オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 先輩の言った意味は、学校の校舎が見えると同時に明らかになった。
 年季の入った公立校なので建物は元から古いのだが、それどころではなく、太陽が出ているのに学校のある空間だけ薄暗い。壁や窓から黒い靄が滲み出てうごめいていた。
 異様な雰囲気に足が止まると、自販機で買ったスポーツドリンクを飲んでいた静先輩は「お、視えた?」と俺を振り返った。

「なんで学校中に幽霊が……」
「昨日まではマコトくんにいっぱい憑いてたけど、今は僕と一緒にいるから憑けなくなっちゃったからね。居場所を失って溢れてるんだ。それにこの学校、あの世と繋がりかけてるみたいで」
「あ、あの世? そんな非現実的な……」
「霊がいるんだからあの世もあるよ。元々ここ墓地なんだ。その上に学校ができたっていう下地と、霊に忌諱される僕が学校に来なくなった反動プラスそこに霊を引き寄せるマコトくんが入学してきたことで大盛り上がりって感じかな。あの世に近い場所には霊が集まるし、霊が集まる場所はあの世に近くなっていく。鶏と卵みたいなこと」

 一応筋は通っているような説明だが、あの世だのなんだのと言われると現実味がない。しかし、この世とあの世の関係性よりも、俺はこの状況で授業を受けられるのかが心配だった。

「あれどうにかできるんですか……? 俺、留年しそうなんでどうしても授業出たいんですけど……」
「マコトくんがいれば解決できるよ。でもまずは遅刻しないことが大切」

 長身で脚も長い先輩が大股で歩き始め、俺は早足でついていく。学校に近づくにつれ生徒も増えてきて、みんな一度は金髪の不良を凝視してすぐに仲間内で囁き合う。

「誰あれ……? うちってヤンキーいるんだ、こわ」
「えーでもめっちゃイケメンだよ! モデルみたい!」
「なんか留年してる先輩じゃなかった? 名前なんだっけな~」

 うちは文武両道を掲げる、進学そこそこ部活はまぁまぁといった地味な公立高校だ。基本的に容姿も身なりも派手な生徒はいないため、イケメンヤンキーという刺激は女子たちを色めき立たせていた。
 女子の熱い視線と男子の不審な視線を受けながら校門に着くと、門のすぐそばに漂っていた靄が震えて校舎の方に散った。こんなにわかりやすく霊に嫌がられる先輩の体質は心底羨ましい。

(先輩が校舎を練り歩くだけで除霊できそうだけど)

 俺なしでも解決できるんじゃないのかと靄だらけの校舎を見上げていると、肩に手を置かれた。

「マコトくん」
「はい?」

 ──ちゅ。

 静先輩の声に振り返ったら、そのままおでこにキスされていた。
 突然のことで何の反応もできず固まった俺は、周囲から女子の黄色い悲鳴が聞こえてきて我に返る。

「な、なっ!? 何してんですか!?」
「授業中は僕と離れ離れになるでしょ? また大量に憑かれちゃうから厄除けサービス」
「なっなんでこんな目立つところでするんですか!!」
「いや2人きりのとこに連れ込まれてちゅーされる方が怖くない?」

 確かにそうかもしれないが、静先輩なりの配慮は公衆の面前で堂々とイチャつく男2人を爆誕させている。好奇の目が方々から向けられ、俺は顔を手で覆うしかなかった。

「恥ずかしい……っ、もう学校行けない……!」
「口にしてないんだからいいじゃん。とりあえずこれで放課後までは憑依されないよ、元気出して」

 謝罪もなく他人事のように励まされるのと、予鈴が鳴るのが同時だった。

「やば、教室行かなきゃ。僕今年は退学かかってんだ。あ、放課後オカ研参加して! 詳細はまたあとで!」
「あっ、ちょっと、先輩!」
「マコトくんは今から副部長だからね~!」

 返事も聞かずに駆け出した静先輩は、俺にオカ研・副部長のポストを与えながらも立ち止まらない。
 陸上選手のようなフォームで玄関に走り込んでいく先輩の後を、留年のかかった俺も遅ればせながら追いかけた。

(なんというか……ものすごくマイペースな人だよな……)

 小走りで教室にたどり着き、椅子に脱力する。静先輩との交流だけでも心労は十分なのに、走ったせいで肉体疲労まで抱える羽目になった。
 学校には霊が大量発生してるし俺は一生憑依から解放されることがないらしいし、吐かずにはいられない長いため息を吐いていると、朝練終わりの菩提寺が教室に入ってくる。

「善本。体調大丈夫か」
「うん、おかげさまで。昨日は俺のこと家まで連れてってくれてありがとう。重くて大変だったよね、ごめん」
「いや、気にしなくていい。善本は軽いし」
「さすが運動部。力持ちだなぁ」

 ポンと腕を叩くと菩提寺は俺が触れた場所をじっと見てから声を潜めた。

「それより、学校は昨日より変じゃないか。気配が多すぎる」
「そうなんだよ。学校中、幽霊だらけで……」

 教室の隅で揺れる悪霊をつい見てしまうと、菩提寺も同じ方を見る。

「あいつ……兄貴は何か言ってた? 朝迎えに行っただろ」
「学校があの世と繋がりかけてるせいでこんなことになってるって言ってた。静先輩と一緒にいた俺には憑依できないのもあって、漂う量も増えてるみたいで」

 今静先輩はいないが、教室の悪霊は俺に憑依してこない。厄除けという名のキスには、本当に力があるようだ。

「あと放課後、オカルト研究会の活動に参加してほしいって言われた」
「オカ研……。それ、俺もついていっていいか」
「え。でも菩提寺は部活あるでしょ? 俺は帰宅部だからいいけど」
「部活は話を通せば平気だ。それより善本が心配だから。あいつ善本に興味津々で何するかわかったもんじゃない」

 今朝既にデコチューされていることを思うと、次は本気でキスされるかもしれない。それしか解決策がないんだとしても、今の俺には受け入れがたかった。
 総合して、菩提寺もいてくれた方が冷静に話し合えるだろう。

「じゃ、お願いしてもいいかな。一緒に行こう」
「ああ」

 菩提寺は少しだけ微笑んで頷いた。
 彼と関わるようになったのは幽霊のせいだが、幽霊の話ができる心強い友人を得られそうなことだけは幽霊のおかげだなと思いながら、俺は菩提寺に微笑み返した。