オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 菩提寺とホテルから出て観光に繰り出した俺は、人生初の京都を短時間で満喫しようと、マップと時刻表を交互に見た。

「京都タワーと本願寺を巡って、それから湯葉が美味しいお店と抹茶パフェも食べに行こう。そのあと駅で八つ橋を買う。どう? 他に行きたいとこある?」
「やる気すごいな。俺は善本の案で十分だ」

 菩提寺は俺の提案に笑いながら乗ってくれて、短い時間ではあったが京都という観光地を十二分に楽しめた。

「あ~楽しかった。パフェ美味しかったな、また食べたい」
「また来ればいい。もう怨霊もいないしな」

 菩提寺の言葉に、今度は静先輩も一緒に来られたらいいなと思った。
 自由時間の終わりを守ってホテルに戻ると、ロビーのソファスペースにいた男女グループが菩提寺に手を振った。男子はおそらく剣道部で、女子は田島さんとその友人がいる。

「菩提寺~! ちょっとこっち来て! お話ししようぜ!」
「ねえ、やっぱりいいって……! 悪いよ……!」

 田島さんが赤い顔で菩提寺を呼ぶ男子たちを止めようとしている。
 菩提寺にいくら鈍感だと言われても、察しがいいと自負している俺は、それで全てを察した。この男女グループは田島さんの恋バナで盛り上がっていて、ちょうどいいところに菩提寺が来たということだ。
 俺は時計を確認して隣の菩提寺を見上げる。

「行ってきなよ、あっち。俺はちょっと静先輩に会ってくる。助けてもらったお礼も言えてないからさ」

 菩提寺は待ちきれずに近づいてくる剣道部男子たちと俺を見比べて、渋々といった様子で頷いた。

「19時から下のレストランで夕飯だ。遅れると食いっぱぐれるからな。部屋のテーブルに食事券がある。それも忘れずに」

 先生のようなことをテキパキと言って、菩提寺は男子たちに連れ去られていった。
 ソファでは田島さんが緊張した様子で制服を整えており、俺はちょっといいことをしたなという気分で先輩の部屋へ向かった。
 1501号室は最上階にあり、廊下の作りからして俺が泊まっているエリアとは格が違った。
 絶対スイートルームじゃんと思いながら呼び鈴を鳴らすと、しばしの間の後にドアが開く。

「マコトくん、いらっしゃい。元気そうだね」
「先輩は体調大丈夫ですか?」

 まだ眠そうな先輩は「僕は全然平気」とあくびをしながら答えた。

「除霊すると睡眠が必要になるって聞きました。まだ寝足りないなら俺戻ります」
「うわ、それ類が喋った? マコトくんには内緒にしとこうと思ったのに」
「内緒にしないでくださいよ。除霊の代償があるなんて重要なこと」
「心配させるの嫌だったんだ。ほら、今もマコトくん心配してくれてる」

 ちょんと指で頬を突付かれる。その接触で除霊という名のキスが蘇ってきて、俺は慌てて咳払いで誤魔化した。

「えっと、その、昨日は助けに来てくれてありがとうございました。学校に不審に思われないようにもしてもらったみたいで。これさ観光行ってきたお土産です。八つ橋ですけど、よかったら食べてくだ──」
「待って待って。中でゆっくり話そうよ」

 お土産を渡して去ろうかと思った俺の腕を引いて、先輩は有無を言わさず部屋に入れた。
 思った通りここはスイートルームらしく、リビングのような広い空間とキングサイズと思われるベッドが部屋の奥に鎮座している。

「お土産、ありがとね。大事に食べるよ」

 先輩は八つ橋の箱をテーブルに置いた。

「さっき起きたところでさ。お腹空いちゃった。マコトくんもなんか食べない? ケーキとかもあるよ」
「あー……俺はお構いなく」

 ベッドの存在感に目が行くのを誤魔化して、俺はソファに座った。先輩はルームサービスの冊子を手に隣に座る。

「改めて、本当に助けてくれてありがとうございました。先輩がいなかったら俺死んでました」
「ありがとうは僕の台詞だよ。マコトくんがいなかったら怨霊を……彼女たちを消し去ることはできなかった」

 俺に礼を言いながら、先輩は少し切なそうな顔をした。茂久田さんたちの意思を無視して消してしまったと、心境は複雑なのかもしれない。
 俺は気を失う直前に見た光景を伝えなければと、先輩に体を向けた。

