ぼっち緑化委員、花と陽キャくんで恋を知る

 今年の梅雨は雨が少ないのか、梅雨入りのニュースを聞いてもあまり雨の日がない。緑化委員の活動は雨が降っていなければ基本的に毎日やるものなので、六月に入っても花への水撒きを欠かせないでいる。

「あっちぃなぁ……ほーれ、いっぱい飲めよー」

 僕の秘密であった花とのお喋りの癖が最近宮内にも移ったのか、水撒きとか追肥の作業をしている時にこんな風に話しかけている所をよく見るようになった。声自体はまだ小さいけれど、その目は優しくやわらかだ。

「よーし、よし……いい色してるなぁ」

 日差しを浴びて虹を成している水撒きの様子を見ていると、単純に誰かがいることで作業が捗ると言うだけでなく、その存在を感じることでどこかホッとしてもいた。

「緑野、虹だ!」

 ホースで水を撒きながら、宮内が歓声を上げて振り返る。僕より背が大きいのに、小さな子どもみたいにはしゃいでるギャップがなんだかかわいく思えてくる。
 こういうの、僕だけしか知らないんだろうなと思うと、ちょっといい気分だ。

「うん。虹だね。きれいだ」
「良いことありそうな気がするよな、虹みると」
「わかる。なんか嬉しくなるよね」

 短く小さな虹が出るたびに、宮内は嬉しそうに目を虹に負けないほどきらめかせて報告してくれる。僕にとっては当たり前と思っていた光景だけれど、そんな風に嬉しそうに報告されると、改めてその美しさに気付かされたりするから不思議だ。
 一人の方が気ままで自由ではあったけれど、例えば虹の輪を見た時に分かち合う相手がいないことになる。そんな当たり前に最近気づかされて、誰かがいる風景が新鮮で仕方ない。

(家族ともまた違う誰かと、こんなに長い時間いることってないからかな)

 そんなことを考えながら木陰に入ると、日差しが遮られてホッと息をつける。梅雨の狭間の日差しはもう既に夏で、僕も宮内も最近はすっかり日に焼けてしまっている。

「はー……木陰は生き返るな」
「そうだねぇ。あ、松茂先生から塩飴もらったんだけど、食べる?」

 そう言って、倉庫の鍵を受け取りに行った時にもらった飴をおすそ分けする。梅干味の塩味の強いそれは、汗をかいた体にじんわりと染み入る。

「珍しいな、松茂先生から差し入れって」
「なんか、『もうすぐ誕生日だったよね』なんて言ってくれたんだよね、この袋ごと」

 確かに僕の誕生日は来週ではあるんだけれど、それをだいぶ早めた上に一方的に飴を一袋も押し付けてくる辺りに松茂先生のマイペースっぷりを感じる。

「松茂先生って思い立ったが吉日って感じだよね」
「あー、確かに」

 そんなことをくすくす笑いながら話していると、「てか、誕生日?」と、宮内が言う。

「緑野の誕生日っていつ?」
「えーっと、来週の12日だよ。なんで?」

 そう話した途端、宮内の顔がぱぁっと明るくなり、自分の方を指さしながら答える。しかもなんだかすごく嬉しそうで、まるで宝物を発見した飼い犬みたいだ。

「俺、13日!」

 偶然にも僕らは誕生日が一日違いらしく、確認のためにお互いの生徒手帳を出して確認し合う。
 たかがそれだけの話と言えばそれまでなんだけれど、こうして一緒に緑化委員の活動をするような関係の二人の誕生日が近いと言うのも、何か縁のようなものを感じる。

「すごい偶然だねぇ。初めてこんなに誕生日近い人と会ったかも」
「俺も。案外周りに六月生まれっていないんだよなぁ」
「そうだねぇ。春とか多かったりしたなぁ」

 そうして()ぎるのは、8歳の頃のあの悲しい誕生日会の記憶。地面に叩き落とされた花束を思い出すと、いまでもやっぱり悲しいし、胸が痛い。そして秘密を嗤われたことも。
 思えばあのことをきっかけにして、僕は一人で花と向き合うことを決めたんだったっけ。

(でもまさかいまになって、こうして一緒に花のお世話をするような相手ができるなんて思ってもいなかったな)

 人生ってどうなるかわからなくて不思議だな……なんてしみじみ考えながら飴を口の中で転がしていると、「じゃあ、当日はどうするんだ?」と、宮内が聞いてくる。

「当日?」
「誕生日当日だよ。緑化委員の活動もいいけどさ、折角だから休みにして、誰かと遊んだりしないの?」
「あー……宮内くんは何か予定があるの?」
「俺? 俺はなぁ、この前の山本とか迫田とかいつメンで遊び位に行くかな。あと、ケーキ奢ってもらうわ」

 そう言って宮内はニヤリと笑い、「駅前のファミレスで桃フェアやってるから、それにしようかと思ってんだ」と、楽しそうだ。彼にはそういう楽しげな雰囲気がよく似合っている気がする。
 でも反面僕にはそんな楽しみとか予定はないので、どう答えようかと口ごもってしまう。

「緑野は?」
「いや、僕は……特にない、かな……」
「ない? 誰とも?」

 宮内は信じられないと言いたげに目を丸くし、「マジで?」と、声を潜めて聞き直してくる。声を潜めてくる辺り、ぼっち誕生日である僕のことを気の毒がっているということだろうか。そういう優しさが、なんだかかえって申し訳なく思える。
 なんか気を遣わせてしまったかな……と思いつつ、僕は苦笑いして答える。

