元々は僕と宮内の誕生日を祝う会だったはずなのに、乾杯をしてからはみんな好きなように喋って過ごしている。時々思い出したように、「二人ともおめでとー」と声をかけてくれたりして、宮内が笑顔で応じていた。
でも僕は、全然そう言うのに対応できなかった。笑って返すとか、ハイタッチするとか、そういうことをする余裕もなかったからだ。
「緑野は、こうやって一緒に祝うのって楽しくない?」
黙り込んでいる僕を窺うようにして宮内がもう一度尋ねてくる。さっき僕が、楽しいとか嬉しいとか言えないって言ってしまったからだ。
どういう顔をして返事をしたらいいんだろう。でも何も言わないわけにはいかないだろうし……と、窺うように目線を向けると、いつもより少し困惑した色をにじませた表情で宮内が僕を見ていた。
(やっぱり宮内くんは、僕がなんでぼっちで誕生日を過ごしてたのか、わかってはくれてなかったんだ……)
花を通じて仲良くなってきて、お互いに誕生日が近くて意気投合して。初めて誰かと誕生日を過ごせたらと思えたのが宮内だった。それは、彼とならきっと楽しく過ごせるだろうと思っていたからだ。彼といる空間であれば、あの8歳の頃に受けた傷を気にしなくていいかもしれないと思えていたのに。
なんでこうなってしまったんだろう。やっぱり、あの時の話までしないとわかってもらえないんだろうか。傷ついた記憶の話をするのは、再び傷つけられる気がしてすごく怖いのに。
「……さっきも言ったけど、僕はこういう感じが得意じゃないんだ。だってそれは――」
「なあなあ、二人ってなに繋がり?」
僕が意を決して、ぼっち誕生日を過ごしてきていた理由を話そうとしたその時、誰かの声で問われた。
しかもそれはちょうど周りの会話が途切れた時に響き、教室中の目が僕らのところに注がれる。
「あー、俺知ってる。緑化委員だよな」
たぶん迫田と思われる声が代わりに答えたのだけれど、同然、「緑化委員って何?」という声も上がる。知ってる? とか、知らなーいとか言い合う声が聞こえる中、「ああ、そうだよ」と宮内が大きな声で応じる。
「俺いま、緑野と緑化委員やってんの。校内の花壇とか全部世話してんだぜ」
「えー、あれ用務員の人がやってるのかと思ってたー」
「正門のとこのとかのは俺も手伝ったんだけど、それまでは緑野が一人でやってたんだよ」
「えー、すごーい」
急に視線が注がれ、物珍しいものを見るように大勢に見つめられて、僕の中の緊張がぐっと上がっていく。悪いことは何もしていないのに、すごく居心地が悪くて仕方ない。いやな汗を胸の中いっぱいにかいて、心臓の動きがヘンに速くなっていく。
緑化委員の存在をこんな風に知られるとは思っていなかったけれど、嗤われたわけではないからまだいいと思わなきゃ……そう、自分に言い聞かせるように呼吸を密かに整えていく。
「緑野が緑化委員で花世話してるとかなんかピッタリじゃね?」
「わかる。なんか不思議ちゃんだもんな」
良いように言われている気があまりしないけれど、それでもあからさまに馬鹿にされたわけじゃない。大丈夫、これぐらいは想定内だ。関心がないことを話されたところで、みんなの興味をひかないだけましだと思おう。
僕と宮内の繋がりもわかったことだし、もうこの話題は終わりだろう。そう半ばホッとしながら息をついていた。
「そう、緑野って花の世話してる時とかすっげー活き活きしてんだよ。マジで詳しいし。な?」
「あ、まあ、うん……」
「なんたって緑野はグリーンサムだからな!」
宮内がそう言い放った時、教室中のみんなの顔がきょとんとしていた。頭の上にはてなが浮かんでいるような、全く宮内の言葉が理解できないという顔だ。
無理もない話だと思う。なにせ花に関心がない限りは耳にしないような言葉なんだから。「グリーン……なに? 誰?」なんて声が聞こえてきて、より一層居た堪れなくなっていく。
きょとんとしているクラスのみんなの様子から、グリーンサムのすごさが伝わり切れてないと思ったのか、宮内は更に言葉を重ねていく。
「グリーンサムってのは、すげー花に詳しくて、なんでも咲かせちゃうんだよな、緑野」
「えっと、そうとは言い切れなくて……」
「そんでさ、緑野はすっげーやさしく花に話しかけてるんだよ。だから、植えた花はどんなことになっても必ず咲くんだよな!!」
宮内が声高にそう言い放つと、いよいよ教室の中は水を打ったように静まり返ってしまった。遠くの廊下でトレーニングをしているらしい運動部の掛け声が聞こえるほどの静かさが、どれほどこの状況が気まずいものかを物語っている。
