【完結】ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 その日の夜は、全然眠れなかった。花ではなく、人間で好きだと思える存在ができるだなんて考えたこともなかったからだ。ずっとぼっちでいればそれでいいだろうと思えて来た日々が揺らぐぐらいに、いまの僕にとって宮内の不在は穴が空いたみたいに大きくなっている。

「今日も来てないんだ? 授業は出てたよなぁ」

 数日後の放課後、いつものように花壇の世話をしている僕に、松茂先生が声をかけてきた。今日も、というのはきっと宮内のことだ。
 いくらマイペースな先生であっても、毎日顔を出していた宮内があの日以来本当にぱったり来なくなったことをおかしいと思い始めているのかもしれない。何か言われたり聴かれたりしたらどうしようかとどぎまぎしながら、特に宛てもなく筒をいじって目を反らしている。

「やっぱり君たちなんかあったの?」
「いや、えっと、それは……」
「もしかしてケンカとか? この前あんなことあったから、やっぱクラスでなんかあったんじゃないの?」

 そのものズバリなことを指摘され、僕は慌てて花壇から立ち上がる。そんなことはないと言うべきか、正直に話すか一瞬迷ってあわあわしていると、「緑野くん!!」と鋭い松茂先生の声が飛んでくる。いつにない声に驚いていると、先生は僕の足を指さしてさらに怒鳴る。

「足! 足!」
「へ? 足……?」

 そう指摘されてようやく足許を見ると――折角植えて花が咲いたばかりのジニアの苗を踏んでしまっていたのだ。

「うわぁ! ご、ごめん!!」

 花を踏みつけるなんていままでしたことがなかったのに。いつも花壇では細心の注意を払って、足許だってちゃんとみてきたはずなのに……何でこんな事に。
 あまりの事態に花に謝ることしかできない僕を、松茂先生は押しのけるようにしてどかせ、ぐったりとしている苗を掬い上げる。

「ああ、(くき)がこんなに折れて……。緑野くん、この前からなんか様子がおかしくない? 宮内くんの態度にしても、苗を踏んでしまうんしても君らしくない」
「……すみません」

 本当に、僕はどうかしている。宮内にあんなことを言ってしまってから、どれだけ僕にとって彼の存在が特別であるかに気付かされて心が落ち着かなくなってしまっている。
 花があればそれでいいと思っていたのに、そうじゃないかもしれなくなっている。そんな未知の状態に戸惑いしかなくて、気持ちがぼんやりとしてしまって……この前から失敗ばかりだ。しかもいままでの僕ならあり得ないような失敗ばかり。

「ごめんなさい、松茂先生……なんか、ぼーっとしちゃって」
「このところ心ここにあらずって感じだねぇ。花の苗を踏みつけて気づかないなんて、相当じゃないか?」
「……すみません。あの、必ず復活させますので……」

 踏みつけて傷めてしまったのは僕のせいだから、僕が責任もって復活させなくてはいけない。でも手に取った苗はかなり茎の状態が悪く、最悪の場合も考えて、苗の弁償も頭の置いておかなくてはならないかもしれない。でも何より申し訳なくてツラかったのは、その花は宮内が植えたエリアの花だったことだ。

「あーあー、随分と思いきりふんじゃったねぇ。これはいくら緑野くんでも厳しいんじゃないかぃ?」

 その上、松茂先生は植物には並々ならない愛情が植物ヲタクだ。ただ復活させるのどうのという話では許してくれないかもしれない。内心ビクビクしながら松茂先生と向き合っていた。

「花のことは私に任せて、君はたまには自分の気持ちと向き合ったらどうだい?」
「僕の、気持ち……?」
「そんな心のこもっていない手入れをされたって、花も困ってしまうよ。現に踏んづけてるんだから」

 思いがけない言葉を言われて顔をあげると、松茂先生が萎れている苗を僕の手から取り、呆れたようにため息をついて校舎内に入ってしまった。いままで言われたことがないようなことを言われてポカンとしていたけれど、自分の気持ちという言葉には思い当たるふししかない。
 いまの僕の気持ち――それはまるで目の前でぽっかりと穴をあけている花壇の土に似ていて、何かがすっぽりと欠けている感じだ。そのかけているものが何なのか、穴の開いた花壇を見つめながら呟く。

「僕、宮内くんといたことが嬉しかったみたいなんだけど、それで好きだって思っていいのかな?」

 残されている花に問うたところで答えが返ってこないのはわかっている。いつものことなのに、今日はそれがひどく寂しい。丁寧に日頃向き合ってきている花たちなのに、今日はまるで知らん顔されているみたいだ。
 寂しいという気持ちが過ぎって、胸の奥が小さく痛む。ひとりぼっちでいることなんて当たり前で、それが当然だったはずなのに、いまそれを寂しいと思っている。だってそれは、宮内と時間を共有して過ごすという日々を知ってしまったからだ。
 誰かと関わるなんて煩わしくて面倒で、良い事なんてない。花のことを理解してくれない人と無理して付き合うくらいなら、ぼっちを選ぶ――それでいいと思っていたけれど、そうじゃない日々を知ってしまったら、一人は寂しい孤独になってしまった。

