃない。
「べ、べつにそんなこと……」
そんなことないから、と言ったところで宮内の気が済むのかと言われれば、僕にはわからない。
わからないけれど……なんかちょっとだけ心に温かい雫がぽたんと垂れたようにあったかい気持ちになっていた。そしてそれは解けたアイスの雫のようにほんのり甘い。
嬉しいと簡単に片づけてしまうにはあまりにささやかで、あまりに儚いそれは、僕の中で蝋燭の灯りのように点る。
(こういう時って、なんて言えばいいんだろう。そんなことないよ、って言うとなんか宮内くんの気持ちを無下にしてるっぽくなっちゃう気がするし……)
いままで誰かとこうやって何か食べ物を一緒に食べたり、そこに気持ちを載せたりするようなことをしたことがなかったので、どうリアクションするのが正解なのかわからない。嬉しいって素直に言ってしまって、宮内が困らないかも気になってしまう。
(でももし許されるなら……嬉しいよって伝えてみたいけど……そういうのは、いきなり言われても迷惑かな)
だから結局僕は宮内と並んで黙々とアイスをかじる。アイスは冷たく甘く、胸の中の灯りにゆっくりと溶けていった。
幸い苗はまだ新しいのを植える前だったので被害は出ていないけれど、土は肥料が流れてしまっているので作り直しだ。
もちろん花壇はここだけでもまだあと三つもあるので、それらにも同じことをしなくてはいけない。正面玄関のところにもあるし、教室棟のところにもずらっと並んでいる。
「花壇って思ったより数があるんだな」
花殻を摘み取りながら、宮内が独り言ともつかないことを呟く。きっといままで花壇の存在なんて気にかけたこともないんだろう。
(まあ、緑化委員でもないヒトが花壇を気にしてるなら、荒れ放題になることなんてないよね)
そしてきっと、僕だけの緑化委員なんて立ち上がることもなかっただろう。それはそれで僕に場所がなくなってしまうことにもなる気がするから……これでいいんだろうなと思う。
「え、あれ何してんの? お花摘み?」
「男子二人が? ウケるー」
今日は正門前の花壇の整備をしていて、早速春の花の花殻を摘んでいる所だ。放課後という時間帯なので下校していく生徒たちが行きかい、運動部が校舎の外周を走るトレーニングをしたりしていて結構人通りが多い。
しかも宮内は金色に近い茶髪をしている上に背も高く、何より顔が整っていることもあってか、かなり目立つみたいだ。
下校中の生徒たちがこちらをちらちら見ながらこそこそと笑っているのが聞こえ、何とも居た堪れない。
(なんか悪目立ちしてるみたいでヤダな……何でいつも見てないくせに今日に限ってみんな見てくるんだろう)
こそこそ言われて嗤われているのはきっと宮内にも聞こえているはずだ。スマホを向けられて写真とか動画とか撮られたりしないうちに、もう今日は帰っていいよ、って断った方がいいだろうか。
「あれ? 陸人?」
「なにしてんのこんなとこで」
悶々としながら作業をしていると、不意にそんな声が聞こえた。宮内同様大きな声の男子たち――同じクラスの山本と迫田だ――で、作業中の宮内の傍に寄ってくる。物珍しいものを見る目をしていて、なんだかいやな予感しかしない。
「おう、俺いま緑化委員だから」
「緑化委員? なにそれ?」
「そんな委員とかあったっけ?」
緑化委員は一応正式な委員ではあるけれど、現状僕が一人でやっているので知らない生徒も多い……というか知らないのがほとんどだ。
べつにそれはいいんだ。僕は誰かとやりたいと思ったことなんてないし、今回の宮内の件だって松茂先生が勝手に決めてしまったようなものなんだから。
でもそれを彼らにどう言えばいいんだろう。そうなったらあのリュック事件のことも話すことになるし、そのついでに僕の秘密――花とお喋りをすること――をバラされてしまう気がしてならない。
「なんで陸人がそんなのやってんだよ? そういうのいいから遊び行こうぜ」
そう、笑いながら山本が宮内の肩を叩いたけれど、宮内はそれをやんわり払って笑い返す。
「あー、そういうのはいまちょっと出来ないんだわ。ごめんな」
「え、陸人、真面目くん?」
てっきり遊びに誘われたらそっちに行ってしまうと思っていたのに、宮内はためらう様子もなく緑化委員の方を選んだ。その意外性に驚いたのは山本達だけでなく、僕も驚いて作業の手が停まる。
しかし宮内は特に気に留めている感じもなく、ひらひらと手を振ってこう答えた。
「そう。俺いまマジで緑野にご教授頂いてるから。また今度な」
「はあ!? 何それ!」
「つーか緑野って誰だよ?」
存在感のない僕のことを、クラスメイトである彼らが知るわけもなく、こっそりと手を挙げて「……僕です」というと、ギョッとした目を向けられた。まるで影が喋ったみたいなリアクションだ。
「み、宮内くんには、お世話になって、ます……」
自分でも何を言っているのやらと思ったけれど、それ以外に気の利いた言葉なんて浮かばなくて、なんだか宮内の親御さんみたいなことを言ってしまった。
当然それを山本たちの笑いのツボに入ったのか、ゲラゲラとお腹を抱えて笑い出した。
「緑野くん良いね、そのキャラ。こっちこそ、ウチの陸人がお世話かけてますーって感じだよな」
「保護者って言うか嫁ポジじゃね?」
それなー、と笑い合う山本たち僕の顔は恥ずかしさで赤く染まっていく。ああ、だからこういう陽キャなやつらって苦手なんだ……過ぎるのは幼い頃に花をバカにしてきた当時のクラスメイト達の姿や言葉で、僕はぎゅっと身を硬くする。
(いやだな、ヘンな誤解されて……。宮内くんだってきっと怒ってるだろうな……)
作業が中断されるのも、放り出されるのもイヤだったけれど、なにより苦手なタイプの機嫌取りをしなきゃいけなくなるかもしれないことが憂鬱だった。そもそも花壇の世話だって僕一人でやりたかったのを、当然のように二人でやることになっちゃっているのもおかしな話なのに……なんで僕が気を揉んでいるだろう?
