オカ研部長は最強霊媒師なのに幽霊が視えない

 不可解な電話があったその日のうちに、俺は静先輩にもらったお札を玄関と部屋のドアに貼った。
 両親は息子の行動を不思議がったが、実家がお寺の友達が健康祈願のお札をくれたという嘘ではない背景を話すと納得してくれた。
 お札と結界の効果なのか怨霊による干渉はないまま数日が過ぎ、今日はついに夏休み最終日だ。

「精霊の力を借りる生き方……。1分でできる悪霊退散……。全部胡散臭いな……」

 俺は駅ビルにある本屋の『スピリチュアル』という棚を見上げて呟いた。
 静先輩に守られてばかりでは負担をかける一方だし、自分でも何かやってみようと参考文献を探しに来たのだが、ぶっちぎりに胡散臭いコーナーで手に取るにも気が引ける。
 とりあえずイラストの多い初心者向けっぽい本を選んで、パラパラとめくる。俺が視ているモノとは全然違うデザインの幽霊が紹介されていて信ぴょう性に欠けたが、盛り塩のやり方などは詳しく載っていた。
 お試しに1冊くらい買ってみるかとレジに向かおうとすると、スマホが震える。

『追加でお札とお守り用意したから渡したい。今日マコトくんち行っていい?』

 静先輩からメッセージが来ていた。
 本を小脇に抱えて、すぐに返信する。

『そしたら駅で待ち合わせませんか? 今駅の本屋にいて』

 すぐに既読がつくのを確認して、俺は足早にレジに向かった。
 会計を済ませ、駅の改札で本を眺めながら待っていると、15分ほどで静先輩が現れた。

「お待たせ~。お、なに読んでるの」
「自分でできる除霊の本です。先輩に頼り切りなのも悪いので、自分でできることないかと思って」
「わお、なんて偉い子なんだ。でも僕に頼ってくれていいんだよ」

 先輩は黒いシャツにブルーのデニム姿で、素材の良さを引き立てる装いだった。周囲の女性陣がちらちらと見ているのがわかる。
 そんな先輩に笑いかけられ、不思議な優越感と共に心臓が早まる。

「それじゃ、うち行きますか」

 顔に出てなきゃいいけど、と思いながら自宅に向かって歩き始めると、

「……あ」

 先輩から低い声がした。見上げると彼はまっすぐ駅ビルの店を見ていた。その表情には取り繕いを忘れた素が出ていて、俺はにわかに緊張して顔を見るのをやめた。
 先輩の視線の先には花屋があった。軒下は夏らしいひまわりで溢れ、父親と幼稚園児くらいの幼い女の子が花を選んでいる。「これもママにあげるー!」と笑顔でひまわりを指さす女の子と、すでに何本も花を持たされている父親は幸せそうだ。

「……マコトくん。ちょっと家じゃないとこ行ってもいい?」

 眉を下げて笑う先輩は、いつもの雰囲気に戻っている。

「いいですけど、どこ行くんですか」
「マコトくんに来てほしいところ」

 そう言った先輩は花屋でひまわりを10輪ほど選び、店員にラッピングの有無を聞かれ「自宅用です」と答えていた。
 では先輩の家にでも行くのかと思ったが、反対口のバス停からバスに乗り、20分ほど揺られた先で降りた。駅前はそれなりに栄えているのに対し、下車したところは建物より雑木林が目立つ田舎町で、俺たちの他に降りる人もいなかった。
 口数の少ない先輩につられて黙ったまま数分歩くと、広い墓地が現れた。ぽつりぽつりといくつかの霊が墓のそばに佇んでいる。おそらく自分の墓なのだろう。

「ちょっと待っててね」

 先輩は慣れた様子で墓地の脇にある小屋に入っていき、柄杓のついたバケツに水を汲んで戻ってきた。

「久しぶりに来たよ、墓参り」

 そのまま案内されたお墓は通常のものよりかなり広く、雑草は抜かれ綺麗に整えられていた。お供えの仏花は萎れているが、この暑さの中にいたことを思えば供えられてから1週間も経ってないだろう。

