ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 昨日の事故とも言える出来事のせいでひどいことになった花壇を、ひとまず片付けることから新体制の緑化委員は始めることにした。
 とは言え、普段自分一人だけで淡々とこなしている作業を、園芸のえの字も知らない人に教えながらってどうしたらいいんだろうか。

「緑野! まず何からやればいい? 花壇って花植えりゃいいのか?」
「あー、えっと手順があるからちょっと待って……」

 待ってと言われた宮内は、「おう!」と返事をしてニコニコと佇んでいる。僕なんかよりはるかに大きい……きっと180センチはあるだろう彼は、本当に花がある風景が似合わない。
 ひとまず僕らは、昨日押し潰されてしまってぐちゃぐちゃになったジニアやセンニチコウを摘み取ったり抜いたりしていく。新しい苗を植える際に妨げになってしまうからだ。
 正直こんなことで苗が潰されて植え替えになるなんて思わなかったから結構辛い作業ではある。

「枯れたやつとかってそのままにしておけば栄養になるんじゃねえの? そのー、肥料とかになってさ」

 めんどくせえな、なんて言われるんだろうかと思ってビクビクしていたけれど、素朴な疑問として聞いているようだ。春の花の盛りを過ぎたものや、折れた苗などを取り除いていく宮内の手は、思っているよりもちゃんと動かされている。

「枯れた草花をそのままにしておくと、病気や害虫の元になってしまったりするんだ。肥料にするにはもっと専門的な手間と時間がかかるから……」
「え? そうなのか? 草とかが腐ったらそのまま肥料になるんじゃねえの?」
「そう思われがちだけど、実際はまだ枯れ切ってないから、新しい方に栄養が行かなくなってしまうんだ。あと、カビや病気にもなりやすくなるし……だから、その……申し訳ないけど……」

 僕からすれば初歩も初歩の話なんだけれど、普段花の世話なんてしない人からすれば目新しいことなのかもしれない。宮内は摘み取った苗を掲げるように見つめて、「へーぇ!」と、感心したように声を上げた。本当に感心しているかどうかはわからないけれど、でも目はキラキラさせている。

「パンジーの花は花殻(はながら)を摘むだけでいいからね。もう少し咲くだろうから」
「はながら?」
「花が咲き終わって、こうやってくっついてるやつだよ」

 そう言いながら、実際に花殻の場所を教え、取り方を見せてみる。
 宮内は要領を得たのか「オッケー」と言いながら早速作業を始めてくれた。これでしばらくは大人しくやっててくれるかな……と、思っていたら「おお!?」と、変な声を早速あげるのでびっくりする。

「緑野! なんか種みたいの出来てんじゃねえのこれ!」
「ああ、まあそうだけど……これは取っちゃわないとなんだ」

 だから僕が躊躇(ためら)う様子なくむしり取ると、「あーッ!」と、宮内がまた大袈裟に声を上げる。

「なにすんだよ! 種だろ!」

 まるで人でなしとでも言いだしかねない剣幕で迫って来る宮内だが、花に関しては僕の方がよく知っている自負がある。だから負けずに――正直言えば怖いけれど――言い返す。

「は、花をまだ咲かせるには……は、花殻を取っておかないと、なんだ。まだ咲く花を咲かせるために」
「なんで! 種なんだからまた撒けばいいんじゃねえの?」
「え、園芸種を種から素人が育てるのは……む、難しいよ。夏を乗り切れるか、冬を越せるかも……わからない、し……さっきも言ったみたいに、まだ咲く蕾に栄養が行かなくなる、し……」

 だからこそ、いま植えている花は天寿を全うさせるべく精一杯咲かせてあげる――それが庭に植えた人間の役割だと僕は思っている。
 そうしどろもどろに説明すると、宮内はシュン、とうな垂れて黙ってしまった。
 言い過ぎただろうか……と、思ったが、でも間違ったことは言っていない。慰めようにも言葉が見つからないでおろおろしていると、「……マジかぁ」と、宮内がうめく。