「あの、俺……先輩の力は問答無用で霊を消してしまうものではないと思います」

 先輩は俺を見て目を瞬く。

「俺、視たんです。先輩が怨霊に──茂久田さんに触れた時、靄が散って女の子が現れたのを。その子が茂久田さんだっていう確証はないですけど……でも、穏やかな顔でお辞儀をして光の中に消えていきました。きっと成仏できたってことだと思います。……先輩のおかげで」

 だから先輩のお母さんも、と続けようとした言葉を飲み込む。そこまで言うのは無責任な励ましに思えた。

「……そっか。そうなんだ。よかった」

 先輩は口元に手を当てて噛み締めるように言った。これで少しは自分の力を憎まずに済んだだろうか。
 見守っていると視線が俺に戻ってきて、先輩は困ったように笑った。

「僕、マコトくんのことが好きだよ」

 瞬間、心臓が大きく跳ねた。
 頭はまだ理解が遅れているのに、体は真っ先に反応して、顔がどんどん熱くなっていく。

(え、え? 今……好きって言った……?)

 先輩の言葉を頭の中で反芻する。
 いや、好きって言ったよな?
 待って、俺のことが?
 開いた口を閉じることもできずに、熱くなる顔を隠すこともできずに目を見開く俺に、先輩は温かい眼差しを向けた。

「こんなに人に興味を持ったの初めてだったんだ。初めて会った日から、マコトくんがいない時もずっとマコトくんのこと考えてた。霊に憑かれてないかなとか、今ごろご飯食べてんのかなとか。最初はマコトくんが特別な体を持ってるから、だから気になるんだと思ってたんだけど。でも合宿でマコトくんが茂久田さんに憑依された時、『馬鹿なことをした』って本気で後悔した。僕の身勝手に付き合わせてマコトくんを失ったらどうすんだって。そんなの耐えられないって思って、それで『好きなんだ』って気づいた」

 そう話す先輩は大人っぽくて、でも少し緊張しているようにも見えて、俺はその姿に吸い込まれる感覚がした。

「僕ってホント臆病者でさ。とにかく拒絶が怖くて、からかいを装って、いつでも『冗談だよ』で逃げられるようにしてた。気持ちを伝えても困らせるだけだって言い訳して、墓場まで持っていこうと思ってたんだけど……。ごめん、言っちゃった。やっぱりマコトくんのこと、どうしても好きだから」

 先輩ははにかんで、申し訳なさそうに眉を下げる。
 そこでやっと呼吸をするのを忘れていることに気づき、俺は肩で息をした。

「あの……。あ、謝らないでください……えっと……それで……俺は、先輩のこと──」
「無理に答えなくていいよ。僕がマコトくんのこと好きだって、知ってくれてるだけで十分」

 それは優しさにも、俺の答えを怖がっているようにも見えた。
 しかし俺は俺で、自分の気持ちを伝えないわけにはいかなかった。今ここで、先輩に伝えなければならない。

「いや、答えます。……答えさせてください」

 全身が熱い。心臓は今までになく激しく動き、痛いほどだった。
 それでも俺は、言うべきことを言うために震える息を吐いた。

「俺にとって静先輩は、俺の体質を理解して肯定してくれる初めての存在でした。俺は……それがすごく嬉しかった。それでいつの間にか、先輩といるのが当たり前になって……気づけば、俺の気持ちは『もっと会いたい』に変わってました」

 俺は今、顔が真っ赤だろう。見なくてもわかる。首から上が燃えるようだから。

「だから、つまり……俺も、先輩のこと……好き、です……」

 人生で初めてだ。
 告白されたのも、告白したのも。

「……ほんと?」

 今度は先輩が目を見開く番だった。
 アーモンドのような瞳が、輝いていた。

「……ほ、ほんとです……ほんとに好きです……」

 消えるような声で付け加えると、瞬間、俺は抱き締められていた。ほのかに甘い匂いが俺を包み込む。

「……嬉しい。僕今人生で1番嬉しいよ」

 静先輩は堪えきれないとばかりに笑みをこぼした。その笑顔が綺麗で見つめてしまうと、頬に手が添えられる。

「もう、我慢しなくていいよね。記念に除霊しようか」

 いたずらっ子の顔だった。
 除霊なら今抱き締められたことで十分効果を果たしている。つまりどういう意味なのかということをわかった上で、俺はぎゅっと目を閉じた。
 少しの間があって、唇が触れ合う。柔らかくて、優しくて、もっと欲しくなって。
 わかっていたのに心臓はどんどん早くなっていてうるさかった。

