(ああ、そろそろ花壇の花を植え変えなきゃだな)
生物の授業中、僕は頬杖を突きながら窓の外を眺めてそんなことを考えていた。
四階建ての校舎の三階にある僕のクラスからは、中庭の花壇が良く見える。いわゆる学校花壇であるそこには、いまパンジーやビオラ、チューリップなどが咲き誇っている。どれも僕が冬休みから春先にかけて植えたものだ。
花壇の花は色別に植えているので、二階以上から見下ろすとなかなか見ものだと自分でも思う。
でもきっと、この学校でそんなことを思っている生徒は僕くらいだろう。現にいま花壇に関心を持って見ているのは僕だけだし、ほかの時間休み時間の時でさえ花壇を見ている生徒を見たこともないし。
(でもその方がいい。観光地みたいに花を見に来てるんだか映えを探しに来てるんだかわからない人たちに囲まれてるより、無関心の方でいられた方がまだマシだ)
だってそれなら花が傷つけられるようなことはないし、それを見て僕が悲しくなることもないからだ。例えば、8歳のあの時みたいに。
思い出すだけで未だに胸の奥がぎゅっと潰れそうになるほど傷むのは、僕や家族が大切に育てた花を雑に扱われたからだ。あれ以来僕は、花の良さがわからない人とその良さを分かち合うことは無理なんだと思い知った。
「皆さんがよく耳にしたことがあるであろう、DNAとは、真核生物の核の中に含まれている染色体の成分として存在していて――」
のんびりとした声で解説をしている生物の先生の声は子守歌のようなのか、教室の半分以上がうつむいて眠っている。ゆらゆら舟をこいでいる人もいる。
でも授業聴いている風に見えるだけまだマシで、堂々とスマホを出してゲームしたり、マンガ読んだりしているやつはどうなんだろうか。時折、授業中にもかかわらずくすくす笑っているあたり、僕とは住む世界が違うなと思う。
(住む世界が違うからこそ、花が目に入らないんだろうけどさ)
彼らにはきっと、僕のように花を素敵だとかかわいいとか思うようなことはないんだろうな……なんて考えていると、チャイムが鳴り、授業が終わりを告げる。
号令をかけられての挨拶もそこそこに、昼休みになったのでみんなそれぞれの場所に散っていく。
僕も昼食を取りに移動をしようとしたその時、休み時間になって早速はしゃぐように暴れているクラスメイトの男子が不意に後ろに下がってきて体当たりされた。
身長が160センチで低めな上に痩せ型の僕は、はるかに背が高くて体格がいい彼に吹き飛ばされるように倒れ込む。それだけならまだしも、さらに僕の上には垂れた甘い目つきをした彼が覆い被さるようになっていた。
「……ッ!?」
「あ、悪ぃ! ……って、えーっと名前なんだっけ……」
「……み、緑野」
「みの?」
緑野樹というのが僕の名前で、高校二年生になってそろそろ2カ月も経つというのに、僕は一向に名前を覚えられていないようだ。
名前を訂正しようかどうか迷っている内に、体当たりしてきた明るい茶髪のクラスメイト――たしか、宮内陸人とか言うやつだ――はどこかへ行ってしまったらしく、僕はのそのそと立ち上がって教室を出て行くことにする。教室は騒々しくて落ち着かないし、また何かあったら困る。早く静かな場所に行かないと。
しかし、教室の出入り口に女子が溜まっていて通れなくて、「あの、すみません」と声をかけても、おしゃべりに夢中で気付く気配がない。
「あの……すみません、通りたいんですけど……」
僕が声をかけるたびに話が盛り上がるのか爆笑が起こり、全く聞いてもらえない。どうしよう、このままではお弁当が食べられないかも……。
「なあ、みのが通りたいみたいだからどいてやってよ」
すると不意にそんな声がして、振り返るとさっき僕にぶつかった宮内が僕の後ろから大きな声で女子たちに声をかけてくれた。
「え? あー、ごめんねぇ、言ってよ、みのくん」
そう笑いながら形だけの謝罪をもらったけれど、僕はぺこりと頭を下げることしかできない。
