そう言われて、すぐには反応を返せなかった。
人に見えないモノが視えると言って、周囲から不気味に思われてきた過去が目を泳がせた。からかわれているのかとも思ったが、菩提寺にふざけた様子はない。
「な、なんで……?」
やっとそう返すと、菩提寺の表情が曇った。あてが外れたという顔だった。
「……悪い。違うなら気にしないでほしい。変なこと言った」
「ま、待った! 違うっていうか、もしかして、菩提寺も視えてるってこと……?」
「変なモノが視えます」と答えたも同然の質問をしてしまったが、菩提寺の言動は”視える“仲間なのではと期待するには十分だった。
「……黒い靄みたいなモノが」
俺が顔を近づけて声をひそめると、菩提寺は少し体をのけ反らせてかぶりを振る。
「いや、俺には何も視えない」
その答えに俺はわかりやすく肩を落としてしまったが、続いた言葉がすぐに落胆を消した。
「ただ、なんとなく”感じる“ことがある。たまに善本から、なんというか……”気配“がする。それが、今もあるから」
「そ、それガチで……? 俺、菩提寺の言う通り変なモノ──黒い靄が視えるんだ。俺は幽霊だと思ってるんだけど──」
初めて幽霊の概念を共有できる相手が目の前に現れて、つい声が大きくなる。しかし同時に、俺に憑いているモノが思い出させるようにざわついて、息苦しさに胸を押さえた。
「っ……は……、この、体調不良も幽霊のせいでさ。こんなこと言っても、俺の頭がおかしいことになるから……っ、今、初めて人に話した」
「いつもどうしてるんだ。こうなった時」
酷い動悸に詰まりながら伝えると、菩提寺は俺を心配しながらも冷静に聞いた。体調不良が幽霊のせいであると聞いても、まったく動揺していない。
「神社行ったりすると、よくなることもあるけど、基本マシになるまで、耐えるしかなくて……っ、なんか知らない? いい、対処法」
言ってるそばから空気が薄くなったかのようにどんどん呼吸が荒くなる。
視界に映る教室の床、壁、天井、そのすべてから黒い靄が滲み出ているのが見えた。そして教室に入った靄は、一直線に俺に向かってくる。
(なんで、急にこんなに……!?)
ここまでの現象は今まで起きたことがなかった。自分でどうにかできる領域を超えてしまっているという確信が、恐怖と悪寒を強める。
「……頼めば、どうにかできるかもしれない。ただ、勧めたくはない。信憑性がない上に金も──」
菩提寺の声が遠くに聞こえる。聞きたい話だったはずなのに理解できない。意識が今にも飛びそうで、何も考えられない。
(……あ、なんか、死ぬかも)
突然、思考がクリアになる。
いや、”死にたい“んだ。そうだ、俺は死にたいんだった。
悪寒がすっかり消えて晴れやかな気持ちになっていた。俺は穏やかに椅子から立ち上がると、窓へ駆け出した。
「善本!? おい! 待て!!」
後ろで菩提寺が叫ぶ。追いかけてくる手から逃れて、窓の鍵を開けベランダに飛び出る。ワクワクとした気持ちでベランダの柵に片脚を引っ掛けた。
(早く、早くしなきゃ。みんな待ってる)
なんのためらいもなく空中に倒れ込もうとした時、ふと煙の匂いがした。
はやる欲求が薄れて、祖父母宅にある仏壇がぼんやりと浮かんだ。
(これ、なんだっけ、線香の……)
「なにしてんの?」
「っ、!?」
突然耳元で声がして振り返ると、金髪の男子生徒が真後ろ──息がかかるほどの至近距離に立っていた。
男子生徒の見た目が金髪、ピアスに咥えタバコという不良要素満載であることを差し引いても、その造形が絵から飛び出してきたような、芸能人と見紛うほどであることにさらに驚き、俺は自分が我に返っているのを自覚した。
途端に手すりに乗り上げてふらつく身体は恐怖に染まり、気づけば叫んでもがいていた。
「うわあーっ!!」
「そんな慌てなくても大丈夫だって」
肩を掴まれてベランダに戻される。