「種が出来りゃそれでオッケーってわけじゃねえんだな」
「そう……だね。園芸種は特にそうかもしれない。種を取るための品種ではないから」

 おどおどしつつもそう説明すると、宮内はやけに神妙な顔をして作業に戻っていく。さっきよりも顔つきは真剣で、手付きも慎重だ。
 ビオラやパンジーは花壇の中でも多くの割合を占めているので相当数ある。その一つ一つの花殻を取っていかなくてはいけないので、やはり人出があると作業の捗り具合が違う。普段なら二日がかりの作業が、今日の二時間もかからないで終わってしまったのだから。
 きれいに花殻を取り除いたパンジーとビオラに水をやったところで今日は作業終了の予定だ。

「宮内くん、水撒きしてくれる? ホースはこれで、全体に撒くように」
「オッケー」

 そう言って手渡したホースを手に、宮内は揚々した様子で花壇を一周していく。ホースは古い園芸用のものだ。
 水撒きしてもらっている間に、僕は道具の片づけをする。

(こうやって分担できるのはタイパが良いよね)

 こういうことなら、ここだけでなく校内の他のまだ手付かずの花壇の手入れもできるんじゃないだろうか。そんなことを考えていたその時、「緑野ぉ」と呼ばれたかと思うと、突然背後から冷たい何かをぶっかけられた。
 一体何が……と、振り返ると、間髪入れずに僕の顔面に水が直撃し、一気に前髪も制服も濡れていく。

「な……なにしてんだよ!」
「っははは! 水も滴るいい男の完成ぃ」

 突然水をぶっかけられて自体が呑み込めないが、どうやら宮内は勝手に水遊びを始めたらしい。僕にぶっかけたあとに自らもホースから直に水を浴び始め、ひゃあひゃあ言っている。

「水撒きしろって言ったけど、遊べとは言ってないだろ!」
「いいじゃん、これだって水撒きだって。もう暑いくらいだから気持ちいいじゃん」

 そう言いながらなおも水での攻撃を止めない宮内から、僕はとにかく逃げ回ることに終始した。
 逃げ回る僕の姿が面白いのか、結構執拗に宮内は追いかけてくる。もう制服なんて滴るほどに濡れている。
 花への水やりは充分すぎるほどにはなったけれど、宮内の水撒きは止まる気配がない。「もういいってば!」と、僕が何度か叫んだところで、ようやく水が停まった。
 折角今日整えた花壇の土も水たまりが出来てしまっていたし、ほかの花壇も今日は過剰に水をやってしまったと思う。花の様子が気になって、僕は濡れているのも気にせずに花壇に駆け寄り、花を診る。
 水滴はかなり滴ってはいるけれど、水圧で折れたりはしていないようだ。それにホッとしていると、突然何かがふわりと僕の頭を覆うように降ってきて、わしゃわしゃと乱暴に髪と頭をかき回され始めた。

「え!? なに!?」

 突然降ってきたやわらかなタオルらしきものの感触と乱暴な扱いに軽くパニックになってると、「いいからジッとしとけ」なんて宮内の声がする。

「すっげー濡らしちゃったから拭かせてよ」

声が異様に近くに超えて、僕は一層慌てて身をよじって手を振り払う。その時タオルの隙間から覗いたのは、間近に迫っていた宮内の整った顔がすぐそこに。
元より高い鼻だとかちゃんと整えられてる眉毛だとか、甘く垂れてる目元が濡れた髪のせいもあって余計に色気みたいなのを感じさせる……って、僕は何を言ってるんだろう?
思いがけず見つめ合う感じになってしまい、僕は慌てて声を上げた。

「は、離してよ! いいよ、自分でするから!」

あまりに近くて、まるで覆い被さっているというか、抱きしめられてるみたいな感じがして、うっかり突き飛ばしてしまった。やり過ぎたかなと一瞬思いはしたけれど、それ以上に心臓が大騒ぎですぐそれどころじゃなくなってしまった。
 どこから出て来たのか、どことなく知らない家のにおいがするタオルは、きっと宮内の家のなんだろう。でもなんでこんなの用意してるんだろう。僕は別に持ってきてとは言っていないはずなのに。

(まさか最初から水遊び目的だったとか?)