特にこういう明るい系のクラスメイトとは目を合わせるのも怖いから、僕は前髪を目が隠れるほど長くしている。当然髪も真っ黒だ。
「てか、陸人ぉ、みのって誰?」
「誰って……そこにいるじゃんかよ。そこの黒髪の、ちびっこいやつ」
えー? 知らなーいという声が上がって、また爆笑が沸き起こる。その声がなんだか僕の存在そのものを嗤っているようだ。しかもちびっこい奴だなんて。あまりに居た堪れなくて僕は速足で教室をあとにした。
三階の階段を降りて、一階の外廊下を外れて中庭を抜けると、昔焼却炉があったという校舎裏に辿り着く。そこが、僕が唯一校内で静かだと思える、とっておきの場所だ。
花壇には先程の中庭に植えていたパンジーやビオラの他に、アネモネやサクラソウも植えてある。緑化委員をしている僕が個人的に管理しているお気に入りの花壇なんだけれど、委員は僕一人だ。だから気ままに過ごすことが出来ているとも言える。
「ああ、今日もみんなかわいいね。すごくきれいだよ」
そう声をかけながら、僕は花壇の隅々まで見て回る。虫がついていないか、ゴミが落ちていないか、まるで愛しい我が子を慈しむように。正直自分の容姿よりも気にしている気がする。『樹ももう少し服装とか髪に頓着しなさいよ、折角色白でかわいい系の顔してるのに』と、母さんには言われるけれど、僕の服装とか髪とか顔とかなんて花の前では無意味だからどうでもいい。
ひと通り見て回ったら、そよ風に揺れて咲く花々を見ながら昼食のお弁当を食べる。春先は気温も丁度良くて花も盛りで本当にいい季節だ。
「はぁ……やっぱりいいなぁ、花って」
素朴だけれど飾り気のない花壇は、僕にとって何よりの癒しだ。さっきぶつかられたことも、名前を覚えられていなかったことも、この景色を見ていたらどうでもよくなってしまう。
花にとって、人間の一人一人の名前なんてきっとどうでもいいことだろう。僕が緑野だろうが、みのだろうが、花は毎日変わりなく咲いてくれる。手をかけて世話をすればするほど、素直に答えてくれる。いちいち名前を知ってるとか知らないとかで笑ったりしない。僕がいる、ただそれだけでいいって言ってくれているようでホッとする。
そんなことを考えていると、ふと、花壇の端に少し元気のない株があるのが目に留まった。どうやら周りよりも成長が遅いのか、小さいようだ。
僕は弁当箱を片付けて立ち上がり、その株の許へ歩み寄る。
「ごめん、ちょっと植える時距離を詰めすぎちゃったのかもね。日向に植え替えてあげようね」
幸いまだ花は枯れるほどではないようなので、そっと手で掬うように掘り起こす。そうして花壇の傍に置かれていたプランターの中に置き、倉庫から腐葉土を持ってきて植え替えの作業を始める。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。きっとちゃんときれいに咲けるからね」
そっと小さな子の頭を撫でるように花びらに触れ、それからやさしくジョウロで水を与える。心なしかさっき花壇にいた時よりも少しだけ元気になったように見えた。水滴をまとう小さな花びらや葉っぱはまるでドレスのようにキラキラしていて、見ていると本当に心が安らいでくる。なにより、少しでも元気を取り戻せたかなと思うと、この作業にやりがいを感じるのだ。
「あれ、緑野くん。君またぼっち飯なの?」
そう言われて振り返ると、コーヒーカップ片手に白衣姿の松茂先生が校舎の窓から顔を出していた。
ひょろりと背が高くてメガネにもじゃもじゃ頭に無精ひげの松茂先生は、飄々としていて一見年齢不詳だが噂によれば三十代とも四十代とも言われている。花壇は生物学教室の前にあるので、時々こうして昼休みや放課後に顔を覗かせてくる。
「相変わらず熱心だねぇ。休み時間返上で植え替え?」
「ええ。ちょっと影になってたので」
「ああ、そのビオラか。寒さに強い種だから大丈夫かと思ってたけど、やはり日光は植物には欠かせないということだな。植物に限らず生きとし生けるものすべての栄養だけども」