僕はどう返せばいいんだろうか。何よりその件は絶対に誰にも言わないでほしいとお願いしをしていたことなのに――
「え、緑化委員なのはまだいいとしてさ、花と喋るの? ガチで?」
戸惑うような声で誰かから声が上がり、僕は身を硬くする。蘇るのは8歳の時のあの言葉たちだ。
――ヤベー奴じゃん。
――花が友達ってやつ? 樹ってマジヤバいな。
遠慮なく投げつけられたあの時の言葉たちが、記憶の底から蘇って僕に突き付けられる。まるでそれは、僕がこういうみんなで過ごす場所に混じることを許さないかのように。
そう認識してしまった瞬間、もう僕はクラスのみんなの方を向けなくなってしまった。きっとみんな僕のことをヤバいやつだとかって見ているんだと思うと、とてもじゃないけど普通にしていられなかったからだ。
「緑野……? 大丈夫か? なんか、顔色悪いけど」
宮内がいつものように至近距離で顔を覗き込んでくる。普段であればその近さに驚いて、近いよ! と言ってよけたりするけれど……いまはそんな気力もない。ただそっと目を反らし、「……なんでもない」と呟き返すしかできなかった。
僕がなんでもないと言ったのを真に受けたのか、宮内はそれ以上僕に何も言ってこなかったのは幸いだったと言える。
でもそのあとにポン、と肩を抱くように叩いて、高らかに宣言するように告げてきた。
「これで緑野の誕生日はぼっちじゃなくなったし、緑化委員のこともみんなに知ってもらえたな!」
それはそうかもしれない。ぼっち誕生日ではなくなったし、緑化委員の存在も空気ではなくなった。大きな一歩を踏み出したとも言える。
でも――だからと言って、僕の秘密まで明かされていいとは思っていない。そしてそれにより、僕の大切な花に対する想いまで奇異な目で見られているか思うと……すごく、やりきれない。
(――――あの頃とまた同じことになってしまってる……)
こうなるから、僕は一人でい続けたのに。誕生日なんて、祝ったり祝われたりしなくたってよかったのに。なんでまた、同じことになってしまっているんだろう。
「緑野、これから迫田たちがファミレスでケーキ奢ってくれるって言うけど、行くよね?」
いつの間にかクラスのみんなは帰り支度を始めていて、それぞれの家路や部活に向かい始めている。そんな中、宮内から声をかけられたけれど、僕はそれに肯くことはできなかった。
「……ごめん、ちょっと……今日は無理だ……」
「え? 大丈夫か? やっぱ具合悪い?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「無理するなよ。駅まで送るよ」
迫田たちに行ってくるからちょっと待っててと言われ、僕はただ立ち尽くす。
本当のことを言えば、その場で逃げ出してしまいたかった。宮内が戻ってくるのを待たないで、荷物をつかんで教室を飛び出したかった。
でも、できなかった。そんなことをしたら……宮内が僕の誕生日を祝ってくれたということを無下にしてしまうから。そんなひどいことをしてしまったら、僕はあの時自分にされたことを宮内にしてしまうことになる。
(それだけはできない……でも……帰りたい……)
宮内は迫田たちに平謝りし、「今度また緑野連れてくからさ、ごめんな!」と言いながらこちらに戻って来る。その顔はすっかり僕を心配して困り顔をしていた。
「緑野、帰ろう」
そう言って宮内は僕のリュックを持ってくれようとしたけれど、僕はそれを避けるようにしてかわした。兎に角一刻も早く、自分だけの空間に自分だけになりたかったからだ。
結局、宮内は僕の隣に連れ添うように付いて来ている。駅まで送っていくというのは本当みたいで、ただ黙ってついて来ているのだけれど……さっきから何か言いたげに僕の方を見てくる。
もし僕が少しでも自分の意見をはっきりと言えるような性格だったなら、きっと立ち止まって「なんか言いたいことでもあるのか?」ぐらい言えたかもしれない。そしたらきっとこんなに気づまりじゃないだろうし、宮内に気を遣わせることだってない。
(ああ、気を遣わせちゃってるな……っていうのがわかるのって、すごくシンドイ……)
とは言え、肌で感じるほどの気遣いにどうしたらいいのかがわからない。だって僕はいままでずっと、こうやって誰かと関わり合って、シンドイ思いをしたくなかったからぼっちでいたのだから。8歳のあの頃からずっと、そうである方がいいって思って来ていたのに――僕は何をしているんだろう?