 陽キャだから、隙あらば遊ぼうなんて思ってたんじゃないだろうか。これだから陽キャは……なんて偏見もいいところなことを考えると同時に、ふと、これってもしかして宮内の家のにおい? 宮内のにおい? なんてことに気付いてしまい、一気に恥ずかしくなっていく。
 そんなことをぐるぐる悶々と考えていたら、僕はいつの間にか花壇の脇にタオルを被ったままうずくまっていた。

「緑野? 大丈夫か?」

 ポンと宮内の手が僕の頭に触れてくる。だから僕はそっとタオルの隙間から宮内を窺うように見上げると、お互い前髪からしずくを滴らせながら目が合った。それもやっぱり距離が近くて、たった10数センチ以内のところに宮内がしゃがみ込んでいたのだ。
 やんちゃそうだけど人懐っこい笑みを浮かべている目がキュッと細められ、僕に笑いかけてくる。眩しいという表現がぴったりな邪気のない笑顔に、こちらの目がくらんでしまいそうだ。しかもそれが、触れられそうなほど近くに――

「わ、わぁぁ!」

 触れられるほどの至近距離で笑いかけられるなんて、正直これまでの人生にほとんどない。他人にそんな風にされるなんて、多分初めてだ。
 至近距離で見つめられるなんてめったにないから、さっきからヘンな声ばかり出てしまうし、心臓がやたらドキドキしてしまう。
 またもやはじけ飛ぶように僕が飛び上がると、宮内は跳ね除けたタオルを上手いことキャッチして笑う。

「良かった、生きてて」

 苦笑してそんなことを言う宮内は、ためらう様子なく僕が被っていたタオルで自分の髪なんかを拭き始める。

「……い、生きてるよ。そんなひ弱じゃないよ」
「そっかぁ? さっき死にそうな悲鳴上げてたじゃんか」
「あ、あれは……あんな至近距離にヒトがいたから……。ち、近すぎだよ」

 そう、あれはそういう悲鳴だ。べつに宮内の顔の良さに驚いたわけじゃ決してない。いまだってまだドキドキしてる気がするけど……気がするだけだ。

「そうか? べつに普通じゃね? ほら」
「だから近いってば!!」

 僕と宮内のパーソナルスペースはどうも違うらしく、グイグイ無遠慮に詰めてこられるのは正直恐怖に近い。まるで繁殖力の強い外来種のランタナやヒナゲシのようなタフさ……というか遠慮のなさだ。
 宮内は僕の言い訳にクスッと笑って、「そっか」とだけ呟く。そしてついっと触れるような感じで僕の濡れた前髪に触れてきた。

「緑野、なんでこんな前髪長いの? こんな目ぇぱっちりでかわいい系なのに」

 ほら、ここをこうしてさ、とか言いながら宮内はシャツの胸ポケットからピンを取り出して器用に前髪を留めていく。突然良好になった視界には、夕日の中でひとり満足げな顔をしている宮内の姿がはっきりと映し出された。

「え……あ、ちょ、これ……」
「うん、いいんじゃね? デコ出しかわいいじゃん、緑野」

 僕の花壇に誰かがいることだけでも異常事態なのに、水遊びになったり、びしょ濡れになったり。挙げ句髪型までいじられて、いつもなら最悪だ! って心の中で絶望したくなるはずの状況だ。
 それなのに……「いいじゃん」と言って笑いかけてくる宮内の顔を見ていたら、絶望の黒い影が砂のように消えていくのはどうしてなんだろう。甘く垂れた目を細めて笑いかけられると、うろたえて慌てている心が静かに落ち着いていくのが不思議だ。なんてことないだろう、って宮内に言われているみたいで、実際その通りになってしまうんだ。

「や、やめろってば!」
「乾くまでそうしてなよ。水が滴って邪魔だろ?」

 もっともな言い分に、結局僕は従うように前髪をしばらく止められていた。
 嬉しいとは言い切れないけれど、いやだとも言い切れない気持ちが小さく胸の中に湧いていて、宮内にどうリアクションしたらいいのかわからない。何か気の利いたことを言わなきゃと思うけれど、生憎僕にはそんなセンスはない。

(べつに、宮内にどう思われようと、僕のセンスなんてどうでもいいはずなのに)

 なんだかよくわからない気持ちの種のようなものを感じながら、僕はまだ濡れたままの制服をどうするかを考えていた。