【完結】ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 呼ばれるままに顔をあげると、泣きそうな顔をしている宮内が僕を見下ろしている。「宮内くん……」と、僕が名を口にすると、一瞬だけふにゃりと嬉しそうに顔を緩めた気がした。
 すごく久し振りに、宮内と向き合う気がする。たった数日、一週間もない間だったはずなのにずいぶん長い間彼とこうしていなかったように思える。
 言いたいことがあったはずなのに、いざこうして向かい合うと言葉が溶けてしまったように出てこなくなる。伝えたい想いばかりが先走って、ちゃんと言葉になってくれない。ずっと探してたことも、あの誕生会のことも、何より宮内がいない数日がとても寂しかったことを伝えたいのに言葉を忘れてしまったように出てこない。
 口をハクハクと開けて宮内を見上げている姿が、彼の目に映し出されている。なんだかすごくみっともなくて情けなくて、それこそ地面に埋もれてしまいたくなる。
 だからと言って、一人の方がいいんだとは思わなかった。ひとりの良さもあるけれど、いま僕が確かめに来たのは、彼がいる景色がもたらす心地よさの再確認だ。

(そうだ、それを伝えよう。僕がどれほど宮内くんに傍にいて欲しいかを、知ってもらおう)

 もしたとえそれで宮内が僕を拒んでしまうんだとしたら、それは僕のいままでの態度が悪かったのかもしれないし、宮内との間に分かち合えないものがあるのかもしれない。その可能性は否定できない。
 でもそれでもいい。何もしないままで一人でいることを最善だと思い込んでいた時より、見える景色が違うことを知れたことは何よりも大きいんだから。

「……緑野?」

 じっと見上げたままでいる僕の様子を不審に思ったのか、宮内が心配そうに名前を呼んでくる。いつもより少しだけ慎重さのにじむ声に、彼もまた緊張しているみたいだ。

「この前は、ひどいこと言ってごめん。でも僕も、秘密をあんな形でバラされて、悲しかった」
「うん、そうだよな……俺の方こそ、緑野の気持ち考えてなくて、ごめん」

 お互いの中のわだかまりが溶けていき、僕らはようやく笑い合えた。ホッと緊張が解けていくと自然と笑みが浮かんでくるのが不思議だ。
 でもそれはたぶん、いま宮内とこうして向かい合えているからかもしれない。

「なんかさ、緑野と一緒に緑化委員やってるの、すげー楽しかったんだなぁって、サボってた間に気付かされてさ。じゃあもっと、一緒に入れるにはどうしたらいいかなって思って」
「……それ、僕も考えてた」
「え……マジで?」

 世の中に絶対はないけれど、信じられるくらいの可能性はあるのかもしれない――あやふやだけれどそんな感触を覚えた僕は、握りしめていたサルビアのブートニアを差し出しつつ大きく息を吸った。

「宮内くん、これ、僕の気持ちなんだ。受け取って、くれるかな」

 握りしめすぎて萎れかけているブートニアを前に、宮内が大きく目を丸くして見ひらく。花なんてもらってどうしろと言うんだ、と言われるかもしれない。でもこれが、いまの僕の精一杯だった。

「これを? これって、花壇2のとこに咲いてた、えーっと……サルビア……だったっけ?」
「うん、そう。この花言葉が……」
「――――『永遠にあなたのもの』じゃなかった?」
「宮内くん、なんでそれ知って……」

 唖然としている僕に、宮内が手にしているものを差し出してくる。手にしていたのは、まさにサルビアの青い花がたくさん咲いている小さな花束。
 サルビアの花は、ガーデニングを趣味にしている人なら馴染みがある花ではあるけれど、そうでなければ目にしてなかなかわかることもないかもしれない。ましてや、花言葉まで知っていることなんて稀だろう。しかもこんなにたくさん。
 だからこそ僕は宮内に問うてしまったんだけれど、宮内はさっきよりもいっそう泣きそうな、それでいて嬉しそうに眉を下げて笑いながら答えた。

「俺も、同じだから」
「同じ……?」
「俺も、緑野に俺は宮内のものだって伝えたくて……だから、その……会えないかなって思ってて……」

 言葉をつむいでいく内に、宮内の言葉尻が小さくなっていき顔が見たこともないほど赤く染まっていく。赤いバラよりも赤くなった頬や耳の端を見ていて、僕もまたつられるように赤く染まっていく。だって僕らは同じ思いを胸にしたまま互いを探していたのだから。
 差し出されている花束をそっと受け取り胸に抱くと、たまらなく嬉しさがこみあげてくる。小さな花はささやかで香りも弱いけれど、それでも星のようにきらめいていて、まるで僕の中に芽生えた彼への想いそのものだった。
 だから僕も彼にブートニアを差し出し、シャツのポケットに挿し込んで答えた。

「僕ら同じこと考えてたんだね。同じ花を持って捜し回ってたんだもの」
「緑野、じゃあ……これって……」

 惚けるようにしている宮内の言葉に僕はうなずき、ありったけの勇気を振り絞って彼への想いのすべてを伝えた。

「僕を宮内くんのものにして欲しい。隣にいて、一緒に花を見て、時々マックも食べてそれから……だからえっと……」

 伝えたい言葉を引き出したいのに、緊張が残っているのか全然出てこない。したいことばかりを羅列(られつ)してしまって、感じの言葉が奥へ奥へと引っ込んでしまう。
 ああ、なんでこんな時に限ってぼっちの対人の免疫のなさが出てしまうんだろう。焦るばかりで余計なことばかりを言う僕を、宮内がそっと抱き寄せてくる。