「気持ち悪かったりしない? お茶か水買ってこようか?」
学校を出てしばらく歩いたころ、宮内がそっと聞いてくれた。こういうところ、宮内はいいやつなんだなと思うし、だからこそ、僕のぼっち誕生日をどうにかしようとしてくれたんだろうなとは思う。
でも、ああいう形だなんて思いもしなかった。その上あの状況の中での秘密をバラされるのはあまりにツラすぎるし、耐え難い。いまもなお、さっき受けた傷からは血が流れているような感覚すらある。
「ううん……いい」
ようやくそれだけを答えられたけれど、正直いま宮内と隣り合って歩いているのもツラい。彼がそばにいると、さっき教室で聞こえてきた言葉が耳によみがえるから。
「緑野……なんか、怒ってる?」
しばらくの沈黙があって、宮内が恐る恐る聞いてくる。まるで僕が勝手に機嫌を損ねているみたいな言い方に、チリッとした苛立ちが心の奥に点火された気がした。
「……怒ってなんかない」
「そうかぁ? だってさっきも迫田たちと一緒に行こうって言ったのに、無理とか言ってたし」
「じゃあ、宮内くんは行けばよかったじゃないか」
「それは……でも、緑野が具合悪そうだったし。放っておけないじゃん」
「具合なんて悪くない。一人で帰れる」
苛立ちの火が、じわじわじわじわ大きくなっていく。宮内の言葉に煽られるようにそれは僕のつま先から昇り始め、段々と上へ上へと延焼し始める。
突っぱねるような僕の言い方に、さすがの宮内もムッとしたのか、「やっぱ怒ってんじゃんか」と若干苛立ったような声で返してきた。それが、苛立ちの火に油を注いでしまったのだ。
「怒ってなんかいない、呆れてるんだ。君があまりに無遠慮なやつだから!」
立ち止まって振り返りざまに言い返すと、宮内もまた立ち止まって目を丸くする。まさか僕が言い返してくるなんて思いもしなかったんだろう。そういうところ、陽キャ集団のメンバーらしくて余計に腹が立つ。
「無遠慮って……何がそんなに気に喰わないって言うんだよ。誕生日一緒にやったってだけじゃんか」
「僕はあんな風にするなんて聞いてない!」
「そりゃそうだろ、サプライズなんだから」
「そうだったとしても、僕はあんな風にされたくなかった!」
語気強く言い返してしまって、言葉が過ぎたことに気付いたけれど遅かった。感情のままに、勢いのままに言ってしまうにはあまりに強くとがった言葉だったのに。
投げつけた言葉はまっすぐに宮内にぶつかり、そしてみるみる彼の顔を怒りに染めていく。普段人懐っこい笑みを浮かべている目が吊り上がり、憎しみを込めた眼差しを向けてくる。
「なんだよ、『あんな風』って! みんなに協力してもらって、緑野にもバレないようにって気を遣って準備したんだからな!」
「そうだったとしても、だからって……だからってあそこで僕の秘密をばらすことはないじゃないか!!」
ずっとあの時から吐き出したかった想いが、熱い雫と共にあふれ出してこぼれていく。こんな事で泣くなんて情けない。しかも道の真ん中で言い合いだなんて恥ずかしい。ちょっと冷静になればわかるはずなのに、全然そんなことも考えられなかった。
僕の秘密という言葉に宮内は一瞬言葉に詰まったようだけれど、それでも、「でも!」とさらに言い返してくる。
「でも、緑野の良いとこみんなに知ってもらいたかったから……」
「だからってあんなこと、僕は望んでない! 勝手なことするなよ!」
