【完結】ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 誕生日の一緒にという話をしてからの一週間、その半分ほどは雨が降って緑化委員の活動ができなかった。
 そういう日たいてい宮内は迫田たちと一緒に過ごしているようで、僕のところに来ることも声をかけてくることもない。それでなくても教室では接触する機会がほぼなく、緑化委員の時だけ花壇の前で落ち合っている感じなので、誰も僕らのことを知らないだろう。

(きっとその方がお互いにいいんだろうな。宮内くんは陽キャ集団の中心メンバーだし)

 僕と一緒にいるのを知られたら、いつかの迫田たちにからかわれた時みたいになってめんどうだろうから。
 とは言え、一緒に過ごそうと約束をしている誕生日に、何をするかとかどこへ行くかとかは未定のままだ。もう明日だというのに何の連絡もしてこない。

「……やっぱり、迫田くん達と過ごそうって思い直したのかな」

 一人雨の降る中傘をさして歩きながら呟くと、その言葉がやけに重たく感じられる。いままでと変わりない事実を言ったに過ぎないはずなのに、言葉がズシリとしてて痛くて重たい。
 なんだろうこの感触……なんだかお腹が痛い時に似ているようで、もっとずきずきと低く響く痛みだ。
イヤな感じだなと思いつつも、きっと明日になれば何か連絡が来るかもしれないと思うようにして、なるべく気にしないように心がけてその日は終わった。


 翌日も雨だったけれど、花の様子が気になったので放課後に花壇を見に行くことにした。雨のせいで(うね)が崩れていないか確認するためだ。
 学年玄関へ行き、靴を履き替えようとしていると、「緑野!」と宮内が呼ぶ声がする。

「ああ、宮内く……」

 振り返り名前を呼び掛けたところで、視界が真っ暗になった。突然のことに「なに!?」と、ヘンな声を上げそうになったら、それも「シー。声デカいから」となだめられる。

「緑野、ちょっと俺に付き合ってくれる?」

 質問系ではあったけれど断る有無を言わせない気配を感じ、僕は仕方なくついて行く。いつの間にか手を牽かれるままに歩きながら。どこに連れて行かれるかわからないから腰が引けてしまう。

「なにあれ、罰ゲーム?」
「すごいへっぴり腰。ウケる」

 そんな声も聞こえてきたりして恥ずかしさと見えない恐怖で顔が赤くなっていくのが止まらない。一体どこまで行くというんだろう。
 それでも宮内に連れられるまま、廊下や階段をゆっくり進んで行くしかない。特に階段は果てしなく長く感じられて、足許が覚束なくて怖い。だから思わず宮内の手を縋るように握りしめ、及び腰で進んでいく。

「ねえ、どこ行くんだよ」
「まあ、いいからついて来いって」

 いくつかの階段を上がり――それでも多分二階に上がっただけだったんだろうとは思うんだけれど――そのまま牽かれるがまま進んでいくと、ようやく宮内は止まった。

「じゃあ、目隠し取るよー。3・2・1……!」

 そうしてようやく広がった視界に映し出されたのはいつもの教室だ――と思ったその瞬間だった。パーン!! という軽い破裂音がいくつも続き、僕は飛び跳ねそうになるほど驚いた。思わず隣にいた宮内にしがみ付いてしまうほどに驚いていると、続けてこんな声が聞こえた。

「ハッピーバースデー、陸人、緑野くん!!」

 そしてまた破裂音――どうやらそれはクラッカーがいくつも同時になった音だったらしい――が続き、そして拍手や歓声が上がる。
 一体、何が起きたんだろう? 状況を把握できない僕と、その隣で嬉しそうに、そして満足そうに笑う宮内に紙テープや紙吹雪がふんだんに浴びせられる。

「……え? ハッピー、バースデー……?」

 雨のように降り注ぐ紙吹雪の中、ようやく聞き取れた言葉を繰り返すと、縋りつくようにしていた宮内が振り返る。その顔はまるで僕がクイズに大正解したみたいな嬉々とした顔なのだけれど、事情が呑み込めないのでどう返したらいいかわからない。
 だって、僕が考えていた誕生日の光景と全く違っているからだ。

「誕生日おめでとう、緑野! そんで俺!」

 そう高々と宣言するように宮内が言うと、教室中から割れんばかりの歓声と拍手が起こり、「おめでとー!」とみんなが言っている。
 よくよく見ると連れてこられたのは僕のクラスで、しかもいつ飾りつけしたのか、窓や壁にペーパーフラワーやら輪飾りが飾られている。黒板にだってでかでかと『陸人&緑野くん たんおめ!』なんて書かれているし、似顔絵まで描かれている。

「宮内くん……これ、どういうこと?」
「んー? 言ったじゃん、一緒に誕生日しようって」

 それは確かに言った。僕がぼっち誕生日だから、宮内と一緒に過ごそうって話をした。またあの苗を買いに行った時みたいに楽しく過ごせたらいいなと思いながら、一緒に過ごそうって約束をしたはずだ。
 でもそれは……僕の中だけでの話だったみたいだ。
 宮内と僕の中での誕生日の過ごし方が違うことはわかりきっていたけれど、だからってまさかこういう展開になるなんて思ってもいなかったのが本音だ。だってまさか教室を飾り立てて、クラスのみんなを集めて、クラッカー鳴らしたりして歓声を浴びせられるなんて思いもしないじゃないか。

