花があればそれでよかった。8歳のあの時のようにバカにされるのであれば、たとえ誰も友達のいないぼっちで誕生日を迎えようとも、花がそばにあるだけでいいと思っていた。
だから高校生になっても、一人きりで緑化委員を立ち上げて、一人きりで花壇の世話をしている日々が幸せであると思っていたんだ。実際、そうだったし。
でもそれが一つの出会いによって、違う景色を見られることに気付かされて――僕は新しい景色の中の日々に踏み出すことを選んだ。
「緑野、サクラソウの苗はこっちとこっちでいいんだよな?」
「うん。白とピンクと分けてもらえると助かる」
オッケーと言いながら、宮内がパレットを抱えて花壇に入っていく。手馴れた様子で畝の脇に苗を置いていき、手際よく作業を進めていくのを僕はなんだかしみじみとした気持ちで見つめていた。
「どうした、緑野。俺なんか手順間違ってる?」
「ううん。宮内くんも随分手馴れて来たなぁって思って」
「そうか? まあ、グリーンサムには敵わないけどなぁ」
そう宮内は言うものの、横顔は嬉しそうにほころんでいる。その笑顔はまさに手許のサクラソウのようだ。
「でも本当に、宮内くん上手になってるよ。花だって喜んでるもの」
僕の言葉に、宮内はますます顔を赤くしてうつむき、黙々と作業を進めていく。普段はクラスでは結構目立つようなことをしたりしているくせに、僕の前だと案外照れることが多い。というか、付き合いだしてから、その傾向が強くなった気がする。
「……そういうとこも、敵わないんだよなぁ」
「そう?」
「ほらそうやって、かわいい顔したりするしさぁ」
ため息交じりに苦笑して振り返る宮内の顔が、春の日差しに溶けそうにやわらかい。
不意に見つめ合う形になった僕らは、瞬きも忘れてそのまま惹きあうように顔を近づけていく。あと数センチで触れてしまうかも――というその時だった。
「はいはいそこの緑化委員。風紀が乱れるのでそういうことは学校を出てからにしてくれよ」
「!! 松茂先生!」
「いつからそこにいたんすか! のぞき見とか趣味悪いですよ!」
去年の夏のはじめに臨時で緑化委員をしてくれていた宮内は、僕とより一緒にいたいということを理由に、夏休み明けから正式に緑化委員に加わっている。実は緑化委員に加わりたいという話を松茂先生に伝えに行った際も、隠すことなく宮内は僕との関係を明かしてしまっているため、半ば公認の仲となっている。
そういうこともあってか、松茂先生にはやたらとからかわれることが増えた。
「覗こうと思ってたわけじゃなくて、見せつけられたんだけどねぇ……」
そう言いながら松茂先生は苦笑し、それから花壇の様子を見渡す。ここのところ数日かかりきりで整備しているから、なかなかの出来栄えになっていると思うのだけれど。
「花壇もなかなかいいんじゃないかな。これなら入学式に喜ばれそうだ」
松茂先生のお墨付きをもらい、僕らは顔を見合わせてハイタッチをする。本当なら抱き着いてキスでもしたいほど嬉しいのだけれど、それはさすがに我慢するしかない。
「でしょう。俺らの愛の結晶なんで」
「み、宮内くん……それは言い過ぎ!」
僕の我慢を上回るような言葉を平然と言ってのける宮内を、慌てて制するように口を挟むと、松茂先生も目を丸くして驚いた顔をしていた。そしてすぐ、苦笑される。
「まったく、青春真っ盛りで羨ましいことだよ」
若いっていいねぇ、と言いながら先生はまた校舎の中に入り、僕らだけになる。宮内曰く、僕らの愛の結晶だという花々に囲まれ見つめ合っていると、途端に恥ずかしさがこみあげて来てしまう。
僕がそっと目を反らしていると、「緑野」と、宮内が僕を呼ぶ。
窺うように目を向けると、宮内が僕の顎下に手を宛がって上向かせ、覆い被さるように口付けてくる。いつもより少しだけ、深く絡み合うキスを。
「ちょ……ここ学校!」
「いいじゃん。見てるのは俺らの愛の結晶だけなんだし」
そう言われて微笑まれてしまうと、僕も強く拒めなくなってしまう。だって僕もまた、いまのキスをして欲しいかもなんて思っていたのだから。
「……ズルいよ、宮内くん。僕が拒めないの知っててやってるんじゃないの?」
「だってそれって、緑野が俺のことちゃんと好きでいてくれてるってことじゃん」
「そ、それは……」
「俺だって緑野のことちゃんと好きだからさ」
いつの間にか抱き寄せられて距離がなくなり、宮内の腕の中にいた。ひだまりより暖かなそれに包まれてしまうと、僕はもう抗えない。