「それは……でも……」
涙で滲んだ視界には言いよどむ宮内がうつむく姿が映し出されているけれど、僕はそれに対してただただ怒りしか湧かなかった。信じていたのに、裏切られた――その想いが怒りに任せてふつふつと勢いよく吹き上がり、つい、口をついて出ていた。
「こんな事なら、ぼっちの方が全然よかった。誕生日も緑化委員も、全部だ!!」
感情が爆発するなんてことが僕にも起こるなんて思わなかった。今までで一番悲しくて仕方なくて、涙が止まらない。湧き上がる感情のままにそう叫ぶようにそう言い放つと、僕は一人駅の方へ駆けだして行く。
「緑野!!」
後ろで宮内が叫んでいた気がするけれど、振り返らなかった。振り返ったところでどうしたらいいかわからないし、何より彼を許せるかわからなかったから。
改札を駆け抜けて階段を駆け上がり、ホームに滑り込んできたいつもの電車に飛び乗る。ドアが閉まって電車が走り出しても、僕は後ろを振り返ることはできなかった。もう宮内が追いかけてきてもいないことはわかっているのに。
「……ああ、最悪な誕生日だ」
車内の隅で佇みながら呟いた言葉がじわじわと嫌な痛みを伴いながら沈み込んでくる。拭えない涙のように張り付いたその気持ちを抱えたまま、僕は泣き顔で帰りの電車に乗っていた。
でも僕は、全然そう言うのに対応できなかった。笑って返すとか、ハイタッチするとか、そういうことをする余裕もなかったからだ。
「緑野は、こうやって一緒に祝うのって楽しくない?」
黙り込んでいる僕を窺うようにして宮内がもう一度尋ねてくる。さっき僕が、楽しいとか嬉しいとか言えないって言ってしまったからだ。
どういう顔をして返事をしたらいいんだろう。でも何も言わないわけにはいかないだろうし……と、窺うように目線を向けると、いつもより少し困惑した色をにじませた表情で宮内が僕を見ていた。
(やっぱり宮内くんは、僕がなんでぼっちで誕生日を過ごしてたのか、わかってはくれてなかったんだ……)
花を通じて仲良くなってきて、お互いに誕生日が近くて意気投合して。初めて誰かと誕生日を過ごせたらと思えたのが宮内だった。それは、彼とならきっと楽しく過ごせるだろうと思っていたからだ。彼といる空間であれば、あの8歳の頃に受けた傷を気にしなくていいかもしれないと思えていたのに。
なんでこうなってしまったんだろう。やっぱり、あの時の話までしないとわかってもらえないんだろうか。傷ついた記憶の話をするのは、再び傷つけられる気がしてすごく怖いのに。
「……さっきも言ったけど、僕はこういう感じが得意じゃないんだ。だってそれは――」
「なあなあ、二人ってなに繋がり?」
僕が意を決して、ぼっち誕生日を過ごしてきていた理由を話そうとしたその時、誰かの声で問われた。
しかもそれはちょうど周りの会話が途切れた時に響き、教室中の目が僕らのところに注がれる。
「あー、俺知ってる。緑化委員だよな」
たぶん迫田と思われる声が代わりに答えたのだけれど、同然、「緑化委員って何?」という声も上がる。知ってる? とか、知らなーいとか言い合う声が聞こえる中、「ああ、そうだよ」と宮内が大きな声で応じる。
「俺いま、緑野と緑化委員やってんの。校内の花壇とか全部世話してんだぜ」
「えー、あれ用務員の人がやってるのかと思ってたー」