「家族にお祝いは言ってもらえるかもだけど……友達っていうのは僕にはいないし……」
「……もしかして、いままで一度も誰かと一緒ってことない?」

 コクンとうなずく僕に、宮内はなんだか難しい顔をして考え込んでしまった。そんなにぼっち誕生日であることは、彼には難解なんだろうか。
 正直なことを言えば、僕は過去のあの件があるから、誕生日は静かに過ごしてきた。誰にも特別なことをしてもらったりしてほしいとも言わず、この花壇で、ひとりで花を見つめて来ただけだ。花だけは僕のことを嗤うことはないから。
 きっとそういうのは、宮内には想像しにくいことなのかもしれない。

(まあ、宮内くんはいつも人に囲まれてるようなタイプだからな……)

 そもそもが住む世界が違ってるんだし……なんていまさらなことを思い出して少し寂しくなっていると、「じゃあさ」と考え込んでいた顔をあげて宮内が僕にこう言ってきた。その表情はいかにも明暗を思いついたと言わんばかりだ。

「じゃあさ、一緒に誕生日やらね?」

 ぼっち誕生日が当たり前である僕に、そんな提案をされるなんて思わなかったので、一瞬反応が遅れてしまう。
 でも、それさえも宮内には想定内なのか、楽しそうにニコニコとうなずいている。その顔がまた無邪気で憎めないいい顔なのだ。

「一緒に……?」
「一緒にやった方が楽しいかもしれないじゃん。んでさ、プレゼント交換とかどう?」

そうニコニコと提案してくる宮内の心底楽しそうな表情に、僕もまた頬が熱くなっていく。思い出すのは、先日の苗の買い出しの帰りのことだ。一緒に食べたマックが美味しかったことや、その足でゲーセンのUFOキャッチャーをしたり、ガチャを回したりして顔やお腹が痛くなるまで笑ったことを思い出したのだ。あの日ゲットしたマスコットは、いま実は通学用のリュックに付けている。
ああいうのをまた出来るなら、一緒に誕生日っていうのも悪くないかもしれない、そう思えた。

「いいね、楽しそう。やりたい!」
「じゃあ決まりな」

 そうして僕と宮内は来週の12日の放課後に一緒に誕生日を祝うことに決めた。それぞれのスケジュールアプリに予定を書き込みながら、「楽しみだな」と言い合う段階ですでに楽しくて仕方ない。

(誰かと一緒の誕生日なんて初めてだけど……きっと大丈夫だよね)

 まだ心のどこかに8歳の頃の記憶が影を落としかけている。でもいまはそれを振り払えるほどに、宮内との約束が楽しみになっていた。


 それから土日の休みの間、僕は宮内へ上げるプレゼントを考えていた。
 プレゼントの設定金額は2000円前後、という約束だけをしてそれぞれ当日までは秘密にしている。

「何がいいかな……宮内くんが好きそうなものって何だろう」

 そう考えると、僕は宮内のことを見た目のイメージでしか知らないのではないだろうか。陽キャで、クラスの中心人物でという、見た目からのイメージしか。
 でも緑化委員の活動を一緒にするようになってからの彼に対するイメージは、少し……いや、大分変った気がする。

(案外仕事が丁寧で、真面目で……優しい言葉を結構かけてくれるんだよな)

 ひとつひとつは些細で小さいことだけれど、振り返れば宮内からは色々と嬉しくなるようなことをもらっている気がした。

「こういうの、友達って呼んでいいのかな。初めてでよくわかんないけど……」

 そう呟きながら、家の庭の花に話しかけてみる。花は相変わらず夕日に照らされたまま何も言わないけれど、時折吹く小さな風に揺れてうなずいてくれているようにも見えた。
 友達か、と考えてはみたものの、どこかしっくりこないのは何故なんだろう。一緒に遊んで楽しくて、嬉しくなると言うのは友達と呼ぶんじゃないかと思えるのに。

「僕がずっと一人だったから、わからないだけかな」

 そうだよね、と花にまた話しかけてみたけれど、花はやっぱり何も言わない。淡く揺れることもなく、ただじっと夕日に照らされている。
 友達じゃないなら、宮内との関係は何と呼べばいいんだろう。ただの委員会仲間というのは軽すぎる気がするし、もっと親密な気もする。

「じゃあ、親友?」

 それもまたどうにもしっくりこなくて、僕はまた花の傍にしゃがみ込んで考え込む。

(もし宮内くんだったら、僕のことをどう思ってるんだろう)

 ふと、そんなことを考え、一層考え込んでしまう。ヒトの考えていることなんて見透かせないものだとわかりきっているはずだし、そもそも前の僕ならばヒトがどう思っていようとどうでもよかったはずなのに。何故だろう、すごく宮内が考えていることが気になってしまう。

「僕と同じこと、考えてたりすることあるのかな」

 そんなことを呟きながら、僕は一人庭で見慣れた花壇の花を見つめる。見つめながら浮かぶのは、学校の花壇の花にやさしく話しかける宮内の横顔だ。あんな風に話しかけている姿をもっと見られたら、ちょっと嬉しいかもしれない。そんなことを考えながら。

「……あ、そうだ。じゃあ、誕生日はあれにしようかな」

 そう言いながら、僕は家の花壇に植えられている花々を見て回る。ちょうど庭にはライラックとジキタリスが見ごろを迎えようとしている。どちらも僕と宮内の誕生花と言われているものだ。

「小さいけれどこれで花束を作ってみよう。あとは何かお菓子を添えて……」

 誰かのために贈る花を選ぶなんていつ振りだろう。ずっと忘れていたワクワクする感じを思い出し、庭で花を選びながら気持ちが弾んでいくのがわかる。
 受け取ってもらえて、喜んでもらえるだろうか。花にあんなにやさしく声をかける彼ならば、きっと喜んでくれるはず――そんな期待に胸を膨らませながら、僕は花束にするための花をひとつひとつ選んでいった。