その手助けは雑で俺はベランダに腰を打ったが、それより何より彼の手が触れたその瞬間、体中を強風が駆け巡るような感覚がして、何が起きたのか呆然とするのに忙しかった。
「キミ、名前は?」
金髪はタバコの煙を吐きながら、俺を見下ろしていた。煙はお香のような匂いだった。
「よ、善本真です……。助けてくれて、ありがとうございました……」
「いえいえ。体調もよくなった?」
「え?」
言われてみると体が軽く、吐き気も動悸もない。急いで立ち上がって窓に映る自分を見ると、まとわりついていた黒い靄がいなくなっていた。教室にあれだけいた靄も同様に、跡形もない。
「うそ、消えてる……? なんで……」
「僕が除霊したからね」
「じ、除霊? そんなことでき──」
「それよりマコトくん、いい体してんね。オカ研に入らない?」
「オ、オカケン?」
金髪が口角を上げて俺の頬に触れた。
この生徒は誰なんだとか、除霊ってなんなんだとかわからないことばかりで、頬以外も撫でてくる手をやめさせる選択肢は出てこなかった。
「いや、まず、あなたは──」
「おい、セクハラしてんじゃねえよ」
「イタッ!」
音を立てて窓を開けた菩提寺が、ベランダに出るなり俺を撫で回す金髪の頭をバシッと叩いた。
明らかな不良にこんな堂々たる対処ができるなんて、剣道部エースはすごいなと驚いていると、金髪は叩かれた頭を擦りながら振り返る。
「お前な~、それがお兄ちゃんに対する態度か?」
「えっ。お兄ちゃん?」
思わず口に出ていた。俺はさっきから「え?」のレパートリーしか言っていない。
「あ、今似てねえ~って思ったでしょ。僕は菩提寺静。オカルト研究会・部長にして、この無礼者の兄です」
「……こんなので悪いが、こいつが善本を『どうにかできるかもしれない方法』だ」
菩提寺は申し訳なさそうに、お兄さん──静先輩を指差した。
人に見えないモノが視えると言って、周囲から不気味に思われてきた過去が目を泳がせた。からかわれているのかとも思ったが、菩提寺にふざけた様子はない。
「な、なんで……?」
やっとそう返すと、菩提寺の表情が曇った。あてが外れたという顔だった。
「……悪い。違うなら気にしないでほしい。変なこと言った」
「ま、待った! 違うっていうか、もしかして、菩提寺も視えてるってこと……?」
「変なモノが視えます」と答えたも同然の質問をしてしまったが、菩提寺の言動は”視える“仲間なのではと期待するには十分だった。
「……黒い靄みたいなモノが」
俺が顔を近づけて声をひそめると、菩提寺は少し体をのけ反らせてかぶりを振る。
「いや、俺には何も視えない」
その答えに俺はわかりやすく肩を落としてしまったが、続いた言葉がすぐに落胆を消した。
「ただ、なんとなく”感じる“ことがある。たまに善本から、なんというか……”気配“がする。それが、今もあるから」
「そ、それガチで……? 俺、菩提寺の言う通り変なモノ──黒い靄が視えるんだ。俺は幽霊だと思ってるんだけど──」
初めて幽霊の概念を共有できる相手が目の前に現れて、つい声が大きくなる。しかし同時に、俺に憑いているモノが思い出させるようにざわついて、息苦しさに胸を押さえた。
「っ……は……、この、体調不良も幽霊のせいでさ。こんなこと言っても、俺の頭がおかしいことになるから……っ、今、初めて人に話した」
「いつもどうしてるんだ。こうなった時」
酷い動悸に詰まりながら伝えると、菩提寺は俺を心配しながらも冷静に聞いた。体調不良が幽霊のせいであると聞いても、まったく動揺していない。
「神社行ったりすると、よくなることもあるけど、基本マシになるまで、耐えるしかなくて……っ、なんか知らない? いい、対処法」
言ってるそばから空気が薄くなったかのようにどんどん呼吸が荒くなる。
視界に映る教室の床、壁、天井、そのすべてから黒い靄が滲み出ているのが見えた。そして教室に入った靄は、一直線に俺に向かってくる。
(なんで、急にこんなに……!?)