「正門のとこのとかのは俺も手伝ったんだけど、それまでは緑野が一人でやってたんだよ」
「えー、すごーい」
急に視線が注がれ、物珍しいものを見るように大勢に見つめられて、僕の中の緊張がぐっと上がっていく。悪いことは何もしていないのに、すごく居心地が悪くて仕方ない。いやな汗を胸の中いっぱいにかいて、心臓の動きがヘンに速くなっていく。
緑化委員の存在をこんな風に知られるとは思っていなかったけれど、嗤われたわけではないからまだいいと思わなきゃ……そう、自分に言い聞かせるように呼吸を密かに整えていく。
「緑野が緑化委員で花世話してるとかなんかピッタリじゃね?」
「わかる。なんか不思議ちゃんだもんな」
良いように言われている気があまりしないけれど、それでもあからさまに馬鹿にされたわけじゃない。大丈夫、これぐらいは想定内だ。関心がないことを話されたところで、みんなの興味をひかないだけましだと思おう。
僕と宮内の繋がりもわかったことだし、もうこの話題は終わりだろう。そう半ばホッとしながら息をついていた。
「そう、緑野って花の世話してる時とかすっげー活き活きしてんだよ。マジで詳しいし。な?」
「あ、まあ、うん……」
「なんたって緑野はグリーンサムだからな!」
宮内がそう言い放った時、教室中のみんなの顔がきょとんとしていた。頭の上にはてなが浮かんでいるような、全く宮内の言葉が理解できないという顔だ。
無理もない話だと思う。なにせ花に関心がない限りは耳にしないような言葉なんだから。「グリーン……なに? 誰?」なんて声が聞こえてきて、より一層居た堪れなくなっていく。
きょとんとしているクラスのみんなの様子から、グリーンサムのすごさが伝わり切れてないと思ったのか、宮内は更に言葉を重ねていく。
「グリーンサムってのは、すげー花に詳しくて、なんでも咲かせちゃうんだよな、緑野」
「えっと、そうとは言い切れなくて……」
「そんでさ、緑野はすっげーやさしく花に話しかけてるんだよ。だから、植えた花はどんなことになっても必ず咲くんだよな!!」
宮内が声高にそう言い放つと、いよいよ教室の中は水を打ったように静まり返ってしまった。遠くの廊下でトレーニングをしているらしい運動部の掛け声が聞こえるほどの静かさが、どれほどこの状況が気まずいものかを物語っている。
僕はどう返せばいいんだろうか。何よりその件は絶対に誰にも言わないでほしいとお願いしをしていたことなのに――
「え、緑化委員なのはまだいいとしてさ、花と喋るの? ガチで?」
戸惑うような声で誰かから声が上がり、僕は身を硬くする。蘇るのは8歳の時のあの言葉たちだ。
――ヤベー奴じゃん。
――花が友達ってやつ? 樹ってマジヤバいな。
遠慮なく投げつけられたあの時の言葉たちが、記憶の底から蘇って僕に突き付けられる。まるでそれは、僕がこういうみんなで過ごす場所に混じることを許さないかのように。
そう認識してしまった瞬間、もう僕はクラスのみんなの方を向けなくなってしまった。きっとみんな僕のことをヤバいやつだとかって見ているんだと思うと、とてもじゃないけど普通にしていられなかったからだ。
「緑野……? 大丈夫か? なんか、顔色悪いけど」
宮内がいつものように至近距離で顔を覗き込んでくる。普段であればその近さに驚いて、近いよ! と言ってよけたりするけれど……いまはそんな気力もない。ただそっと目を反らし、「……なんでもない」と呟き返すしかできなかった。
