オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

「ま、詳しい話は中でしようか」

 聞きたいことが山積みの俺が口を開く前に、静先輩は菩提寺が開けた窓から教室に入っていった。
 俺と菩提寺も後を追いかけると、彼は当たり前のように菩提寺の机に残っていた弁当をつまんでいる。菩提寺が大股で近づき、先輩はささっと距離を取って逃げた。

「勝手に食うな。俺が善本に貰った弁当だ」
「ええ? 一緒にいたくせに飛び降りるのを止められもしなかった類より、僕の方が食べる権利あるでしょ。助けたお礼も兼ねて」

 飄々としているが、さっき殴られた仕返しなのか嫌味が強い。

「助けた礼とか図々しいんだよ。だいたい、今善本が急に体調悪化したのもどうせお前のせいだろ」

 菩提寺は兄を睨んで言い返す。
 男兄弟というのはこのくらいの言い合いが普通なのだろうか。ひとりっ子の俺にはわからない。

「いや~それはそうなんだよね。僕がこの教室に近づくにつれて、道中の霊が追い込まれてマコトくんの中に逃げようとしちゃったみたい。ごめんね? 除霊はしたから許して」

 両手を合わせて軽く謝罪されても、何も前提を知らない俺には何を言っているのか訳がわからなかった。
 なんでこの人が近づくと霊が逃げるんだ。

「ちょ、ちょっと待ってください! あの、ちゃんと整理させてほしいんですけど、まず菩提寺と静先輩は実の兄弟なんですね?」
「そうだよ。あ、でも僕今2留中だから高3だけどもう20歳。類とは3歳差」

 さらりと言って、静先輩は携帯灰皿でタバコを消している。
 情報を整理したかったのに、また情報が増えてしまった。高校生なのに成人、ということはタバコは校則違反だが法律違反ではないのか。

(こんなに目立つ人、すぐ噂になりそうなのに全然知らなかった)

 改めてまじまじと静先輩の容姿を見てしまう。
 意外と傷んでいない金髪、両耳には黒いピアスが連なるようにつき、手首には数珠が巻かれ、制服の着こなしはだらしないが見た目には似合っている。すっきりした顔立ちの菩提寺と違って全体的に濃い造形で目の印象が強く、本人が言う通り弟と似てはいない。
 俺の不躾な視線を正面から受け入れていた静先輩は、途中でキメ顔をしてきた。薄々気づいていたが変な人のようだ。

「こいつ去年は1度も学校来てないから、善本が知らなくても無理ない。気にするな」

 俺の心を読んだかのように菩提寺がフォローして、続きを促してくれる。

「な、なるほど。つまり、静先輩は留年中で、幽霊に逃げられるくらい霊感が強くて、除霊までできてしまうオカルト研究会の部長ってことで合ってますか」

 言いながら、『オカルト研究会・部長』という肩書きがここまで名は体を現すことあるのかと信じられなかった。
 俺にキメ顔をしていた静先輩は、大袈裟な動きで人差し指を振って椅子に座る。

「僕はオカルト大好きなオカ研部長ではあるんだけど、そもそも霊媒師なんだよね。しかも他の追随を許さない最強の霊媒師。だから最強霊媒師がオカ研部長をやってるというのが正しい流れ」
「最強じゃなくて自称・霊媒師の間違いだろ。オカ研も部員1人の非公認部だとちゃんと言え」

 菩提寺がチクチク言うのを静先輩は無視して、俺だけを見ている。

「ただ、そんな僕にもひとつ弱点があって。なんだと思う?」
「自称・霊媒師のくせに幽霊が視えない」

 先輩は俺にクイズを出したが、すかさず菩提寺が答えて、俺は目を見開いた。

「ゆ、幽霊視えないんですか!?」

 仮にも霊媒師を名乗っているのに「幽霊は視えません」で許されるものなのか。除霊などできない俺でも、幽霊を目視することはできるのに。

「いやいや、霊を当たり前にいるものとしてるけど、そもそも視える方がおかしいんだって。普通視えないもん。類みたいに気配を感じられるだけでもかなり珍しいんだよ?」

 そう言われてしまえば、今まで霊が視える人に会ったことはない。
 テレビ番組の心霊現象などは全部作り物で、俺に視えているモノが写っていることはない。霊を共通認識している人間との出会いは、この菩提寺兄弟が初めてだった。

「ま、とにかくいわゆる霊感はないんだよね、僕。除霊特化型というか。よくわからないけど幽霊に嫌われてるみたいで、大抵は僕が近づくだけでいなくなる。人間に憑依した霊はその人に触れないと除霊できないけどね。霊は本能でそれを知ってるから、さっきはマコトくんに憑依が集中しちゃったわけよ。無害な霊も悪霊も、僕から逃げるためにマコトくんに避難したってこと」

 もっともらしく言われなんとなく納得しかけたが、ふと疑問が首をもたげた。

「なんで何も視えないのに、この教室に来て俺を助けられたんですか……? 大量の霊は視えてなかったんですよね……?」
「うん、視えてない。ここに来たのはただの直感。霊感がない代わりに直感は当たるんだ。なんか行ったほうがよさそうだと思って来てみた。直感の通り、僕が来てよかったでしょ?」

 静先輩はヘラヘラしていて、かなり胡散臭い。しかし、その直感と除霊の力がなければ俺は今頃コンクリートに頭を打って死んでいたのだ。
 信じられないが、この人を信じないわけにもいかなかった。

「なんか、まだよくわかんないですけど……いったん飲み込みます。霊が消えたのは事実なので──っ!」

 静先輩にお礼を続けようとしたら、頭がぐらりと揺れた。そばの机に半ば倒れ込みながら体を支えると、菩提寺が駆け寄って腕を掴む。

「善本! おい、除霊済んだんじゃないのかよ」
「除霊は終わってるよ。でも憑依でかなり消耗しちゃってるみたいだね。あいつら気力も体力も奪うから」

 会話に入ろうと思ったけど、声を出せなかった。チカチカと目の前に火花が散って、急激に瞼が下がってくる。

「この体質は今後もマコトくんを悩ませるよ。対処法は……また今度話そっか」

 微笑む静先輩の手が俺の目元を覆って、「おやすみ」の声を合図に俺の意識は途絶えた。