「み、みやうち、く……」
「大丈夫、落ち着いて。俺はここにいて、ちゃんと聞いてるからさ」

 ちょうど宮内の胸元辺りに僕の耳が当たり、規則正しく、でも少しだけ速く鼓動する宮内の心臓の音がする。とくとくと響く彼の体の音は優しく、僕をなだめるように落ち着かせてくれた。
 鼓動に合わせるように、宮内の手が僕の背中を撫でてくれていて、それがするりと言葉を引き出していく。

「あのね、宮内くん。僕、君といる時間が好きみたいなんだ。だからもっと、緑化委員じゃなくても、一緒にいたい。君のことが特別に好きだって思ってるから」

 宮内がいない寂しさの根っこにあるものが、彼への想いだと気付いてしまってから、僕の中にはあふれそうな想いがずっとくすぶっていたんだろう。それはいま言葉と涙になってあふれ、頬を伝っていく。
 背に回された腕の力が強くなったかと思うと、より強く抱きしめられていた。宮内が僕を抱きしめているのだと気付いた時には、彼は覆い被さるようにして僕に囁いた。

「俺も、緑野とずっと一緒にいたい。緑化委員も、そうじゃない時も、ずっと。だって緑野といると景色が違って見えてさ、すっげー楽しいんだよ。花もマックも全部が特別に思えるんだ」
「宮内くん、それって……」

 宮内の腕の中で問いながら彼を見上げると、嬉しそうにほどけた顔の彼がうなずき、僕の額に口付けて答える。

「うん、俺も緑野がすっげー好き。俺を永遠に緑野のものにして欲しいくらいに」

 お互いを永遠にお互いのものに――そんな願いを込めた花を交わしながら、僕らは自分たちが植えた花の前で抱き合い想いを確かめる。
 ずっと一人でいいと思っていた僕に、誰かといる景色や楽しさを教えてくれた宮内。そんな彼に、僕からも伝えられていることがあったなんて思いもしなかった。その驚きと喜びが胸の奥から湧くようにあふれてきて、頬を伝い流れていく。
 誰かといること、触れ合うことがこんなに心地よくて嬉しいことだなんて、彼に出会うまで知らなかった。ひとりの時に覚えるものとは違った幸福感が、触れ合う箇所から流れてくるようだ。
 そんな感慨に耽る僕に、ふいに宮内が顎下に手をやって上向かせてきたかと思うと、覆い被さるように唇が重なった。
 初めてのことで、一瞬何が起こったのかわからなかったほどだ。熱くやわらかなものが押し当てられていたのだけはわかったけれど、それがキスだなんてすぐには把握できなかった。
 だから突然のことでポカンとしている僕に、宮内はそっとハグをほどきながらくすくすと笑い、また頬の辺りに口付けてくる。そこでようやく、キスをされたのだとわかった。

「な……!? 何やって……!?」

 吐息が触れ合うほどの至近距離に宮内の顔が合って笑っていて、その破壊力に僕は平常心を保てない。悪戯っぽく笑っている彼は、そんな僕の反応を愉しんでいるようでもある。

「緑野が俺のものっていう印付けてんの」

 そう囁きながら、耳元に、首筋に唇で触れられて、僕はヘンな声が出そうになって慌てて口を塞ぐ。宮内はそれもまた楽しそうに見つめているのだけれど。

「ちょ……! ここ学校!」
「いいじゃん。緑野が俺のだってみんなに知られれば、誰も手は出してこないもん」

 そう言いながら耳たぶの辺りに口付けられ、チュッと甘い音がする。本当にこの場で僕が彼のものだって印をつけていく気なんだろうか。
 恥ずかしさのあまりに身をよじろうとしても、僕よりはるかに体格がいい宮内から逃れられるわけがなく、ただただされるがまま抱きしめられてしまう。

「ちょ……は、放して……! 近い!」
「なんでぇ、いいじゃん。俺らはもう、好き合ってて恋人同士なんだしさ」

 だろ? と顔を覗き込まれてしまうと、その懐っこくて甘い眼差しに理性が揺さぶられてしまって、ついうなずいてしまう。そう言えば彼はパーソナルスペースの感覚が僕と真逆だったんだっけ。
 とは言え、彼が言うように僕らはもう距離感ゼロでいてもおかしくない関係になってしまっているのだから……アリと言えばアリなんだろうか?

(こういうのもまた、ぼっちでは知り得ないことではあるよね)

 これからもっとたくさんこんなドキドキする新しいことを彼と知って、体験していくのだろうか。それはいままでならただ怖いと思っていたかもしれないのに、ちょっとだけ楽しみに思えている自分もいる。

「うん、そうだね。僕らはもう恋人同士なんだもんね」

 自分で答えておきながら、恥ずかしくて火が出そうだ。でも、向かい合う宮内もまた負けないくらいに真っ赤になっていて、そして嬉しそうに微笑んでいる。

「俺は永遠に緑野のものだよ」
「僕だって、宮内くんのものだよ」

 そう僕らは誓うように囁き合い、その証しとして口付けを交わすのだった。