僕がなんでもないと言ったのを真に受けたのか、宮内はそれ以上僕に何も言ってこなかったのは幸いだったと言える。
でもそのあとにポン、と肩を抱くように叩いて、高らかに宣言するように告げてきた。
「これで緑野の誕生日はぼっちじゃなくなったし、緑化委員のこともみんなに知ってもらえたな!」
それはそうかもしれない。ぼっち誕生日ではなくなったし、緑化委員の存在も空気ではなくなった。大きな一歩を踏み出したとも言える。
でも――だからと言って、僕の秘密まで明かされていいとは思っていない。そしてそれにより、僕の大切な花に対する想いまで奇異な目で見られているか思うと……すごく、やりきれない。
(――――あの頃とまた同じことになってしまってる……)
こうなるから、僕は一人でい続けたのに。誕生日なんて、祝ったり祝われたりしなくたってよかったのに。なんでまた、同じことになってしまっているんだろう。
「緑野、これから迫田たちがファミレスでケーキ奢ってくれるって言うけど、行くよね?」
いつの間にかクラスのみんなは帰り支度を始めていて、それぞれの家路や部活に向かい始めている。そんな中、宮内から声をかけられたけれど、僕はそれに肯くことはできなかった。
「……ごめん、ちょっと……今日は無理だ……」
「え? 大丈夫か? やっぱ具合悪い?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「無理するなよ。駅まで送るよ」
迫田たちに行ってくるからちょっと待っててと言われ、僕はただ立ち尽くす。
本当のことを言えば、その場で逃げ出してしまいたかった。宮内が戻ってくるのを待たないで、荷物をつかんで教室を飛び出したかった。
でも、できなかった。そんなことをしたら……宮内が僕の誕生日を祝ってくれたということを無下にしてしまうから。そんなひどいことをしてしまったら、僕はあの時自分にされたことを宮内にしてしまうことになる。
(それだけはできない……でも……帰りたい……)
宮内は迫田たちに平謝りし、「今度また緑野連れてくからさ、ごめんな!」と言いながらこちらに戻って来る。その顔はすっかり僕を心配して困り顔をしていた。
「緑野、帰ろう」
そう言って宮内は僕のリュックを持ってくれようとしたけれど、僕はそれを避けるようにしてかわした。兎に角一刻も早く、自分だけの空間に自分だけになりたかったからだ。
結局、宮内は僕の隣に連れ添うように付いて来ている。駅まで送っていくというのは本当みたいで、ただ黙ってついて来ているのだけれど……さっきから何か言いたげに僕の方を見てくる。
もし僕が少しでも自分の意見をはっきりと言えるような性格だったなら、きっと立ち止まって「なんか言いたいことでもあるのか?」ぐらい言えたかもしれない。そしたらきっとこんなに気づまりじゃないだろうし、宮内に気を遣わせることだってない。
(ああ、気を遣わせちゃってるな……っていうのがわかるのって、すごくシンドイ……)
とは言え、肌で感じるほどの気遣いにどうしたらいいのかがわからない。だって僕はいままでずっと、こうやって誰かと関わり合って、シンドイ思いをしたくなかったからぼっちでいたのだから。8歳のあの頃からずっと、そうである方がいいって思って来ていたのに――僕は何をしているんだろう?