「セロトニンでしたっけ?」
「そう! セロトニンはその気になれば自分の体内でも自在に分泌ができるとも言われていてね」
生物の担当だからなのか、それとも植物好きだから生物の先生なのか、とにかく松茂先生はこうして隙あらば植物の小ネタを挟んでくる。僕なんかよりうんと詳しいので、先生との会話はすごく勉強になって楽しい。
松茂先生の植物ヲタクっぷりはすさまじく、生物学教室の隣の準備室には所狭しと植物の標本や図鑑があって、僕にしてみれば貴重な知識の宝庫だ。そこに、先生は職員室よりずっと入りびたっている。
「私も人のことを言えた性質じゃないけれど、緑野くんも一人が好きだねぇ。委員会まで一人だなんて」
そう、先生は苦笑しつつコーヒーを飲んでいるけれど、いつものことなので僕は気にしない。
そもそも緑化委員がこの学校にあるなんて、きっとみんな知らないんじゃないだろうか。きっと、花がこうして手入れされていることさえも関心がない気がする。
「いいんです。花の良さがわからない人なんかにここに来られたって、花も嬉しくないだろうから」
ねー、と呼び掛けるように僕が花に話しかけて撫でていると、先生はやれやれと肩をすくめる。
「まあ、その分植物は注がれた愛情に素直に答えてくれるから……やりがいはあるか」
その通りだと言わんばかりに僕が肯くと、遠く、どこからか馬鹿笑いしている声が響く。僕とは全く世界が違う声は恐ろしいくらいに大きくて野蛮に聞こえる。
ここはそういうものから隔絶されている、ある意味楽園のような場所だ。松茂先生がいるとは言え、ほぼ僕だけが管理しているんだから。
「十代の男の子が、ひとり花を愛でる青春ねぇ……まあ、それもありか」
そう、これは僕にとっての青春だ。誰にも邪魔されない静かな空間を作り上げて過ごす、幸せなひとときだ。
「ええ。全然大ありです」
僕が自信たっぷりに答えると、先生は困ったような顔をして笑ってコーヒーを飲んでいた。
生物の授業中、僕は頬杖を突きながら窓の外を眺めてそんなことを考えていた。
四階建ての校舎の三階にある僕のクラスからは、中庭の花壇が良く見える。いわゆる学校花壇であるそこには、いまパンジーやビオラ、チューリップなどが咲き誇っている。どれも僕が冬休みから春先にかけて植えたものだ。
花壇の花は色別に植えているので、二階以上から見下ろすとなかなか見ものだと自分でも思う。
でもきっと、この学校でそんなことを思っている生徒は僕くらいだろう。現にいま花壇に関心を持って見ているのは僕だけだし、ほかの時間休み時間の時でさえ花壇を見ている生徒を見たこともないし。
(でもその方がいい。観光地みたいに花を見に来てるんだか映えを探しに来てるんだかわからない人たちに囲まれてるより、無関心の方でいられた方がまだマシだ)
だってそれなら花が傷つけられるようなことはないし、それを見て僕が悲しくなることもないからだ。例えば、8歳のあの時みたいに。
思い出すだけで未だに胸の奥がぎゅっと潰れそうになるほど傷むのは、僕や家族が大切に育てた花を雑に扱われたからだ。あれ以来僕は、花の良さがわからない人とその良さを分かち合うことは無理なんだと思い知った。
「皆さんがよく耳にしたことがあるであろう、DNAとは、真核生物の核の中に含まれている染色体の成分として存在していて――」
のんびりとした声で解説をしている生物の先生の声は子守歌のようなのか、教室の半分以上がうつむいて眠っている。ゆらゆら舟をこいでいる人もいる。
でも授業聴いている風に見えるだけまだマシで、堂々とスマホを出してゲームしたり、マンガ読んだりしているやつはどうなんだろうか。時折、授業中にもかかわらずくすくす笑っているあたり、僕とは住む世界が違うなと思う。
(住む世界が違うからこそ、花が目に入らないんだろうけどさ)
彼らにはきっと、僕のように花を素敵だとかかわいいとか思うようなことはないんだろうな……なんて考えていると、チャイムが鳴り、授業が終わりを告げる。