「いつもみたいに拒否しないんだ」
「……効果を、知っちゃったので」

 両手で顔を包まれて覗き込むようにされ、俺がつい意地を張ると先輩は俺の頭を撫で回した。

「ハハ、さっきから顔真っ赤だよ。かわいい。もう1回していい?」
「っ、子ども扱いやめてください!」

 恥ずかしくて手から逃れようとすると、勢い余ってソファに倒れ込んだ。先輩が背もたれに手をついて、身体が近づく。
 別に何を意識したわけではなかったが、今度は違う意味で心臓が変な動きをした。

「子ども扱いなんてしてないよ。ただ、マコトくんが可愛くてもっとキスしたいだけ」

 先輩の雰囲気に気圧されて、俺はただ見つめ返すことしかできなかった。
 見るばかりの俺に微笑んだ先輩は、俺の顔を引き寄せて、目を閉じる前にまた唇が重なる。

(……胸が……痛すぎる……)

 先輩にまで聞こえるのではないかという勢いで心臓が存在を主張してくる。
 それに加えて、俺の不純な部分がどうしてもベッドを意識させてきて、俺は自分がこれ以上おかしくならないために、先輩の下から抜け出すと、脚をもつれさせながら立ち上がった。

「……あの、もう、戻ります」
「え、なんで。ご飯一緒に食べようよ」
「ここにいると、なんか色々想定外のことが起こってキャパオーバーになりそうなので、部屋戻ります」
「ええ~僕に信用がないせい……?」

 あからさまにしゅんとされて、俺の素直な良心は「違います!」と叫んでいる。
 先輩のせいではなく、俺の問題だ。先輩と両想いだとわかって、キスまでして、今は脳が沸いてしまっている。変なことを口走って引かれるかもしれない。

「僕、マコトくんが警戒するようなこと何もしないよ。こう見えて、好きな子には本当に紳士だから。ほら、なんか甘い物でも食べてって」
「いや、でも──」
「わかった。もっと素直に言う。マコトくんにもう少しここにいて欲しい。だめ?」

 いつも飄々としている先輩が、案じた様子で俺を見てくる。
 俺はいつまでもうるさかった心臓が、今度はきゅっと締まるのを感じた。

「……だめじゃない、です」
「やった〜! 何食べたい? ここ結構メニュ―多いんだよ」

 俺の手を引いて近くに座り直す先輩の距離感に気を取られ、(俺ほんとに静先輩と両想いなんだ……?)とか思っているうちにルームサービスが来た。
 先輩は何やら大量のメニューを注文し、俺にはプリンアラモードが用意されたが、好きな人とキスをするとかいう人生の大イベントをこなしたばかりの俺が平常心でいられるわけもなく、もちろん味は全然わからなかった。
 そしていつもマイペースで押しの強かった先輩は、いざ食事が始まると本当に紳士的な振る舞いをして、指の1本にも触れず、告白とキスは夢だったのかと思うほど以前と変わらぬ態度で喋りながら食べ終え、そのあとは余韻もなくあっさりと俺を部屋まで送ってくれた。

「じゃ、またね。今日はゆっくり休んで」

 笑顔で俺に手を振って、エレベーターに消えていく。
 その姿が見えなくなるまで見送って、俺は部屋に入る。
 もうすぐ19時だ。菩提寺は先にレストランに行ったのか、部屋には誰もいなかった。

「……ほんとに、何もしないんだ」

 まだ一緒にいたかった。
 胸に引っ掛かっていた感情そのままの言葉が口から出て、もしかしたらあのまま部屋で、とか、それがなくても最後の最後にお別れのキスくらいは、とか。
 そんなことを期待していた自分に気づいてしまった。

(先輩になら、何されてもよかったのに)

 俺は自分の面倒くさい欲深さに直面した直後、頭からベッドに突っ伏した。
 枕を抱きしめても悶々とする気持ちは収まらず、勝手に指が動いてスマホの待ち受けを開く。そこには顎にピースをして微笑む静先輩がいた。

「……明日、会ったらどうしよう」

 いや、どうしようもこうしようもない。
 先輩に会えなかったら寂しいし、会ったら絶対浮かれるし、キスされなかったら勝手にへこむんだろう。
 せっかく気持ちを伝えられたのに、自分の面倒臭さという新たな課題を抱えて、俺は毛布をかぶったのだった。

おわり