「気持ち悪かったりしない? お茶か水買ってこようか?」
学校を出てしばらく歩いたころ、宮内がそっと聞いてくれた。こういうところ、宮内はいいやつなんだなと思うし、だからこそ、僕のぼっち誕生日をどうにかしようとしてくれたんだろうなとは思う。
でも、ああいう形だなんて思いもしなかった。その上あの状況の中での秘密をバラされるのはあまりにツラすぎるし、耐え難い。いまもなお、さっき受けた傷からは血が流れているような感覚すらある。
「ううん……いい」
ようやくそれだけを答えられたけれど、正直いま宮内と隣り合って歩いているのもツラい。彼がそばにいると、さっき教室で聞こえてきた言葉が耳によみがえるから。
「緑野……なんか、怒ってる?」
しばらくの沈黙があって、宮内が恐る恐る聞いてくる。まるで僕が勝手に機嫌を損ねているみたいな言い方に、チリッとした苛立ちが心の奥に点火された気がした。
「……怒ってなんかない」
「そうかぁ? だってさっきも迫田たちと一緒に行こうって言ったのに、無理とか言ってたし」
「じゃあ、宮内くんは行けばよかったじゃないか」
「それは……でも、緑野が具合悪そうだったし。放っておけないじゃん」
「具合なんて悪くない。一人で帰れる」
苛立ちの火が、じわじわじわじわ大きくなっていく。宮内の言葉に煽られるようにそれは僕のつま先から昇り始め、段々と上へ上へと延焼し始める。
突っぱねるような僕の言い方に、さすがの宮内もムッとしたのか、「やっぱ怒ってんじゃんか」と若干苛立ったような声で返してきた。それが、苛立ちの火に油を注いでしまったのだ。
「怒ってなんかいない、呆れてるんだ。君があまりに無遠慮なやつだから!」
立ち止まって振り返りざまに言い返すと、宮内もまた立ち止まって目を丸くする。まさか僕が言い返してくるなんて思いもしなかったんだろう。そういうところ、陽キャ集団のメンバーらしくて余計に腹が立つ。
「無遠慮って……何がそんなに気に喰わないって言うんだよ。誕生日一緒にやったってだけじゃんか」
「僕はあんな風にするなんて聞いてない!」
「そりゃそうだろ、サプライズなんだから」
「そうだったとしても、僕はあんな風にされたくなかった!」
語気強く言い返してしまって、言葉が過ぎたことに気付いたけれど遅かった。感情のままに、勢いのままに言ってしまうにはあまりに強くとがった言葉だったのに。
投げつけた言葉はまっすぐに宮内にぶつかり、そしてみるみる彼の顔を怒りに染めていく。普段人懐っこい笑みを浮かべている目が吊り上がり、憎しみを込めた眼差しを向けてくる。
「なんだよ、『あんな風』って! みんなに協力してもらって、緑野にもバレないようにって気を遣って準備したんだからな!」
「そうだったとしても、だからって……だからってあそこで僕の秘密をばらすことはないじゃないか!!」
ずっとあの時から吐き出したかった想いが、熱い雫と共にあふれ出してこぼれていく。こんな事で泣くなんて情けない。しかも道の真ん中で言い合いだなんて恥ずかしい。ちょっと冷静になればわかるはずなのに、全然そんなことも考えられなかった。
僕の秘密という言葉に宮内は一瞬言葉に詰まったようだけれど、それでも、「でも!」とさらに言い返してくる。
「でも、緑野の良いとこみんなに知ってもらいたかったから……」
「だからってあんなこと、僕は望んでない! 勝手なことするなよ!」
「それは……でも……」
涙で滲んだ視界には言いよどむ宮内がうつむく姿が映し出されているけれど、僕はそれに対してただただ怒りしか湧かなかった。信じていたのに、裏切られた――その想いが怒りに任せてふつふつと勢いよく吹き上がり、つい、口をついて出ていた。
「こんな事なら、ぼっちの方が全然よかった。誕生日も緑化委員も、全部だ!!」
感情が爆発するなんてことが僕にも起こるなんて思わなかった。今までで一番悲しくて仕方なくて、涙が止まらない。湧き上がる感情のままにそう叫ぶようにそう言い放つと、僕は一人駅の方へ駆けだして行く。
「緑野!!」
後ろで宮内が叫んでいた気がするけれど、振り返らなかった。振り返ったところでどうしたらいいかわからないし、何より彼を許せるかわからなかったから。
改札を駆け抜けて階段を駆け上がり、ホームに滑り込んできたいつもの電車に飛び乗る。ドアが閉まって電車が走り出しても、僕は後ろを振り返ることはできなかった。もう宮内が追いかけてきてもいないことはわかっているのに。
「……ああ、最悪な誕生日だ」
車内の隅で佇みながら呟いた言葉がじわじわと嫌な痛みを伴いながら沈み込んでくる。拭えない涙のように張り付いたその気持ちを抱えたまま、僕は泣き顔で帰りの電車に乗っていた。