号令をかけられての挨拶もそこそこに、昼休みになったのでみんなそれぞれの場所に散っていく。
僕も昼食を取りに移動をしようとしたその時、休み時間になって早速はしゃぐように暴れているクラスメイトの男子が不意に後ろに下がってきて体当たりされた。
身長が160センチで低めな上に痩せ型の僕は、はるかに背が高くて体格がいい彼に吹き飛ばされるように倒れ込む。それだけならまだしも、さらに僕の上には垂れた甘い目つきをした彼が覆い被さるようになっていた。
「……ッ!?」
「あ、悪ぃ! ……って、えーっと名前なんだっけ……」
「……み、緑野」
「みの?」
緑野樹というのが僕の名前で、高校二年生になってそろそろ2カ月も経つというのに、僕は一向に名前を覚えられていないようだ。
名前を訂正しようかどうか迷っている内に、体当たりしてきた明るい茶髪のクラスメイト――たしか、宮内陸人とか言うやつだ――はどこかへ行ってしまったらしく、僕はのそのそと立ち上がって教室を出て行くことにする。教室は騒々しくて落ち着かないし、また何かあったら困る。早く静かな場所に行かないと。
しかし、教室の出入り口に女子が溜まっていて通れなくて、「あの、すみません」と声をかけても、おしゃべりに夢中で気付く気配がない。
「あの……すみません、通りたいんですけど……」
僕が声をかけるたびに話が盛り上がるのか爆笑が起こり、全く聞いてもらえない。どうしよう、このままではお弁当が食べられないかも……。
「なあ、みのが通りたいみたいだからどいてやってよ」
すると不意にそんな声がして、振り返るとさっき僕にぶつかった宮内が僕の後ろから大きな声で女子たちに声をかけてくれた。
「え? あー、ごめんねぇ、言ってよ、みのくん」
そう笑いながら形だけの謝罪をもらったけれど、僕はぺこりと頭を下げることしかできない。
特にこういう明るい系のクラスメイトとは目を合わせるのも怖いから、僕は前髪を目が隠れるほど長くしている。当然髪も真っ黒だ。
「てか、陸人ぉ、みのって誰?」
「誰って……そこにいるじゃんかよ。そこの黒髪の、ちびっこいやつ」
えー? 知らなーいという声が上がって、また爆笑が沸き起こる。その声がなんだか僕の存在そのものを嗤っているようだ。しかもちびっこい奴だなんて。あまりに居た堪れなくて僕は速足で教室をあとにした。
三階の階段を降りて、一階の外廊下を外れて中庭を抜けると、昔焼却炉があったという校舎裏に辿り着く。そこが、僕が唯一校内で静かだと思える、とっておきの場所だ。
花壇には先程の中庭に植えていたパンジーやビオラの他に、アネモネやサクラソウも植えてある。緑化委員をしている僕が個人的に管理しているお気に入りの花壇なんだけれど、委員は僕一人だ。だから気ままに過ごすことが出来ているとも言える。
「ああ、今日もみんなかわいいね。すごくきれいだよ」
そう声をかけながら、僕は花壇の隅々まで見て回る。虫がついていないか、ゴミが落ちていないか、まるで愛しい我が子を慈しむように。正直自分の容姿よりも気にしている気がする。『樹ももう少し服装とか髪に頓着しなさいよ、折角色白でかわいい系の顔してるのに』と、母さんには言われるけれど、僕の服装とか髪とか顔とかなんて花の前では無意味だからどうでもいい。
ひと通り見て回ったら、そよ風に揺れて咲く花々を見ながら昼食のお弁当を食べる。春先は気温も丁度良くて花も盛りで本当にいい季節だ。
「はぁ……やっぱりいいなぁ、花って」
素朴だけれど飾り気のない花壇は、僕にとって何よりの癒しだ。さっきぶつかられたことも、名前を覚えられていなかったことも、この景色を見ていたらどうでもよくなってしまう。
花にとって、人間の一人一人の名前なんてきっとどうでもいいことだろう。僕が緑野だろうが、みのだろうが、花は毎日変わりなく咲いてくれる。手をかけて世話をすればするほど、素直に答えてくれる。いちいち名前を知ってるとか知らないとかで笑ったりしない。僕がいる、ただそれだけでいいって言ってくれているようでホッとする。