いやだなという思いと、言いようのないイライラをどう示せばいいのかがわからずにうつむいていると、「べつになんだっていいだろ」と、宮内の声がした。
「べつに俺が緑化委員だろうが図書委員だろうが、お前らには関係ないだろ。それに、緑野は嫁ポジとかで俺といるわけじゃないし」
さらりとした調子でそう言い返した宮内に、山本たちはバツが悪そうに口をつぐむ。怒っている声色でもないのに宮内の言葉には妙に説得力があり、何故か僕がホッとしていた。
宮内の言葉に山本たちはそれ以上誘ってくることもなく、「じゃあな」と言って門を出て行った。その姿が見えなくなった頃、「……はーあ」と宮内がため息をつく。
「……ごめん、僕のせいで」
「え? なんで?」
「宮内くん、遊びに行きたかったんじゃない? べつに、無理してここ手伝ったりしなくてもいいよ」
僕一人でやる方が早いかもだし……とは流石に言わなかったけれど、でも、イヤイヤ残られて作業されるよりはいいからそういう思いを込めて言った。
「友達付き合いなんて僕にはわからないけど、誘いって断ったらダメなんでしょう? だから、いまからでも遅くないから――」
「べつに。あいつらとはまたいつでも遊べばいいし」
「え……そうなの?」
友達の誘いなんて断ったら、何かと不都合なんじゃないかとしか僕には思えなかったんだけれど、宮内のケロッとしている様子から察するにそうでもないみたいだ。
(でもだからって、友達の誘いより僕の方を優先される理由ってあるのかな?)
ふと浮かんだ疑問をぶつけてみようかどうか迷ったけれど……なんかそうしたら今度こそ宮内が遊びの方を選んでしまう気がして、やめておいた。なんと言うか、知らない方がいいことなんじゃないかなって思えたからだ。
「それよかさ、次は何したらいい?」
宮内は気分を切り替えるようにして大きな声でそう尋ねてきて、僕の顔を覗き込んでくる。その距離が相変わらずすごく近くて、毎度僕はのけぞりそうになる。
「だ、だから近いってば!!」
僕が顔を背けながら宮内の肩などを押し返すと、「あ、悪い」と、苦笑される。全然悪びれてない。その顔は、さっきまで迫田たちに見せていたのと少しだけ違う。
しかも何故かそれを見ても嫌じゃないんだ。嫌じゃないというか……いままで味わったことがない感じになる。
ふっと零れる笑みと吐息を感じるほど近くにある人懐っこく、不用意に無遠慮に僕の心臓を騒がせていけない。その理由もよくわからないのに……もう一度それが見たいなと思ってしまう。
(何なんだよ本当に……)
とにかく宮内は距離が近いんだよ……。慣れない彼のパーソナルスペースの感覚に、僕は溜め息交じりに作業を再開させた。
心臓がまだ余韻のようにドキドキと速く鼓動しているのを感じながら。
作業は午後の五時過ぎまで続き、進捗としては正面玄関のところの花殻を取るのと、校舎の花壇の土づくりが終わったくらいだ。
距離があるに箇所を行ったり来たりしつつ、道具を運んだり土や苗を抱えたりしていたので制服は泥だらけだし、体もクタクタだ。
「ッはー、よく働いたぁ!!」
倉庫の鍵を閉めていると、後ろで宮内が大きな声でそんなことを言う。確かに彼はよく動いてくれていたと思うけど、そうするように指示していた僕だってよく働いたと労ってもらいたい。
(人に指示して動かすって大変だ……)
何もわかっていない相手に指示をして動いてもらうよりも、何でもわかって把握している自分が動いた方がうんと早い気はするんだけど、手伝えとこっちが言っている以上は何かしてもらわないといけない気もする。とは言え僕はその手伝い自体を宮内にお願いしたわけじゃないんだけども。
(何はともあれ、今日もなんとか終わった……)
花壇の整備もあとどれくらいかかるかわからないけど、いつまでも僕がああしてこうしてと指示をしなきゃいけないのだろうかと思うと、手伝いとは……? という途方もない気持ちになってしまう。
そんな中でどうにか今日一日を無事に終えられてホッとしていると「緑野」と、宮内に呼ばれる。
「今日はもう終わり?」
「うん。だからもう帰っていい……」
「じゃあさ、コンビニ寄らねえ?」
作業終わりを告げると宮内はぱぁっと顔を輝かせ、そう提案してくる。何故彼とコンビニに行かなきゃなんだ?
