オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 車窓の景色がものすごい速さで流れていく。
 東京駅を出発した新幹線は先程名古屋を出たところで、車内の同級生たちはお菓子を交換したり写真を撮ったりして、みんな修学旅行の高揚感に浸っていた。
 俺を除いては。

「……ぁあ~……きもちわる……」

 流れる景色を見ることもなく、座席に寄りかかって目を瞑る。
 東京駅を出たあたりから薄っすらと体に違和感を覚え始め、横浜を過ぎたあたりで疑念が確信に変わり、今では完全に気分が悪くなっていた。吐き気に動悸、眩暈とどんどん症状が増えている。
 先輩にもらったお札と何かの役立てばと思い持ってきた塩はポケットの中にあり、先輩がお手製と言っていたお守りは常に握りしめていた。

(それでこんなに体調に影響が出るなんて……)

 まだ関西に入ってもいないのに。
 明るく考えればこの程度で済んでいるといえるのかもしれないが、不調はマイナス思考を強めるものだ。

「善本。これも一応」

 隣に座る菩提寺がバッグから木でできたお札と数珠を取り出して、テーブルに置いた。テーブルにはそれ以外に水やエチケット袋が並び、既に菩提寺が俺を甲斐甲斐しく看病した痕跡が残されている。
 クラスメイトに見られたら何事だと思われるラインナップだが、俺はありがたく受け取った。

「数珠は手首につけておくといい。そろそろ一度静に会うか?」
「そうしようかな……。大阪まで耐えられる気がしない……」
「わかった。俺から連絡する」

 言いながら菩提寺が俺の手を持って数珠を通してくれる。過保護な行いに照れる余裕もなくされるがままになっていると、ふと通路に人が立った。
 担任だったら病院行けとか言われて面倒だなと力なく見上げると、田島さんが心配そうな顔で俺を見ていた。

「善本くん、大丈夫? 顔色が……。先生呼んでこようか?」
「あ、いや平気……! ありがとう、田島さん。乗り物酔いだから気にしないで──うっ……」

 先生を呼ばれて俺だけ帰宅させられるのは絶対に避けたい。
 しかし無理に明るい声を出したら吐き気がぶり返してきて、田島さんの顔はより強く心配に染まってしまった。
 どうしようと思っていると、俺に数珠をはめて静先輩にメッセージを送っていた菩提寺が、田島さんに顔を向けた。見られた田島さんは反射的に前髪を整える。

「田島さん。俺は善本をトイレに連れて行く。もし先生に聞かれたらトイレだと伝えておいてほしい。ただ、なるべく大事にしたくない。突っ込まれたら適当に誤魔化してくれるか」
「あっうん! 私に任せて。いい感じに言っておくね。でも2人とも無理しないでね」

 好きな人に頼られた田島さんは、喜びと使命感に駆られた表情で大きく頷き、俺たちを見送ってくれた。
 俺は菩提寺に付き添われて、トイレのあるデッキに向かう。何かあれば事前に静先輩と落ち合う場所として指定してあった。
 幸いデッキには誰もいなかったが、静先輩もいない。

「先輩、座席遠かったっけ……?」
「いや、後続の車両に乗ってるはずだ。電波が悪いのか既読がつかない」 

 その時、窓の外が突如明るく光った。
 気付けばついさっきまで晴れていた空は分厚い曇天に覆われている。
 その直後耳を裂くような衝撃音がして、新幹線に急ブレーキがかかった。座席の方から女子の悲鳴が聞こえる。

「ら、落雷……?」
「ああ。線路に落ちたのかもしれない」

 窓から見える空は大粒の雨を吐きながら不規則に光り、再び衝撃音が走った。

「静のところに行こう。席は確か……」
「あ、いた。2人とも平気? ごめん、スマホの調子悪くて」

 菩提寺が座席を確認するのと同時に、車両に続くドアが開いて静先輩が現れた。

「先輩、よかった……。あの、俺気分悪くなちゃって……。怨霊の影響、ですかね」
「たぶんそうだね。まだ大阪にも着いてないってのに厄介だ。マコトくんはしばらく僕と一緒にいよう」
「今の落雷で安全確認の点呼があるかもしれない。担任に怪しまれないように、善本は体調不良でトイレだと俺からも伝えてくる」

 菩提寺はそう言って踵を返し、クラスの車両の方へと向かっていった。

「雷はびっくりしましたけど、新幹線止まったのはちょっと嬉しいです……。関西入る前に小休止できて」
「つらそうだね。ほら、座って。手繋ごう」

 先輩に促され乗降口のドアに寄りかかりながら座る。
 隣に座る先輩に先んじて目を閉じ先輩の力に浸ろうとしたら、パンッ!と手首に衝撃が走った。

「えっ」

 菩提寺につけてもらった数珠が弾けて床に散乱する。先輩も目を見開いて、俺と繋ごうとしていた手が一瞬止まる。
 その一瞬で、もたれていたドアが突然開いた。
 支えをなくした体が浮遊感に包まれ、背中から線路に落ちていく。何かが俺の肩を掴み、物凄い力で引きずり降ろしていく。

「マコトくん!!」

 叫んだ先輩が手を伸ばし、俺も必死に腕を伸ばした。
 周囲が見えなくなるほどの稲光が俺達を照らし、次の瞬間、俺の目の前に雷が落ちた。
 そこで、俺の記憶は途切れている。