そんなことを考えていると、ふと、花壇の端に少し元気のない株があるのが目に留まった。どうやら周りよりも成長が遅いのか、小さいようだ。
僕は弁当箱を片付けて立ち上がり、その株の許へ歩み寄る。
「ごめん、ちょっと植える時距離を詰めすぎちゃったのかもね。日向に植え替えてあげようね」
幸いまだ花は枯れるほどではないようなので、そっと手で掬うように掘り起こす。そうして花壇の傍に置かれていたプランターの中に置き、倉庫から腐葉土を持ってきて植え替えの作業を始める。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。きっとちゃんときれいに咲けるからね」
そっと小さな子の頭を撫でるように花びらに触れ、それからやさしくジョウロで水を与える。心なしかさっき花壇にいた時よりも少しだけ元気になったように見えた。水滴をまとう小さな花びらや葉っぱはまるでドレスのようにキラキラしていて、見ていると本当に心が安らいでくる。なにより、少しでも元気を取り戻せたかなと思うと、この作業にやりがいを感じるのだ。
「あれ、緑野くん。君またぼっち飯なの?」
そう言われて振り返ると、コーヒーカップ片手に白衣姿の松茂先生が校舎の窓から顔を出していた。
ひょろりと背が高くてメガネにもじゃもじゃ頭に無精ひげの松茂先生は、飄々としていて一見年齢不詳だが噂によれば三十代とも四十代とも言われている。花壇は生物学教室の前にあるので、時々こうして昼休みや放課後に顔を覗かせてくる。
「相変わらず熱心だねぇ。休み時間返上で植え替え?」
「ええ。ちょっと影になってたので」
「ああ、そのビオラか。寒さに強い種だから大丈夫かと思ってたけど、やはり日光は植物には欠かせないということだな。植物に限らず生きとし生けるものすべての栄養だけども」
「セロトニンでしたっけ?」
「そう! セロトニンはその気になれば自分の体内でも自在に分泌ができるとも言われていてね」
生物の担当だからなのか、それとも植物好きだから生物の先生なのか、とにかく松茂先生はこうして隙あらば植物の小ネタを挟んでくる。僕なんかよりうんと詳しいので、先生との会話はすごく勉強になって楽しい。
松茂先生の植物ヲタクっぷりはすさまじく、生物学教室の隣の準備室には所狭しと植物の標本や図鑑があって、僕にしてみれば貴重な知識の宝庫だ。そこに、先生は職員室よりずっと入りびたっている。
「私も人のことを言えた性質じゃないけれど、緑野くんも一人が好きだねぇ。委員会まで一人だなんて」
そう、先生は苦笑しつつコーヒーを飲んでいるけれど、いつものことなので僕は気にしない。
そもそも緑化委員がこの学校にあるなんて、きっとみんな知らないんじゃないだろうか。きっと、花がこうして手入れされていることさえも関心がない気がする。
「いいんです。花の良さがわからない人なんかにここに来られたって、花も嬉しくないだろうから」
ねー、と呼び掛けるように僕が花に話しかけて撫でていると、先生はやれやれと肩をすくめる。
「まあ、その分植物は注がれた愛情に素直に答えてくれるから……やりがいはあるか」
その通りだと言わんばかりに僕が肯くと、遠く、どこからか馬鹿笑いしている声が響く。僕とは全く世界が違う声は恐ろしいくらいに大きくて野蛮に聞こえる。
ここはそういうものから隔絶されている、ある意味楽園のような場所だ。松茂先生がいるとは言え、ほぼ僕だけが管理しているんだから。
「十代の男の子が、ひとり花を愛でる青春ねぇ……まあ、それもありか」
そう、これは僕にとっての青春だ。誰にも邪魔されない静かな空間を作り上げて過ごす、幸せなひとときだ。
「ええ。全然大ありです」
僕が自信たっぷりに答えると、先生は困ったような顔をして笑ってコーヒーを飲んでいた。