「へ? コンビニ?」
そう、門を出たところにあるやつ。宮内はそう当たり前のように言うのだけれど、それって僕に奢れとかそう言うことだろうか……。
だから僕は即答で断ろうとしたのに、宮内は「行こうぜぇ」なんて言って勝手に手を牽いてくる。しかも指先を絡ませるようにして握りしめてくる。まだ僕は行くとも何とも言ってないのに。
「え、いや僕は、その……」
「やっぱ労働のあとは甘いもんでしょ」
ああ、やっぱり奢らされるんだ……と半ば絶望的な気分で学校を出て、そのまま例のコンビニへ入って行く。時間帯的に下校のピークは過ぎているものの、部活帰りの生徒はまだ結構いる。
その中にも宮内の顔見知り入るのか、「何やってんの?」とか「あ、陸人じゃん」とかやたらと声をかけられるし、それにも応えていく。
一方で僕なんかに気付いている人は誰もいないようだから声もかけられないんだけれど、そういう陽キャと陰キャの格差みたいなのも見せつけられていたたまれない。
(ああ……早く解放してくれないかな……帰りたい……)
半ば泣きそうな気持ちで宮内のあとをついて回る感じで店内を連れ回されていたら、「緑野、これでいい?」と、何かを差し出される。それは青いソーダバーだった。
「え、あ、お金? ちょっと待って……」
「いいって。溶けちゃうから早く外で食おうよ」
お金を払えということかと思っていたのに、そうじゃないと言われてまた手を牽かれる。
支払いは済ませたっていうことだろうか? そんなことを考えてぼうっとしていたら、封を開けられたアイスを手渡された。
「え? これ、僕の?」
「他に誰がいるんだよ」
そう苦笑されたのでおずおずと受け取ったアイスに口をつける。ひんやりとした甘さがクタクタな体に染み渡り、疲れを癒していく気がした。
アイスってこんなに美味しかったっけ……と思いながら、つい、「おいしい」と呟いてしまう。
「美味いよな、いっぱい体動かした後って」
「うん……。あ、そうだお金払わなきゃだよね。いくら?」
「ああ、いいよ」
あっさりとそう言いながら宮内は自分の文の青いアイスにかじりつき、「うめぇ」と笑う。その笑顔に何の曇りも窺えなくて余計に戸惑いを覚える。無条件で奢ったり奢られたりするほどに僕と彼の間柄は親密じゃないはずだからだ。
「でも、奢られるわけには……」
「奢りって言うか、お詫びって言うか」
「お詫び?」
お詫びなんて、花壇の件で言うならあの翌日から手伝ってもらっていることでチャラなはずなのに? 僕が訪ねようとすると、宮内は少し苦笑をして答える。
「さっき、山本たちに『嫁ポジ』とか言われて、なんか悪かったなぁって思って」
確かになんかそう言われていた気がするし、『嫁』というワードにびっくりはしたけれど、だからと言ってアイスを奢られなきゃいけないほど不快だったわけじゃない。
「べ、べつにそんなこと……」
そんなことないから、と言ったところで宮内の気が済むのかと言われれば、僕にはわからない。
わからないけれど……なんかちょっとだけ心に温かい雫がぽたんと垂れたようにあったかい気持ちになっていた。そしてそれは解けたアイスの雫のようにほんのり甘い。
嬉しいと簡単に片づけてしまうにはあまりにささやかで、あまりに儚いそれは、僕の中で蝋燭の灯りのように点る。
(こういう時って、なんて言えばいいんだろう。そんなことないよ、って言うとなんか宮内くんの気持ちを無下にしてるっぽくなっちゃう気がするし……)
いままで誰かとこうやって何か食べ物を一緒に食べたり、そこに気持ちを載せたりするようなことをしたことがなかったので、どうリアクションするのが正解なのかわからない。嬉しいって素直に言ってしまって、宮内が困らないかも気になってしまう。
(でももし許されるなら……嬉しいよって伝えてみたいけど……そういうのは、いきなり言われても迷惑かな)
だから結局僕は宮内と並んで黙々とアイスをかじる。アイスは冷たく甘く、胸の中の灯りにゆっくりと溶けていった。