「ひとりぼっちでいるって、こんなに寂しいんだ……だから宮内くん、誕生日もあんな風にしてくれたのかな」

 ぼっち誕生日だと言っていた僕を喜ばせようとして、みんなに頼み込んで準備してくれたって言っていた。僕の良いところを知ってもらおうとして、グリーンサムの話もした。秘密をバラされてしまったのは悲しかったけれど――だからって、悪意があったわけじゃないだろうし、なにより僕が彼とのすべてを否定してしまうのは、何か違うのではないだろうか。

「どうしよう……宮内くんがいないの、すごく寂しい……寂しいって伝えに行ってもいいかな」

 寂しいアピールなんてウザったいだけかな、と思いもしたけれど、空っぽの隣をそのままでいられるほどに僕は強くもない。
 だって本当は、一緒に誰かと花を愛でられたことがすごく嬉しかったから。それをもっと分かち合えたらいいなって思ったから、誕生日を二人で過ごしたかったことを、いま思い出す。それをいまからでも出来ないだろうかと考えてみる。いまからでも間に合うだろうか。誕生日は二人とも終わっちゃったし、何より口だってろくに聞けていないけれど。

「……いや、ちゃんと言いに行かなきゃ。宮内くんがいなくて花壇も僕も寂しいことも、誕生日をやり直したいことも」

 それに何より、僕からはまだ何も彼に誕生日のお祝いを伝えきれていない。してもらってばかりで文句だけ言うなんて、きっと宮内を傷つけてしまっているだろう。
 何か言葉以上に僕の想いが伝わるものがあればいいのだけれど――そう思いながら花壇を見渡していると、青い鼻ばかりを集めている花壇2で咲き誇るサルビアの青い花を見つけた。これもまた先日の買い出しで苗を買った物で、生育がいいのか随分と花付きしている。

「サルビアの花言葉って……確か……」

 必死に思い出す花ことばを頼りに、僕は倉庫から花切ばさみを持ってくる。
 上手くいくかどうか、受け取ってもらえるかどうかもわからないけれど、この花に僕は思いを託してみようと思ったのだ。

「ごめんね、ちょっとだけもらうよ」

 そう言いながら小さな花を束ねるようにしてそっと切っていく。元より園芸用の花なので花束にすることを目的とされていないから、束にしたところで見栄えはいいとは言えない。でもいまはそれでよかった。見栄えよりも、その花に込めた想いを宮内に伝えたいと思っていたから。
 小さな花束なのでまるでブートニアのようになったけれど、大きな花束をいきなり渡すよりは受け取ってもらえやすい気が少ししている。
 束にしたそれを、リュックにまだ残っていたこの前のカップケーキのラッピングのリボンでくくって整えると、青くささやかなブートニアが出来上がった。

「よし、出来た!」

 出来上がったブートニアを手に、僕はリュックを抱えて走り出す。もう校内に宮内はいないかもしれないけれど、でももしかしたらという思いを込めて探しに出ることにした。
 生徒のほとんどが下校した校舎に戻り、教室から特別教室の一つ一つを見て回る。部活で走っている人たちの間を抜けてグラウンドまで回ってみたけれど、宮内の姿はない。

「ッはぁ、ッはぁ……帰っちゃったかな、さすがに……」

 握りしめすぎてブートニアが萎れそうになっている。慌ててティッシュを濡らしてくるみ、そっと摘まむように持つ。せめてもう少しだけ、持ちこたえてねと祈るようにして。
 奇跡なんて起こらないかもしれないし、そもそも受け取ってもらえるかもわからない。それでも僕は、彼と一緒にいたいという思いを伝えるために走ることを止めなかった。
 校内を隈なく捜し回ったけれど、宮内を見つけ出すことはできなかった。花はすっかり元気をなくしていて、なんだかすごく申し訳なくなる。
 萎れかけた花を見ていたら余計に悲しくなってきて涙がにじんでしまいそうになり、ぐっと堪える。

「やっぱりもう、無理なのかな……僕はもうずっと、一人でいろってことなのかな……」

 宮内の話もろくに聞かないで一人の方が良かったと言ってしまったから、彼との時間を否定するようなことを知ってしまったから、僕はもう彼と共に過ごすことは許されないんだろうか。

「そんなの寂しすぎる……寂しいよ、宮内くん……」

 泣いたところで宮内に会えるわけじゃないのはわかっているのに、涙がにじむのが止まらない。どんなに堪えても、こらえても、あとからどんどんあふれてくる。
 悲しみと寂しさで、手許のブートニアの花のようにどんどん気力をなくしていく僕は、一人正門前の花壇の前でしゃがみ込んでしまっていた。
 もう歩けない……そんな気さえして視界をにじませていると、遠くこちらに向かって駆けてくる足音が聞こえる。

(ああ、運動部が走り込みするのかな。それならここにいたら邪魔だよな)

 そう考えているのに、脚が重たくてなかなか立ち上がれない。うな垂れたまま、地面に根が生えてしまったようでさえある。
 このままじゃ一人で枯れていくみたいじゃないか――そんな考えすら過ぎって、一層悲しくなっているとその足音がどんどん近づいて来て、僕の前に停まった。
 見覚えのある黒時に白のラインのスニーカーだなと思っていたら、「緑野」と、上から僕を呼ぶ声が降って来たのだ。