「ここ……お母さんの、お墓ですか」

 墓石に水をかける先輩に、確信を持って尋ねた。しばらく黙っていたので少し声が枯れてしまっていた。

「仁にでも聞いた?」

 無言で頷くと静先輩は「そっか」と呟き、萎れた花を花瓶から抜いてひまわりを挿す。

「母親が好きだったんだ、ひまわり。類は仏花にしろって言ってくるけどね」

 暗に萎れた花は菩提寺が供えたものだと伝わる。

「実家の墓地でいいのに静かな場所が好きだったからって、父親がこんな辺鄙なとこにお墓建てたんだ」
「……よく来るんですか」
「いや。墓参りは、僕がいると遺族に逢いたい霊を邪魔しちゃうからたまーにしか来ない。でもマコトくんがいたら……霊に好かれるマコトくんを連れてきたら、平気かなって。それにもしかして母さんも顔出してくれるかもって思っちゃって。ちょうどマコトくんと一緒の時に墓のこと思い出したから、つい」

 ライターで線香に火をつけて供え、先輩は両手を合わせる。
 目を伏せる横顔は普段より幼く見えて、俺は先輩が合掌を終えて立ち上がるまで見守り続けた。

「はー、ごめん。急にこんなとこまで付き合わせて」
「いや、全然大丈夫です。それから……ここにお母さんはいないと思います」

 広いお墓に靄はひとつもいなかった。
 いないのは淋しくとも、正しく成仏できているということだろうと思ったが、先輩はあまりにも無表情に息を吐いた。

「……そうだよね。僕が消しちゃったんだから」
「え?」
「僕ね。母親を事故で亡くして、自分の力に気づいたんだ」

 自分の両手を見つめる先輩に、いまだ表情はない。

「6歳の時、僕のわがままで母親を動物園に付き合わせた。弟が生まれて親を独り占めできなくなってたから、その頃はよく甘えて困らせてたんだ。で、帰り道に飲酒運転の車が交差点に突っ込んできて、母は僕を逃がそうとして轢かれて死んでしまった。即死だったらしい」

 平坦な口調で語る様子は、感情を押し殺しているようだった。

「もうね、自分のせいで死んじゃったって毎日悔いたよ。……それか、一緒に死んじゃえばよかったって本気で思ってた。ま、僕は奇跡的に一カ月入院しただけで助かっちゃったんだけどね」

 先輩は胸元に手を当てる。

「母の死を知ったのは退院してからで。それから毎日毎日、母親の仏壇の前で泣いてそのまま寝るような生活だった。僧侶の父に何を説かれても幼心には響かないもんでね。やがて父も僕を慰めるのを諦めて、妻を失った穴を埋めるために仕事に専念していった。小さかった類はまだ母親が死んだっていうのがよくわかってなくて、泣いてる僕のそばで一人遊びするのが日課だった」

 仏壇。
 菩提寺家に行った時、茶の間に立派な仏壇があったのを思い出した。あの前で幼い先輩は泣いていたのだ。母と一緒に死にたかったと思いながら。
 辛い。それ以外の表現ができない。

「ある日、僕はいつものように泣きながら遺影を眺めて『会いたい』って呟いた。そしたら類が突然『おかあさん、いるよ』って言ったんだ」

 俺はそれで話の展開を察してしまって、先んじて胃が重くなるのを感じた。

「どこだって聞いたら、縁側に続く窓を指さしてさ。僕、走り寄っちゃったんだよね。そしたら今度は類が『おかあさん、きえちゃった』って大泣きし始めて。僕もパニックでウソ言うなって言い返して喧嘩になって、結局仲裁に来た父親に僕だけ怒られて終わったんだけど」

 先輩は、ハハと笑いを添える。
 自分が無表情だったことに気づいて、慌てて取り繕ったようにも見えた。

「それで……気が付いたんですか、自分の力に」
「……うん。最初は意味がわからなかったけど、実家は寺で墓地もあるからね。類は霊の気配がわかって、僕には霊を消す力があるって説を思いついてからは、いくらでも検証できた。小学校の高学年になる頃には寺にお祓いで来た人たちに声掛けて霊障を解決して、父親に秘密で金もらったりしちゃって。類を言いくるめて加担させてたのが父親にバレてまためちゃくちゃ怒られた」