ここまでの現象は今まで起きたことがなかった。自分でどうにかできる領域を超えてしまっているという確信が、恐怖と悪寒を強める。
「……頼めば、どうにかできるかもしれない。ただ、勧めたくはない。信憑性がない上に金も──」
菩提寺の声が遠くに聞こえる。聞きたい話だったはずなのに理解できない。意識が今にも飛びそうで、何も考えられない。
(……あ、なんか、死ぬかも)
突然、思考がクリアになる。
いや、”死にたい“んだ。そうだ、俺は死にたいんだった。
悪寒がすっかり消えて晴れやかな気持ちになっていた。俺は穏やかに椅子から立ち上がると、窓へ駆け出した。
「善本!? おい! 待て!!」
後ろで菩提寺が叫ぶ。追いかけてくる手から逃れて、窓の鍵を開けベランダに飛び出る。ワクワクとした気持ちでベランダの柵に片脚を引っ掛けた。
(早く、早くしなきゃ。みんな待ってる)
なんのためらいもなく空中に倒れ込もうとした時、ふと煙の匂いがした。
はやる欲求が薄れて、祖父母宅にある仏壇がぼんやりと浮かんだ。
(これ、なんだっけ、線香の……)
「なにしてんの?」
「っ、!?」
突然耳元で声がして振り返ると、金髪の男子生徒が真後ろ──息がかかるほどの至近距離に立っていた。
男子生徒の見た目が金髪、ピアスに咥えタバコという不良要素満載であることを差し引いても、その造形が絵から飛び出してきたような、芸能人と見紛うほどであることにさらに驚き、俺は自分が我に返っているのを自覚した。
途端に手すりに乗り上げてふらつく身体は恐怖に染まり、気づけば叫んでもがいていた。
「うわあーっ!!」
「そんな慌てなくても大丈夫だって」
肩を掴まれてベランダに戻される。
その手助けは雑で俺はベランダに腰を打ったが、それより何より彼の手が触れたその瞬間、体中を強風が駆け巡るような感覚がして、何が起きたのか呆然とするのに忙しかった。
「キミ、名前は?」
金髪はタバコの煙を吐きながら、俺を見下ろしていた。煙はお香のような匂いだった。
「よ、善本真です……。助けてくれて、ありがとうございました……」
「いえいえ。体調もよくなった?」
「え?」
言われてみると体が軽く、吐き気も動悸もない。急いで立ち上がって窓に映る自分を見ると、まとわりついていた黒い靄がいなくなっていた。教室にあれだけいた靄も同様に、跡形もない。
「うそ、消えてる……? なんで……」
「僕が除霊したからね」
「じ、除霊? そんなことでき──」
「それよりマコトくん、いい体してんね。オカ研に入らない?」
「オ、オカケン?」
金髪が口角を上げて俺の頬に触れた。
この生徒は誰なんだとか、除霊ってなんなんだとかわからないことばかりで、頬以外も撫でてくる手をやめさせる選択肢は出てこなかった。
「いや、まず、あなたは──」
「おい、セクハラしてんじゃねえよ」
「イタッ!」
音を立てて窓を開けた菩提寺が、ベランダに出るなり俺を撫で回す金髪の頭をバシッと叩いた。
明らかな不良にこんな堂々たる対処ができるなんて、剣道部エースはすごいなと驚いていると、金髪は叩かれた頭を擦りながら振り返る。
「お前な~、それがお兄ちゃんに対する態度か?」
「えっ。お兄ちゃん?」
思わず口に出ていた。俺はさっきから「え?」のレパートリーしか言っていない。
「あ、今似てねえ~って思ったでしょ。僕は菩提寺静。オカルト研究会・部長にして、この無礼者の兄です」
「……こんなので悪いが、こいつが善本を『どうにかできるかもしれない方法』だ」
菩提寺は申し訳なさそうに、お兄さん──静先輩を指差した。
