【完結】ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 気まずい空気が漂いながらも、何とか取り繕って今度は水で追肥しすぎたところを押し流そうとしたのだけれど、先生はもう一度、「宮内くんに言い過ぎたんじゃない?」と追い打ちをかけるように聞いてくる。

「臨時とは言えいい感じだったし、このまま委員がもう一人増えたら予算つけてもらえるかもなぁと思ってたけれどなぁ」
「…………」
「まあ、私の見込み違いだったってことかな?」

 松茂先生の言葉に心が音を立ててきしむ。確かにその通りなのかもしれないという思いと、その言葉そのものに何故か僕が痛みを覚え、混乱する。

(なんで? べつにその通りかもしれないし……。いや、その通りだから……宮内くんはきっともう来ないなんて言ったんだろうし……)

 今日だけのミスでそう判断してしまうのは早計かもしれない。でも昨日のことがある。僕には、本当に花が好きな人であれば、昨日のようなことはしないだろうとしか思えない。

(だから先生が言ってることは正しいと思うのに――なんか、そうじゃないって言いたい気持ちもあるのは、なんでなんだろう)

 そうかもしれないと思う気持ちと、違う! といいたい気持ちがぐるぐると回る。全く反対の気持ちなのに、どっちも本当だと思ってしまうのはどうしてなんだろう。まるで僕が二人いるような気さえしてくる。
 ――でもそれって本当に、そうなのかな? 心の奥で、小さく問う声がした。

「あんなに楽しそうにしてたけど、所詮は花には興味がなかったってことかなぁ、彼も」

 ねえ? と、松茂先生が苦笑して振り返りつつ問うてきたのに対し、僕はうなずくことも首を振ることさえもできずにうつむく。何をどう言ったって、もう宮内に届くことはないだろうからだ。
 あんなに楽しそうにしてたのに――それはたぶん、僕だって一緒なんだ。僕だって、彼といて楽しかったはずなんだ。だから、誕生日を一緒にいられたらと思えたのに……あんな風になるなんて。でもその苛立ちをあんな風にぶつけていいわけではないだろう。
 どこでどう何が食い違ってしまったんだろう。そう思いながらふと足元の辺りの花を見ると、追肥がいらないように見えるくらい元気そうな苗を見つけた。確かこの辺りは、僕が手掛けたわけじゃなかったはずだ。

「先生……ここの苗、追肥いらなそうですね」
「んー? ああ、そうだねぇ。緑野くんがやったのかな? さすがだね」
「……いえ、僕じゃないです、ここの一角は。ここの辺りはすべて、宮内くんに任せた覚えがあります」

 やっと苗植えを出来ると嬉しそうに張り切っていて、いざ任せたらすごく丁寧にやってくれたことを、いまになって思い出す。穴の深さを自分の手の長さで問伝えたら慎重にやってくれたこととか、そうして掘った穴に丁寧に優しく苗を植えてくれていたこととか、その横顔がやさしかったこととか。
 そんなことをとりとめなく僕が話すと、松茂先生は意外だと言いたげに少し目を丸くし、「へぇ、そうなんだ」とだけ呟く。

「そう考えるとちょっと惜しい人材ではあったのかなぁ」
「そう……ですかね」

 そうなんじゃない? と、先生は飄々(ひょうひょう)とした様子で笑い、追肥の水を丁寧にかけて行く。
 強い調子で言われない分、するっと滑り込むように僕の気持ちに溶けていく感じがする。染み入るような先生の言葉に、僕はじんわりと彼の不在の大きさを実感し始めていた。
 ふざけていたかと思えば真面目になって、冗談を言ってるように見えて真剣で。そのギャップに驚かされ、いつの間にか目が離せなくなっていたことに、いまになって気づかされる。本当に、なんでいまになってそんなことに気付くんだろう。

「まあ、本当に君ら楽しそうにやってたよねぇ、買い出しの時とか。なんか見ててデートみたいだったよ」

 デート、という言葉に僕はジョウロを取りこぼしてしまい、水がどんどん流れていく。足元を濡らし、水たまりを成していく様を見つめていたら、初日に宮内から水をぶっかけられた時のことを思い出した。水で濡れた僕の髪を乱暴にタオルで拭いたり、前髪をピンで止めた上にかわいいなんて言ったりしていたこと、そしてそのたびに大きな花が開くように笑っていたことを。

「で……デートだなんて、そんな……べつに、フツーに買い物してただけですし……」
「そう? 青春してるなぁって思ってたけど、それこそ私の勘違いだったかな」

 そんなことを話していたら、後者の方から松茂先生を呼ぶ声がした。どうやら教材の業者さんが訪ねて来たとかで、職員室に行かなくちゃいけなくなったらしい。
 でも松茂先生は土いじりをして泥だらけになっていたので、「一先ず着替えてこなきゃか」と、うんざりした顔で校舎に入って行った。
 そうして僕だけが残され、一人黙々と追肥の作業の続きを行うことにした。


(本当に、宮内くんはもう花に興味なくなったのかな。それも、僕のせいで)

 追肥を終えて道具を水道で洗ったりしながらそんなことを考える。
 昨日、サプライズの誕生会に強制参加させられて、しかもそこで僕の秘密――花と喋ることをバラされた。それは約束を破られたことだと思ったし、僕なりに傷ついたことでもある。それは事実だ。

(でもだからって、宮内くんのミスに苛立ってあんなこと言って、一緒に緑化委員としてやって来たことや時間も、全部なかったことにしてしまっていいんだろうか)