 昔はグレていた。
 いつまでも霊に囚われている。
 先輩に関する断片的な情報が、繋がっていくのを感じた。

「それをきっかけに僕は完全に反抗期を発症して、中学3年間はまともに家に帰らず類なしに除霊の実績を積んだ。高校に上がる頃には大口案件も請け負うようになって、留年繰り返してたらマコトくんと出会ったというわけ。父親と一応和解はしてるけど今さら実家戻るのも気まずくてね。成人したし金もあるということで、一人暮らししてるんだ」

 実家はお母さんとの思い出が残っている唯一の場所で、離れがたいということだ。
 お墓を見つめる先輩になんと声をかければいいのか、未熟な俺にはわからない。

「……自分の体質なんて知らなかった。知らなければ普通の人生を歩めてたんだ。今ごろ大学行くか就職するかして。僕のせいで死んじゃった母親が呪いをかけていったのかもね」

 声は弱く、諦めが滲んでいる。俺はそれを聞いて、かける言葉の正解もわからないうちに口を開いていた。

「そんな、わけないですよ。お母さんは、先輩のおかげで成仏できたはずです。ましてや呪うなんて」
「どうかな。正直僕は自分に成仏させる力なんてないと思ってる。良いも悪いも全部消して、なかったことにしてるだけで」

 否定はできなかった。俺にも除霊と成仏の道理はわからない。

「でも、そんな風に思いながら除霊を続けているのは……自分の力が善だと信じたいからなのかもしれない。何か伝えたくて残っていた母さんを消してしまっただけじゃ、過去の自分を受け入れられないから」

 体質は変わらない、と何度も口にしていた先輩は、体質を変えたくて足掻いた過去があるのかもしれない。
 そして変えられない体質を受け入れるからには、自分の善性を信じる他ない。

「こんな理由で除霊に付き合わせてごめんね。僕と違ってマコトくんには命の危険すらあるのに。本当は、マコトくんを心配する類が正しいってわかってるんだ。自分が霊という存在に執着してることも……わかってる。だから、いつでも降りてくれていい。マコトくんを危険な目に遭わせたいわけじゃない」

 建前などない。先輩は本気で言っていた。
 出会ってから今までの出来事が頭の中を巡って、過去と今が重なり静かな波のように感情が広がっていく。俺の中で、言うべきことが明確になっていく。

「俺も……ずっと自分の体質が嫌で仕方なかったです。自分にだけ恐ろしいモノが視えて、それに取り憑かれて生活もままならなくて。普通の人生は諦めてた。でも……先輩と出会って救われました。嘘じゃありません」

 普段なら気恥ずかしくて言えなかったかもしれない言葉が、自然と出た。

「悪霊に立ち向かうのは、正直怖いです。憑依されたらどうなるかわからない。でもそれより、俺みたいに除霊を通じて救われる人がいるなら協力したいと思いました」

 先輩と出会ってから、俺の生活は一変した。
 悪霊の対処法ができて、憎たらしい体質が除霊に一役買うこともわかって。
 それはひとえに、俺にとってありがたいことだった。この体がただひたすらに俺を苦しめるだけの呪いではないと、教えられたような気がして。

「だから……まだオカ研を辞める気はありません」

 俺は、先輩をまっすぐ見据えて言い切った。
 先輩は揺らぐ瞳を細めると俺の手を握り、少し俯いた。

「……ありがとう。マコトくんのことは絶対守る。約束する」

 返事の代わりに、先輩の手を強く握り返す。
 しばらく俺達はそうやって手を握り合い、心のざわめきが落ち着くのを待った。
 帰る前に俺は先輩のお母さんに手を合わせて挨拶をし、先輩はバスを待つ間、今までの湿った空気を打ち消す笑顔でお札とお守りの解説をしてくれた。その笑顔は、俺の脳裏にいつまでも残っていた。