距離感ゼロの中で見つめ合えば、そのまままた唇が重なっていく。春の陽だまりの味がするそれは、一人では味わえない甘さがあった。
(終)
だから高校生になっても、一人きりで緑化委員を立ち上げて、一人きりで花壇の世話をしている日々が幸せであると思っていたんだ。実際、そうだったし。
でもそれが一つの出会いによって、違う景色を見られることに気付かされて――僕は新しい景色の中の日々に踏み出すことを選んだ。
「緑野、サクラソウの苗はこっちとこっちでいいんだよな?」
「うん。白とピンクと分けてもらえると助かる」
オッケーと言いながら、宮内がパレットを抱えて花壇に入っていく。手馴れた様子で畝の脇に苗を置いていき、手際よく作業を進めていくのを僕はなんだかしみじみとした気持ちで見つめていた。
「どうした、緑野。俺なんか手順間違ってる?」
「ううん。宮内くんも随分手馴れて来たなぁって思って」
「そうか? まあ、グリーンサムには敵わないけどなぁ」
そう宮内は言うものの、横顔は嬉しそうにほころんでいる。その笑顔はまさに手許のサクラソウのようだ。
「でも本当に、宮内くん上手になってるよ。花だって喜んでるもの」
僕の言葉に、宮内はますます顔を赤くしてうつむき、黙々と作業を進めていく。普段はクラスでは結構目立つようなことをしたりしているくせに、僕の前だと案外照れることが多い。というか、付き合いだしてから、その傾向が強くなった気がする。
「……そういうとこも、敵わないんだよなぁ」
「そう?」
「ほらそうやって、かわいい顔したりするしさぁ」
ため息交じりに苦笑して振り返る宮内の顔が、春の日差しに溶けそうにやわらかい。
不意に見つめ合う形になった僕らは、瞬きも忘れてそのまま惹きあうように顔を近づけていく。あと数センチで触れてしまうかも――というその時だった。
「はいはいそこの緑化委員。風紀が乱れるのでそういうことは学校を出てからにしてくれよ」
「!! 松茂先生!」
「いつからそこにいたんすか! のぞき見とか趣味悪いですよ!」
去年の夏のはじめに臨時で緑化委員をしてくれていた宮内は、僕とより一緒にいたいということを理由に、夏休み明けから正式に緑化委員に加わっている。実は緑化委員に加わりたいという話を松茂先生に伝えに行った際も、隠すことなく宮内は僕との関係を明かしてしまっているため、半ば公認の仲となっている。
そういうこともあってか、松茂先生にはやたらとからかわれることが増えた。
「覗こうと思ってたわけじゃなくて、見せつけられたんだけどねぇ……」
そう言いながら松茂先生は苦笑し、それから花壇の様子を見渡す。ここのところ数日かかりきりで整備しているから、なかなかの出来栄えになっていると思うのだけれど。
「花壇もなかなかいいんじゃないかな。これなら入学式に喜ばれそうだ」
松茂先生のお墨付きをもらい、僕らは顔を見合わせてハイタッチをする。本当なら抱き着いてキスでもしたいほど嬉しいのだけれど、それはさすがに我慢するしかない。
「でしょう。俺らの愛の結晶なんで」
「み、宮内くん……それは言い過ぎ!」
僕の我慢を上回るような言葉を平然と言ってのける宮内を、慌てて制するように口を挟むと、松茂先生も目を丸くして驚いた顔をしていた。そしてすぐ、苦笑される。
「まったく、青春真っ盛りで羨ましいことだよ」
若いっていいねぇ、と言いながら先生はまた校舎の中に入り、僕らだけになる。宮内曰く、僕らの愛の結晶だという花々に囲まれ見つめ合っていると、途端に恥ずかしさがこみあげて来てしまう。
僕がそっと目を反らしていると、「緑野」と、宮内が僕を呼ぶ。
窺うように目を向けると、宮内が僕の顎下に手を宛がって上向かせ、覆い被さるように口付けてくる。いつもより少しだけ、深く絡み合うキスを。
「ちょ……ここ学校!」
「いいじゃん。見てるのは俺らの愛の結晶だけなんだし」
そう言われて微笑まれてしまうと、僕も強く拒めなくなってしまう。だって僕もまた、いまのキスをして欲しいかもなんて思っていたのだから。
「……ズルいよ、宮内くん。僕が拒めないの知っててやってるんじゃないの?」
「だってそれって、緑野が俺のことちゃんと好きでいてくれてるってことじゃん」
「そ、それは……」
「俺だって緑野のことちゃんと好きだからさ」
いつの間にか抱き寄せられて距離がなくなり、宮内の腕の中にいた。ひだまりより暖かなそれに包まれてしまうと、僕はもう抗えない。
距離感ゼロの中で見つめ合えば、そのまままた唇が重なっていく。春の陽だまりの味がするそれは、一人では味わえない甘さがあった。
(終)