「見てー! ウチらカップケーキ作って来たんだよー!」

 そう言って女子のグループがラッピングされたカップケーキを取り出してくる。確かにそれはかわいく飾り立てられていて、いかにも誕生日祝いにぴったりな気がする。

「うぉ、すげー! ありがとなー!」
「緑野くんも、どーぞ」
「あ、ありがとう……ございます……」

 満面の笑みで差し出されたカップケーキを受け取り、僕はぎこちなく微笑んでお礼を言う。誰かに何かお祝いをもらうなんていつ振りだろう。しかもこんなたくさんに人がいるところで、その前で。
 ぎくしゃくと音がしそうなほどぎこちなさでどうにか受け取る僕に、「緑野くん、真面目過ぎぃ」と笑われる。べつに何か面白いことを言ったつもりもないのに。
 カップケーキはクラスの有志でいつの間にか作っていたらしく、クラスみんなの分もあり、配られていく。
 そうしてカップケーキか配られた後に、誰からともなく「なあ、乾杯しない?」なんて声が上がった。

「いいな、それ。んじゃあ、本日の主役に乾杯の挨拶やってもらおう」

 そう、宮内が言ったかと思うと、ポンと僕の肩を叩きつつ一歩前へ押し出していく。突然みんなの前に立たされた僕は、急な展開に頭が回らないで汗ばかり出てくる。

「え、あ、えっと……誕生日、祝ってくれて……ありがとう、ござい、ます……乾杯」

 おずおずと僕がカップケーキを小さく掲げると、みんな揃って高々とカップケーキを掲げ、「カンパーイ!!」と、元気よく応じる。その迫力に圧倒され、何も言えなくなってしまった。
 そうして乾杯を合図にしてみんなでカップケーキを食べ始める。カップケーキはとても美味しくて、それだけは救いだった。

(ケーキを食べたら、もう解散だよな……早く花壇に行きたい……)

 ケーキを頬張るクラスメイト達は口々にケーキを絶賛し、楽しそうにしている。もちろんその中には宮内もいて、迫田たちとゲラゲラと笑っている。

「陸人発案のバースデーパーティーいいじゃん!」
「だろぉ? 緑野も喜んでくれたし」

 な? と、こちらを振り返ってきて同意を求められ、思わず弱く笑ってうなずいてしまった。それじゃあまるでこの状況を受け容れているみたいになってしまうのに。
 本音を言うと、全く思ってもいなかった状態になっていて気持ちが全然追い付いていない。楽しいとか嬉しいとかの前に、なんで? どうして? という思いが消えないのだ。
 誕生日を祝ってくれたことは有難いと思う。でも僕が望んだのはこういう大人数とか大騒ぎといったものじゃない。

「僕はただ、宮内くんと、ってだけを考えてたのに……」
「ん? 緑野? なんか言った?」

 カップケーキを頬張っている宮内が顔を覗き込んできて、僕が浮かない顔をしているのを目にするなり驚いたように目を丸くする。ギョッとしたような顔をして、「どうした!?」なんて大きな声を上げてまた迫ってくる。幸い周りもうるさいから、宮内の声で注目されることはないのだけれど。

「どうした? 具合悪いのか?」
「いや、そうじゃないよ。ただ……びっくりしちゃって……」
「あー……まあ、サプライズだったからな。ってことは大成功ってことだな!」

 そう宮内は嬉しそうに笑い、僕にハイタッチを求めてくる。でも僕はそれに想いきり叩き返すことはできなかった。
 もしこの誕生会が宮内との二人だけのものだったら、たぶん僕はハイタッチを返していたかもしれない。それが僕の描いていた誕生日会だったから。
 サプライズで驚かして、祝ってあげようという発想を否定するわけじゃない。そういうのを好きな人だっているんだと思うし、楽しいんだろうし。

「……そう、だね。サプライズは成功だね」
「やったー! マジ嬉しいわ」

 宮内は嬉しそうにカップケーキの最後のひと口を頬張り、満足げに笑っている。その顔を見ていると、やっぱり僕と彼は住む世界が全然違うんだなと思い知らされる。彼はやっぱり花を愛でて、静かに過ごしたいっていうのを理解してくれないんだ、って。

「でも僕は……楽しいとか嬉しいとかは……言えない、かな……」

 ぽつんと呟いた僕の言葉に、宮内がまた目を丸くする。信じられないものを見たと言いたげな目を向けられ、僕はつい視線をそらしてしまう。
 言ってしまってから、自分でも言いすぎたかもしれないという自覚はあった。サプライズを僕に気付かれないように用意するのって大変だっただろうし。だから、言ってしまった言葉に対しては悪いなとは思っていた。
 それでも、僕は言ってしまった言葉を取り消せなかったのも本当だ。

「え? なんで? だってぼっち誕生日だからって言うから、一緒に祝おうぜってなったんじゃん」
「そうだけど……」
「それにさ、人数多い方が楽しいし、食べ物も美味いって緑野も言ってたじゃん」
「それもまあ、そうなんだけど……」

 確かにそう言ったかもしれない。でもそれは宮内といたからであって、こんなに大勢でというわけではない。
 だけど僕の言葉ではそういう微妙なニュアンスの違いが上手く説明できる自信がない。そうでなくても、すでに宮内には誤解されているみたいなのに。

(どう言えば伝わるんだろう……僕が思ってることと、宮内くんが考えてることが、違うって)

 僕はただ、宮内といつもの空間でいつものように喋ったりお菓子を食べたり、花を見たりして過ごしたかっただけなのに……何でこんなことになってしまったんだろう。
 何かが決定的に食い違ってしまう感触を覚えつつも、どう修正したらいいかわからない僕は、不思議そうな顔で僕を見つめている宮内の前で泣きそうな想いでうつむいていた。