 水道を止め、花壇の方を振り返ると、先程気付いた宮内が手掛けたエリアを見つめる。長い夏の日差しを浴びて揺れる花々は、モヤモヤとした気持ちを抱えたままの僕に関係なく元気に咲いている。なんだかまるで僕の困惑具合を面白がって笑っているみたいにも見える。
 花からしてみれば、僕ら人間がどう考えていようとも、ちゃんと水や追肥をくれるなら問題ないのかもしれない。

「そうだよね……みんなには関係ないよね、僕らのことなんて」

 それは当たり前だと思って来ていたのに、今日はその言葉がやけに冷たく感じられてしまう。見つめ合っているようでいて、視線が絡み合っていないような空々しさを感じる。
 花にとって、人間のことは関係ない――その当たり前をすんなり受け止められないのはどうしてなんだろう。そういうのもありかもしれないけど、そうでもないんじゃない? と小さく叫んでいる自分を感じるからだろうか。

『一番はやっぱ緑野がずっと頑張って来たってこともあるんじゃないの?』

 そんなとき不意に、宮内の言葉が甦る。あの松茂先生に花壇の整備を誉められた時のことだ。
 先生もいままでだって褒めてくれたことはあったんだろうけれど、僕は別に嬉しいこととして捉えていなかったんだろう。当たり前にやって来たことを、当たり前に評価されたよりも、宮内は少し上向く言葉で言い表してくれたんだ。そう気づいた時、たまらなく胸が甘くギュッと痛んだ。
 いまになって、あの言葉が何よりも嬉しかったんだなんて気づかされる。ただ頑張ったんだね、というよりも、『一番はずっと頑張って来たこと』と、これまでのことをひっくるめるように言ってもらえたからなんじゃないだろうか。そんなこと、振り返ればいままで一度もなかったから。

『うん。緑野とやってみてさ、花とか結構いいかもなぁって最近思ってて。ほら、ホームセンター行ったのも楽しかったし』

 その上での、緑化委員をやろうかと前向きに考えてくれていたはずの言葉に、きっと僕はすごく何かを期待していたんだろう。わかりやすく言うなら、仲間が増えるかもしれないっていう期待だ。

「期待してたから……サプライズの誕生会が、余計に嫌だなって思っちゃったのかな……」

 期待してたってことは、僕は宮内が仲間になってくれると、僕を理解してくれていると思い込んでいたんだろうか。それって……すごく勝手すぎないんじゃないか?
 他人に期待したって裏切られる――8歳のあの時に思い知った僕は、これまでずっとぼっちで来た。例えばそれは、誕生日とかに花を送って喜ばれるとか、花に興味を持ってくれる人なんていないとかそういうことだ。

「そんなのわかってたじゃんか、宮内くんと僕は、住む世界が違うんだから」

 呟きながら向かった先は、宮内が植えてくれた花の花壇の辺り。松茂先生が言うとおり、彼には惜しい才能みたいなものがあったみたいだ。だからそれを失くしてしまって、惜しんでるだけだ。
――でも本当にそれだけで、僕はこんなに気持ちがいつまでもモヤモヤしているんだろうか? だってその割に僕の手はちっとも作業を再開しようとしていないのだから。

「何やってんだろ。これじゃあ、宮内くんがいないから何もできないみたいじゃないか。そんな子どもみたいなことなんてあるわけが……」

 モヤモヤを振り切るように大きめの独り言をつぶやきかけて、ふと目を上げると、遠く渡り廊下を連れ立って歩く二人連れの男女の生徒の姿があった。女子の方が花壇に気付き、何やら耳打ちしている。そうして二人は、手を繋いで僕のいる花壇の方に歩み寄って来た。

「すごーい、きれーい」
「お前花好きだもんなぁ」
「ねえ、写真撮ってもいい?」

 女子の方にそう聞かれ、僕はおずおずとうなずく。スマホを取り出して何枚か写真を撮っている彼女を、男子が眩しそうな顔で見つめていた。
 まるで慈しむような眼差しを、どこかで見たことがある気がした。思い出そうとすると、胸の奥がシュワッとつかまれたように痛む。
 そして同時に、その光景を目の当たりにした瞬間に「いいな」と小さく呟いている自分に、自分で驚かされた。だって僕はいままでぼっちでいることを選んできて、それでいいって思って来ていたのに。誰かといることを、誰かといる誰かを羨ましくも思うなんて、いままでならなかったのに。
 写真を撮り終えた二人が、「ありがとー」と言いながら手を振って去っていくのをぼんやり見送りながら、どうしてさっき羨ましいなんて思ったのかを考える。
 誰かといる誰かを――ぼっちではない誰かを羨ましく思うということは、僕はぼっちじゃないことを望んでいるのだろうか? いままで友達らしいような存在もいなかったのに。
 そうしてふと浮かんで過ぎるのは、一緒に花の世話をしていた時の宮内の横顔や、笑った顔。「緑野」と呼ぶ声や得意げに花の写真を見せてきた時の顔。その表情の一つ一つを思い返すと、胸がぎゅっとなってしまう。

「なんで、宮内くんのことが、いまさら……」

 そんなの例外だよ。イレギュラーだよ。認められないと声高に叫ぶ僕の心がある一方で、完全に宮内の存在を打ち消せない自分もいる。こんなの、例外の中でも特殊な異例じゃないか。

「例外で特殊……それって、特別ってこと……?」

 呟いた言葉が自分の中で突然キラキラ光り出し、熱を放ち始めている。こんなことなんて今までになくて、どうしたらいいのかわからない。
 心臓の鼓動が速いし、体が勝手に熱くなっていく。でも――ワクワクするのはどうしてなんだろう。
 ゆっくりと暮れ始める花壇の前で、僕は初めて覚える感情の名をはっきりと自覚した。

「もしかして、僕……宮内くんが特別で……好き、なのかな……」